第15話 電撃戦Ⅰ 黄色作戦
1940年5月10日
まだ夜明け前、太陽の光が東の空からわずかに零れようとしている丘陵地帯の砂利道を、数台の装甲車に護衛されたベンツが走り抜けて行く。
周囲の一段高い場所には、対空機関砲も配備されている上、路肩にも武装親衛隊の人間が警備に当たっている。闇に溶け込む黒い制服に身を包む、長身の屈強な男達。
「もう間もなく到着いたします。総統閣下」
その様子を車内から窓越しに伺いながら、後部座席の隣に手を組んでどことなく落ち着かない様子で座る主に、そのように声をかけたのは総統筆頭副官ルドルフ・シュミント歩兵大佐。
向かう場所はベルギー、フランス両国境に程近い場所に設置された臨時総統大本営、暗号名称「岩山の城」。
ヒトラー総統がこの場所を訪れる事を、連合国側に知られる訳にはいかず警備は目立たぬように、しかし、万全の態勢で臨まねばならない。
第二次大戦が勃発して以後、西部戦線ではファニーウォー、偽りの戦争を9ヵ月の期間にわたって長々と続けてきているが、フランス軍が一切攻撃を行ってこなかった、と言う訳ではない。
昨年9月初旬にポーランドを間接的に支援する目的で、フランス軍はドイツ国境を越えた。ザール攻勢である。ドイツ、フランス、ベルギーの国境三角点に近いザール地方に対して限定的な攻勢を実施、この地方を占領下に置いていた。この攻勢はドイツ側が、マジノ線と対峙するように設置されたジークフリート線との間までの範囲であり、連合国の態度を示すパフォーマンスの意味合いが大きかった。
ポーランドが降伏した事で、この攻勢は意味を失い、フランス軍は占領を放棄して撤退した。この事は一瞬で過ぎ去った事として、ポーランド戦後に配備された部隊は罵りあいに終始していたが、開戦直後からこの地方を防衛していたヴィッツレーベン上級大将指揮下のドイツ第1軍にとっては、精神的に巨大な圧迫を受けていた。
当時、ドイツ第1軍には3個軍団、13個師団の兵力が配備され、ジークフリート線を防衛していたのに対し、正面に展開するフランス軍は、マジノ線周辺にフランス第2軍集団、3個軍39個師団が配備され、その兵力は実に三倍に達していた。その後、ポーランド戦後に東部戦線のドイツ軍が西部国境に集結し、フランス軍がドイツ国内に侵入する機会はなくなった。
とはいえ、前線近くに偉大なる指導者ヒトラーがいると言う事実は、フランス軍の攻撃を誘発する理由としては十分過ぎる。
車列が停止したのは、小高い丘に囲まれた窪地に佇む一見すればあばら家のような、粗末な建物の前だった。
「ハイル・ヒトラー! お待ちしておりました総統閣下。ゲーリング元帥閣下以下御一同、到着しております」
出迎えたのはライプシュタンダルテ・SS・アドルフ・ヒトラー第4警備大隊長ハンス・クリューゲSS少佐。周辺の警戒に当たるのも、親衛隊の精鋭が集められた部隊である。黒一色で統一されたその軍装は、精悍さをさらに引き立たせる。
第4警備大隊を除く本隊は、攻勢第一陣となるB軍集団に配属されている。
「警備ご苦労」
そうヒトラーは声をかけながら、足早に歩を建物の中へと進める。その建物は、内部が外とは不釣り合いな様相となっており、地下へと通じるコンクリート製の階段を下りていく。
地下もやはりコンクリート製となっており、電灯の光に照らされた薄暗い廊下を、ヒトラーはシュミントを伴って奥へと進む。奥にある扉の前の親衛隊員が敬礼した後、きびきびとした動作で扉を開く。
「作戦開始時刻まで、後5分であります」
そうシュミントは小さくヒトラーに対して耳打ちする。時計の針が指し示す時刻は04:30。ヒトラーはそれを聞いて小さく頷き、部屋の中へと入って行く。
「ハイル・ヒトラー!」
部屋に入って来たヒトラーの姿を認めると、一同は立ち上がり敬礼をもって彼を迎えた。部屋は約5m四方、中央に簡素な会議に使用されるような長机が置かれている。
入って来た扉の正面には別の出入口があり、奥には陸軍のグレーの軍服をきた、連絡官や参謀達が行き交っている。
中には空軍の白地の軍服の人間がいるのも確認できる。
「ハイル・ヒトラー。元帥、作戦開始まで5分を切った。空軍の手筈はどうか?」
席に着くや、総統左手に座る贅肉で脂ぎったうえ腹が前に突き出ていて、これがかつて空の英雄と謳われた人間か?と疑いたくなるほどに見苦しい感が漂う空軍総司令官ヘルマン・ゲーリング元帥に対して、質問を投げ掛ける。
「総統閣下のご命令がありしだい、ケッセルリンクの第2航空艦隊、シュペルレの第3航空艦隊が作戦行動を開始いたします。先ほど空挺部隊が、グデーリアン将軍率いる第ⅩⅨ軍団援護のために離陸した事をお伝えいたしておきます」
報告を聞いたヒトラーは「よろしい」とだけ答え、その対面、総統右手にいる陸軍参謀総長フランツ・ハルダー砲兵大将にも陸軍の状況を報告させる。
「は、現在ブラウヒッチュ将軍の陸軍総司令部が北東8kmまで進出しており、総統閣下のご命令はそこを通じてABCの3個軍集団に通達され、攻撃を開始します。我々もこの後、総司令部へと向かいます」
陸空軍の準備が完全に整った事を確認し、ヒトラーは満足そうな表情を浮かべるが、次の瞬間にはその表情は消えていた。
「諸君。20年前、我が大ドイツ帝国は連合国に敗れ、その後10年以上に渡り我々は辛酸をなめ尽くした。だが、我々は苦難を乗り越え、再び立ち上がる時がきたのだ。その苦難を我らに科し、マジノ線と言う壁の向こうで勝利に溺れ、安穏とする連合国の者達に我々が鉄槌を下す!」
興奮した様子でヒトラーは立ち上がると、机上に貼り付けられた、ドイツオランダ国境からフランス北東部を範囲におさめる西部戦線の地図に拳を叩きつけ、そして、異様な光をたたえた目で周囲の人間達を見渡し、高揚の中で高々と宣言する。
「大ドイツの指導者として、国防軍全軍に命じる」
その言葉が発せられたと同時に、席に着いていたものは即座に立ち上がり、立っていたものは直立不動となる。
一瞬の静寂。
時計の針は、04:35を指し示していた。
「ダンツィヒ発令!!」
「ハイルッ!!」
怒号と思えるほどの反応と共に、室内は喧騒に包まれていく。
「戦争かダンツィヒか?」
先の戦いの発端であるポーランドに対して要求の一節。第一次大戦後のドイツの失地回復のため要求した都市で、ダンツィヒとはドイツ東部にあり、予想外とは言え第二次大戦が勃発してしまった因縁のある都市の名。それを敢えて作戦開始の秘匿名としたのは、その強硬な意思の現れだった。
そして、延期に延期を重ねこれまで何度も繰り返された、作戦延期を示す秘匿暗号アウグスブルグが発令される事はなかった。
「総統大本営、岩山の城より直通回線にて入電! ダンツィヒ発令! 繰り返します、ダンツィヒ発令!」
陸軍総司令部(OKH)、やはり前線に近い場所に設置されており、外見はただの山小屋である。各軍司令部もこの近辺に散在しており、それぞれが電話線で直接繋がれた緊密な通信網が構築されていた。
遂にこの時が来たか……
ヘッドフォンを着けた通信兵の報告を聞いて、陸軍総司令官ヴァルター・フォン・ブラウヒッチュ上級大将は緊張と興奮の中にあった。相手は強敵フランスとイギリス連合軍。どちらも最強と言っても過言ではない、装備と兵力を保有する。ポーランドやノルウェーのごときとは比較にならない、未だかつてない本格的な戦闘となる事が予想された。
「作戦黄色発動! 演習ではない! 各軍集団は各々所定の任務を遂行せよ!」
さて、見せてもらおうか、マンシュタイン。貴様が立案した大鎌の一撃の威力を…
マンシュタインの立案したこの攻勢作戦は、当初大鎌作戦とよばれるもので、A軍集団が西へと戦線を縦断し、その北側一帯を根こそぎ刈り取ると言う意味合いでこの名称でよばれていた。
ブラウヒッチュを含めた多くの陸軍将官は、この作戦を否定していた。それは当然である。前例が全く存在していない上に、作戦を遂行する過程でも致命的な弱点があった。かつてない事例に挑む事は、相当な覚悟が必要であり、責任を持つ者はおいそれと容易く決定を下す事はできない。多くの反対の声もあり、マンシュタインプランは握り潰すはずだった。
事態が急変したのは2月にヒトラー総統から、作戦の変更を命じられての事だ。それに対して、軍人である以上命令に反論は許されない。
それから参謀本部は作戦を修正、戦力の再配置に忙殺された。総統からの直接命令は、部内の反対の声を一瞬にして消し去った。
皮肉なものだ。私にはマンシュタインのような見識も、ヒトラー総統のような人を惹き付け、制御するような力も持ち合わせてはいない。これではメッセンジャーと大して変わらん。
見せられぬ自嘲。プロイセンの由緒ある貴族の家庭に生まれ、軍人の道を歩み第一次大戦の頃より参謀、司令官職を歴任してきた輝かしい経歴を持つ彼のプライドは、今回の一件で深く傷つけられた。
そして、自身の作戦への反対の意思をねじ曲げ、マンシュタインプランに迎合し、それを更に強化発展させたものへと黄色作戦は変貌を遂げていた。
「OKHより各軍に通達! ファル・ゲルプ発動! 繰り返す、ファル・ゲルプ発動!」
再び連絡官の声が室内に木霊する。
その中、壁面に掲げられている西部戦線の地図をブラウヒッチュは再度確認する。その視線の先は戦線の北、右翼を形勢するB軍集団に向けられていた。
「作戦の初動となる。ボック将軍、頼むぞ…」
後方から指揮を執るブラウヒッチュは祈るようにそう呟いた。B軍集団には、最初期の段階では主攻であるA軍集団よりも重要な、そして困難な任務が与えられていた。
「将軍閣下、作戦発動の通達であります。B軍集団貴下、第6軍及び第18軍に対してベルギー、オランダ両国軍の速やかなる殲滅と占領を命じる、とのことであります」
「と、言う事にしておけという命令かね。全く忌々しい、二線級の戦力をあてがいおって。ライヒェナウや親衛隊のヨーゼフのような男どもの指揮を執らねばならんとは」
場所はドイツ西部、ミュンスターの北西に位置するノルトホルンにあるB軍集団司令部にて。
作戦開始に至っても、その司令官フェードア・フォン・ボック上級大将は、参謀長の報告に対して不満を顕わにしていた。静かに戦局を分析する冷静な判断力と、誰に対しても、現指導者ヒトラーに対してであっても、自身の心情を臆せず直言する激情家の面も併せ持つ、長身痩躯の今回の作戦に異を唱えた人物の一人。
「中央突破が失敗した最悪の事態を想定した場合、最も危険に晒され対価を支払わなければならなくなるのは我が軍集団だ。C軍集団は元からジークフリート線と言うマジノ線に対しての盾があり、A軍集団は敵中を貫き通す突破力と側面を防御する後方戦力を充実させたが、それと引き換えに我がB軍集団は戦力を半数以下に抑えられてしまった。これはあまりにも手薄だ。しかも正面に展開してくるのは、英仏軍の文字通りの主力部隊。そうなってしまっては、我々に抗う手段はない」
ボックにとっての今作戦は否定的にしか捉える事ができなかった。確かに成功すれば効果は絶大なものとなるが、長い経験から判断は否である。敵主力のすぐ隣を素通りして、更に海岸まで到達するなど、まさに理性の範疇を超えた愚かな行為である、と斬って捨てていた。フランス軍がこれを見過ごす事はありえないと。
しかし、ヒトラーの命令によって考えを翻した参謀総長ハルダーと総司令官ブラウヒッチュは、ルントシュテットのA軍集団に対して必要以上の兵力配置を始めた。彼らの言い分は、「カール・フォン・クラウゼヴィッツの重点形成原則の理想的な形になるだろう」というものである。
「甥のトレスコウ(マンシュタインの参謀)にも困ったものだ。総統に入れ知恵をしたのも大方、トレスコウの出過ぎた真似をしたからなのだろう。こうだと決めると考えを曲げると言う事を知らん」
苦々しい表情でボックは話す。苦笑いを浮かべながら将軍に似たのでは?と参謀長は返す。実際、その性格などは間違いなくボックに通じるものがあった。
「参謀総長になれる、などと評価されのぼせ上がった青二才にすぎんのだ、あいつは。ハルダーなどは高評価を下しているようだがね」
まあいい、そう言って顎に手を伸ばして考えを改めようとする。もう作戦は始まってしまったのだから、とやかく言うものではない。腹立たしいのに変わりはしないが。
「ライヒェナウの第6軍は、ベルギー東部へと速やかに進攻、空軍空挺部隊と連携してエバンエマール要塞を無力化した後、アルベール運河を突破。ディール河前面までの線を確保。キュヒラーの第18軍は、右翼側面に展開してオランダ方面を攻略、あるいはユトレヒト以西ホラント要塞線までオランダ軍を押し込んだ後に、ベルギー北部より南進せよ」
果たしてこの2軍だけで、総司令官の言う所定の任務が遂行可能かと言うと、正直に言えば疑わしいものだ。予備部隊が中心に編成されている第18軍では、首都アムステルダム、ハーグ等主要部を強固に防衛しているであろうホラント要塞線グルッペ線を抜けるかどうかは微妙なところだ。首脳部は二日で蹂躙できると考えているようだが、そう簡単にいくものではあるまい。
実際、装備練度に劣るオランダ軍の構想では、北部中央を南北に横たわって国土を東西に分断しているアイセル湖と、南部を東西に流れるホラント河、ワール河、マーズ(ミューズ)河との間に狭い地峡部を形成する複雑な地形となっており、その地峡部中央に主要都市ユトレヒトがあり、その周辺に多数の要塞を構築してそれ以西を防衛する計画となっている。装備練度においてはオランダ軍と第18軍との間には、歴然とした差が認められるほどの事ではなく、多少有利といったところであろうか。
そして、B軍集団に与えられた最も重大な使命は、主力である第6軍だけでシェリーフェンプランに沿った攻撃であると偽装して、連合軍の攻撃を誘引する事である。これは非常に困難な任務でもあった。
まず、第1の関門はドイツ・ケルンとベルギー・ブリュッセル間に横たわるオランダ領マーストリヒト虫垂部を速やかに突破せねばならない点である。なぜ虫垂部と言われるかは、地図上で見るとマーストリヒト州だけがオランダ本土からベルギー、ドイツの間に細長く南に垂れ下がっている見た目からそのように呼ばれていた。
第一次大戦時、オランダは中立を守り通し、このマーストリヒト虫垂部のドイツ軍の通行を許さなかった。それは大きな痛手となって、当時の参謀総長ヘルムート・ヨハン・フォン・モルトケが厳しく批判された苦い経験があった。
そして、その轍を踏まぬことをベルギーも予測し、その虫垂部を流れるマーズ河から西に枝分かれしているアルベール運河と、その南の要衝リエージュを防衛する観点から、渡河地点とされた場所に堅固な要塞を構築していた。これがエバン・エマール要塞。
そして、リエージュにも南から東を囲むように流れるマーズ河に沿って周囲には4つの要塞群が構築され、堅固な城塞といった様相を呈していた。
エバン・エマール要塞はダイヤモンド型の丘状地下要塞で、コンクリート製旋回式120mm連装砲を要塞中心に据え、75mm連装砲が外周部に配置されたものが主要装備であり、マーズ河とアルベール運河に架かる橋梁3カ所にその照準を合わせていた。これこそが初期作戦最大の関門であり、現有保有戦力での対抗は事実上不可能だった。接近すれば橋を落とされ、もたついていれば主攻であり、リエージュ南を西へと進撃するA軍集団の存在に気付かれ、連合軍に対策を取られてしまえば作戦は失敗である。
大きな不安を抱えたまま、B軍集団はベルギー、オランダ領内へと進撃を開始した。
その30分前、B軍集団にとって最難関と目されたエバン・エマール要塞、東の上空には、11機のJu52輸送機とそれに牽引されたDFS230グライダーの影が舞っていた。
「アウグスブルグの発令は認められず。予定通り作戦発動!」
「ヤヴォール! 牽引索放て!」
機体から後ろのグライダーを繋ぎ止めていたワイヤーが切り離され、DFS230は滑空を始める。
「グラニート班、降下開始!」
空軍降下兵、工兵大隊を中核とした84名。2tにも達する秘密兵器、成形炸薬を含む通常爆薬や32丁の重・軽機関銃等を配備した人数に比して極めて強力な武装で固められた、ドイツ軍の秘匿されていた精鋭である。成形炸薬は対要塞、コンクリート製構築物を破壊する目的で開発が進められていたが、対戦車兵器としても有効との判断から転用、開発が始められている。
この時、エバン・エマール要塞近郊には第Ⅷ航空軍団ヴァルター・コッホ空軍大尉率いる、3つのグライダー突撃班が橋梁を奪取するべく総計50機からなるグライダーに分乗した500名あまりが降下を開始しており、地上からは自転車に跨ってオランダ警察に変装した特別歩兵部隊が、マーストリヒトをひた走っていた。
幸いにして対空砲火は微々たるもので被害を受けることもなく、グライダーが静かにエバン・エマール要塞の天蓋に着陸したのは04:40のことだった。空からの接近を想定した造りにはなっていなかった天蓋はなだらかな更地であり、鉄条網や地雷といったものは設置されておらず自由に動き回る事が出来た。
「散開、各自持ち場につけ!」
グライダーから飛び出した突撃兵は指揮官の命令に従って、勢いよく機体の外へと飛び出していく。最優先の任務は、橋梁に照準を合わせている各重砲群の制圧と通信網の破壊である。そして彼らの目の前には、その第一目標があった。コンクリート製円形のドーム、そこから顔を覗かせているのは、この要塞で最も強力な120mm砲の砲口だった。
砲塔に取り付いた四名の工兵がキューポラに50kgの成形炸薬弾を設置し、砲身には12.5kg成形炸薬弾を設置して爆破作業に入る。残りの隊員も各トーチカ及び砲台、各銃座に対しても成形炸薬弾と火炎放射器を使用してベルギー兵を薙ぎ払った。意表を突かれたベルギー兵は要塞内部に立て籠もって抵抗を続けたが、各所で分断され主要施設の奪取と破壊は進み要塞としての価値は大きく減じていった。
「エバン・エマール、作戦経過は順調なり」
エバン・エマール要塞は定員1200名余りだったが、この時の半数は要塞外の宿営にいるありさまで、まともな抵抗をすることは不可能だった。しかし、空挺部隊の方が圧倒的少数で不利であるのは疑いようはなく、完全制圧は第6軍の到着まで待たねばならなかった。
この異変の兆候を認めたベルギー軍最高司令部は、南のリエージュ要塞群にエバン・エマールに対して砲撃による制圧を命じる。味方の陣地に砲撃を加えねばならない、要塞砲兵の心境は複雑なものだったと後に回顧している者もいた。
ベルギー首都ブリュッセル
ベルギーのほぼ中央に位置する沼の都と言われる古都ブリュッセル。ゴシック様式の歴史的石造建築物が立ち並ぶ中央部、その中で一際目を引く左右対称の建物がベルギー王宮であり、その北側に広がるブリュッセル公園に面した東側に、デュカル通りを挟んで外務省がある。
その外務省三階の広間からは夜通し煌々とした明かりが漏れ出し、通りを挟んだ公園内の木々を浮かび上がらせていた。
「結局、何事も起こりませんでしたな閣下。数時間前に非常招集がかけられた時はさすがに慌てましたが」
ソファーに座った白髪交じりの初老の男性が、安堵の溜息を吐きながら頭頂部まで禿げ上がった男性に話しかけた。
「悪い夢でも見ているかのような一夜だった。取りこし苦労で済んだならば、それでよいとしよう」
ベルギー外相ポール・スパークもまた気の抜けたような笑い声を上げ、分厚い眼鏡を掛け直して、窓の外の様子を眺めた。闇が徐々に過ぎ去り、雲が流れていくのも確認できる。
公園の向こうには守護天使ミシェイルが配置された、市庁舎の100mにも達する巨大な尖塔が臨める。今日もまた無事に一日を迎えられると、暁の光に照らし出されたグラン=プラスを視界に収めスパークは思った。
昨晩、前線から重機の稼働音や行軍に伴う雑多な音の発生をベルギー軍から伝えられ、間もなくドイツ軍が侵攻してくるとの分析から、ベルギー全土は非常警戒態勢に入った。
外務省も情報収集に本腰を入れていた。
「ヒトラーは昨日より、北部ホルシュタインに視察に出向いていますし、あれ以来軍からの続報もありません」
「殺気立って、前線の人間が空耳でも聞いたのでしょう」
スタッフの幾人かが冗談話に花を咲かせていた。信じたくない現実が押し迫っている事を薄々感じながらも、それから目を逸らそうとしていたのかもしれない。
そしてスパーク自身もそれに便乗しようとしていた。だが、その幻想は直後に飛び込んできた報告により一瞬にして打ち砕かれる。
「外相閣下! ドイツ軍がアーヘン方面よりマーストリヒト侵入との連絡あり! 第7師団と交戦開始したとの報告!」
ガタガタとソファーや椅子で休んでいたスタッフが一斉に立ち上がる。
馬鹿な! ヒトラーは北にいて近日中の侵攻はないはず…
そこまで考え、謀られていたいたことにスパークは気付いた。
しかし、情報が錯そうしており、事実確認に手間取り全てが後手に回っていた。
ベルギー軍最高司令部からは、エバン・エマール要塞をリエージュ要塞が砲撃中であるとの更なる驚愕するべき事態に直面し、混乱に拍車がかかっていた。
「直ちに首相府と各国大使館に連絡を取れ! 私は両国大使と会談を持った後フランス・パリへと向かう。連合国と今後について速やかな対応を取らねばならん」
席を立ち、足早に広間を立ち去ろうとするスパークに、駆け寄ってきたスタッフが歯切れが悪い様子で報告してきた。ドイツ大使ビュッロウが会見を求めていると。会わない訳にはいかないが、まず先にやるべきことは英仏の支援を取り付ける事だ。
「後で会う、とだけ伝えておいてくれ」
スパークはドイツ大使への抗議文を作成させ、数時間後に会うことになるが、その時は長文の弁明書を読み上げる途中で、怒りのあまり文面を奪い取り、自ら目を通しそれを破り捨てている。
「ベルギー政府より正式に救援の要請があり、フランス政府はこれを了承しました。ディールプランの発動を要請します」
フランス軍最高司令部にパリの国防省から連絡が入ったのは、ドイツ軍が行動を開始してから1時間を経過してからだった。フランス軍でも一連の不穏な動きを捉えていながら、その行動は緩慢なものだった。
事実確認の遅れと、ベルギーの中立侵犯を恐れたことによるものだった。加えて連絡が正確に伝わっていないことがこれに拍車をかけていた。ベルギーが最後まで中立に固執した事で、フランス国境の部隊まで連絡が届かず、国境通過を認めない国境守備隊と小競り合いが起きるほど、事態は深刻だった。
待ちに待った救援要請だったが、各軍の行動は一致したものではなかった。
フランス軍は1930年代よりマジノ線を構築して防衛体制を固めていた事は周知の事実であり、独仏国境がマジノ線で塞がれた事は、侵攻ルートを限定させるという軍事上の制約をもたらした。
そして、この残された侵攻ルートは低地諸国を通過するシェリーフェンプランを誘発させるルートと一致した。これに対しての回答が、ディールプランである。
ベルギー中央北部には河口が一気に広がるスヘルデ河が南西から流れているが、その河口に位置するアルトウェルペンと、その南に位置する首都ブリュッセルとの中間に、東から流れる支流ディール河が横たわっており、その流れはブリュッセルを囲うように東の主要都市ルーバンの街中を流れ弧を描いて、南のアルデンヌ高原方面へと続いており防衛する観点からは理想的な地形となっていた。
マジノ線の延長により低地諸国をカバーする事が、建築条件、財政条件、外交上不可能である以上、この線の確保は工業地帯の多くが北部に集中するフランスにとっても死活問題でもあった。これは縦深防御を破棄しなければならない事情があった事を意味しており、ディールプランはベルギー国境に展開する第1軍集団5個軍を、ベルギー軍がアルベール運河で足止めしている数日の間にディール河まで前進させ、防衛線を構築し、縦深を確保する戦略的な意味合いを持たせるというものである。
しかし、スイス方面を迂回してくる可能性も棄ててはおらず、わずかばかりの逡巡の時も存在していた。マジノ線の副次的役割は、ドイツ軍の攻撃を南北のいずれかに逸らし、フランス本土の戦いを避けようとするものだった。
「閣下、それは間違いなくDプラン発動を命じるものでありましょうか?」
アミアンに位置するフランス北東戦域軍司令部。皮肉めいた口調で、司令官アルフォンス・ジョルジュは電話で応対していた。彼の指揮下には最も強大な戦力を配備された第1軍集団と、マジノ線防備を主任務とする第2軍集団があった。
彼に本来与えられた純粋な戦力は、第1軍集団にBEFを含む5個軍、第2軍集団に3個軍、更に第3軍集団からなるアルプス方面防衛部隊であり、総兵力は102個師団という圧倒的なもので、これはドイツ軍の前線戦力を凌駕する規模であり、もし自由な裁量が許可されているならば、その戦力はあまりにも強大なものと言えた。しかし、その権限は大きく制限されていた。電話の向こう側にいる人間によって。
「そうだ。ベルギー政府より要請があった。取るべき行動はわかっているかね」
よくも抜け抜けと言ってくれるものだ。受話器を叩きつけたくなる衝動を抑え、冷やかにジョルジュは返した。
「いえ、明確ではありません。閣下が頻繁に出される命令で前線は混乱しております」
これだけの大部隊の指揮を預かりながらも、その指揮範囲がどこまで及んでいるのか正確にジョルジュは把握していなかった。というのも命令は、総司令官モーリス・ガムランを頂点とする地上軍大本営(GQS)が掌握して通達しており、それが正常に機能しているかは、はっきり言ってしまえば怪しいものがあった。しかし、別の命令をジョルジュが発すれば、更なる混乱を招くことを理解していたから、それに逆らうことをあえて避けていた。
戦端が開かれる以前に、スダン方面の防備が薄い事を国防委員会で指摘されていながらも、それを握り潰すような節穴の目で見ているのでは先が思いやられる。
「全て予想通りにドイツ軍は進行しているし、それは想定の範囲内に収まる事だ。タイミングを計らねばベルギー軍の誤射を受けかねんこともわからんのかね? 判断はこちらで行う。君は我々の命令に従っておればよいのだ。余計な事は考えんでもいい。とにかくDプラン発動だ。ただちに行動に移りたまえ」
レイノー首相からはガムランはまともな判断ができないと指摘されながら、ダラディエ国防相が庇いだてするからこのようなことになるのだ。
余裕綽々で口髭を撫でるガムランの姿を思い浮かべ、腸が煮えくり返る思いで、通話の切れた受話器を置くジョルジュ。
すでにドイツ軍の侵攻開始から2時間が経過し、貴重な時間が失われていた。ベルギー軍司令部が07:00にフランス・イギリス軍機に対しての対空射撃の禁止命令を出し、ジョルジュからディールプラン即時実行命令が下達され、ようやくBEF(英大陸派遣軍)を含む第1軍集団が前進を開始したのは更に1時間後の事で、多くの混乱が伴っていた。
第1軍集団の配置は、大西洋岸・ドーバー海峡に面するダンケルクから、マジノ線の西端モンメディ(ルクセンブルクの西南西60km)までの範囲に、西から第7軍、BEF、第1軍、第9軍、第2軍の順に配置されており、総計39個師団。特に第1軍8個師団中、3個は戦車、装甲車、輸送車が多く配備された機械化師団であり、ディール河とアルデンヌ高原北に位置するナミュール(リエージュの西南西30km、ブリュッセル南東20km)に沿って南から東へ流れを変えるマーズ河との狭い河川間隙部(シャンブルー間隙部)に、最も強力なこの第1軍を投入、ドイツ機甲部隊と衝突させる正に槍の穂先であり、その左をBEF、右をナミュール要塞群と第9軍がアルデンヌ高原に展開してこれを補完、マーズ河に沿って防衛陣地を形成、更に最左翼は第7軍がオランダ国境までを、最右翼の第2軍がアルデンヌ南部のスダンからモンメディまでに留まり防衛陣地を構成、マジノ線主防衛線の先端モンメディからオランダ国境に至るまでの200kmの線を防衛する計画がディールプランの全容である。
そしてジョルジュの下には、戦略予備として4個の装甲師団もあり、比較的軽装な第2装甲師団は前進部隊に追従して北上、他の3個師団は即応とまではいかないまでも、柔軟な対応をとるべく後方に残されていた。
ベルギー領内に入った連合軍は、歓声をもってベルギー市民に迎え入れられていた。
国境警備部隊が設置したバリケードを、イギリスの偵察装甲車両モーリス中隊が無理やり押しのけるといった事が起こりながらも、その進撃そのものは比較的順調なものだった。
BEFには3個軍団、第1師団、王立騎兵連隊を中核とする10個師団が本国より送り込まれ、フランス第1軍の左翼を担当しブリュッセル前面に当たるルーバンに突出する事になる。
第1軍集団の移動は、さながら10時方向から12時の方向に動く時計の針の動作に似ていた。特に針の先端にあたる第7軍の移動距離は約100km、歩兵の行軍スピードでは厳しい行軍距離である。もう一つの懸念は、針の根元に当たる第2軍の戦力が軽騎兵師団からなる5個師団しか配備されていない点にある。
第2軍集団に所属する第3軍がその右翼にてマジノ線から援護する事となっているが、指揮命令系統の伝達が速やかに行われるかは、ジョルジュにとっては甚だ疑問なところだ。マジノ線主防衛を担う第1堡塁に守られ、比較的少ない兵力で防衛が可能な第3軍はまだよいとして、一応スダンまでは第2堡塁が伸びてはいるがそれでも第2軍の配備は危機感を持たざるをえない。
「ゴート卿には悪いが、当面は第1機甲師団による援護のみに留める旨の通達を送っておいてくれ。第2機甲師団は待機、第3、第4機甲師団は準備を急がせるように」
「サッヴァー!」
伝令兵がジョルジュの命令を伝えるため、司令部を出ていく。部隊間の連絡の多くはテレタイプ、通信といった方法が極々限られており、連絡機やオートバイを走らせて直接伝えられている時代遅れも甚だしいものだった。これは後に致命的欠陥としてあらわれてくることになる。
5月10日の両軍の際立った動きは、ドイツ軍B軍集団ゲオルク・フォン・キュヒラー砲兵大将率いる第18軍によるオランダ方面への侵入と、ドイツ空軍第2航空艦隊、第Ⅷ航空軍団の同方面へのハーグ・アムステルダム等への空挺降下部隊とオランダ軍第1軍団の激しい戦闘、そしてベルギー河川地帯での橋梁奪取を巡ってのヴァルター・フォン・ライヒェナウ上級大将率いる第6軍と、ベルギー軍との戦闘が生起していた。ベルギー軍はマーストリヒト橋梁群の破壊を数少ない爆撃機まで投入して成功を収めていた。
マーズ河前面にまで殺到していた第6軍第4戦車師団の目の前で、マーズ河に架かる橋は宙に舞っていたのである。これにより壊滅の危機に瀕していたベルギー第1軍団、及び第3軍団の4個師団は後方へ撤退する貴重な時間を確保した。
これに対して連合軍はディールプランに従って、ガストン・ビョット大将指揮下の第1軍集団を前進させ、偵察部隊であるソミュアS35を主力装備とする第1軍軽機械化師団が、ほぼ計画に沿う形でシャンブール間隙部に到達。これを受けて前線のベルギー軍は西への総退却を開始していた。
ここまでの戦況を見て、ガムランのフランス軍最高司令部は経過は上々であるとの評価を下していた。
しかし、ベルギー南東部はベルギー軍が防衛する事を当初から放棄しているため、特にマーズ河東側からベルギー軍は順次撤退。アルデンヌ防衛と偵察を任務とする第9軍の一部、偵察装甲車両にて騎兵師団はマーズ河を渡って撤退中のベルギー軍と難民の集団と邂逅したが、そこでは思いがけない事態と直面していた。
「おい、これはどういうことだ? 我々は貴軍を助けるためにここまできたのだぞ」
「しかし、命令ですので我々はこの橋を爆破いたします」
フランス軍とベルギー軍部隊長間での会話。この時、撤退するベルギー軍は南東部を放棄する計画に従って、道路、橋梁に障害物を設置、あるいは爆破を行いながら後退し続けており、マーズ河を渡った第9軍前線部隊の後方の橋を爆破しようとしていた。
「そんな馬鹿な話があるか! それでは我々を敵中に放り出して、退路を断つつもりなのか貴官は!」
「わ、わたしでは判断をする訳にはいかない。命令違反は断固として拒否」
「そんなにこの橋に大穴を開けたいというなら、俺が貴官の頭に大穴を開けてやろうか!」
ホルスターの拳銃を引き抜いて、ベルギー軍の士官を脅迫するフランス軍の士官。誰が味方なのか分からなくなるよう光景が繰り広げられていた。この方面に関して言えば、両国軍の意志疎通は全くと言ってよいほどとれていなかった。進軍する前線部隊を放置してでもベルギー軍への監視が必要なほど、深刻だった。
そして、マジノ線全域に渡ってもヴィルヘルム・フォン・レープ上級大将指揮下の第1軍、第7軍からなるC軍集団と、ドイツ空軍第3航空艦隊が攻勢を加えており、第3軍が担当するマジノ線最左翼も攻撃を受けており、ルクセンブルク近郊域からアルデンヌ高原地帯にかけては完全な空白、霧がかかっている状態となっていた。
その霧の中を、ベルギー軍の構築した障害物に苦労しながら、西へと疾駆する部隊があった。
「将軍閣下! 障害物の爆破完了であります。偵察機からは周囲に大規模な敵の存在は確認されず、戦線に異状なし!」
Ⅲ号指揮戦車の上に跨って、報告を聞いていたのはハインツ・グデーリアン装甲兵大将。第ⅩⅨ装甲軍団長にしてA軍集団、否全ドイツ陸軍部隊で最強の戦力を与えられたクライスト装甲集団の先鋒として、槍の切先としてフランス、スダンへと向けて猛烈な進撃を行っていた。
「ふむ、いいねぇ。まさに作戦は順調なり、か。敵がこちらの意図に気付く前にこのまま西へと突っ走り、南へ回頭する! 障害物にかまけてなどおれんぞ諸君! 我々こそがこの戦役での主役となるのだ!」
「ハ!!」
グデーリアンの鼓舞を受けて、黒色の軍装に身を包んだ戦車兵達が威勢の良い声を上げる。
「グデーリアンより、装甲部隊各車へ!全車、進撃を再開せよ! 力の限り前進!突破あるのみである!」
エンジンを停止させていたⅢ号、Ⅳ号戦車のエンジンが一斉にかけられ、排煙による臭気が辺りにたちこめる。
疾風ハインツ。先のポーランド戦役での活躍からついた彼の渾名。その名に違わぬ、それ以上の突破作戦が神の森を舞台に繰り広げられようとしていた。




