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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝4:新米女商会長の奮闘
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【14】可愛くて、かっこいい

「さぁ、次にお披露目いたしますは、フラックス商会の新作ローブです!」

 司会者の言葉に合わせて、舞台の上に一人の男が現れる。

 動きやすく機能的、かつ品のある仕上がりを謳うそのローブは、袖が細く全体的にスッキリとした仕上がりだ。

 生地のビロードは、光の加減で絶妙に色を変える上品な紫紺。胸元や袖口に施された金糸の刺繍は、複数の色を使い分けており、さり気なく立体的な仕上がりになっている。

 そんな美しいローブを身につけて舞台を歩くのは、癖の強い黒髪を短く切り揃えた若い男だ。

 目鼻立ちのくっきりとした異国風の顔立ちをしていて、虹色の虹彩を持つ目は神秘的で、見る者の目を否応無しに惹きつける。

 男は颯爽とした足取りで舞台の中央に進み出ると、くるりとその場でターンした。ローブの裾がふわりと広がり、金糸の刺繍が舞台照明を反射してキラキラと煌めく。

 人々の目が舞台に釘付けになると、男は唇を持ち上げ、目を細め──蠱惑的に微笑む。

 その瞬間、その日一番の歓声があがった。



 * * *



 舞台の上を一周したクリフォードが舞台袖に引っ込むと、舞台袖ではラナが腕組みをしてクリフォードを待ち構えていた。

 舞台袖に引っ込んだクリフォードは、いつもと変わらぬ無表情で口を開く。

「こういうのは、観客席から見るべきなんじゃないのか」

「あら、従業員を労うのも、商会長の務めだわ」

「そうか。じゃあ存分に労ってくれ。一生分の顔の筋肉を使った気分なんだ」

 そう言ってクリフォードは親指の腹で、己の頬をグイグイと揉む。

 舞台の上で見せた色気たっぷりの笑みは、母親の笑い方をそっくりそのまま真似たものだ。今日の舞台のために、口角の上げ方から目の細め方まで、鏡を見ながら練習したのである。

 それにしても、表情を取り繕うというのは何と疲れるのだろう。

 ラナみたいにコロコロと表情を変えていたら、きっと自分の顔は筋肉痛になってしまう。

 そんなことを思いながらラナを見ていると、ラナは何やら浮かない表情で俯いた。

「どうして、そんな顔をしているんだ? 舞台は成功したんだ。いつものラナなら、浮かれて馬鹿みたいに大はしゃぎするところだろう?」

「……馬鹿みたいで悪かったわね」

 返す言葉は、やはりどこかキレがない。

 何を気にしているのだろうとクリフォードが疑問に思っていると、ラナはポソポソと小声で言った。

「少しは悪かったって思ってるのよ。だって、クリフは……その……見せ物扱いされるの、嫌いじゃない」

 ラナの言葉に、クリフォードは無表情ながら驚いていた。そして思う。


「やっぱりラナは馬鹿だ」


「な、なによっ! また馬鹿にして! わたしだって、色々と考えて……」

「ラナは誤解している」

 ラナの言葉を遮り、クリフォードはキッパリと宣言する。

「ボクは嫌いなものがそんなに無いんだ。端的に言えば、大抵のことはどうでもいい」

「…………」

「だから、見せ物扱いされることも、割とどうでもいい」

 大抵のことがどうでもいいクリフォードにとって、唯一のどうでも良くない存在がラナなのだ。

 だから、ラナのために見せ物になることぐらい、大した苦労じゃない。顔の筋肉は疲れたけど。

「クリフの眼鏡は、顔を隠すためのものでしょ」

「近眼」

「だって、明らかにサイズの合わない眼鏡かけてるじゃない! 他にもわざと変な組み合わせの服を着たり!」

 確かに顔の半分を隠すような眼鏡は、サイズが合っているとは言い難い。ラナ風に言えば、ダサい。服に関してもそうだ。

 それは異国風の目立つ容姿を隠すためなのだと、ラナはずっと思っていたのだろう。

「やっぱりラナは馬鹿なんだな」

「ちょっと! さっきから馬鹿馬鹿言い過ぎじゃない!?」

 眉を持ち上げて怒るラナを眺めながら、クリフォードは胸の内で呟く。


(だってラナの趣味じゃない格好をすれば、ラナが構ってくれるじゃないか)


 ──ほら、こうすればもっとカッコいいでしょ!


 そう言って、世話を焼きながら得意げに笑うラナが、クリフォードはいっとう好きなのだ。



 * * *



 複数の商会が共同で行った各種魔導具のお披露目会は、大盛況のうちに幕を閉じ、その後は同会場で懇親会という名目のパーティが行われた。

 出席者は主に魔導具や服飾全般を扱う商会関係者と、魔術師組合の役員、ミネルヴァの教授などの上級魔術師達。

 なので参加者の中には、礼服ではなくローブ姿の者も少なくなかった。魔術師にとって儀礼用の条件を満たしたローブは立派な正装だ。

 その日、若きアンバード伯爵バーニー・ジョーンズは真新しい黒のローブを身につけ、ステッキの代わりに魔術師の杖を握りしめて、パーティに出席していた。

 アンバードと言えば、リディル王国における工業魔導具の工房を最も多く有することで有名だ。また、この若き伯爵自身も魔術師養成機関ミネルヴァを卒業し、上級魔術師の資格を有している。

 ともなれば、彼がローブ姿で出席するのは、決しておかしなことではなかった。

 なお、彼が身につけている黒いローブは、フードが無く、袖も身頃も全体的に細めの作りをしている。

 スッキリとしたシルエットだからこそ装飾が映えるデザインのそのローブは、彼が取引をしているフラックス商会の冬の新作であった。つまりは取引先の宣伝である。

(まぁ、なかなか悪くないデザインですしね。生地もハリがあって、高級感がある)

 フラックス商会の商会長ラナ・コレット女史は、因縁の相手ではあるけれど、商売の取引相手として付き合う分には、なかなか優秀だ。

 詰めの甘い部分もあるが、老舗の工房よりも対応が柔軟だし、小規模商会だから行動が早い。流行を見る目もある。

 爵位を継いでも、いまだ若造扱いされるバーニーにとって、同じ年の商会長であるラナは、案外気楽に接することができる相手でもあった。勿論、眼鏡にケチをつけた件に関しては、一言二言申したいが。

 さて、とりあえずはくだんのコレット女史に挨拶にでも、と周囲を見回したバーニーの耳に、何やら聞き覚えのある声が届いた。

 風の精霊の囁きのようにか細い声は、バーニーが絶対に聞き漏らすことのない声だ。


「バーニー……バーニー…………助けてぇぇぇぇ」


 声の方に目を向ければ案の定、会場の壁際にモニカの姿があった。

 今日は七賢人用のローブではない、ダークグリーンのローブを身につけている。ウエストを絞ったり、袖が大きなフリル状になっていたりと、装飾性の高いドレスローブだ。

 おそらくこれもフラックス商会の物なのだろう。ラナがデザインしたローブは、社交の場でドレスや礼服の貴族達に混ざっても違和感の少ないデザインをしているので、すぐに分かる。

「おやおや、ご機嫌よう、エヴァレット魔法伯。どうせ貴女のことだから、人の目が怖くなったとか言うんでしょう。まったく世話の焼ける七賢人様ですねぇ。仕方ありませんから、このアンバード伯が貴方の話し相手になって差し上げても……」

 バーニーがペラペラと語り始めると、モニカはパァッと顔を輝かせてバーニーを……ではなく、バーニーの杖を見た。

「バーニー、バーニー。あのね、バーニーの杖を貸してほしいの」

「……なんですって?」

「えっと、七賢人用の杖は目立つから、置いてきたんだけど……そしたら慣れない靴で、足、捻っちゃって……」

 どうにか控え室に戻りたいけれど、足が痛くて動けない。せめて、なにか杖になるものがあれば……と思っていた矢先に、視界に入ってきたのがバーニーだったらしい。

 魔術師にとって杖とは威厳の象徴である。だが、モニカにとっては、歩行補助の役割が最優先されるらしい。

 バーニーはやれやれとため息をつき、左腕を軽く持ち上げてモニカに差し出す。

 そこまでしてやっても、モニカは何も分かっていない間抜け面でキョトンとバーニーを見上げていた。バーニーはイライラしながら口を開く。

「セレンディア学園で、エスコートのされ方を学ばなかったんですか?」

「あ、えっと……じゃあ、失礼します」

「はい、どうぞ。控え室に行けば良いんですね?」

 モニカの頭がコクンと上下するのを確認し、バーニーはゆっくりと歩きだす。

「まったく貴女は、こういう場に一人で参加するから、こうなるんですよ。噂じゃ貴女、従者と弟子がいるらしいじゃないですか。エスコート役に連れてきたらどうです?」

 その時は、自分が直々に品定めをしてやろう。とバーニーが密かに考えていると、モニカは何故か苦笑いで視線を彷徨わせた。

「えっと……従者と弟子は……うん……ちょっと、こういうところには、連れてこれない、かなぁ……」

 片や黒竜、片や第二王子とはつゆ知らず、バーニーはきっと素行に問題のある従者と弟子なのだろうと考えた。ある意味間違ってはいない。

「どうせ貴女のことだから、その従者と弟子に侮られているのでしょう? 一度、僕の前に連れてきなさい。僕から厳しく言って聞かせて……」

「おや、これはこれは! アンバード伯爵! それに、もしかして……そちらにおられるのは、エヴァレット魔法伯では?」

 バーニーの声を遮るような大声をあげて近づいてくるのは、大柄な中年男性、ダリル子爵だった。

 ダリル子爵は国内有数の鉱山の所有者。発掘される鉱石はどれも魔導具の材料としては一級品。魔導具産業に携わる者にとって、無視できない人物である。

 だがダリル子爵は少々横柄で、おまけに大柄で声の大きい人物。モニカが一番苦手とする類の人間だ。

 バーニーの腕を掴むモニカの手に、ぎゅぅっと力が篭る。

 ここはすぐに話を切り上げて立ち去ろう、とバーニーが考えていると、驚くことにモニカが口を開いた。


「はい、はじめまして。〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットです」


 バーニーはギョッとしてモニカを見る。

 モニカは俯いたり、視線を彷徨わせたりせず、真っ直ぐにダリル子爵を見上げていた。その横顔は緊張で強張っているけれど、モニカの性格を知らなければ、キリッと引き締まっているように見えなくもない。

 ダリル子爵はペラペラとよく回る舌で、おべっかと自領の自慢話を交互にまくし立てる。それにモニカは、口数少なくも、きちんと相槌を打っていた。

 我に返ったバーニーは、慌てて会話に割って入る。

「ダリル子爵、先日は良質な金をありがとうございます。おかげで新型の工業魔導具研究が、より一層進みました」

「おぉ、それは良かった! 我が金山の金は、やはり外国の物と比べると質が圧倒的に違うので……」

「えぇ、今後とも良い関係を築かせていただきたいものです」

 バーニーはその後、一言二言言葉を交わして会話を切り上げると、ダリル子爵から離れた。

 バーニーの横では、ふぅぅぅぅっとモニカが息を吐く音が聞こえる。緊張から解放された安堵感と、何かを成し遂げたような喜びで、モニカの唇はムズムズしていた。

 今のモニカは、決して気の利いた会話をしたわけではないけれど、それでも相手の顔を見て、きちんと相槌を打っていた。かつてのモニカだったら俯いて硬直しているか、泣きながらその場を逃げだしていただろう。

「随分と成長したじゃありませんか」

「ちゃ、ちゃんとできてた、かな?」

「まぁまぁですかね」

 モニカが挙動不審にならなかったのは、きっと自分がエスコートしているからに違いない。

 やはり自分のように優秀なエスコート役がいるといないとでは大違いということが、モニカもよく分かっただろう。

 ……と、バーニーがうんうんと頷いていると、モニカはローブの袖をちょっとだけ持ち上げてみせた。

「このローブ、ラナが作ってくれたの。コンセプトは『可愛くてかっこいい魔女』……なんだって」

 ヒラヒラと揺れる大きなフリル袖は、よく見ると裏地は明るい色の花柄だった。

 ローブ自体は落ち着いたダークグリーンだが、モニカの袖が揺れる度に鮮やかな花柄がヒラリヒラリと見え隠れする。まるで森の木々の合間から覗く、花畑のように。

「ラナが作ってくれた物だから、可愛いのは間違いないけど……『かっこいい』の部分は、わたしの振る舞い次第だって、ラナ、言ってた」

 女性的で可愛らしいローブだが、襟が高く、上半身はスッキリと細身で格調高い仕上がりだ。だからこそ、着ている者の姿勢で見た目が大きく左右される。

 つまるところ、このローブは猫背だと、とてもみっともないのだ。

 そして今、モニカはきちんと背筋を伸ばして立っている。ダリル子爵と会話した時も、モニカは一度も猫背にならなかった。

 モニカはバーニーを見上げて、へにゃりと笑う。

「ちょっとでもかっこよく……見えてたら、いいなぁ」

 その笑い方は「かっこいい」には程遠いけれど、なんともモニカらしかった。

 バーニーは鼻を鳴らし、眼鏡の縁を持ち上げて笑う。

「足を捻って、みっともなく泣きそうになってたのは誰でしたっけ?」

「あぅっ」

「次からは、もっと歩き慣れた靴にするんですね」

「うぅっ……そうする」



 モニカには知る由もないことだが、あまり背が伸びなかったことを密かに気にしているバーニー・ジョーンズは、モニカに踵の低い靴を強く推奨したいのである。

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