幕間3 三国同盟と海軍の事情
1940年9月1日
中華民国上海・揚子江
「連合航空隊を引き上げる、ですと?! 正気の沙汰ではない! 一体何を考えているのだ!」
岸壁に接岸して停泊している支那方面艦隊旗艦・出雲に、カミソリと渾名される井上成美の怒鳴り声が響き渡る。中甲板右舷に位置する長官公室から轟いた声に、前を通りかかった者は「またいつものが始まった」といったふうに、身をすくませながら急いでその場を離れる。
「そうがなりたてるな井上。お前の言わんとしているのは分かっとるが、先行きが不透明な状況で貴重な航空戦力を本土に置いて臨機応変に動かせるようにしておこう、と言うのが中央の考えなのだろう」
耳を押さえながら、しかめっ面で公室の長机の対面で憤怒の形相の井上を諭すように話すのは、嶋田繁太郎海軍中将。
7月に及川古志郎海軍大将が横須賀鎮守府長官として転出し、それと入れ違いに支那方面艦隊長官に就任している。
「それは対英米戦を見据えて、と言う事でしょうか?」
怒気を含みながらも、井上の口調が穏やかになる。
対英米戦を愚の骨頂と切り捨てる井上からしてみれば、海軍中央に対する侮蔑が滲み出ている強烈な皮肉。
「どこもかしこも、ドイツは強い、ドイツがいれば大丈夫だと音頭をとる。皆幻を見ているという自覚は全くない!」
拳を机に叩きつけ、再び怒りをあらわにする。
「……万事に備える必要がある。それが決定事項だ。あのフランスが二月と持たずに敗退したのは、紛れもない事実だし、な」
その井上の皮肉と怒りを、嶋田は逆に皮肉で返す。
「それと、まだ公にはされていないが、吉田は海相を辞めるぞ」
腕を組んだ嶋田はもうひとつの事実を井上に伝えた。
「なん、ですと…?」
この4日後、海軍中枢部の要職にあって唯一の、そして、最後の対米協調派だった吉田善吾が、海相を辞任することを知らされた。
同期で英米協調派だった山本五十六は実戦部隊の指揮官の立ち位置にあり、人事や政策に口を出せる立場にはない。嶋田もまた山本、吉田と同じく海兵32期にあたるが、当人はどっちつかずの立ち位置にある。
山本らと同じ協調派の筆頭格、百武源吾海軍大将もまた、一軍事参議官と言う発言力の無い立場に追いやられている。本来であれば年功序列を重視する海軍、海兵30期の百武は序列第4位の席にあり、それなりのポストに就いていてもよいのだが、偏屈な事で知られる百武が発言したところで、場を騒がせて煙たがられるに留まっている。
そんななか、フランスの敗北から両洋艦隊成立の一連の流れの中で、海軍内は反米親独に染まりつつある。扇動している人間は少数派なのだが、一種の流行りのように一気に空気が伝染している。
勿論、全部が全部と言う訳でもなく、対抗措置をとるべきとの意味合いの一致でしかない。全ては危機感からくる防衛反応ともいえる。
三国同盟が成立すれば、日本がアメリカに対しての明確な挑戦の意思を示すものであると言うのは、海軍内では共通の認識だ。
しかし、先に世界の海のパワーバランスを突き崩したのはそのアメリカなのであり、ここで媚びを売って下手に出れば、後はなし崩し的に圧殺される運命にあると対米強硬派は口を揃える。無謀とは百も承知しながらも、まがりなりにも帝國海軍は世界三大海軍の一角であり、条件が揃えば米海軍に比肩しうる可能性を秘めている。
危機感故の迷走、井上にしてみれば愚行の一言につきる。
だが、動き出した怒涛の奔流を止める事はもはや不可能と言える。抗おうとすれば押し流されるあまりにも巨大な流れ……
多くの人々が肌でひしひしと感じ、諦めと不安と恐怖と、わずかながらの期待と、ほんの一握りの希望を抱く閉塞感が世界を覆っている。
重大案件としては、出師準備発動に先立ち支那に展開する連合航空隊は、内地に引き上げることが既に決定。九六式陸攻68機、零戦24機、九六式艦戦30機、九六式艦攻28機等総計240機余りを本土と台湾に移動させることになる。そして、それらの一部は皇紀2600年特別観艦式に参加予定となっている。
これだけの航空兵力がごっそり抜けては、今後の作戦行動に支障が出ることは明らかだ。
支那方面艦隊参謀長と言う、現場を把握する上で重要職にあり、海軍中央の動向をおぼろげであったがつかんでいた井上は、先手を打って渾身を込めた「支那事変解決に全力を尽くすべし。第三国(アメリカを指す)と事を構えるなど論外である」と嶋田と連名で軍令部に提出した意見書と、事変解決に向けた戦力増強の要望は完全に無視され、それに続いての吉田の辞任は、井上に更に追い撃ちをかける内容だった。
「定期異動の風を装っているが、及川大将のポストは横鎮長官。すなわち、次期海相に据える前準備なのは明らかだ。まぁ、候補はもう一人いるが、殿下はそれをお許しにならないだろう」
愕然とする井上に、咳払いしてから嶋田はそう話す。
井上は一瞬、海兵の序列を思い浮かべる。
第一位総長伏見宮、第二位参議官大角、第三位参議官永野、第四位参議官百武。
大角岑夫海軍大将は、海軍省から軍令部への権限委譲に絡む悪名高い大角人事でその名を貶めた。官僚気質で既得権益に固執しながらも伏見宮の威光に屈し、無能のレッテルを貼られ求心力は皆無。定年間近の過去の遺物……
永野修身海軍大将はどちらかと言えば総長候補が有力視されている。伏見宮は不動の地位にあるが、高齢で体調に不安があり、連合艦隊司令長官、海相を歴任し、実績も十分にある永野に禅譲されるのはほぼ確実。
百武源吾海軍大将は海軍内の非主流派、唯我独尊。人柄は温厚ではあったが主張を曲げる事はなく、昔から偏屈で知られており、周囲と軋轢を生み最悪海軍の分裂を招きかねない人物。海相の選定からは真っ先に外される。分類から言えば井上も当てはまっているのだが、条約派は総じて頑固一徹を貫き通す人間が多い。
となれば第五位……
「及川さんと同期の加藤大将ですな。話の分かる長谷川さんならまだ納得がいきますが、加藤大将は論外です」
意気消沈していながらも、鋭く厳しい持論を吐露する井上に対して嶋田は苦笑いを見せるが、憮然としたまま井上は続ける。
海軍の大将クラスで現役の対米強硬派は、極めて少数派だ。井上はそう言った将官を侮蔑を込めて三等大将と読んでいる。
彼に言わせる一等大将と手放しで評価できるのは、山本権兵衛と加藤友三郎の二人のみ。両名とも海軍の創設期よりその発展に尽力し、大なる功績を遺した人物であることは疑いようがない。
「要するに、和戦どちらかに傾いた人間よりも日和見主義の及川さんが、こう言う場合適任とでも考えたのでしょう。国難の刻に無難な及川さんが選ばれる……皮肉な話です。殿下もお年を召されて、弱気になられたとしか思えません」
「殿下に対しての失言は貴様といえども許さんぞ」
嶋田は珍しく怒気を上げる。
生来生真面目な嶋田は伏見宮に見出だされ、その恩に報いるために軍令部次長時代には誠心誠意、忠誠を尽くし伏見宮を支えている。
かたや井上も、軍務課長時代に伏見宮の意に従って交渉に訪れた一期上の南雲に反発し、脅し文句にも怯まずに渡りあった事が逆に伏見宮に買われ、要職に当てられるといった経緯がある。でなければ、とっくに予備役に入れられていたはずだった。
「今は難しい時期だからな。井上君のように言いたい事だけ言っている訳にもいかんのだ」
顔をしかめた井上に、嶋田は手で制して言葉を繋げる。
「我関せず、が信条の及川さんにあえて白羽の矢を立てたのは、間違いなく海軍最高人事権を掌握する殿下だろう。信用の置けぬ人物に任せて、海軍が政治に関わって責任をかぶせられるのは、絶対に避けなければならんのだ」
「政治に関わるべからずの伝統、ですか。しかし、及川さんでは……」
それは海軍にあっての不文律。それを犯した者は、海軍を去らねばならない。
統帥権干犯問題がその最たる事件だが、この事件に関わった上級将官はことごとく追放されている。ただ一人を除いて。
「それ以上言うな。一中将の意見だけで事態が変化すると考えるのはおこがましいというものだ。だがな」
井上に厳しく釘を刺すと、嶋田はおもむろに机の引き出しから一通の書面を取り出した。
「新たな辞令だ。殿下のご配慮に感謝せよ」
無言で受け取った井上は、内容を一読し嶋田の言った内容を理解する。
「航空本部長……」
「間もなく軍令部が計画中の五次計画が始動する。豊田(貞次郎)君が次官となり、航空本部長のポストに空きが出る。本来であれば、南雲君か塚原君あたりがつくのだろうが、南雲君は飛騨と二号艦がらみで無理、塚原君は鎮海要港部司令として療養中。ま、席次上航空関連で事情に精通しているのは井上君ということになるからな」
色々な思惑があるのだろう。嶋田の表情から井上は察する。
再び中央に戻る
井上は内心憂鬱だった。
支那の戦地に降り立ったが、さしたる成果を得られていない。意見書は握りつぶしたくせに今更呼び戻すというのは、一体どういう腹積もりなのか理解に苦しむ。
だが、そこは生真面目で反骨精神旺盛な井上である。
ならば、その中央に一石を投じてやろうではないか!
心機一転、鬼のような形相で参謀長室に引きこもった井上は、数日にわたって航空軍備に関しての所見をまとめ上げ、後に波乱を巻き起こすことになる。
9月5日
大日本帝國東京・霞ヶ関
「事ここに至ってはやむを得ない、ね」
海軍省会議室で開かれている将官会議の席上で、口火を切ったのは軍令部総長・伏見宮博恭王。齢65。
日露戦役時、黄海海戦に参加した実戦経験を持つ数少ない皇族軍人、ドイツ留学経験も持つ。
現役唯一の元帥位。軍神東郷元帥とともに神様と宮様と神格化され、東郷元帥を海軍の太陽とすれば伏見宮はその影である月と言える。
本人もその事を強く意識し、意見の違いを出してはならぬと、その影たるべく苦心したとある。
東郷元帥亡き今、海軍内の何人たりともその影響力下に置かれる絶対的存在。
その質実剛健、剛毅な人柄と、実戦体験、関門海峡のような難所を難なく抜けたり、接岸も安心して見ていられると評価される操艦の名手であり、船乗りとしての実務にも長ける、皇族らしからぬ現場を歩いてきた経歴が、海軍内では尊敬と畏怖の念を集めている。
組織のトップたる力量とカリスマ性も備える傑物。
その存在感の前では他の人間がかすむほど、というべきなのだろうか。
将官会議参加者
議長
海軍大臣・吉田善吾海軍中将(海兵32期)
軍令部総長・伏見宮博恭王元帥海軍大将(海兵16期)
横須賀鎮守府司令長官・及川古志郎海軍大将(海兵31期)
連合艦隊司令長官・山本五十六海軍中将(海兵32期)
海軍次官・住山徳太郎海軍中将(海兵34期)
軍令部次長・近藤信竹海軍中将(海兵35期)
艦政本部長・豊田副武海軍中将(海兵33期)
軍務局長・阿部勝雄海軍少将(海兵40期)
軍事参議官・大角岑生海軍大将(海兵24期) 永野修身海軍大将(海兵28期) 百武源吾海軍大将(海兵30期) 加藤隆義海軍大将(海兵31期)
他書記官、副官等
尉官以上の士官だけでも五千名を数え、所属人数は20万、軍属を含めれば60万を越える、巨大組織・帝國海軍を事実上動かしているそうそうたる顔ぶれであるはずなのだが、やはり伏見宮の存在はなお圧倒的だ。
9月に入ったが、未だに残暑厳しい正に猛暑日ともいえる熱気に包まれている屋外。その日差しが差し込む会議室内は空調を効かせている分マシだが、それ以上に重い空気が場を支配している。
現状の説明を終えた軍務局長・阿部勝雄海軍少将は、場違いにもほどがあるといった風に噴き出している汗をぬぐい席に着く。
そんな中で、悠然と落ち着いた様子で話す伏見宮の一言に、一部の将官は一瞬色めき立つ。が、それをグッと抑える。
その存在の重さゆえに反論の余地など存在しない。
将官会議が招集された議題は「日独伊三国同盟締結の是非について」。特筆すべきは、議長である海相・吉田と後任の及川が席を同じくしている事。明日5日に及川の海相親任式が宮中で執り行われ、海相が交代する。
この将官会議が、吉田にとって恐らく最後の公の場での仕事となるのだが、それは皮肉にも自身が最も否定し続けた内容であったのは悲劇だった。
会議を取り仕切るはずの立場なのだが、伏見宮の独壇場となっているのは見ての通り。
席上で、同情的に吉田に視線を送るのは百武であった。本来であれば助け舟を出してやりたいが、いかに持論を押し通す百武であっても、伏見宮に対してだけは意見を申し述べるのもはばかられる。
したり顔で腕を組んで瞑目しているのは永野修身。一瞬、居眠りをしているのではないか?と思いたくなるが、実は寝た風を装って話は聞いている、ある意味で超人じみた特技?を持っている。まるで土佐犬を思わせるどこか愛嬌のある風貌の男。実直さが好評を受け割と人気は高い。
もの言いたげだが、自分の立場を理解しているがゆえにそれが許されないと、どこか哀愁を漂わせているのが先任参議官の大角だ。実際に退役の期限が迫っている。
時流と状況に流されながらも、エリートとしての気位の高さが目立ってしまい、学者風で取り柄がないなどと陰で言われる及川に海相のポストが回っていったことを快く思っていない。言わずともその内心が滲み出ているが、それを知らぬ宮様ではない。
終生現役が保証される元帥位は別として、予備役に回される事なく退役まで勤めきるのは直近では稀な事。支払われる給与も馬鹿にならない。陰口を言われながらも、まだ海軍内で活躍する事を願ってしがみついているようにも見える。
漂っている哀愁も、滑稽とする侮蔑と哀れみも入り雑じった複雑なものに感じている。
(貴方のお陰で優秀な人間が海軍を去らなければならなかった!)
心の中で叫んでももはやせんなきこと。堀悌吉海軍中将や寺島健海軍中将など、鋭才を謳われた人物達が海軍を離れた。
大概は予備役編入の後、民間企業の重役に落ち着いて活躍する人間も多い。いわば天下りではあるが、その経験は大いに役立てられている。
百武自身も、大角が海相時代に軍令部を追放されたが、それ以上に両人の更迭は露骨すぎた。
しかし過ぎ去った時は戻りはしない。
そして、今また志を共にできる者が心を打ち砕かれている。
「三国同盟締結に賛同する他無し、と私は考えている」
伏見宮の高い声が重い空気の包む会議室の中にこだまする。
宮様の声は即ち海軍の総意。その言葉は非公式ではあるが、事実上の三国同盟成立が確定した瞬間。
この言葉を聞いて海相吉田は瞑目し深く、深く息を吐いた。
「殿下の決定に異論などあろうはずもございません」
伏見宮の発言に、いの一番に賛成の態度をとったのは大角だった。
百武と山本の両名は顔をしかめる。獅子身中の虫が、と。
「ただし、締結には一つ条件がある」
その大角の声を無視するかのように、伏見宮が言葉をつなぐ。
「永野。それが何か分かるか?」
突然質問を投げ掛けられた永野は、ゆっくりとした動作で目を見開きその質問に答えた。
「自動参戦条項の可否、であります」
臆する様子もなく淀みなく言ってのける。
海相時代も国会に出席し居眠りをしているのかと思いきや、質問が飛んで来れば即座に返答し周囲を驚かせている。普段はのらりくらりとしているが、決めるところは決める掴みどころがない様はまるで妖怪。
若い後妻を迎えたからだ、などの風聞も伝わるが、その永野の答えを聞いて、満足げに伏見宮は頷く。
「これは絶対に譲れない一線だ。では、それは何故か」
「ハ、万一ドイツあるいはイタリアが米国を攻撃した場合、我が帝国はなし崩し的に米国と開戦することとなります。出師準備が完了するまでは、なんとしてもこの事態は避けねばなりません。これが第一の理由であります」
(準備ができたとしても無謀極まりない)
永野の答えを聞きながら、なおも顔をしかめているのは山本五十六である。
「……その出師準備についてだが」
その山本の表情を見咎めた伏見宮の質問の矛先は、実戦部隊を統括する山本へと向かう。
「連合艦隊の準備完了の目処はどうであるのか?進捗と報告を聞こう」
「はい。報告いたします。連合艦隊はかねてより準戦時体制へと移行はしておりましたが、完全なる臨戦態勢に入る出師準備一着発令は閣議了承待ちであり、それを踏まえたうえでの進捗は約二割五分、完了予定は来年度初めを予定しております。付け加えまして航空、および潜水艦の管理一元化を目的に第六艦隊を新設を決定。現在、空母を集中配備した航空艦隊の編成を急いでおります」
山本が答える。
一瞬、伏見宮の視線が動き表情が曇るのを、山本は見逃さなかった。
「悠長な事よの。承知した。私のほうから早くせよと近衛の尻を叩いておく」
咳払いしたのち伏見宮が応じる。
無謀としながらも、備えを必要としないほど山本は平和主義者ではない。
だいたい、仮想敵国の保有する艦艇が倍増するのだ。心穏やかでいられないという意味では周囲となんら変わりはない。
だからこそ協調、あるいは妥協点が必要なのだ。そこのところをどう考えておられるのか?
国内事情と世界情勢を考えれば、殿下の決定は正しいとしか言いようがないが……
目立った行動もなくおとなしく会議に出席し、まるで空気のように振る舞う次期海相の及川をそれとなく視線を送る。
その及川の親任式で、及川本人にある重大な出来事が起こるが、それが表沙汰になるのは二年後の事である。
そしてもう一人、まるで影のように佇む男の動向。
かつて山本と同じく航空の道を歩む先駆者でありながら、頑なに打倒英米に執念を燃やす強硬派の急先鋒。宮様ですらも無視できないほどの影響力を海軍内に与えかねない危険人物。目指す道は決して交わることはないであろう、連合艦隊司令長官たる山本自身の直属の上官だった男。
山本の航空観に多大な影響を与え、海軍の空軍化を提唱し飛行狂いとまで言われた封じ袴の大将・山本英輔大将や、演習で無敵を誇った津軽の怒濤・中村良三大将が絶賛したその手腕には、正直嫉妬の念を抱く。
とにかく頭は切れる。故に考えが読めない不気味な部分がある。
義父によく似て、木で鼻をくくったようなエリート特有の冷たい印象ばかり周囲に与えてしまう事も悪く働いて、冷血非情に見られることが「人でなし」とまで言われる所以。
だが、表には出さないが内に熱いものを秘めている。
冷静冷徹、動けば烈火の如く。激しいまでの二面性を持ち合わせていながらも、それが調和している。
気にしなければ全く気にならないほど気配を消している。この会議の席上では間違いなく同盟賛成の立場にあるはずなのに、何の意思表示もないのがかえって不思議でならない。
それに加えて、もう一つ気になる点が山本にはあった。
何故、両豊田のうち艦本の副武が出席していて、航本の貞次郎が出席していない?
海兵33期組のトップを争った同じ豊田性の二人を両豊田という。きしくも海軍の根幹を成す艦政と航空に配属されていたが、その片割れがいない。
航本は山本にとっては古巣でもあった、が貞次郎の人柄を思い出し合点がいった。出世欲が強く、次期次官に内定して、しかも三国同盟賛成派。
この会議に出席しているメンバーの顔触れは、同盟反対派が半数以上を占めながら、それを無理やりにでも同意に追い込む、どこか奇妙なバランスの取れた配置になっている。
同盟やむなし。
伏見宮の言葉通り、あくまでも空気を作り出すための演出に過ぎず、本音はまだ同盟に反対する立場にあるという事と、海軍の独自性を保持せんとする意思表明でもある。
そう山本は参加者の面子を見て納得した。もっとも航本は将官会議の常置メンバーに含まれていないから当然でもある。
「阿部軍務局長」
「は、はい」
ふいに伏見宮に声をかけられたことで、空気に飲まれていたことに気付いた阿部は慌てて応じる。
「貴官には海軍担当官として欧州に飛んでもらう。野村(直邦・海兵35期)が代表を務めるが、その補佐をよろしくお願いしたい」
伏見宮から直接声をかけられる事など、滅多にあることではない。
ましてや直々に激励の言葉。
起立の後、深く一礼するが、ドイツ行きがあっさりと決まる。
「今、世界で一番熱い場所を見てくるのも一興であろう」
伏見宮の言葉が、この時はいつも以上に重く感じられたと後に懐述している。
「さて、同盟問題絡みの話しはここまでとして、別の問題の方に議題を移そう。豊田部長」
「は、ではご説明いたします。まずは資料を」
伏見宮に促され、起立して説明に入ったのは艦政本部長・豊田副武。ガッチリした顔立ちに切れ長の目、どちらかと言えば強面に入る部類だが、その顔には緊張が浮かぶ。
艦本部員が会議の参加者全員に資料の配布を終えたのを確認すると、豊田は説明に入った。
「かねてより我が帝國海軍は、軍縮条約破棄以降、対米戦力七割の維持を至上命題として戦備を整備して参りました」
「それはここにいる全員が承知のことだ」
参議官の大角が、豊田の前置きに横槍を入れる。
「失礼。現状の報告から入ります。現在、マル3計画が滞りなく推移し、一号艦・飛騨の進水に合わせ、一一一号艦の起工準備。横須賀では一一〇号艦が起工、一三〇号艦が川崎重工神戸造船所で起工予定となっており、マル4計画へと順次移行しております。新型空母の起工がやや遅れ気味ではありますが、ほぼ計画通りとなっております」
マル3計画は軍縮条約破棄後の第一段計画で大和型2隻と翔鶴型2隻を建造した計画であり、マル4計画は更に大和型2隻と大鳳を建造に入った計画で紆余曲折の道を辿る事となる。
大和型が妥協の産物で、装備面と予算面で縮小された飛騨型へとシフトしたが、飛騨型は46cm砲搭載艦の限界まで小型化した姿であった。
それでも最大排水量は6万トンを超過する世界最大の戦艦であることに変わりはない。
この飛騨型への移行による変更点は、第一、第二副砲が無くなり全長が10m短縮され、それに伴いVPも短縮された分の重量が浮く形となった。副砲2基が削減されたことにより、本来であれば片舷9門の指向が可能で、日本がこれまでに建造してきた軽巡洋艦以上の砲打撃力を持つはずだったが、それは他に転用されることとなった。
この打撃力低下は無論のこと指摘されていたが、この副砲・三年式15.5糎三連装主砲塔を有効活用する軽巡洋艦を短期に、かつ隻数を確保するコンセプトで計画されたのが、同時期に設計を開始した阿賀野型である。
阿賀野型
全長 180m
全幅 16m
基準排水量 7400t
機関 ロ号艦本式タービン4基4軸
出力 100000hp
速力 34kt
航続距離 18kt6000浬
武装
主砲 三年式15.5cm60口径三連装砲 2基6門
高角砲 八九式40口径12.7cm高角砲 2基4門
機銃 九六式25mm三連装機銃 4基12門
雷装 61cm九二式四型4連装魚雷発射管 2基
爆雷 九五式爆雷18個
装甲
主砲塔前盾 25mm
主装甲帯 最大60mm
甲板装甲 最大30mm
弾火薬庫 垂直55mm 水平20mm
主砲塔の関係から幅が広がったことと、背負い式配置ではなく艦前方と後方に分けた配置であるため、重心が低下していることが上げられる。
飛騨型から副砲が転用されたことにより、船体は若干大型したが安定性が増し、工期と予算が縮小される。
そして、飛騨型に至る過程の中でもう一つ変更の憂き目にあった艦があった。
防空駆逐艦として建造されるはずだった秋月型だ。
秋月型
全長 124m
全幅 11m
基準排水量 2200t
機関 ロ号艦本式タービン2基2軸
出力 52000hp
速力 34kt
航続距離 16kt8000浬
武装
主砲 九八式65口径10cm高角砲 3基6門
機銃 九六式25mm三連装機銃 3基9門
爆雷 九五式爆雷54個
要求は空母及び戦艦の直衛艦。類別も直衛艦とされている。配置は前級・陽炎型を踏襲し、航続力を増大させるために重油搭載量を増やした結果、船体は大型化した。
雷装の装備はもちろん検討されたが、さらに大型すれば下手な軽巡洋艦に匹敵する排水量へと拡大、量産に不向きになる恐れが生じた。
計画変更による予算資材の圧迫と質を天秤にかけた結果故の産物である。
秋月型を更に強化した防空艦は次期計画へと持ち越しになった。
「この二ヵ月、軍令部からの要求に沿う形で艦本は航本とともに次期戦備計画を策定に入りました」
当初の計画案からは微妙な変更が加えられたマル3・マル4計画が進行中の状況で、次の計画が大まかな形となって発表されることになる。
第五次海軍軍備充実計画、通称マル5計画。
アメリカの第三次ヴィンソン案と両洋艦隊法に対するカウンターパートの第一弾。
本来ならばもっと穏やかな建艦計画になるはずだったが、艦政本部が発表した計画案も前例を見ないほど規模のものとなった。
戦艦3隻 空母3隻 超甲巡級2隻 軽巡14隻 駆逐艦40隻 潜水艦45隻 水上機母艦9隻 総艦艇数170隻
航空機3500機
これらを42年から50年までに建造する8ヵ年計画。しかも、これは前半段階に過ぎない。
「……以上が、マル5計画の概要となります」
説明が長引いたことで、いつの間にか日が傾きかけている。
艦艇整備にかかる経費のみで40億円を超過することが確実であり、資材の準備から場所の確保、それどころか設計ですら細部までは定まっていない状況。
アメリカに対抗する案をなんとか纏め上げたが、とても喜べることではないのが、この会議の空気が物語っている。
この会議だけではなく、一般新聞の紙面にすらアメリカが6万トンを超える超大型戦艦を多数準備している事が伝わっている。どのような反応が起きているかは想像に難くない。
「アメリカは戦る気だと」捉えるのはごく自然な流れだ。
豊田の説明を聞くに及んで、連合艦隊を指揮する山本は暗澹たる思いに支配されていた。
圧倒的な敵、それに対抗するために味方が欲しい、気持ちはわかる、だが事態悪化は必定、そして打開策はない。
負のスパイラル。まるで死刑台の階段を昇っていくような、底のない深淵に引きずりこまれていくような、そんな錯覚すら覚える。
覚悟を決めるときが来たのか……
山本は悲痛な思いに支配されながらも、職務に忠実にあらんと決意を固める。
9月23日
帝國陸海軍北部仏印進駐
9月27日
日独伊三国軍事同盟締結
10月28日
イタリア、ギリシャに侵攻
10月31日
バトル・オブ・ブリテン終了 イギリスの勝利
11月11日
イタリア・タラント軍港をイギリス機動部隊奇襲攻撃 戦艦3隻撃沈破
波乱の1940年の後半が過ぎ去り、激動の年を迎えようとしていた。




