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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝5:二人の魔女と恋のから騒ぎ
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【13】勘が良い女

 ──時刻は少し遡る。


 茶色い髪の青年と共にホールを後にしたメリッサは、個室に入ると同時に、己の腰を抱く男の口に手製のキャンディをねじ込んだ。


「どうせなら、口移しでくれたらいいのに」


 そう言って顔を近づける男に、メリッサはニッコリと笑いかけた。


「あーら、それは気が利かなくてごめんなさい。でも、悪いけど……」


 次の瞬間、キャンディを口にした男はその場に崩れ落ちる。

 バラのキャンディに付与した睡眠効果が効いてきたのだ。

 メリッサは男を見下ろし、パサパサの赤毛をかきあげた。


「アタシ、せっかちな男ってタイプじゃないのよ」


 メリッサは床に崩れ落ちた男が完全に意識を失ったことを確認し、手持ちのキャンディの個数を確かめる。

 ローズバーグ家の人間は、バラ、あるいはバラの加工物に強力な魔力を一時付与することが可能だ。付与する効果は睡眠、催淫、麻痺、あるいは解毒など。

 モニカにくれてやったキャンディには、解毒効果を付与している。あのキャンディを口にしている間は、催淫の魔法薬の効果を中和できるだろう。


「……もう少し、解毒効果のキャンディを増やしておこうかしらね」


 メリッサはキャンディに指を添えて、早口で呪文を詠唱する。

 ローズバーグ家の一時付与魔術は、即座に強力な効果を付与することができるのが強みだ。

 ただし、一時付与はあくまで一時的なものなので、効果に時間制限がある。

 込めた魔力量によって多少変動するが、効果が持続するのはおよそ三十分から一時間程度だ。それをすぎたら、キャンディはただのキャンディに戻ってしまう。

 なにより魔法薬の摂取は、当然だが魔力中毒の危険性を伴うのだ。細心の注意を払って魔力付与しているが、それでもキャンディを五個以上摂取することは避けたい。


(……だから、速攻でケリをつける)


 メリッサは扉を開けると、廊下の角に隠れて様子を見ていたセオドアを手招きした。


「来なさい、ナヨナヨ」

「ナヨナヨじゃなくて、セオドアだよぅ」

「あんたなんて、ナヨナヨかヘナチョコで充分でしょ。さぁ、今すぐアタシをスロースの部屋に連れていきなさい」

「はぁい……」


 セオドアは諦め顔で頷き、歩きだす。

 店は三階建てになっていて、一階が大きなホール、二階が客室、三階が従業員達の部屋になっていた。メリッサ達が今いるのは二階だ。

 建物の内部は、随分と入り組んだつくりだった。道を知らないと、三階まで上がるのも一苦労だ。

 ようやく三階に上がったところで、セオドアがチラチラとメリッサを見ながら言う。


「ねぇねぇ、魔法薬の回収なんて、意味があるの? 薬なんて、あっちこっちに売り捌かれたら、もうどうしようもないじゃないか」

「お生憎様。アタシが回収したいのは魔法薬じゃないのよ」

「……?」


 一般に出回っている魔法薬は、定着付与魔術で作られている。だが、定着付与魔術は法の規制が厳しいため、あまり強い効果を付与できない。

 一方、ローズバーグ家秘伝の魔法薬は、法の規制の無い一時付与魔術で作られた物だ。一時付与でも強力な魔力を付与できる、ローズバーグ家だからこそ作れる薬である。

 だが、所詮は一時付与。魔力を付与してから一時間以内には効果が切れてしまう。

 だから「魔女の惚れ薬」は、特製の瓶に入れて保存するのだ。


「アタシの作った魔法薬は、特殊な魔導具の瓶に入れてるのよ。一見、ただの瓶に見えるけど、その瓶に入れておけば、魔法薬の効果を維持できる」


 一般的な一時付与魔術は大した効果を付与できないし、わざわざその効果を持続しようとする者はいない。

 強力な一時付与ができるローズバーグ家ならではの魔導具であった。

 無論、ローズバーグ家は、この瓶が魔導具であることを客には教えていない。

 客には「惚れ薬は蓋を開けてから三十分以内に使いなさい。でないと成分が飛んでしまうから」とだけ伝えているし、使い終わった後は、空の瓶を客から回収している。

 つまりこの事態は、魔法薬を売り捌きまくった挙句、その瓶の回収をサボったメリッサの過失であった。

 無論、メリッサは自責の念に駆られるような神経はしていないので、「魔女の惚れ薬を悪用した奴が悪い」と開き直っていたが。


「薬瓶が無ければ、魔法薬は維持できない。つまり、あの薬瓶を回収するなり破壊するなりすれば、スロースは破滅よ。ド三流魔術師風情が……一流の名門に喧嘩を売ったことを後悔するがいいわ」


 クックック、と赤い唇を歪めて邪悪に笑うメリッサに、セオドアがボソリと呟く。


「本当の一流だったら、こういう事態にはならなかったんじゃぁ……」

「お黙り」


 メリッサは手を大きく開いて、セオドアの顔面に食い込ませた。

 赤く染めた爪が、容赦なくセオドアの皮膚を抉る。


「ぎゃーっ、痛い痛い痛いよぅ、発情期の雌竜より怖い!」

「うっさいわね、大声出すんじゃないわよ」


 メリッサは舌打ちをしてセオドアの顔面から手を離してやった。

 慈悲の心故にではない。ギャーギャー騒ぐセオドアがうるさかったのである。

 セオドアはグスグスと鼻を啜りながら、メリッサの爪痕を指でなぞった。


「うっ、うっ、ひどい……ちょっと血が出てるぅ」

「アタシに歯向かうから悪いのよ。どうせあんたなんて、ど三流の売れない落ちぶれ生物学者とかなんでしょ」

「……えっ、すごい。生物学者だって、どうして分かったの?」


 なんとなく思いつきを口にしただけなのだが、当たってしまった。

 自分の勘の良さを絶賛しつつ、メリッサは適当にそれっぽい理由をでっちあげた。


「あんた、小動物みたいなモニモニに対して『おまえ』って呼びかけてたでしょ。それがなんとなく、小動物に話しかけてる動物好きのオッサンに見えたのよ」

「うんうん。モニモニって、リスとかウサギみたいだよねぇ。おまえは発情期の赤竜みたい」

「縊り殺されたいの?」


 真っ青になってブンブンと首を横に振るセオドアに、メリッサはフンと鼻を鳴らした。


「無駄口はここまでよ。ほら、そこの扉が怪しいんだけど、あれってスロースの部屋なんじゃないの?」


 そう言ってメリッサが、目の前の一際立派な扉を顎でしゃくってみせれば、セオドアは「そう、そうだよ」とコクコク頷く。

 見るからに悪の親玉がいますって感じの扉ね、というメリッサの感想は当たっていたらしい。


「よし、殴り込みよ。ついてきな、ナヨナヨ」

「お、おれがついていく必要はないんじゃないかなぁぁぁ?」

「あら、あるわよ。大事な役目が」


 今にも逃げ出そうとしたセオドアの首根っこを力強く掴み、メリッサは笑顔で一言。


「弾除け」

「いやぁぁぁぁぁ!!」


 セオドアがこれだけワァワァ騒いでいるのなら、もうコソコソするのも馬鹿らしい。

 メリッサはセオドアの襟首を掴んだまま、眼前の扉を蹴破った。


「さぁ、両手を上げて跪きなさい! 刃向かったら血祭りよ!」


 押しかけ強盗のようなことを叫んで部屋の中に飛び込んだメリッサだったが、室内に人の姿はなかった。

 これでは、勢いよく啖呵を切った自分が間抜けみたいではないか。

 気まずさを誤魔化すように咳払いをし、メリッサは室内をぐるりと見回す。

 そこそこの広さのある応接室といった雰囲気のその部屋は、一言で言えば下品だった。

 安っぽい家具と高価な調度品が入り混じっていて、酷くチグハグな印象なのだ。安物と高級品が混ざっていても、統一感が取れているのならまだ良いのだが、この部屋はそうじゃない。

 安っぽい調度品だけの部屋に、分かりやすく高価な物を置けば、高級感が出るだろうという考えが透けて見える。


「金の味を覚えたばかりの元貧乏人の部屋って感じね」

「そいつぁ、手厳しい」


 声は、メリッサから見て左の方から聞こえた。

 それと同時に右側から微かな物音を感じ、メリッサは咄嗟に右手で盾を掲げる。

 メリッサの勘は正しかった。室内にあった椅子の一つが、まるで意思を持つかのようにメリッサに向かって飛来したのだ。

 椅子は、咄嗟に掲げた盾──セオドアの顔面に直撃し、木っ端微塵に砕け散る。


「ぴぎゃあ」


 ついでにセオドアも哀れな悲鳴をあげて、鼻血を噴きながらひっくり返った。

 メリッサは白目を剥いているセオドアを手放し、髪飾りのバラを一つ毟り取って、詠唱をする。

 詠唱が終わるのを待たずに、室内の椅子と机がガタガタと音を立てて浮き上がり、メリッサに飛びかかった。

 詠唱を終わらせたメリッサがバラを前に掲げれば、バラはたちまち蔓を伸ばし、その頑丈な蔓で襲いかかってきた家具を全て絡め取る。


「なぁに、これ。机と椅子の魔導具?」

「使用者の意のままに動く机と椅子さ。俺が作ったんだ。よくできてるだろ?」


 メリッサから見て左側の壁がゆっくりと横にスライドし、隠し部屋から一人の男が姿を見せた。

 年齢は三十半ば過ぎ。焦茶の髪を撫でつけた大柄な男だ。派手な柄物の服を身につけ、全身のいたるところにジャラジャラと装飾品を身につけている。

 それでいて、生まれ持っての卑屈さや貧相さを隠しきれていない顔をしていた。

 まるで、この部屋をそのまま体現したかのような男だとメリッサは嘲笑を浮かべ、バラの蔓で絡め取った机を足蹴にする。


「動く机と椅子の魔導具ぅ? 模様替えと引っ越しの時にしか役に立たない魔導具ね。こんなモンを自慢してるようじゃ、スロース家もたかが知れてるわ。落ちぶれたのも納得よ」

「はっはぁ、さすが名門ローズバーグ家……高慢だねぇ」


 この男は、メリッサの正体を知っているのだ。

 それでいて、この余裕たっぷりの態度なのは、開き直っているのか、或いは……。


「……高慢故に、隙だらけだぜ。元七賢人様よぉ?」


 背後にヒンヤリと冷たい空気を感じ取り、メリッサは蔓で絡め取った机を、己の背後に移動させる。

 机に亀裂が入った。背後からなんらかの攻撃を受けたのだ。微かに漂う魔力は、氷の魔力。

 振り向けば、背後には淡い金髪に毛皮のコートを着た女が佇んでいた。女の手にあるのは二丁拳銃。


(あれも魔導具か!)


「やっちまえ、ヴェロニカ!」


 舌打ちするメリッサに、スロースが吠える。

 ヴェロニカは無言で銃口をメリッサに向け、引き金を引いた。

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