【7】お姉さんのアドバイス
メリッサと名乗った女は、煮込み料理の海老を豪快に殻ごと齧りながら、満足気に息を吐いた。
「やっぱ、港町に来たら海の幸を食べないとよねぇ。海老とか貝なんて、内陸じゃ滅多に食べらんないもの。へぇ、ワインの味も悪くないじゃない」
機嫌良く白ワインのグラスを傾けたメリッサは真っ赤な唇をチロリと舐め、向かいの席に座るモニカに目を向ける。
「ほら、アンタも食べなさいよ。おちびの分ぐらい奢ったげるから」
そう言ってメリッサは、雑な手つきで取り皿に料理をよそうと、モニカの方に押し付けた。
「あ、ありがとうございます……」
戸惑いながらも礼を言い、モニカも料理に口をつける。
モニカはいまだに、この女性が何者なのかを知らない。
モニカの家の前に立っていて「この家の主人に用がある」と言っていたけれども、モニカはメリッサとは何の面識もないのだ。
もしかしたら、家を間違えているのではなかろうか、とモニカは海老の殻をチマチマ剥きながら考える。
今のところモニカに分かるのは、メリッサがよく食べ、よく飲み、よく喋る人だということぐらいである。
海鮮を食べ慣れていないようだし、道案内を必要としている……ということはサザンドールの人間ではないと考えるのが妥当だ。
身につけている派手な薔薇色のドレスは上等な品だし、言葉に訛りも無い。ただ、上級貴族にしては粗雑な雰囲気があるので、下級貴族か、それに準ずる裕福な人間なのだろう。
「あのぅ、メリッサお姉さんは……どういったご用件で、サザンドールに?」
「……ちょっと仕事でね」
メリッサはそばかすの浮いた顔をしかめ、海老の汁で汚れた指をペロリと舐める。
「簡単に言うと、アタシが売ったとある商品を改悪して売り捌いてる馬鹿が、この街にいるのよ。そいつに制裁を与えて、その商品を回収するために、ここまで来たってワケ」
「は、はぁ……なるほど……」
やっぱり、モニカにはピンと来ない話である。
訪ねる家を間違えているのでは、とモニカが言うべきか否か悩んでいると、メリッサはパンをちぎりながらため息をついた。
「まったく世知辛い世の中で嫌になっちゃうわよね。転売した馬鹿も、改悪した馬鹿も、まとめてコマ切りにして庭の肥料にでもしないと、やってらんないわ」
食欲が無くなるようなことをサラリと言いながら、メリッサは海鮮の旨味がたっぷりと詰まったスープにパンを浸して美味そうに頬張る。
「さて、お腹も膨れたことだし、次はショッピングね」
「え、あの、商品の回収……は?」
何故、今の会話の流れでショッピングになるのだろう。
困惑するモニカに、メリッサは物分かりの悪い子どもを見るような目を向けた。
「改悪して売り捌いてる馬鹿が、このサザンドールのどこかにいるのは分かってるけど、どこにいるかまでは分かんないのよ。だから、色んなところを歩き回って調査するしかないってわけ。だったら、そのついでにショッピングのひとつもしなくてどうすんのよ」
どうすんのよ、と言われても……という本音をパンとともに飲み込み、モニカはオズオズとメリッサを見る。
「あ、あの、それで……わたしに、用事というのは……」
「じゃあ、アタシお会計してくるから、アンタはさっさと残りの分食べちゃいなさいよ」
「えっ、あっ、ま、待ってぇ……」
せっかちなメリッサに急かされ、モニカは大慌てで残りの料理を口に詰め込んだ。
* * *
海鮮料理を腹いっぱいに食べて食欲が満たされたメリッサは、次は買い物欲を満たすべく、服飾店の並ぶ通りに足を向けた。
道案内をさせているモニカというおチビは、どうやらあまり服飾店には詳しくないらしい。それでも、サザンドールは服飾店が大体同じ通りに集まっているので、店を探すのにさほど苦労はしなかった。
メリッサはアクセサリーを扱う店をのぞき、ニンマリと笑う。
流石はサザンドール。珍しい石や造形のアクセサリーが多い。
メリッサは手頃なネックレスを手に取り、自身の胸元にあてがった。
「このネックレス、かーわーいーいー。ねぇ、見て見て、ほら見なさいよ、かわいいでしょ?」
「は、はい……」
「アンタは何か欲しいものないの? ほらほら、おチビの小遣いでも買えそうな物もあるじゃない」
メリッサの言葉にモニカは困ったような顔で「はぁ」と曖昧な相槌を打つ。
ノリの悪い小娘め、とメリッサは唇を尖らせた。
「あんた地味でパッとしないんだから、もうちょっとオシャレしなさいよ」
「……えぇと」
「その年なら、好きな男の一人や二人はいるんでしょ?」
モニカは何も言わない。だが、その薄い肩がピクリと震えるのをメリッサは見逃さなかった。
これはからかい甲斐があるネタに違いない、とメリッサの嗜虐心が疼く。
メリッサはご馳走を見つけた猫のように舌なめずりをして、とびっきり甘ったるい猫撫で声を出した。
「へぇ、いるんだぁ? いるのね? どんなやつなの? ほらほら、メリッサお姉さんに話してみなさいよ」
「い、いえ、あの……わたし、す、好きな人なんて、いません」
モニカはフルフルと首を横に振って、視線を足元に落とす。
メリッサはアクセサリーを棚に戻すと、モニカと向き合い、屈んで目線を合わせた。
そうしてニッコリと優しく微笑みながら、モニカの頬を思い切りつねる。
「アタシに隠し事をするなんて、モニモニのくせに生意気ね」
「ひぃぃん」
「やっだぁ、モニモニってば、ほっぺたまでモニモニなのね。どこまで伸びるか試してやろうかしら」
「やめてくだひゃいぃぃぃぃ」
みっともなくヒンヒン泣きじゃくるモニカに嗜虐心は程良く満たされたので、メリッサはつねっていた頬から、手を離してやることにした。
モニカは鼻を啜りながら、真っ赤になった頬を撫でている。
「それで、アンタの好きな人ってどんな奴?」
「い、言えませんっ」
「なんでよ」
メリッサはモニカの前で手をニギニギと動かした。
つねるぞ、という無言の脅しに、モニカは頬を押さえながら涙目で口を開く。
「だって、わたしなんかじゃ、釣り合わないし……迷惑に……なるし……」
モニカの声はどんどん萎れていき、視線も下に落ちていく。
メリッサは眉をひそめた。
「そいつって、妻帯者なの?」
モニカは無言のまま、フルフルと首を横に振る。
「じゃあ、そいつに婚約者か恋人がいるとか?」
やっぱりモニカは力無く首を横に振る。
「じゃあ、何も問題無いじゃない」
「でも、わたしなんかじゃ……」
メリッサは舌打ちをすると、真っ赤に染めた爪でモニカの眉間をグリグリと突いた。
「その『わたしなんか〜』っていうの、やめなさいよ。自分を卑下しても、周りから舐められるだけなんだから。あと、アタシが聞いててイライラするから、次言ったらつねる」
「ひぃっ……」
メリッサが睨みをきかせると、モニカは小動物のようにプルプル震えた。
卑屈なところは気に入らないが、つくづくメリッサの嗜虐心を程良く満たしてくれる小娘である。
「まったく、話を聞いてりゃ、何をウジウジモニモニ悩んでんのよ」
「……だ、だって、わたしが、好きになったら……きっと、迷惑……です」
「好きでいるぐらい、別にいいじゃない。自分の好きを誤魔化しても、良いことなんてないわよ」
メリッサの言葉にモニカはハッと顔を上げて、メリッサを見た。
涙の膜の浮いた目は、光の加減で少しだけ緑がかって見える。その丸い目が、許しを乞うようにメリッサを見上げている。
「……好きでいるだけなら、許してもらえるで、しょうか」
「知るか。許すも許さないも、自分で決めな」
モニカは目を丸くし、口を半開きにした間抜けな顔をしていた。
メリッサは決して、親切心でモニカに恋愛のアドバイスをしているわけではない。
そもそもモニカの恋が実ろうが、盛大に失恋しようが、メリッサには痛くも痒くもない話である。
ただ、ここでお姉さん風を吹かせて、恩を押し売りするのも悪くない。
「あと、そうね。これはメリッサお姉さんの経験談によるアドバイスだけど」
「は、はいっ」
「もし、同じ男を好きになった女が他にいて、その女が『私達、抜け駆けは無しよ♡』とか言ったら、その女は疑いな。絶対裏切るに決まってんだから」
「ひぃっ……」
真っ青になってブルブル震えている姿は、やっぱり小動物だ。まったく気の小さい小娘である。
「分かった。アンタに足りないのは度胸だわ。今から、アンタの度胸を鍛えてやるから、ついてきなさい」
「ど、どこに……行くん、ですか?」
「度胸試しって言ったら、ギャンブルに決まってんでしょ。楽しくて、儲かって、度胸もつく。あーら、良いことづくめじゃない」
「ギャ、ギャン、ブル……っ!?」
目を白黒させているモニカには目もくれず、メリッサは薔薇色のドレスを翻して颯爽と歩きだす。
「ほら、行くわよ、おチビ!」
「ま、待ってください、お姉さんっ……お姉さーん!」




