【20】できる師匠は店選びも完璧
七賢人の弟子達を集めた魔法戦の後、〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーは自身の執務室に戻り、アイザックが提出した論文や、今日の魔法戦の記録を読んでいた。
今夜は図書館卿の奢りで打ち上げをするらしいが、ルイスは参加するつもりはない。愛する妻と食べるご飯の方が絶対良いに決まっている。
ジャム入り紅茶を一口飲んだルイスは、一通り目を通した記録を見下ろし、眉根を寄せた。
(……計算が合わない)
その理由に思い当たり密かに苛立っていると、部屋の扉がノックされた。
どうぞ、と声をかける。扉を開けたのは、〈砲弾の魔術師〉ブラッドフォード・ファイアストンだ。
「よう、結界の、邪魔するぜ」
ブラッドフォードの後ろには〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイと、その弟子のクラレンス・ホールもいた。
ブラッドフォードとメアリーは手ぶらで、クラレンスだけは、その手に酒瓶やグラスを載せた盆を手にしている。
三人ともそれぞれ、夜も星詠みがあるだの、メアリーの補佐があるだの、若い者だけで楽しめだのと言って、打ち上げを辞退した者達だ。
メアリーが可愛らしく小首を傾げて言った。
「今日の魔法戦を振り返りつつ、軽く一杯いかが〜?」
「いただきましょう」
ルイスが応接セットのソファに座ると、メアリーとブラッドフォードは向かいの席に座る。
クラレンスは三人の前にグラスを置くと、静かにワインを注いだ。良いワインだ。
一気飲みするような酒でないのだが、今は一気に飲み干したい気分なのが悩ましい。
胸に蔓延る不条理を酒で一気に洗い流し、プハァと息を吐いて鬱憤を吐き出す──そういう酒の飲み方がしたかった。
ルイスがグラスを睨んでいると、メアリーの細い指先がグラスをつまむ。
「どうだった、今日の魔法戦〜?」
「……計算が合わないんですよ。〈沈黙の魔女〉の弟子の、魔力消費量の」
「あー、やっぱりなぁ」
ブラッドフォードも気づいていたのか、顎髭を撫でて天井を見上げる。
魔力の消費量は厳密にこの数字、と確定できるものではない。
同じ魔術を使っても、術式に不備があったり、魔力操作が下手だったりすると、余計に魔力を消費する──それこそグレンなんて、魔術を覚えたばかりの頃は、本来の消費魔力量の二倍近く魔力を消費をしていたものだ。
そうでなくとも、環境や体調で魔力消費量が変わることはよくある。
気温が低ければ、部屋を暖めるのに多くの薪がいるように、火の魔術を使うのにも余計に魔力を使うのだ。
ただ、それなりに慣れてくれば、記録を見ただけで、大体の魔力量は計算できる。
ブラッドフォードが何かを数えるように、指を折り曲げた。
「届け出だと、アイザック・ウォーカーの魔力量は一五三……あの魔法戦で使った魔力量は、その半分ってぇとこか?」
「そうですね。おそらく、最初から半分の状態で挑んだのでしょう」
「沈黙のは厳しいからなぁ。そういう制限でも課したんじゃないか?」
そんな無茶な、と言えないのが〈沈黙の魔女〉の恐ろしいところであった。魔術が絡んだモニカは、時々サラリと無茶を言う。
ただ今回に限って言えば、ルイスはアイザックが魔力を半分に減らして魔法戦に挑んだ理由を、なんとなく察していた。
(おそらく、あの顔の維持に魔力量が関係している)
アイザックはそのことをルイスには語らず、半分の魔力量で魔法戦に挑み、それなりの成果を見せた──何も聞かされていないルイスとしては、舐めくさりやがって、と自棄酒の一つもしたくなる。
ルイスは舌打ちしたい衝動を酒を飲んで誤魔化し、低く呟いた。
「……ついでに言うと、あの男がグレンを保護するため、最後に使った魔術」
空高く飛ばされ、気絶したグレンを受け止めた水の膜。
あれは、魔法戦でアイザックが見せた水の魔術とは、似て非なるものだった。
あの時点でアイザックはウーゴの雷撃を受け、水の糸は全て解除されていたのだ。
それなのに、あの短時間で離れた場所に水の膜を作り出した──しかもグレンの落下地点ピッタリに。
「〈沈黙の魔女〉の弟子は、まだまだ切り札があるようで」
「その切り札を最後に見られただけでも、価値はあったでしょう〜?」
「……そうですね」
ルイスは舐めるようにワインを飲み、メアリーの横に控えるクラレンスをチラと見る。
「クラレンス殿も、随分とお優しい。泥と岩を総動員すれば、もっとえげつない罠も仕掛けられたでしょうに」
新七賢人候補を探す際に、ルイスは国内の上級魔術師達の記録を一通り読んでいる。
〈天文台の魔術師〉クラレンス・ホールは、天文台を──そこで星詠みをするメアリーを守るための戦い方でこそ、本領を発揮する魔術師だ。
傾向としては、ラウルの薔薇要塞に似ている。土属性の魔術師は基本的に、防戦の方が得意なのだ。
かつて、彼が守る天文台に賊が入った時など、賊は全員泥と岩に固められ、塔のオブジェと化したとかなんとか。
クラレンスははにかみながら、首を横に振った。
「私の戦い方は、少々汚れますし、地形に響きますから……マイレディの前で、そのようなことはできません」
「まぁ、小さい頃はあんなに泥遊びに夢中だったのに〜」
メアリーがコロコロと喉を震わせて笑い、クラレンスも控えめに笑い返す。ここもまた、妙な師弟だ。
ルイスは残り少なくなったワインを飲み干し、言った。
「弟子達のまとめ役。最初からウーゴ・ガレッティにするつもりだったのでしょう? 予言者殿」
「おっ、なんだ? 随分とうちのウーゴを買ってくれてるじゃねぇか」
ルイスの言葉に、ブラッドフォードが機嫌よく笑う。
メアリーは曖昧に微笑んだまま答えない。だが、彼女の中で、ウーゴ・ガレッティをまとめ役に据えることは既定路線だったのだろう、とルイスは確信していた。
「全ては貴女の思い通り、というわけですか」
「あら、あたくしにも読めないことだってあるのよぉ? ……図書館卿の行動とか?」
「…………」
ルイスは閉口した。
珍妙な格好で記録係に混ざり、大声でグレンを叱咤激励し、その後は生真面目に謝罪をして、レイの呪いを受けて悶絶して床に倒れ、モニカとラウルに縋りつかれ、使い魔らしき二匹のイタチに髪を引っ張られていた図書館卿シリル・アシュリー。
この間、アスカルド大図書館で見かけた時も、頭から流血して、モニカとラウルに縋りつかれていなかっただろうか。
ただ事実を挙げただけなのに、訳が分からなすぎて頭痛がする。
ルイスが眉間の皺を押さえていると、ブラッドフォードがワイングラスを回しながら、うんうんと頷いた。
「あれなぁ、何の余興かと思ったぜ。てっきり、星詠みのが何か仕込んだのかと思ってたんだが……その星詠みのが一番笑ってるもんだから、俺ぁ驚いたぜ」
「未来を見て有事に備えるあたくしが、こんなに予想外のことで大笑いしたのは久しぶりよぉ。お化粧が崩れちゃうかと思って、本当に焦ったわ……あっ、駄目、思い出し笑いしちゃう……ふふっ」
図書館卿シリル・アシュリー。
数年前の最高審議会では、〈沈黙の魔女〉やグレン達と結託してルイスの足止めをし(つまりは喧嘩を売り)、最近の〈暴食のゾーイ〉事件では、その洞察力で大規模竜害の可能性に言及し、〈識者の家系〉に相応しい働きで国を救った人物である。
なのに、アスカルド大図書館では頭から流血しているし、今回は珍妙な格好をしているし、本当に訳が分からない。
ルイスはかの人物に思いを馳せ、ありのままに思ったことを口にした。
「なんなんですかね、あれ。〈沈黙の魔女〉の周囲に、まともな奴はいないんですか?」
辛辣なルイスの一言に、ブラッドフォードとメアリーが笑う。
「なんだったんだろうなぁ」
「分からないって楽しいわね、ルイスちゃん」
「…………」
どうやら年長者二人は、既に酒が回り始めているらしい。
ルイスは瓶に残った酒を雑な手つきでグラスに注ぎ、一気に飲み干して、プハァと息を吐いた。
考えるのに疲れたので、今日はもう帰って、愛しい妻と娘とゆっくり過ごそう。そうしよう。
* * *
魔法戦のあとの打ち上げは、メアリー、ブラッドフォード、レイ、ルイス、クラレンスが欠席となった。
年長者達はそれぞれに仕事があったり、家族と過ごす時間を優先する者が多いらしい。
レイにいたっては、「俺は絶対に……絶対にフリーダのご飯を食べるんだ……帰るんだぁぁ」と誰よりも早く帰宅した。
最終的に打ち上げの参加者は、七賢人の弟子からはアイザック、グレン、ウーゴの三名、七賢人はモニカ、ラウル、サイラスの三名。それと全くこの場に無関係である財布シリルの合計七名である。
一行はローブを脱いで私服に着替え、日が沈みかけている街を歩いていた。季節は夏真っ只中で、遠くの空では橙色が混じり始めているが、まだランタンが必要なほど暗くはない。
アイザックの少し前では、ウーゴがラウルやサイラスに話しかけていた。
「〈茨の魔女〉様、ちょい元気なくないですか?」
「うーん、ちょっと、こっちの方角は嫌な予感がするんだ……なぁ、サイラスは、この辺によく来るのかい?」
「俺ぁ、もうちょい、下町っぽい雰囲気の店で飲むことの方が多いすね。最近、東部料理の店を見つけて……」
彼らのやり取りを聞きつつ、アイザックは更に前方を歩くシリルを見る。
レイの呪いで大変なことになっていたシリルの味覚だったが、たっぷりの紅茶を飲み干したことで、無事に解呪はしてもらえた。
ただ、今日はもう何も口にしたくないのだろう。シリルの顔は目に見えてゲッソリしている。
シリルによじ登ったり、髪を引っ張ったりと忙しかったイタチ達は、今は姿が見えなかった。どうやら自由行動中らしい。
「会長、会長」
横を歩くグレンが声をひそめて話しかけてきたので、アイザックは歩く速度を少し落とした。
「どうしたんだい?」
「さっきの魔法戦で、オレぶっ飛ばされたじゃないっすか」
「意地悪してごめんね?」
「会長が怒ってないんなら良いんすけど……オレ、あの時、気絶しちゃったじゃないすか。後で他の人に聞いたら、会長が水で受け止めてくれたって言われて……」
アイザックは更に速度を落とし、集団の一番後ろに回る。
グレンも周りに声が届かない距離になったのを確認して、小声で言った。
「オレを助けてくれたのって、もしかして……」
アイザックはポケットを軽く叩き、「ウィル」と声をかけた。
ウィルディアヌは白いトカゲの姿で、ポケットからスルスルと這い上がってアイザックの肩に移動する。
ウィルディアヌはアイザックの切り札だが、〈暴食のゾーイ〉戦でグレンはウィルディアヌを見ているから、構わないだろう。
「きちんと紹介するのは、まだだったね。僕の相棒のウィルディアヌだ」
グレンは「おぉー」と口を三角形にして、感動の声を漏らした。
師匠が風の上位精霊と契約しているから、珍しいわけでもないだろうに、何故か目がキラキラしている。
「助けてくれて、どもっす、ウィルさん!」
ウィルディアヌは尻尾をウニョ……ウニョ……と左右に揺らし、小声で「……恐縮です」と返した。慣れないことに困惑している態度だ。
そんな水霊の困惑など露知らず、グレンははしゃいだ様子で言う。
「会長、会長、ウィルさん手に乗せていいっすか?」
「良いかい、ウィル?」
「はい」
アイザックが肩に手を寄せると、ウィルディアヌはその手の甲に移動する。
そのままアイザックがグレンの手にウィルディアヌを移すと、グレンは口をムズムズさせて噛み締めるように言った。
「トカゲが相棒って、なんか……なんか良いっすよね」
「……そうなのですか?」
ウィルディアヌはますます困惑しているが、アイザックにはグレンの気持ちがよく分かる。
爬虫類が相棒というのは、忘れかけていた少年心を擽るのだ。なにせ、蛇の抜け殻集めに熱中した少年時代である。
「なになに、何の話? トカゲが相棒って言った?」
前方を歩いていたウーゴが、こちらを振り返った。グレンは素早くウィルディアヌを背中に隠し、話を逸らす。
「ウーゴさんは、相棒にするなら何が良いっすか?」
「爬虫類良いよねー、かっけーし。蛇とか連れてたら、只者じゃないオーラ出まくりじゃん? でも、猛禽類とか連れてんのも憧れるんだわー」
ウーゴとグレンの間で、相棒にするなら何が良いか談議に花が咲く。
その時、アイザックは気がついた。
前方を歩くモニカとシリルが何やら話している。
(よし、邪魔しよう)
なにせ、自分はもうライバル宣言をしたのだから、遠慮なんてしてやるつもりはないのだ。
* * *
打ち上げの会場へは、モニカが先導して歩いている。
今日は自分がアイザックを労おうと張り切ったモニカは、事前に良い店を調べておいたのだ。
その店への道を歩きながら、モニカがチラチラと横目で、隣を歩くシリルを見た。
彼はアイザックにイタズラをするために、ラウルと結託して魔法戦の記録係になりすましていたらしい。
(シリル様が、イタズラ……)
生真面目なシリルがイタズラなんて、今でも少し信じられない。
だが、それと同時に、モニカの腹の奥からムズムズと込み上げてくる思いがあった。
世の中には悪意のあるイタズラもあるかもしれないが、シリルに限ってそれはないとモニカは断言できる。
だから、これは親しい人間に対する、軽いおふざけのイタズラなのだ。
それはなんというか、とても、とても……。
(いいなぁ……)
羨ましい、のだ。
たとえば、そういうことをシリルがモニカにするだろうか? きっとしない。
親しくなりたい、近づきたい。一歩と言わずとも、半歩で良いから、好きな人との距離を縮めたい。
少しだけ欲張ることを覚えたモニカは、思い切って口を開いた。
「シ、シリル様っ」
シリルがぎこちなく首を捻ってモニカを見る。
彼は、消沈と気まずさが半分ずつの苦い顔をしていた。
「あぁ、すまない、今日は本当に恥ずかしいところを……」
「わ、わたしにも……イタズラして、くだひゃいっ」
ゴバァ、という音がシリルの口からした。何か発声しようとして、咽せた音だ。
半歩の距離を詰めようとして、盛大なヘッドスライディングを決めてしまった気がする。
もしかしてもしかしなくとも、自分は今、とてつもなく、はしたないことを口走ってしまったのではないだろうか?
二人の間に気まずい沈黙が落ちる。それに耐えられず、モニカは早口で言い訳を捲し立てた。
「あのっ、イタズラとは親しい人間同士にすることで……つまり、そうっ、わたしイタズラに興味が、あるんですっ! だから今後の勉強のためにも経験値を積んでおきたくて、ですねっ」
「モニカ」
静かな一言に、モニカはキュッと口をつぐむ。
シリルは前方を睨みながら、ボソリと言った。
「自分の身は、大事にするように」
「は、はい……」
「心配になる」
「はい……」
「あまり、私の自制心を試さないでくれ」
「……? はい」
シリルの横顔は怒っているようにも見えるけれど、少し違う。色んな感情を押し殺して、相手を気遣う時の顔だった。
きっと、不甲斐ない後輩のことを心配してくれているのだ。その上でモニカの立場を気遣い、大声で叱らぬよう自制し、静かに注意してくれたのだ。
申し訳なくなったモニカが縮こまっていると、背後で声がした。
「おや、僕のお師匠様はイタズラに興味があるのかい? お手本を見せてあげよう」
突然、後ろから膝を蹴られたシリルが、カクンと膝を折ってよろめいた。
「こうして」
よろめいたシリルの首をアイザックが片腕で絞める。
「こうして」
そのまま青ざめるシリルの頬を、反対の手でグニグニと潰す。
「こうだよ」
流れるような三ステップの、「こうしてこうしてこうだよ」であった。
アイザックの実演に、モニカは恐る恐る発言する。
「あのぅ、それはイタズラではなく、意地悪なのでは……」
「アイクっ、アイクっ、おやめくださいっ! アイク……ふぎゅぅ……」
悲鳴をあげるシリルの頬を容赦なく潰し、アイザックはモニカに笑いかけた。
これが王子様の顔なら、きっとキラキラが宙を舞っている。
「ほら、面白い顔だね」
「や、やっぱり意地悪ですっ! 意地悪はダメです、よ!」
ワァワァと騒いでいるモニカ達に、グレンがしみじみ呟く。
「最近の会長、楽しそうっすねー。肉料理研究会でも活き活きしてるし」
「肉料理研究会? 何それ楽しそう。オレも混ぜて混ぜてー。アルパトラの肉料理教えるからさー」
グレンの呟きにウーゴが食いつき、またワイワイと賑やかになってきたその時、サイラスが足を止めて右手側の店を見上げた。
「なぁ、もしかして、この店じゃないか。沈黙の姐さんが言ってた、打ち上げの店」
モニカは慌てて看板の文字を見る。間違いない、教えてもらった店だ。
「あ、はい、ここ! ここですっ! ほらっ、お店に着きましたよっ、アイク。とってもとっても良いお店なんですよっ!」
だから、イタズラはおしまいです。と言いかけたモニカは、その店の客引きの男達を見て、目を点にした。
客引きは四人。全体的に派手な雰囲気の若い男達で、何故か全員、胸元の開いたシルクシャツを着ている。
店構えも、なんだかやけに煌びやかというか、入り口には薄い生地のカーテンが幾重にも重ねてかけられており、奥からは異国の香の匂いが強く漂ってくる。
モニカは以前サザンドールでメリッサに連れて行かれた、スロースの店を思い出した。
あの時は違法薬物を扱っている店だったが、今目の前にある店も負けず劣らずいかがわしい空気が漂っている。
モニカが口をパクパクさせていると、客引きの男が近寄ってきて、バチンと音がしそうなウィンクをした。
「やぁ、ようこそ子猫ちゃん、今夜はこの店で、とびきり素敵な夢を見せてあげる」
「いえ、あの、夢を見たいわけじゃなくて、美味しいご飯とお酒をですね……」
オロオロしているモニカに、移動中珍しく寡黙だったラウルがスススと近づき、耳打ちする。
「なぁ、モニカ。オレ、店の方角聞いた時から、ずっと嫌な予感してたんだけど……もしかして姉ちゃんに相談した?」
「は、はい。メリッサお姉さんなら、王都のお店に詳しいと思って……」
頑張っているアイザックを、美味しいご飯とお酒で労いたい。だが、モニカは王都の店にあまり詳しくなかった。殊に酒が飲める店ともなれば、なおのこと。
だから、王都に詳しいメリッサに、美味しいお酒が飲めるお店を教えて貰ったのだ。
『そうよねぇ、できる師匠なら、弟子を労う店の一つや二つ、知ってないと駄目だわ。そんなモニカちゅわぁんに、お姉様が良いお店を教えて、あ・げ・る。きっと、クソ犬……んんっ、弟子も泣いて喜ぶわよ』
その結果がこれである。
シリルが大真面目に「なるほど」と呟く。
「きっと、レディ・メリッサは店の住所を間違えたのだろう」
「モニカもシリルも、姉ちゃんのこと、もっと疑った方が良いと思うな、オレ」
ラウルがボソリと呟いたその時、客引きの男がモニカの肩を抱いて笑いかけた。
この男もまた、無詠唱キラキラ魔術の使い手なのかもしれない。美貌の第二王子には劣るが、白い歯がキラッと光った気がする。
「食事もお酒も、君のためなら、なんだって用意するよ、子猫ちゃん」
「あ、あの、えっと、その……」
モニカがあうあうと呻いていると、アイザックが客引きの手を払い、シリルが反対側からモニカの腕を引いた。
そうしてアイザックとシリルは、それぞれ左右からモニカを挟むように腕を掴み、クルリと店に背を向け歩き出す。
「アイク、店を変えましょう」
「サイラス兄さんの行きつけの店でいいよ」
眉間に皺を寄せるシリルに、アイザックがため息まじりに返した。
二人に引きずられながら、モニカは鼻を啜る。
「うぅぅ……ごめんなさい、ごめんなさい……駄目な師匠でごめんなさいぃぃぃぃ!」
一番星が輝く王都の空に、モニカの情けない声が響いた。
次の【終】と【シークレット・エピソード】でおしまいです。
もう少しだけ、お付き合いください。




