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流転の大戦記  作者: どらごんますたぁ
序章 欧州の猛火1939~1940
17/34

第17話 電撃戦Ⅲ 戦線崩壊

14日


総統兼国防軍最高司令官発

総統命令第11号

1.今日における攻勢の進展は、敵軍が我が軍の戦略意図を察知していない事を証明している。彼らはナミュール・アントワープ線にその主力を投入し続け、我がA軍集団に対しての関心は薄く、正面に展開している敵軍は極めて脆弱である。

2.A軍集団はマーズ渡河後、稼働する全戦力をもってエーヌ河北岸を経由して北西方面への攻勢に着手。この突破は偉大なる成果を約束するであろう。

3.ナミュール・リエージュ線以北に展開するB軍集団は、現有戦力をもって敵主力を拘束するよう欺瞞と誘引するために攻勢を継続すること。

4.装甲師団、自動車化師団を主とする機動戦力は、北部方面で機動力を発揮できる有効な活用が見出だせないため、状況が許す限り直ちにA軍集団の担当区域に移動させるべきである。

5.オランダ方面での敵の抵抗が頑強であり、あらゆる手段を駆使してこれらは可及的速やかに排除されなければならない。

6.空軍は地上部隊に対しての攻撃及び防御支援がその任務となる。特にA軍集団戦区で増強を図るであろう敵軍の行動を妨害し、地上部隊の要請に応え強力な支援を与える事。

7.海軍は可能な限りドーバー海峡での敵海上輸送を阻止する事。


アドルフ・ヒトラー




挿絵(By みてみん)

5月14日時点




 英仏連合軍は恐ろしい現実と向き合う事になった。

 13日、スダンに突如として姿を現したドイツ装甲軍団と航空軍団による攻撃は、防衛に当たっていたフランス軍に大打撃を与え、その影響を後方の部隊にまで波及させていた。

 そして、それと時を同じくして、プリウーの騎兵軍団を後退に追い込んだライヒェナウのドイツ第6軍が、総統命令に従って果敢にフランス第1軍の防衛するシャンブルーに攻撃を仕掛けており、この状況に置かれガムランのフランス軍最高司令部は、その主攻がシャンブルーであるのかスダンであるのか、判断をする事ができずにいた。

 指揮命令系統の混乱は、軍と言う組織にあっては絶対に避けねばならない、正に致命的な事態であり、司令部内は混乱の極みにあった。

 朝を迎えてムーズ河南岸の橋頭堡は大きく拡大されており、周囲の連合軍をかき集めて反撃し、ムーズ河に渡河したドイツ軍を追い落とす事が、もはや不可能な段階に達していた。

 しかし、ただ手をこまねいている訳と言う訳にもいかず、この新たな脅威を排除するべく、フランス空軍が反撃する事を決定。もし、フランス空軍の攻撃が後二日早ければ、グデーリアンの第ⅩⅨ軍団はアルデンヌの山中で身動きがとれなくなっていたであろう事は、想像に難くない。そのチャンスは何度も起こっていたのだが、その機をつかみ損ねた代償は余りにも大きかった。

 スダンの南東に展開している第2軍も、それに歩調を合わせるように総予備として配備されていた第3機甲師団を、歩兵2個師団と共に反撃へと送り出した。この期に及んでも、フランス第2軍を預かるシャルル・アンツィジェ中将は、スダン南岸のグデーリアンの部隊を過小評価し、十分に対抗できると甘い認識であった。

 反撃へと回された第3機甲師団の実態は、全くの準備不十分なものだった。師団長ブロカール少将は輸送手段が整っていないとして反撃に反対したが、即反撃地点への移動を命じられる。しかし、第3機甲師団を指揮することになったフランス第ⅩⅩⅠ軍団ジャン・フラヴィニー中将は、ドイツ第10装甲師団の攻撃で第1防衛線を形成していた第55歩兵師団が壊滅、第71歩兵師団が敗走するという事態に直面し、ルノーB1dis重戦車60輌、オチキスH39軽戦車70輌の計130輌のこの貴重な装甲戦力を、防衛に振り向ける決定を下してしまう。

 この一連のスダン方面のドイツ軍の攻勢に対処すべく、イギリス大陸派遣爆撃軍団司令官アーサー・バーラッド空軍大将は、双発爆撃機ブリストル・ブレニム、単発爆撃機フェアリー・バトル80機からなる2個航空団を投入。これまでで最大規模となる空爆を、スダン橋頭堡及び架設橋を目標として実施。これにフランス空軍が最新鋭であるとともに、なけなしの爆撃機リオレ・エ・オリビエLeO451をはじめとした、ブロシュMB.210、アミオ143も出撃し、総数124機からなる爆撃隊を送り出した。

 しかし、この攻撃はそれなりの成果を出したが、大きい影響を与えるには至らなかった。橋頭堡には野戦防空としてドイツ空軍ルフトヴァッフェ高射砲2個連隊が配置についており、8.8cm高射砲FlaK18、88mmにちなみ通称アハトアハトおよそ40門がその凄まじい装填速度で濃密な弾幕を形成し、低速のバトルやMB.210はその弾幕の餌食となり多数が主翼を叩き折られ、あるいは胴体に直撃を受け撃墜されていった。だが、その中にあってフランス空軍のLeO451は、双発爆撃機としては驚異的な490kmという速度で、弾幕を掻い潜り投弾を成功させ異彩を放っていた。惜しむべきはその配備の少なさであり、運用されたのはわずかに8機のみであり、述べ4度にわたる攻撃を行った結果、結局は増援として現れたメッサーシュミット2個中隊12機によって全機撃墜され、攻撃そのものは大損害を受けて失敗に終わった。





 更に事態は悪化の一途を辿っていた。同時刻には、スダンとナミュールの中間に位置するジヴェ・ディナン周辺にもドイツ軍が渡河したとの情報により、この方面でも航空作戦が行われるはずだったが、フランス工兵による橋の破壊が成功したとの報告と、何よりスダンのドイツ軍の攻勢が顕著だったことにより、作戦は中止となった。しかし、ドイツ第4軍に所属するヘルマン・ホート歩兵大将の第ⅩⅤ装甲軍団第7装甲師団が、すぐ近隣で渡河準備に入っていた第5装甲師団の資材を強奪し、我先にとムーズ河を渡河準備に入っていた。指揮官はエルヴィン・ロンメル少将。

 ムーズ河対岸に設置されていたフランス軍トーチカ群は、この渡河をなんとしても阻止せんと猛射を加えてきたが、師団長ロンメルの機転を利かした家屋を焼き払った煙幕によって、その攻撃を封じ込めることに成功。


「急げ、急ぐのだ! 敵が対応をとる前に! なんとしても後方深く浸透するのだ!」

 ロンメルはⅢ号指揮戦車に跨り、敵の銃撃に身を晒しながらも、敢然と指揮下の部隊に檄を飛ばしていた。彼に付き従うのは、渡河を完了したわずか30輌あまりのⅡ号・Ⅲ号戦車と、偵察大隊のオートバイ部隊。たったそれだけで敵中深くに分け入っていた。

「閣下! 後方よりシュトルヒ!信号弾を確認、停止されたし! 軍司令部からの連絡機と思われます!」

 飛来した複葉機の姿を認めると、チッと舌打ちをするロンメル。シュトルヒはわずか50mの滑走で離陸できるほどの高揚力を持ち、前線の短い滑走路、あるいは道路からでも使用でき、敵地上空の偵察、通信の伝わらぬ前線部隊間の連絡として、地味ながらも重宝されている機体である。

「かまわん、放っておけ。今は出しゃばりクルーゲ(第4軍司令官)の相手をしている暇はない。後から追及されても知らぬ存ぜぬで押し通せば問題ない」

 いざとなったら総統の名を盾にしてやれば、軍司令官の文句など粉砕できる。そのためにも誰も文句のつけようのない成果を上げる必要がある。調子に乗れるなら、乗れるうちに乗っておくもんだ。

 

少将閣下ゲネラールメジャー! さすがに無理をし過ぎではありませんか?! このまま突っ込んでは、敵中に孤立します!」

 無謀とも言えるこの突撃に、オートバイで追い付いてきた幕僚がサイドカー上でⅢ号戦車と並走しながら苦言を呈した。参謀長もロンメルがどこまで突き進んでいるのか、その正確な場所を把握しきれていなかった。

「分かっていないな、敵の対応は明らかに遅れている! 南でグデーリアン将軍のⅩⅨ軍団がマーズを突破し、北ではライヒェナウ将軍の6軍が敵主力を釘づけにしている。ここは間隙に位置する、正に軟らかい脇腹なのだ。南で防衛線が突破されたことに気付けば、敵司令部は北の部隊を南へと移動をさせるだろう。我々がその前に後方に回り込んだ事を知れば、敵もおいそれとは行動できなくなる。我々に与えられた最大の務めはクライスト装甲集団の側面防御などではなく、敵への包囲を完全なものとする事である。よく肝に銘じておきたまえ!」

 第5、第7装甲師団を含むホートの第15装甲軍団の配置は、フランス第1軍が展開するナミュールから南にわずか20kmほど程しか離れていない。

「そ、それと第5装甲師団のハートリープ少将から抗議が…。持って行った資材を早く返せと……」

「それも無視してかまわん」

 同乗している戦車長は、砲塔内で笑うしかなかった。


「これは緊急の事態であり、重大な局面を迎えている!」

 フランス第9軍コラーは重ねて事態の切迫を報告し、第1軍集団司令官ガストン・ビョット大将に増援を要請。この要請を受け第1軍のジョルジュ・ブランシャール中将は、軍集団予備から配備されていた第1機甲師団を第9軍へ移動させる事を決定し、第1機甲師団がちょうど南下を開始していた時だったのである。

「ムーズ西岸に上陸したドイツ軍を撃滅せよ!」

 この悲痛とも言える命令に従って、ムーズ東岸地区から撤退してきていた第2シパーヒー旅団(植民地アルジェリア兵団)がロンメルの前に立ちはだかった。シパーヒーとはペルシアにおいて兵士を意味する騎兵を中心とした軽武装快速の部隊であり、装備は小銃、地雷、手榴弾、他若干の旧式75mm榴弾砲M1897、軽機関銃程度だった。が、意外なほど頑強な抵抗を示し、第7装甲師団の進撃を数時間に渡って押しとどめたのであった。この戦いははムーズ西岸地区の高地制圧にロンメルがこだわった結果生起し、少数の戦車をもって奇襲を加えれば、敵は雪崩を打って逃走するであろうという誤った認識で攻撃を仕掛けた。

 時代遅れの騎兵ぐらい訳なく蹴散らせると踏んでいたが、旅団に属した騎兵は騎馬から下りて歩兵として戦線を構築し、即席塹壕と弾幕によってロンメルの先遣隊を停止させ、停止した戦車に銃火を潜り抜け肉薄攻撃をしかけてきた。これらの反撃を受け、数両ではあったが戦車を失うという辛酸を舐めさせられた。連絡に来ていた幕僚は、この時の銃撃戦で被弾戦死。思いもよらぬ損害をうけるはめになった。

 師団主力である後続が到着し、再度攻撃を仕掛ける事によって、さすがに抗しきれず旅団は壊滅し、重要拠点の奪取に成功したロンメルの第7装甲師団は、西へ向けての進撃を再開しようとしていた。

 そして、再びロンメルの前に立ち塞がったのは、本命とも言えるフランス第1機甲師団。ルノー・シャールB1dis重戦車70輌、オチキスH39軽戦車90輌の戦車大隊4個からなる180輌の戦車を保有する、戦車の数ではほぼ同等の200輌の戦車を配備された第7装甲師団ではあったが、その多くはチェコ・CKD製38t軽戦車が占めており、この時点で極めて重装甲を誇るB1disを相手にするのは、かなり分が悪い危険な存在だった。

 ロンメルは自軍の不利を正確に把握すると、これらの装甲部隊と正面を切って交戦することを避け、牽制と足止めのため砲兵部隊に砲撃を浴びせさせると、南方の森を突っ切ってさっさと迂回し、西へと向かってしまっていた。実際、ルノーB1disは60mm厚の重装甲と、主砲として固定式17口径75mm戦車砲を装備する、攻防においては破格の実力を持っていたが、重量は30tオーバーとなるこの時期としてはヘビー級であり機動力はお粗末なものだった。そもそも戦車の歩兵随伴としては十分とされており、燃料を携帯するという概念を持っていなかったため、移動を北へ南へと繰り返していた第1機甲師団の各大隊は深刻な燃料不足に陥っていたので追撃は不可能だった。

 ロンメルの第7装甲師団が嵐のように過ぎ去って、進撃を停止していた第1機甲師団の目の前に姿を現したのは、マックス・フォン・ハートリープ少将の率いる第5装甲師団。ポーランド戦後のごく最近に装甲師団に格上げされた第7装甲師団と違い、1938年時から装甲師団として編制された第5装甲師団の装備は、比較的強力であり、戦車配備台数は300輌に上る。ムーズ渡河でフランス軍による抵抗にてこずり、ロンメルに後れを取ったハートリープは西へと急いでいたが、ロンメルが迂回していたことで放置されていた第1機甲師団と正面衝突に近い形で、ムーズ河沿岸ディナンの西7kmのフラヴィオンの地で激突した。

 マリー・ブルノー少将指揮の第1機甲師団は、ロンメルの機動に翻弄されるように南北に大きく開いた布陣になっていたが、態勢を立て直し反撃を開始。ルノーB1はその足回りまで装甲化されたその強靭さをいかんなく発揮し、対戦車砲であるはずの37mmPak36による砲撃を簡単に弾き返し、戦車搭載砲では最も強力なはずのⅣ号戦車短砲身75mm砲ですら正面からはまともに打撃を与える事ができなかった。

 当初フランス戦車兵は、攻撃を受けている事に気付き対応が遅れながらも、十分反撃ができたと回想しており、これらの砲の低威力にドイツ軍からはドアノッカーと蔑まれることになってしまった。

 ハートリープは空軍に支援を要請、師団砲兵と共に行動して配備されていたⅠ号戦車重歩兵砲sIG33/15cm砲を集中させて運用し、これに対抗した。


「目標、シャール! フォイヤッ!!」

 撃て!撃て!と怒号が飛び交い、徹甲弾の装填が終わったPak36が半狂乱で撃ちまくっているが、B1の動きが止まる気配がない。逆に撃ち返してきた75mm砲弾の直撃を受けて、Pak36の車体とともに、取り付いていた砲兵が空中に飛ばされる。37mm砲の貫徹力では100m以内に接近しても、正面装甲を抜くことができない。砲弾が命中しても、甲高い金属音を響かせるだけでらちがあかない。

「さすがにかてぇ。いくらコイツでも、正面は無理だろうな」

 ぼこぼこにへこんだシャールの正面装甲を双眼鏡で確認すると、車長は呟いた。応援に駆けつけたのは、第704重歩兵砲中隊の6輌のⅠ号戦車である。

「照準、シャール。砲塔側面に当てる! 砲手、こいつは連射がきかない。よく狙えよ!」

 ヤヴォール、と砲手は答え、敵戦車が砲塔を動かすタイミングを見計らい、やや間を置いてトリガーを引いた。その砲口からは、周囲で発砲を繰り返す砲声よりも一際重量感のある重い音と共に砲弾が撃ち放たれ、その砲弾はあやまたずシャールの鋳造の湾曲した砲塔に命中し、火花を散らして装甲を撃ち抜き、内部で炸裂した。

「撃破! 撃破です!」

 若い砲手は興奮した様子で声を上げていた。初の戦車の撃破となれば当然の反応だった。

「いや、ひやひやもんだぞ。副砲1発でももらったら、こっちがミンチにされている。敵が砲兵に気をとられていたからいいが、コイツは目立つからな。慎重に動かなければやられるぞ」

 そこは冷静に車長が分析する。実際、重歩兵砲搭載Ⅰ号戦車は、1号戦車の車体に単脚式の砲をそのまま改修せずに搭載して、前半分に弾片防御の装甲で覆っただけのオープントップで、上部が大きい頭でっかちで被発見率は高い実は危険な兵器だった。  

「歩兵の連中にも、重砲ならば撃破できる事を教えてやらないとな」

 この重戦車撃破の報告はただちに司令部に伝えられ、「各歩兵大隊は重榴弾砲1門を配備し、戦車の奇襲に対抗するものとする」という訓令が出される事になる。

 正面装甲の貫通こそできなかったが、側面あるいは背面攻撃によってB1を撃破可能であると報告している。歩兵装備最大の火砲であり、重量のかさばる装備であったが、機甲戦術の発展による副産物として低性能化が著しいⅠ号戦車などでも、有効に活用ができる事の証明となった。

 不利な状況下に置かれながらも、第1機甲師団は激しく抵抗しながら第5装甲師団と激闘を演じ、新たな脅威であるシュツーカによる急降下爆撃を受け、半数近くに当たる70輌を撃破されてその戦力を大きく損耗させ後退を余儀なくされた。

 第5装甲師団もほぼ同数が放棄せざるを得ない損害となり、一時的に再編のため停止した。これらの戦闘によってフランス第9軍は北と南で戦線が寸断され、さらに中間地点をクライスト装甲集団の一翼を担うはずのラインハルトの第ⅩⅩⅩⅩⅠ装甲軍団が、スダン北西のモンテルメでムーズを渡河中だったが、強固な防衛線を敷いていた要塞歩兵師団の妨害と、アルデンヌで曲がりくねった道路で発生した交通渋滞に手間取り、ホートの第ⅩⅤ装甲軍団、グデーリアンの第ⅩⅨ装甲軍団に比べやや進撃速度において遅れていた。



「お待ちしておりました。閣下ゲネラール・オーバースト

 砲声が轟く戦場の最前線であるスダンに1機のシュトルヒが降り立った。機から降りてくる将官にうやうやしく敬礼しているのは、グデーリアンである。

「うむ、ご苦労。ついさっき爆撃があったと聞いていたが? それにさきほどもトミーの連中が飛び回っていたようだったが、いつもこうなのか?」

 ヤーとグデーリアンは爽やかに返答した。

「豪胆な事だ。指揮官とはかくありたいものだな」

 皮肉めいた口調でそういうのを、グデーリアンは目を逸らして苦笑いを浮かべた。こんな最前線に飛んでくるあなたが言えることではないでしょうに。

 A軍集団総司令官ゲルト・フォン・ルントシュテット。ドイツ陸軍の長老格であるとともに今黄色作戦の主要部隊を統括する立場にある男が、わざわざ前線の視察に訪れている事に、上官との衝突する事も多いグデーリアンといえども、敬意を表さない訳にはいかなかった。

 マンシュタインの大胆な発想にも理解を示し、ただ地位にうぬぼれる老人とは訳が違う。

「ここまでは順調、予想の範囲内だ。が、ここから先の平原は大西洋まで障害はないはずだが、この開け放たれた空間とはどうも落ち着かないものだとは思わんかね?」

 静かな、それでいて厳かな空気を醸し出すこの老将軍は、西の空を見つめながらそうグデーリアンに話しかける。

「ラインハルトが北でてこずっている。明日の昼までにムーズを突破できなければ、ⅩⅩⅩⅩⅠ軍団は予備に編入し第Ⅲ軍団と交代させる。この西に広がる平原が罠である可能性もないわけではない。これは私個人の意見ではなく、陸軍の総意として受け取ってほしい」

 注意を促すルントシュテットの表情は固い。

「……我がⅩⅨ軍団は、日付変更を持ってこれより西へ向け進撃を開始いたします。我々の与えられた任務は可及的速やかなる敵後方の遮断にあると理解しております」

「そう噛みつくな。決して停めようなどとは思わん、貴官の判断に任せる。ただし、状況に変化が生じた場合は命令に従ってもらう。くれぐれも命令違反などしてくれるなよ」

クライストの説得など笑えない重労働だ。グデーリアンといい、クライストといい、有能だが衝突ばかり起こす部下を抱えると、気苦労が絶えんな。

 深い溜息を吐く。

 再び対空射撃を開始したアハトアハトの発砲音のする方向を二人は見上げると、4機の英空軍機ブレニムが飛来していた。先ほどからこの調子だったが、飛来する機数は目に見えて少なくなっている。早朝から続いた連合軍による航空攻撃も、ようやく底が尽きはじめていた。

 この後、ルントシュテットとグデーリアンの二人は、ムーズ東岸スダン市内中央にあるフォートホテルにおいた臨時司令部に移動した。その一室にて開かれていた第1装甲師団の幕僚会議では今後の方針を巡って、激論が交わされていた。

 議題に上がっていたのは、南方10km地点に後退し態勢を立て直しているフランス軍への対応についてだった。このまま西へと直進するか、南側面を向けた防衛部隊を残すべきかを巡って、意見が分かれていたが、結局師団作戦参謀ヴァルター・ヴェンクの「構うことはない! ケチケチせず一発ガツンお見舞いしてやれ!」の一言が決め手となり、論議に決着がついた。つまり全戦力を持って西へと向かうことが決定した。


 夜半から移動を開始した第1装甲師団だったが、第2軍から抽出された第1アルジェリア騎兵師団と第3シパーヒー旅団、第5騎兵師団の3個師団に上る快速部隊が、スダン橋頭堡を迂回して立ちふさがった。騎兵のみ先行する形で機動力を発揮し、なんとか西に回り込めたが、機動力の分その装備は劣悪で、戦車300輌編制の第1装甲師団の撃破は不可能だった。しかし、装備で劣る彼らは信じられないほどの粘りを見せ、兵力が3分の1になる崩壊状態まで奮戦し、10時間にも渡ってスダン南西8kmのラ・オルニュに装甲師団を拘束した。高級指揮官二人が戦死する苛烈な戦闘で壊滅した残余部隊は、エーヌ河の南岸に避退するしかなかった。


挿絵(By みてみん)

5月15日時点




15日を迎える。

 出遅れていたゲオルク・ハンス・ラインハルト中将の第ⅩⅩⅩⅩⅠ装甲軍団が、予備に編入される期限とされる正午前にモンテルメにおいてムーズを渡河、強行突破。第6・第8装甲師団が後方へと雪崩れ込んだ。ムーズ河流域こそ防衛陣地が構築されていたが、その後背はほぼ完全な無人地帯となっており、これまでの遅れを取り戻す、60kmという驚異的な進撃速度を見せることになる。これによって最も西へ突出する事になり、フランス第9軍は全戦線を引き裂かれる形で消滅する。


「最悪の事態だ」

 フランス北東戦域軍総司令官アルフォンス・ジョルジュ大将は、絶望的な状況に眩暈を覚えた。パリの東20kmにあるラ・フェルテ・ス・ジュアールに置かれた司令部でジョルジュは、この状況に対処しようと必死で手立てを考えていた。

「せめて第7軍が予備として残されていれば……」

 最北に配備された第1軍に並ぶ精強な部隊が健在であったならば、ここからの立て直しも十分可能であったはずだ。だからディールプランには反対だったのだ、せめてエスコープランであったならば!ジョルジュは自分の落ち度を呪った。もっと強く反対するべきだった。

 第9軍は戦線と呼べるものは無くなり、残余部隊が点在する形骸と化してしまっていた。ドイツ軍は巨大な突出部を形成し、このままでは北のBEFを含む第1軍集団主力が包囲に包み込まれる。それどころかその矛先を南に転じれば、パリが標的となる!それだけはなんとしても防がなければならない。

 

「残念だがこの状況は、コラー将軍の采配にも問題があると判断せざるをえない。現在遊兵と化している第7軍、ジロー将軍と交代させるべきと考える。第1軍集団が危機的状況に置かれているのは、ほぼ間違いない。エスコー河まで後退するよう、直ちに総退却の準備を開始せよ」

 第7軍司令官はアンリ・ジロー中将であり、電話をかけている相手はビョットである。半年前に策定されていたエスコープランも、前進と後退の差こそあれ、無駄にならずに済む。尤も、このままならば敵と味方の配置が反転した奇妙な状況となってしまうのであろうが…


「貴官の言っていた事に誤りは無かったようだ」

ジョルジュは受話器を置くと、後方で佇む巨人に向けて話しかけた。

「貴官の提唱した機甲戦術をドイツ軍は採用し、今この時も進撃が停止する気配はない。エーヌ河南岸に目下戦力を集結中であり、第6軍を配置に着かせる。貴官の第4機甲師団は第6軍の先鋒として、まずはパリに向かうであろうエーヌ南岸の敵の排除。続いて敵機甲部隊の後方から攻撃、可能であればこれを分断し敵の突出部を逆包囲するのだ」

 ジョルジュは混乱状態にありもはや何の役にも立たなくなった最高司令部に代わって、第1軍集団後方に新たに第6軍を編制、エーヌ河の防衛へと配置する事を命令した。そして、この大男こそが今、ジョルジュが最も信頼するに足る存在であることは疑いようがなかった。

「ド・ゴール大佐、貴官の機甲師団に更に竜騎兵連隊、3個戦車大隊を追加で編入する。存分にその手腕を発揮したまえ」

 これは、フランス軍の編成から考えれば、破格の、まさに軍団規模の戦車約400輌に上る8個戦車大隊を擁する強力な部隊が、即席ではあったが誕生した。

 第4機甲師団の指揮官はシャルル・ド・ゴール大佐。2mになる堂々たる体躯とは裏腹に、戦史研究に通じ、フランス軍高級指揮官の中では抜きん出ていた。ジョルジュが、ドイツ軍の行動に気付くや真っ先に招集をかけたことからもその重要性が窺い知れる。

「閣下、現在の集結具合では全部隊を集結させるのに、後二日は必要です。現在の手持ちの2個大隊で行動を開始したく思います。他の部隊は移動しながら集結させます」

 期待を背負って登場したド・ゴールではあったが、4月に編成されたばかりの第4機甲師団もまた、他の機甲師団と同じく準備段階にあり、まだ集結が完了していない状態だった。しかし、危急の時であることは疑いようもなく、時間を置けばますます事態が悪化する事は目に見えていた。即座に動くべきとド・ゴールは判断する。


 この間にも、ドイツ機甲部隊は奔流の如く第9軍の後方へと流れ込み、その入り口は拡大の一途をたどっていた。マジノ線西端のモンメディ(ルクセンブルグの南)に対しても限定的ではあったが第16軍が牽制攻撃をかけ、一部を陥落させる。もっとも、モンメディは新戦線と呼ばれる新しい要塞線であり、皮肉にも古いほど強力なマジノ線の中では弱体な方だった。

 夕刻にはスダンとパリ間のヌーテルにドイツ軍が到達し渡河準備に入った。

 この報告にパリのフランス首脳陣は戦慄した。


「敗北です……」

 場所はパリ、ヴァレンヌ通りに面したオテル・マティニョンである。ダラディエは電話連絡でこの事を聞いた。裏をかかれた事を認めたガムランは、ルーテル・パリ間に歩兵軍団の一つもない無防備状態であることを報告した。完全に思考停止であり、そこから先を考えられる状態ではなかった。

「それは我が軍が崩壊したことを意味しているのか?」

 震えた様子で、国防相ダラディエがガムランに問いかけた。ダラディエはガムランと親しい友人の関係であり、フォッシュと対立した時の首相ジョルジュ・クレマンソー結党急進社会党出身であることから、フォッシュの影響力が色濃い軍に、ガムランを総司令官として据え置くことで影響力を保持することに固執した結果、代償が恐ろしいほど高価であった事を思い知らされた。

「そうであります。我がフランス軍は崩壊しました……」

 この事実を脇で報告を待つ人物に報告するのは、堪らなく気が重かった。

「話にならん」

 力なくそう言ったダラディエに怒気を含んだ声で吐き捨てたのは、首相ポール・レノーだった。先の冬戦争でフィンランド敗北の非難でダラディエが辞職した後、後任の首相となった人物であり、ガムランの能力不足を理由にガムランの更迭を主張していたが、ダラディエが反対し更迭案は流れた。

 だからあれほど言ったのに。そう思わずにはいられなかった。

「直ちに後任を据える。総司令官はフォッシュ元帥の参謀長を務めたウェイガン大将だ。ダラディエ国防相、異論はないだろうな!」

 怒り心頭に発する。有無を言わさぬ様相でレノーは言い放った。これにはダラディエも反論のしようがなかった。レノーはこの時、内閣改造によるガムランとダラディエの更迭を決心していたが、全ては遅すぎた。




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