第16話 電撃戦Ⅱ 陽動・突破
5月11日
大日本帝國
「本格的に始まったようだな、イギリス・フランス連合軍とドイツ帝国との決戦…」
「はい。この一戦の結果いかんによっては、我が帝國の道筋が決定されるといっても過言ではありません」
場所は東京霞ヶ関の海軍省、その二階にある軍事参議官室。時刻は昼下がり。この部屋の主と、海軍兵学校長新見政一海軍中将(海兵36期)の姿があった。
何故兵学校長の新見がここにいるかと言えば、広島の同郷ということもあり、独仏の対戦に当たり、海軍内で最もフランス事情に精通しているこの人物をどうしても訪ねておきたかった、というのが理由である。
今やこの戦闘がどのような結果に終わるのか、その話題でもちきりであったし、米内首相はもちろん吉田海相(海兵32期)、住山次官(海兵34期)をはじめ主要な方々はその対応に追われている。個人の興味というレベルを当に超えた、政治的判断さえ帯びた内容であったからに他ならないから、と新見は考えていた。
「参議官はこれをどうお考えですか?」
自分よりも年は上だが、まだ若々しい外見を保っている上官に質問をぶつけてみる。今はただの閑職といってもいい参議官に留まっているが、その見識と先見性は連合艦隊司令長官山本中将が天才と謳う堀悌吉中将に匹敵、いや恐らくは海軍随一といっても過言ではない得体のしれぬ凶悪さを秘めている。
(しかし、この方は不器用だ。人からは誤解の目をもって見られている)
それが目の前にいる巨躯の男に対しての新見の正直な感想だった。人当たりがよく温厚な事で知られる新見は、数少ないこの男の理解者でもあった。遠戚にもあたり、その付き合いは長いがゆえにようやく部分的に理解が及ぶ程度にはなっているが、まだ彼の全てを理解するには程遠い。
尤も新見も、前線部隊を重視する海軍の主流派からは、異端児の扱いを受けており人の事を言えるものではない。
(しかし、この方は誰に対しても遠慮せずに、ずけずけと言ってしまう点においては対極的だ)
なにぶん刃物のような物言いをするうえに、理論的に攻めてくるので嫌らしいの一言に尽きるらしい。どうしても関わる人間が敬遠したくなるのは当然で、伏見宮様にまで嫌われているが、とある縁が元で予備役に編入されずに燻っている。それさえ無ければ、連合艦隊司令長官はおろか海相、総長になれてもおかしくないほどの逸材。しかし、このままであったならば、経歴以外の資料は一切存在せぬであろう。
「治世の能臣、乱世の姦雄」とは彼に対しても当てはまるのではないか?と思わずにはいられない。
平時においても海軍航空分野においての貢献は並々ならぬものがあり、当初三段式飛行甲板だった空母加賀改装に関して提言を航空戦隊司令官の指揮を執った上の経験を活かし航空本部長として行い、黎明期にあった初の急降下爆撃可能な九四式艦上爆撃機の開発導入、その加賀改装を踏み台として〇2計画空母蒼龍・飛龍策定にも関与、航空巡洋艦から本格的空母への発展を果たした海軍艦艇整備に、決定的かつ大きな影響を与えているし、蒼龍飛龍の両艦は、後の空母の原型とも言える完成度の高い艦型に仕上がっており、加えて、空母に搭載されるべき艦載機も、この時代は正に試行錯誤、全金属単葉機ですら日本では配備されていない。
兵力量決定権を有する次職、軍令部次長として携わった〇3計画策定に関して言えば、60000t級戦艦、30000t級航空母艦を各2艦の戦艦空母同率とし、戦艦優越の時代にあって空母発展の道筋の先鞭をつける。
更に、航空機の発展著しい状況に防空能力が陳腐化する事を非常に憂慮した彼は、同時に新型の対空砲の試作を艦政本部へと命じている。これは後の六五口径九八式十糎高角砲(長砲身10cm高角砲)の試作を意味しており、現在1年計画が前倒しで進行中の〇4計画防空艦に当たる秋月型に先立つことであり、決して防空艦の採用が遅れたことに繋がる事ではない。イギリス防空巡洋艦C型巡洋艦の採用にこそ遅れはしたが、1932年に採用されて間もない四〇口径八九式一二糎七高角砲(12.7cm高角砲)を主力として搭載しても、早い段階で能力不足となる懸念から、採用直後より試験砲の開発を航空本部長時代である1933年に開始。新型対空砲の開発自体は比較的早い段階で開始されている。
航空分野における開発は文字通り黎明期にあるうえ、この時期の軍令部次長は皇族である元帥、伏見軍令部総長宮に代わって実質的に総長の役割を担う。兵力量の決定とは、すなわち作戦計画の立案に従って艦艇、航空機、兵装に関しての性能を要求する事に他ならない。
ただし、各方面と衝突を繰り返しトップである伏見宮の逆鱗に触れ、軋轢を生じさせたのは軍人としては致命的だった。
その衝突の原因は、あまりにも先見性に富んだ、悪く言えば突飛な構想によるものだった。
空母の集中配備を第二艦隊に行い、巡洋艦戦隊と航空戦隊を兼ね備えた上に、高速戦艦戦隊までをも加えた最強の打撃力たらんとし、その艦隊を縦横に指揮する事を望んだが、意見は受け入れられる事はなかった。
前衛に当たる第二艦隊こそが空母を優先的に配備されてしかるべき、との独自の理論に基づくものだったが、この構想は、巡洋艦編成の第二艦隊と空母編成の航空艦隊を統合した機動艦隊の原型であり、その着想は1930年代前半に完成の域に達していた。
※〇3計画達成時を想定した軍令部次長時代の1935年時点の編制を確認すればこの点は明らかで、史を重ね合わせれば、マリアナ沖海戦の第一機動艦隊の配置はこの構想に沿ったものだった。
しかもその陣容は、金剛型4隻、※大和型2隻からなる高速戦艦6隻、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、※翔鶴型正規空母2隻の計6隻、※祥鳳型軽空母3隻、高雄型4隻、利根型2隻、最上型4隻の重巡計10隻、第二、第四水雷戦隊軽巡2隻、駆逐艦32隻、直衛駆逐艦6隻と、それまでの艦隊編制よりも遥かに強力であり、起こり得るであろう戦訓をあたかも見越しているような配置を構想しており、現時点における最良の空母護衛戦力を備え、新型戦艦を惜しんで温存せておくといった点も見られない。
その根底にあるのは、積極的攻勢による航空決戦と艦隊決戦を同時に平行して行うと言うものだ。
彼の見ている場所は、驚くべきことに10年先をゆく。
現時点でこれに着目しているのは、一握りの人物と直属の部下山本五十六の系譜のみで、その経歴の多くはかなり似通っており影響を与えていることは確実であり、山本は彼の後塵を拝している陰に過ぎない。加藤の各職の任期は1年強という短い間隔で出世を重ねているが、その各職で決定的役割を果たしている点は異常とも言える。
構想が却下され、あてつけとも言える空母通常配備の第二艦隊司令長官となったが、この時有事の際における実戦指揮能力も発揮される。
二二六事件である。この事件の発生に際して混乱の極みにある海軍首脳部に諮る事なく、高知沖で演習中の連合艦隊司令長官高橋三吉と協議したうえではあったが、反乱が各地に飛び火する可能性を考え、ほぼ独断に近い形で旗艦愛宕以下26隻からなる第二艦隊を率いて、翌朝には大阪湾の警備活動を開始している事から、それらを考慮すれば間違いなく一級品と判断していいものだろう。
一般船舶がひしめく、狭い海峡をその大艦隊を指揮して一糸乱れぬ高速艦隊運動と統率を見せたのは、まさに神業と言っても良い。
あの事件の直後から参謀長として補佐したが、前任者からの引き継ぎから、実務能力も高いことは確かだ。
それ以後、呉鎮守府長官を経て軍事参議官となるが、実質的には飼い殺しに近い。だが、予備役編入にはできない理由がある。そうなれば、海軍にとって極めて厄介な無視できない存在になりかねないからだ。
とにかく参議官とは、兼職でもしていない限り何事も起きなければ基本的には暇な役職だ。技術会議議員を務めている役柄、視察と称してあっちこっちと飛び回り、省内ではあまり姿を見かけない。それが彼の立ち位置であった。
「それはこの戦いの勝敗についてか、それとも我が帝國が選択するべき事についてか?」
「そのどちらについてもです。ぜひお考えをお聞きしておきたいと思います」
新見にとってもその答えは非常に興味深い。
「十中八九、ドイツの勝ちだろう。英仏に先の大戦のような過日の勢いはない。意外にあっさり勝負が決まる事もあり得る」
はっきりとそう言ってのける。これに新見は驚きを隠せない様子で聞き返す。
「これは予想しておりませんでした。まさか、フランス贔屓の参議官からそのような答えがあるとは思いませんでしたなぁ。あのフランスがそう簡単に屈服するでしょうか? 確かにポーランドは一月と持たず破れましたが、規模兵力兵装ともに桁外れです。加えて防壁としてのマジノ線もあります」
フランス軍の戦備は全体で見れば帝國陸軍のそれを上回り、戦車保有台数では事実上世界一。単純な兵力ならば中華民国軍、ソ連赤軍が上回っているが、そのフランス軍を打ち破ってドイツが勝利する可能性は無くはないが、わずか初日にしてその結論は時期尚早ではないであろうか?
「心情的にはフランスを応援したい気持ちがない訳ではない。が、フランス軍の戦備では決定的な穴がある。地上支援に当たるべき攻撃機の欠如、だ。これは致命的と言ってもいい。俺がいた先の大戦であったならば、フランスは次々と新技術を積極的に導入し勝利に貪欲でもあった。戦車しかり航空機しかり、決定打はこれらを大規模に運用したマルヌ会戦での勝利だろう。米軍の参戦はあったが、数を頼みに大損害を受けて大して役に立ったようには思えぬ。いや、ミッチェルとか言った航空屋はなかなかおもしろい考え方をしているようだったが、俺と同じく冷や飯ぐらいのあげくくたばってしまったようだがな。ウィリアム・ミッチェルやジュリオ・ドゥーエがしかり。少しでも空に展望を抱いた人間は、ろくなことになるものではない」
憐れむような自嘲するような、遠い目を窓の外へと向ける。外の雲一つない五月晴れが、余計に哀愁を漂わせている。
「話を折ってしまったが、先の大戦最後のドイツ軍による大攻勢カイザー攻勢によって生じた突出部に対するフォッシュ元帥指揮の反撃で、ドイツ軍戦線は一瞬にして崩壊した。その先例を覆すほど、ドイツ軍の用兵者が切れ者であったならば、一挙に戦局を塗り替えられる事は容易に想像できる。その確信があって攻めこんだのだろうからな。それを阻止する事は今のフランスには無理だ」
さすが第一次大戦の攻撃を受ける真っ只中のパリにいただけの事はある。いや、それ以降も欧州に長く留まり連盟空軍代表として在り続けたその外交のバランス感覚も伊達ではない。
新見は舌をまいていた。当時の最先端にあったフランス駐在で明らかに彼は変わった。
元々沈着冷静、頭脳明晰、決断力、行動力いずれも申し分ないが、それ以後はさらに鋭さを増している。
「しかし、ドイツが勝ってしまえば立ち消えになった日独同盟案が再燃する恐れがあります。そうなれば日米関係が悪化するのは必定。行き着くところは日米の総力戦となりましょう」
新見にとってそれは最悪の選択。
「日独同盟などせずとも、米国は時を掴んで圧力を加えて来るだろうよ。今の大統領は嫌日家だし、海軍関係出身であの物言いでは、な……」
予想もつくものだ、そう言っておもむろにポケットの銀製金紋付きシガーケースから両切り煙草を取りだし一服する。菊の紋章が彫られた、皇室より下賜された特別な品である。
「協調による平和が保てると米内、高橋大将(海兵29期)や長谷川(海兵31期・大将)は考えておるようだが、所詮は無駄な足掻きだ。第一、予算獲得の名目で支那に深入りした時点で、大陸利権を狙う米国の介入は必然となるし、実際蒋介石は米国に援助を求めている。いずれ衝突するのは時間の問題に過ぎん。その時に対応する事こそが海軍の役割だ。違うか?早いか、遅いかの違いでしかない以上、同盟には賛成の立場をとらせてもらう」
新見はこの回答に陰鬱な表情を見せる。その表情を隠すかのように、くゆらせた紫煙は室内に漂ってゆく。
海軍省内の高級課員や参謀達は、一通り駐米経験をごく最近経験しているが、アメリカの国力を目の当たりにしながらも、そのことごとくが反米思想に染まって帰国して来ており、暴発しそうな空気が蔓延し始め、そうして反米親独の考えが中堅層で支配的となっている。
黄禍論。黄色人種、特に東アジアで著しい伸長を遂げ、アメリカ国内の事業展開に成功する者も現れる日本人を、害虫の如く嫌う動きがあり、同じ黄色人種でも、侵略を受けていると見られている中国人に対しては、ひどく同情的な論調があった。1920年代には軍縮条約を順守する日本に対して、それなりに理解があった大統領ルーズベルトも、満州事変以後は手のひらを返したように対日強硬派へと転じている。そんなアメリカに武官として送られた主に佐官達には、FBI(米連邦捜査局)捜査官による監視が常時つきまとっていた。盗聴器のおまけつきで。感情を制御するのは難しいもの、そんな扱いを受ければ、敵視したくなるのも当然の話しだ。ただし、アメリカと戦って勝てるか?となるとまた別問題であり、その問に答えられる人間は極少数に限られる。
「先の大戦を鑑みれば、日露戦のように勝利を得るような艦隊決戦は発生しないと考えております。先の大戦で独大洋艦隊は艦隊保全により、英本国艦隊を北海に拘束し潜水艦を用いた通商破壊戦を展開しましたが、日米が対峙したときこの事例を適用したならば、圧倒的優勢を誇る米艦隊は我が連合艦隊を拘束しながら、我が軍の補給線を徹底的に叩いて来るものと予想いたします。その結果、連合艦隊は行動不能。よしんば発生したとしても、米艦隊はすぐに持ち直し再度侵攻してくるでしょう。その頃には我が海軍は壊滅の憂き目にあい、内地が焦土と化しましょう」
この上官はフランス駐在、対して新見はドイツの無限潜水艦戦によって通商路を断たれる寸前まで追い詰められたイギリス駐在であり、世界一の海軍力を誇る英国ですら、音をあげるほどの効果を上げていたその前例から導き出された結論から、通商破壊に対処する方策を検討していた。
「海大教官、戦史研究をしているだけあって的を射ている。その点には概ね同意できるが、米艦隊は余剰が発生する以上、連合艦隊を無視して行動可能と言う事を付け加えておく」
「ではやはり、補給線を守るべき大規模な護衛艦隊の創設を……」
これは持論でもあった。第一次大戦の先例に倣えば、必要不可欠なものと言える。話してみるものだ、そう新見は内心喜んでいた。
「護衛部隊の創設を提案していた新見君の意見には賛同しかねる。残念だがその余力は海軍にはない」
しかし、あっさりその意見は否定される。
「言った通り米艦隊は主力を転用可能なのだ。決戦戦力ですら不足する中、無理に艦艇を用意しようとすれば、護衛部隊は必然的に急造艦で編成される事となる。そのような部隊などそれらにかかれば瞬く間に粉砕される事が目に見えている。よって米艦隊の主力を撃破する決戦は必要不可欠であり、海軍としては連合艦隊の行動をもって、逆に米艦隊を拘束せねばならん」
こちらは、艦隊派にして実戦部隊指揮官としての持論。元々海軍は対米の数量不足を補うべく、個艦優越を目指して整備を続けていたが、その艦隊の水平展開は事実上不可能。それゆえに先手を打っていかなければならないと言う考えは、対米戦を真剣に検討している一部の人間はその考えに至っていた。塹減邀撃が机上の絵空事に終わる事も、これまでの研究の結果から当然。
しかし、今やそれらを主導するべき人間が、海軍中枢より離れて久しい。
「その時には、撃って出る以外あるまい」
この時、小さく呟いたこの上官の一言は、あまりに重い響きとなって新見の心に残った。
オランダを巡る戦いは、ドイツ軍の予想を裏切る形で進展を始めていた。首都アムステルダム、政府機関が集中するハーグ。これらを一気に掌握するべく空挺部隊を基幹とする第Ⅷ航空軍団は、第7航空師団3500名、及び陸軍第22空輸師団からなる12000名に上る降下猟兵を投入した。空挺軍団長はクルト・シュトゥデント空軍中将。
この当時、師団規模の空挺降下作戦を行える軍隊は、世界広しと言えどドイツ以外には存在してはいなかった。作戦計画ではハーグ、アムステルダム、ロッテルダム周辺各所の通信網の切断と、飛行場及び行政府並びにオランダ王室の掌握であった。当時の軍事常識からはかけ離れた規模の降下作戦であり、作戦成功のあかつきには、オランダ軍の行動を麻痺状態に追い込み、先のデンマークと同じくオランダの即日降伏を狙えるという野心的なものだった。
しかし、先の西方演習成功の前例はオランダの危機感を煽る結果となり、それは悪い方向へと作用していた。
ハーグ近郊の空港への奇襲降下を行った空挺部隊の先で待ち構えていたのは、オランダ軍で最も強力な第1軍団だった。元々東部防衛を放棄していたオランダ軍総司令官ヘンリー・ウィルケルマイン大将は、数少ない豆戦車、装甲車を主要部防衛の要であったホラント要塞線の内側に展開する、第1・第2軍団に重点的に配備していた。しかし、予想以上の規模であったため、要塞線東部にあった第2軍団は東正面の防備を後退する部隊に任せ、西への移動を開始。
第7航空師団隸下の輸送機Ju52がハーグ近郊のイペンブルム空港へと降り立とうとする中、空港周囲に配置されていたオランダ歩兵大隊からはの猛烈な弾雨に曝される事となった。
「何?! 降り立ってすぐにこの火線だと?!」
「待ち伏せされていた!このままではやられるだけだ!」
「乗員は直ちに機を放棄し、確固に応戦!」
奇襲を仕掛けた側であるはずが、逆に奇襲を受け部隊は混乱の渦中にあった。
特にこの空港ではオランダ軍の攻撃は苛烈を極め、機関銃の十字砲火による洗礼から始まり、旧式とはいえ砲兵大隊による砲撃まで加えられている。落下傘降下を行っている者も川に落下したり、燃え盛る建屋に墜落する者もあり、阿鼻叫喚の様相を呈している。
飛んで火に入る夏の虫。
障害物のない滑走路の目の前に降りて来た輸送機は格好の的となり、たちまちのうちに機体は砲火に包まれエンジンからは炎を噴き上げた。降下猟兵は果敢に機体から飛び出し、沈黙した機体を盾にして抗戦していた。
「コンテナの荷の回収急げ!とてもじゃないがこれじゃ戦えない!」
「ヤー!」
各銃器、特に重火砲の類は別に空中投下されており、降下兵達の装備は強力なものではない。とても歯が立つ相手ではなかった。それを見越してか、装甲車のおまけつきで現れるしまつ。
「クソッタレが! 随分と用意周到じゃねぇか!」
降下兵達は口々に悪態を大声で喚き散らしていた。そうしなければ、周囲に弾着する砲弾の爆発音と、空を切り裂く銃弾の飛翔音で、まともにいられる気がしない。
降下第2波は空港の滑走路が破壊された機体の瓦礫により降下不能と判断すると降下できそうな平野部に着陸を試みたが、舗装されていない湿地帯に着陸した機体は地面に沈みこんでしまい、脱出することもかなわなくなってしまった機体も続出した。
そんな彼らを待ち構えていたのはやはりオランダ軍の精鋭達だった。降下部隊が散り散りに降下したことで周辺の部隊が集結し、孤立した各隊は周囲のビルや家屋に立て籠もって抵抗、各所で激しい銃撃戦が展開されていた。
ホラント線内、ハーグ近郊に降下した部隊はことごとく包囲、あるいは殲滅される事態に陥ったが、最終的には小集団に分断されながらも抵抗を継続していた。これら北部空挺集団は、オランダ軍の抵抗により散々な目に合わされていた。
「降下班の大部分からの連絡途絶、以降続報はありません……」
「作戦は失敗と見るべきか」
南部と北部の二つの大部隊の片方が、その奇襲効果を失った挙げ句連絡がつかないのは、全くの想定外の事だった。正に被害甚大。第2航空艦隊司令部はハーグに降下した第22師団シュポネック中将に対してロッテルダム北部まで後退し、集結させる命令を出したが状況は判然としなかった。当の本人は、作戦が成功するものと確信してオランダ王家と面会するために正装の軍服を用意までしていたが、それは無駄に終わることになってしまった。
遠雷の如く響いてくる爆発音が、その攻撃の激しさを物語っていた。
「無事でいてくれよ…」
銃撃戦の最中であったが、祈るような気持ちでシュトゥデントは呟く。
これらの報告を受け、参謀達と共にロッテルダム南西、ワールハーフェンに降り立って指揮を執るシュトゥデントは悲観的な見方をしており、オランダ東部から南部へかけて次々と攻略しているB軍集団第18軍への援護の必要性から、ハーグ南東部に位置する、ロッテルダム市街南部から南東ドルドレヒト・を確保している南部空挺集団は、なんとしても現在地を保持しなければならなかった。そして、孤立しているであろう降下部隊の救出も急がねばならなかった。
しかし、オランダ軍の抵抗は頑強であり、シュトゥデント率いる南部空挺集団の北上を阻止し、ウィルケルマインは更に南から撤収していた国境警備大隊、後退していた軽師団を持って圧迫を加えてきており、確保した橋梁を巡って各所で激戦が繰り広げられていた。南部空挺集団はロッテルダム市街から南東域の狭い範囲に押し込められ、オランダ軍による包囲攻撃に晒されていたが、空軍の援護とオランダ軍の連携の不味さに助けられ、雲行きが怪しい流れでありながらも健闘していた。この場所はホラント要塞線の南側面に開いた穴となる。
この状況に対して第18軍は、2個師団と武装SS2個連隊(ライプシュタンダーテ、デア・フューラー)からなる第Ⅹ軍団が東部3州を瞬く間に突破し占領下に置き、ホラント要塞線の外側にあるグルッペラインへと迫っていた。しかし、このグルッペラインは多数の水路によって阻まれ、後退してきた部隊も多数防衛に加わり、ここに至ってオランダ軍の本格的な抵抗に遭遇し、その突破は困難なものとなっていた。
東からの攻撃に加えホラント要塞を迂回して背面より攻略するべく、北部3州も第ⅩⅧ軍団が無いに等しいオランダ軍の抵抗を排除して突破、オランダのほぼ中央に大きく横たわる人造湖アイセル湖の北端に位置するコルンウェルデルザント要塞に迫った。
アイセル湖は20世紀に入り、北海につながるワッデン海からの度重なる高潮による被害の軽減と、干拓地拡大のため、32kmにも及ぶ世界最大の大堤防が築かれたことでワッデン海から切り離されていたが、この堤防は侵入経路としても活用できる事が明らかであったため、その大堤防東西両端には敵の侵入を撃退するため、東のフリーラント州側にはコルンウェルデルザント、西のホラント州側にはデン・ウフェル要塞を構築して守りを固めていた。
ホラント要塞の裏口に当たるこちらの方も、50mm要塞砲とトーチカ群に守られた要塞の抵抗を排除するには至らず、快進撃を続けていた第1騎兵師団は足踏みを強いられる結果となる。小型船を徴用し湖上突破も検討されたが、オランダ砲艦が周遊するなかの突破は不可能と判断され、廃案となる。
しかし、要塞線内部空挺作戦の南部での成功結果を受けて、マーストリヒトまで進出したB軍集団司令官ボックは、第18軍司令官キュヒラーと協議して、予備軍であった第9装甲師団からなる機甲部隊主力を抵抗の弱い南側面を西へと突破させる事を決定。攻撃重点は左翼に移り、第9装甲師団はマーズ河南翼にあたるブレダ地区で、後退を続けるオランダ軍の背後から突き上げる形となっていた。
この時点ではオランダ領は、東半分をドイツ軍が占領。中央東正面からは第Ⅹ軍団が担当、アイセル湖南端からマーズ河までのグルッペラインでドイツ軍は進撃停止、北部は第ⅩⅧ軍団が担当、アイセル湖に阻まれ停止。空挺部隊が西部ホラント要塞線南部で苦戦、これを援護するべく機甲部隊を含む第ⅩⅩⅥ軍団が急進中といった具合となっている。
変わって第6軍の状況は、前日に落とされた橋に変わって小型フェリーを使用して、第4装甲師団戦車の一部がマーズ河を渡河し、その2時間後には16t架橋によって大多数が無事に渡河を完了、後続の第3装甲師団もこれに続いた。エバン・エマール要塞と同時に降下した部隊が確保した、アルベール運河の橋梁を通過し、最初の関門を突破したのである。ここからシャンブルー間隙部までは、なだらかな丘陵地帯と平原が広がっており、機甲戦を行うには正にうってつけの舞台であり、これは連合軍にとっても同様の認識で、数日は持つであろうと考えられていたアルベール運河が、たったの一日で突破されてしまった事により後退を開始していたベルギー軍第1軍団と、そのベルギー軍を追撃するドイツ軍、そして、後退するベルギー軍を援護するフランス軍といった図式が出来上がり、東と南をマーズ河、北をアルベール運河、西をディール河に囲まれたこの地域で、史上最大規模の戦車戦が展開されようとしていた。
すでに最前線にあったベルギー第7師団は11日の朝の時点で、ドイツ第4装甲師団に捕捉され、7000名が捕虜となり事実上壊滅。
フランス軍の先鋒は第1軍の騎兵軍団2個軽機械化師団が、ほぼスケジュールに近い行軍にてナミュール北西域に、潰走するベルギー軍と入れ違いに到達。主力である第1軍の偵察部隊と言うこともあり、その装甲戦力は第4、第3装甲師団の保有するそれに匹敵する規模の部隊だった。
ドイツ第4装甲師団は2個戦車連隊Ⅰ号戦車・Ⅱ号戦車計260輌、Ⅲ号戦車・Ⅳ号戦車64輌からなり、これに偵察兼対空用装甲車両Sdkfzを含む偵察大隊約50輌の編制となっており、やや遅れている第3装甲師団もこれにほぼ準じる内容となっている。戦車装備数は約650輌。
これに対してフランス軽機械化師団は2個の軽機械化旅団からなり、片方の旅団は2個戦車連隊オチキスH35/39軽戦車80輌、ソミュアS35騎兵戦車80輌の160輌で編成され、もう片方はパナールP178装甲車40輌の偵察大隊、オチキスH35/39軽戦車とルノーA.M.R33軽戦車60輌から編制される自動車化竜騎兵連隊。戦車装備数は約440輌。後方からの増援を受ければもっと増加することが予想された。
両軍の戦車の備砲は37mm砲が中心だったが、ドイツ装甲師団のⅡ号戦車は20mm機関砲装備でありそれは全体の1/3近くで、砲火力の不足は否めない。支援戦車に分類されるⅣ号戦車のクルップ24口径75mm砲(通称コルク)が両軍の戦車では最も強力ではあったが、いかんせん少数だった。B/C型装甲厚も30mmと決して強力と言えるものではなく、総合力では最大56mm装甲厚を誇り、APX32口径47mm砲を搭載したソミュアS35が上回っている。
第6軍の先鋒にして連合軍主力に対する囮として、この最も過酷を極める戦闘になるであろう、2個装甲師団を率いる第ⅩⅥ装甲軍団を率いるのはエーリッヒ・ヘープナー騎兵大将だった。彼はヒトラーの持つ潜在的な領土拡張の野心が、いずれはドイツに破滅をもたらすと警戒し1938年のクーデター計画に参画しながらも、職業軍人として役目を忠実に果たそうとしていた。そんな彼の上司にあたる第6軍司令官は、熱烈なるナチス信奉者であるライヒェナウであるのは、多分にその意図に気付いていたからなのであろうか?
「予想通り、相当な規模を当ててきたな敵さんも」
双眼鏡を片手に、装甲車に乗車して前線の様子を窺っているのはヘープナーである。
「は、そのようです。偵察機からの報告では、我が方とほぼ同規模とのことであります」
同乗している副官が同じように双眼鏡を見ながら応える。
「偵察部隊規模で我が軍団に匹敵させるとは、さすが、とでも言っておこうか」
彼方に集結しつつある偵察用と思われる装甲車の集団を眺めると自然と笑いがこみ上げてくる。随分と立派な舞台が仕上がってるじゃないか。
「閣下?」
「派手であればあるほど観客の目は我々に集まる。もう間もなく日が暮れる、明日の本番に備え準備の怠りなきよう各部隊に通達させよ」
「ヤー!」
我が騎兵運用の本領発揮といこうか。
「それと砲兵の移動をもっと早めるように。後方の敵陣地に主力が到達するのも時間の問題だろうからな」
装甲戦力では眼前のフランス軍装甲部隊を上回っているが、あくまで彼らは単なる前衛に過ぎず、その後方には自動車化された3個軍団が展開し始めており、更に左翼にはナミュール要塞、右翼からはBEF2個軍団が展開。ベルギー軍を潰走させたヘープナーではあったが、その行動は連合軍の意図した通りのことであり、圧倒的兵力が待ち構えていたのである。連合軍が全力を挙げれば、容易に粉砕される事が確実な状況にあった。
しかし彼にとって、いや全ドイツ軍にとってそれは望むべきことであり、ドイツ第ⅩⅥ装甲軍団とフランス騎兵軍団との衝突は翌日へと持ち越しとなった。
この時、マーズ河を挟んで第6軍の南にはルントシュテット上級大将指揮A軍集団の第4軍が、その南は第12軍、更にその南には第16軍の3個軍が西へと向かっており、クライスト装甲集団を擁する第12軍がその矛先を南西のスダンに向けつつあった。
その北翼、第4軍第ⅩⅤ装甲軍団に所属する第7装甲師団は既にベルギー軍及びフランス軍前衛と接触していた。ただし、この方面の攻勢はまだ慎重に行われていた。理由は北のフランス軍主力が南下してくること避けるために他ならない。この方面の突出が明らかとなれば、北と南から挟撃を受ける事を司令部は恐れていた。
この方面のフランス軍の守備は第9軍が担当しており、その守備範囲はかなりの広域に及んでいた。ナミュールからスダンまでの線に薄く広く散開した形で7個師団によって防衛されていた。アルデンヌ高原、大規模侵攻が困難であることからそのような配置に留められたこの地区には、偵察部隊である軽騎兵師団、アルジェリア植民地徴集部隊からなるシパーヒー旅団、歩兵2個軍団からなり指揮官はアンドレ・コラー中将。
この時、第9軍の右翼は、南東に展開している第2軍との連結が果たせないまま、流動的にドイツ軍の攻撃に晒されていた。戦車多数を含むドイツ軍の攻撃を受けているとの報告が、コラーの下に届いており、危険な兆候を認めた彼はガムランの最高司令部に報告を入れたが、司令部の関心は北のベルギー平原に向いていた。完全にドイツ軍が意図したとおりに侵攻していると錯覚しており、まさかこの攻撃が、2個軍団(第ⅩⅨ・第ⅩⅩⅩⅩⅠ軍団)5個装甲師団(第1・2・6・8・10装甲師団)を擁するクライスト装甲集団の戦略機動であろうなどとは、まったくもって予想だにしていなかった。第6軍前衛であるヘープナーの第ⅩⅥ装甲軍団は、フランス軍の判断を誤らせる絶妙なタイミングで、シャンブルーに突進していったのである。
明くる12日。
ついに当時最強を誇ると目されていた独仏両軍の、全力による第二次大戦始まって以来最大規模となる戦車間の戦闘が開始されるに至る。場所はシャンブルー地峡部北東に位置するアニュー。
ドイツ軍機甲部隊の行動が恐ろしく早いことは英仏両国陸軍にとっては共通の認識で、その機動力を封殺する手段がマーズ河、ディール河からなる天然の要害を軸とする防壁であり、唯一残された地続きの部分こそがシャンブルーであり、この地点こそが戦車の突破に最適と判断されていた。
対ポーランド戦で実施されたドイツ軍の機動戦に対抗する連合国の回答は、同様の機動戦にて対抗するのは現時点では不可能とする極めて現実的なものに収まった。すなわち、第一次大戦の原点に戻り、速やかにシャンブルー主要地点に陣地を構築したのち、圧倒的防衛側の砲兵主体とする火力戦へと移行し、装甲戦力を殲滅する事であった。準備不十分の連合国側にとってはこの方法以外に存在せず、もっとも妥当な判断と言えた。
一度敵戦車に突破を許せば、それは軍規模の包囲を招き、戦線を崩壊させることにつながる。先のポーランド戦では野戦軍が丸ごと包囲され、降伏を余儀なくされた先例があったため、まずは騎兵軍団による足止めしている間に、後方に防御陣地を構築してドイツ機甲部隊を撃退する状況が整えられた。
戦車の敵は戦車ではなく砲兵との認識が連合国内には存在し、その火力を集中させればドイツ機甲部隊の突破阻止は十分可能と考えられていた。フランスは先の大戦からの厭戦気分が色濃く残り、爆撃機や戦車といった攻撃的兵器の開発は熱心には行われてはいなかったのが実情で、その予算の多くをマジノ線に注ぎこんでいる中、保持する兵器を効率的に配置していかなければならない事情があった。
集中の原則。
ドイツ軍がクライスト装甲集団に戦車戦力の大半を投入する徹底したモノであったのと同じくフランス軍も、第1軍にその戦力を集中させていた。攻撃側と防御側ではその運用方法は異なり、それを実施していたため、北部の戦力は極めて強力で他の個所はそれに反比例する。その独仏両軍の戦力投入の場所が南北互い違いになっていた事が翌日に明らかになるが、この時点では知る由もない。そうなるようドイツ軍は意図的に、かつ巧妙に仕組み、それは理想的な形で進展を見せていた。
アニューの戦いと呼ばれたフランス戦役最大の戦車戦の戦端が開かれたのは、08:00。
見渡す限りに広がる農地と小さな村落と林によって彩られた広大な平原。その点在している村落を拠点としてフランス軍戦車部隊は防衛線を展開、対して第ⅩⅥ装甲軍団の先鋒として第4装甲師団は整然とこの防衛線の突破を図る。
「エンジン始動!」
「戦車隊前進!」
土埃を巻き上げながら、戦車大隊を基幹とする各装甲部隊が進撃を開始する。Ⅰ・Ⅱ号戦車の3個中隊、Ⅲ号戦車Ⅳ号支援戦車1個中隊から戦車大隊は構成され、各中隊は戦車15~18輌編制。やや雑多な編制となっているが、主力は数量からしてやはり全体の半数を占めるⅡ号戦車であった。
Ⅱ号戦車は砲ではなく20mm機関砲装備であるため、対戦車戦闘における力不足の感は否めないが、対歩兵用の兵装としては十分な威力を持つ。榴弾の使用も可能であるため、重機関銃を装備した陣地攻撃にも向いていたため、いまだ有効な戦力として機能していた。
だが、やはり相対している敵情からして、立ち回りは少数配備に留まっているⅢ・Ⅳ号戦車の運用にかかっていた。
対峙しているのはフランス騎兵軍団。指揮官はルネ・プリウー少将。その最大の脅威はスペックにおいて攻防走あらゆる面で優位に立つソミュアS35であり、それらがおよそ2個大隊。大隊編制は10~15輌編制の中隊3個からなるものである。
ドイツ軍にとって幸いであったのは、それらが中隊、あるいは小隊単位で小分けにされて配備されていた点にあった。そして、ドイツ軍はスペック以外の運用上の点で優位を確保していた。
それは戦車兵の役割分担と、通信能力の付加による指揮のしやすさにあった。Ⅲ・Ⅳ号戦車は比較的大型の旋回砲塔であったため、3人乗りとなっており、車長、砲手、装填手と役割が明確となっていたため、車長が索敵と他戦車との通信連携、砲手が目標に対しての命中精度、装填手が砲の発射速度を向上させるという各々の役目に集中することができた。
それでも、ソミュアS35が紛れもない強敵であるのは疑いようもない。
性能で上回るフランス騎兵軍団とドイツ第ⅩⅥ軍団との戦いは、正に熾烈を極めるものだった。
防衛に徹しているフランス騎兵軍団との戦闘は、防衛側のフランス側から始まった。集落に対して突進しているⅡ号戦車の車列に対して、フランス軍軽機械化師団に所属するオチキス軽戦車の待ち伏せ攻撃によるものだった。集落近辺に散在する窪地と樹木に身を隠した軽戦車の小隊は、照準を合わせるなり攻撃を開始した。機動力を重視した軽戦車と言えど、37mm戦車砲の攻撃力と34mmの装甲は、Ⅱ号戦車にとっては強力な存在だった。最も厚い正面装甲ですら、容易に貫徹してくる相手である。
フランス戦車兵の中でも熟練兵が操るオチキスは、初弾に命中弾を叩きこんでくるものもあった。不用意に近づき過ぎて撃破された戦車は十数台にのぼる。対してドイツ軍第4装甲師団も、拠点を包囲するべく進撃を続け、フランス騎兵連隊を包囲することに成功…、するかに思われたが、その包囲を破るべく現れた20輌からなるソミュアS35による反撃が行われた。
「9時方向より、敵戦車!」
迫りくる敵の存在を確認した車長は、前方の拠点にかかりきりになっている僚機に指示を出すと砲塔内に潜り込みハッチを閉めた。
「やく三個小隊、あの丸頭はソミュアだ! 弾種、榴弾から徹甲弾に切り替え!」
車長の声に、装填手は拠点攻撃用に準備していた砲弾を大慌てで入れ替え、操縦手はすばやく敵戦車を正面に捉えるべく、アクセルを踏み込みながら前に二本ある操作レバーの左を目一杯引き、逆に右のレバーを押し込む。左履帯は逆転し、右履帯は正転を始め車体は急速に左方向へと向きを変える。
「先頭の奴を狙え!袋叩きにして叩き潰す! 全車突撃!」
Ⅲ号戦車のドイツ装甲部隊も果敢に反撃、持ち前の連携攻撃により、集中砲火を浴びせかけられたソミュアはその持ち前の装甲で砲塔正面や前面こそ貫通はされなかったが、履帯を破壊され動きをとめるもの、砲塔側面あるいは背面を撃ち抜かれて炎上する車両もあり、合計で11台を撃破する多大な損害を与える。
ある程度のまとまった量の戦車を動かしてはきていたが、車長が一人で装填手と砲手の三役を兼ねていては、対応などできようはずもなかった。しかし、この攻撃でドイツ戦車も少なからず被害を受け、なによりも完成しつつあった包囲は破られ、騎兵連隊はその包囲を脱することに成功する。
ライヒェナウの第6軍はこの状況に空軍に航空偵察を要請し、この偵察により第4装甲師団の南に、自動車化連隊と連隊規模の装甲部隊が展開している事を確認したヘープナーは、第4装甲師団の側面防御として第3装甲師団にこの部隊に対して攻撃するよう命令。展開していたフランス第2軽機械化師団と激突、当初は拠点からの猛砲撃を加えドイツ第3装甲師団の進攻を押しとどめるが、再度ドイツ軍が反撃を行い一進一退の砲撃戦へと発展。双方決定打を与えるには至らず、攻撃開始地点まで後退して日没を迎え、この日は拠点防衛に成功したフランス軍の辛勝という結果に終わる。
「随分あっさりと止められちまったじゃないか。おもしろくねぇな、この結果は」
最前線アニューの北東のトンレゲン。マーストリヒトから更に前進してきていた第6軍前線司令部。アニューからの距離はわずか7kmに位置している。第6軍司令官ヴァルター・フォン・ライヒェナウ上級大将はベルギー平原を描いた地図を前に腕を組んだままそう吐き捨てる。ポーランド戦において、主力となった第10軍(同第6軍、名称変更)を指揮し、ポーランド中央を突破し戦線を引き裂いた。
グデーリアンと同様、機甲部隊創設の立役者にして空陸直協による機動戦の理解者として名を馳せている。陸軍総司令官となれるほどの人物でありながら、ナチスの思想に共鳴する危険人物との認識も持たれる負の一面を持つ剛将。
「しかし、ここでのんきに構えていては、連合軍に立て直しの余裕を与えることになるからな。できれば、うちの6軍だけでできるだけ押し込んでおきたいところではある」
陽動とはいえ、手を抜いているなどと思われては心外だ。味方はもちろん敵にも。
「我々だけで、敵主力が守る防衛線を抜けますでしょうか? このまま装甲戦力をすり減らしては、後の作戦に支障が出る恐れもあります。ある程度、装甲師団の損耗は抑えておいた方が得策かと」
参謀長フリードリヒ・パウルス少将が意見を述べる。豪放磊落、おおざっぱで快活、親分肌のライヒェナウとは真逆の冷静緻密な参謀将軍。熱のライヒェナウと冷のパウルス、性格はおおよそ相容れない二人ではあったが、その二人の関係は非常に良好だった。パウルスと同様、幕僚の間でも不安を口にする者もあった。
視線をアニューから、その先のシャンブルーへと向ける。この陣地に展開しているのは自動車化3個軍団、前衛の騎兵軍団も含めれば4個軍団に上る。単純比較で装甲兵力も倍以上になる、これまでとは比べ物にならない強固なものとなることが予想されているが、ライヒェナウに引き下がる気は毛頭なかった。
「だったら精神的な圧迫を加えてやればいい。一度攻撃を撃退できた程度で、俺らの攻勢の意志は微塵も揺るがねぇ事を思い知らせる。進撃停止はありえんよ」
「そうなりますと、夜襲……ですか」
パウルスはすかさず反応する。
「分かってるじゃねぇか。アニューに居座ってるフランツマンどもには朝帰りしてもらう。奴らには一睡たりともさせるなよ。戦車も減らさず、敵は疲れて勝手にいなくなる、一挙両得ってやつだな。まあこっちがやられたら嫌なことをしてやるのが上策ってもんだろう?」
パウルスを見ながら、ライヒェナウは笑いながら話しかける。
「わかりました。各部隊には司令官名で命令を出しておきますのでご安心を」
パウルスは第10軍時代よりよくライヒェナウをよく支え、ライヒェナウもそのパウルスを気に入り、熱心に指導を行っていた。雑務の諸事一切はパウルスが取り仕切り、ライヒェナウは大事な局面の決定を下せばいいという以心伝心の関係が出来上がっており、まさに彼らの黄金期と言える時代だった。
この決定は直ちに前線へと送られ、戦車部隊に遅れて到着していた歩兵、狙撃兵を中心とした部隊によるアニューのフランス軍拠点に対しての攻撃が、夜通し実施されフランス兵を閉口させた。
そして夜が明けきらぬ早朝に、フランス軍は拠点から姿を消していた。しかし、全面撤退とはいかず、時間稼ぎのためアニューの最前線こそ放棄したものの、シャンブルー線までにはまだ多数の部隊が居残っていた。13日もアニュー~シャンブルー間で両軍は激しい砲火を交えながら、戦車間の戦闘を繰り広げた。
13日
フランス戦役最初の重大局面が訪れていた。場所はマーズ河中流域、ドイツ第6軍とフランス第1軍が激戦を繰り広げるシャンブルーの南約90kmに位置するスダン。マーズ河が大きく湾曲し、川幅が狭くなっている絶好の渡河地点。ここにグデーリアン大将が率いる第ⅩⅨ装甲軍団の前衛、第1装甲師団が12日の夜半に到着、夜明けまでを渡河攻撃の準備に費やした同師団は、夜明けを期して総攻撃を開始。
アルデンヌの森で大渋滞を引き起こし、作戦に遅れが生じるのではないかという一悶着がありながらも、その遅れを挽回するように爆進を続けていたが、3個装甲師団からなるⅩⅨ軍団のうち、第1装甲師団がスダン北方から、東からは第10装甲師団が到達。第2装甲師団が第10装甲師団の後を追う形となっていた。
この戦区はアルデンヌを防衛するフランス第9軍と、その南東を防衛する第2軍の中間線に位置しており、スダンを守備していたのはフランス第55歩兵師団。最精鋭のドイツ装甲部隊に対して、フランス軍内部の格付けでもBクラスと評価された二線級師団で、本格的侵攻開始から2日たっても動員が完了していない状態。マーズ河南岸にはトーチカ群が設置されていたが、装甲師団とSSグロス・ドイッチュラント連隊が加わり装備されていた師団砲兵による砲撃開始。これに空軍第2航空軍団が航空支援に入る。
「対空砲の配置はまばら、密度も大したことはない。これならば余裕だ」
打ち上げられる対空砲火による爆発が、空中で黒い花びらを開かせている様子と地上から光を放つ対空砲の位置を確認すると、エルンスト・ステーン空軍中尉は指揮下の中隊に命令を下す。後続の部隊のためにも、もっとも脅威となる対空陣地の撃破は最優先だ。
「敵戦闘機の出現に注意、各小隊ごとに目標を破壊せよ!」
エルンストは操縦桿を握る手に力を入れ左に倒しながら前に押し込むと、機体は機首を下げ横に傾きながら急降下を始める。彼の機に引き続いて、デルタ隊形の後方に続く機も同様の行動をとる。
急降下中、エンジン冷却過大を防ぐエアブレーキが独特の共鳴音を放つなか、照準器の中央に75mmM1926対空砲を配置した陣地をおさめる。周囲の8mm機銃陣地から曳光弾が機体をかすめ、強力なGが体にかかるのを感じながら、エルンストは投下ボタンを押す。
機体から離れた250kg爆弾は陣地に吸い込まれるように命中。兵士数人と機銃を吹き飛ばした。
この時第3航空艦隊は、空軍が装備する9つのシュツーカ急降下爆撃飛行隊の内の6つを投入。
絶え間なく不気味なサイレン音がこだまし、6機編制のJuシュツーカ2個分隊1個小隊が一組となって、目標と見定めた対象に急降下を始める。対岸のフランス軍陣地、トーチカ、対空砲陣地を容赦なく爆撃、この様子は訓練未了の若い兵士を恐慌状態に陥らせた。
航空爆撃軍団による圧倒的な航空支援と、砲兵による猛烈な射撃にマーズ河北岸のフランス守備隊は瞬く間に敗走。対岸地区に対しても一波60~100機に及ぶシュツーカ、ドルニエDo17、He111による絶え間ない航空攻撃が、6時間にも渡って繰り返し行われた。
その日の午後、渡河第一波がマーズ河を渡り、第二波に混じって司令官グデーリアンが突撃用舟艇で川を渡ろうとしていた。
「閣下! マーズ河での川遊びは禁止ですぞ!」
河を渡りきった先で突然大声で話しかけられ、グデーリアンがその方向を向くと、第1装甲師団第1歩兵連隊長ヘルマン・バルク中佐が笑って立っていた。
「言ってくれるじゃないか中佐。皮肉のつもりか」
苦笑いを浮かべ、グデーリアンはバルクにそう返した。かつての渡河作戦の演習で、兵士達のやる気のない態度に川遊びと呼んで皮肉を言っていたのを、まんまと言い返されてしまったのである。
「状況はどうかね?」
「は、現在橋頭堡を拡大中。敗走しているフランス軍を追撃中であります。ポンツーン架橋設置が完了次第、戦車連隊をこちらに向かわせるとキルヒナー閣下(師団長・少将)が申されておりました」
「よろしい。可能な限り敵の反撃の手段を封殺するのだ。とくに敵砲兵に橋頭堡を狙われてはたまらんからな」
「ヤヴォール! ヴェンク(作戦主任参謀)の言っていた通りに事が運んでいます。まるで2月に行っていた演習をそのまま再現したようであった、と。これもグデーリアン閣下の采配の賜物です」
やけに持ち上げる。こんな言葉を聞いて笑みを浮かべたくなるが、アルデンヌ突破作戦裁可に当たって「貴官がいつどこでマーズを渡るかなど知った事ではない!」と第16軍を預かるエルンスト・ブッシュ歩兵大将から猛烈な反発を受けていた時の事を思い出して、苦笑いへと変わっていた。
なにはともあれ、ヴェンクの働きは称賛に値する。あのマンシュタインが絶賛するだけのことはある。
事実、今作戦の推移は演習の日付を書き直しただけの物が部隊に配布されていた。それほどまでに事前に行われた演習は、緻密に練られたものだった。
グデーリアンは心の中で感嘆の声を上げていた。
第1装甲師団作戦参謀ヴァルター・ヴェンク。マンシュタインからその手腕を高く評価され、グデーリアンを支え共に以後もドイツ陸軍の中核を担う若き参謀の姿があった。




