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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝after3:最強の弟子決定戦
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【19】……ふぅん⤴︎

 アイザックが、他の七賢人の弟子達と共に魔法戦観戦会場に戻ると、真っ先に〈茨の魔女〉ラウル・ローズバーグが立ち上がり、朗らかに言った。


「やぁ、アイザック! 君の二つ名だけど、〈収納の魔術師〉と〈大漁の魔術師〉と〈ぶっ飛ばし魔術師〉のどれがいいかな?」


 できれば第一声は、お師匠様の声が聞きたかった。

 そんなお師匠様──モニカは期待に満ちた目でアイザックを見ている。その隣では、サイラスが「お前なら分かるよな」と言いたげな顔をしていた。前者は可愛いし、後者は面倒臭い。

 おそらくこの三人で、アイザックの二つ名を考えたのだろう。


(無詠唱収納魔術と言って手品を見せたのはモニカとサイラス兄さん。大漁はサイラス兄さんだな。海に妙な憧れがあるし。そして、ぶっ飛ばしはモニカのセンスじゃない……とすると)


〈収納の魔術師〉=モニカ

〈大漁の魔術師〉=サイラス

〈ぶっ飛ばし魔術師〉=ラウル


 ──と僅か三秒で結論を出し、そしてアイザックはニコリと告げる。


「どれも嫌かな」


 モニカとサイラスが、ショックを受けた顔をした。

 そこにスススと身を縮めて近づいていくのは、グレンである。どうやら師匠に近づきたくないから、親しいモニカの方に向かったらしい。

 それなら自分を頼ればいいのに、と思っていたら、グレンがモニカの背後に回って、小声で話しかけた。

 小声のつもりなのだろうけれど、地声が大きいので、しっかりアイザックにも聞こえていた。


「モニカ、モニカ」


「グレンさん、どうしたんですか?」


「今日の会長、ずっと怒ってるんすけど、オレ、何かしちゃったっすかね……?」


 どうやら苛めすぎたらしい。

 いつもは、あそこまで追い詰めたりしないのだが、今回は本当に余裕がなかったのだ。

 ごめんね、ダドリー君──とアイザックが言うより早く、モニカがグレンに返した。


「グレンさん、アイクがちょっとションボリしてます。あれは、『ごめんね、ダドリー君』の顔です」


「えっ!? 怒ってるようにしか見えないっすよ……!?」


「見分けるポイントは、眉毛の角度、です!」


 モニカとグレンがあんまり真剣な顔で眉毛を凝視してくるので、アイザックは片手を持ち上げて、自分の眉毛を隠した。

 モニカとグレンが「あぁっ」と悲しそうな声をあげる。面白い。


「さて、お弟子殿」


 冷ややかに響いた声に、アイザックは年下二人を揶揄うのをやめ、姿勢を正す。

 ソファから立ち上がったルイスは、片眼鏡を指先で押さえ、鋭い目でアイザックを見ていた。


「今日使用した魔術の論文、用意のほどは?」


「持参しております」


「結構。後ほど拝見しましょう」


 それだけ言ってルイスはソファに座り直す。

 モニカがグレンの陰に隠れて、軽く拳を掲げてみせた。あれは「やりましたね、アイク!」の顔だ。

 どうやら、〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーから及第点を貰うことはできたらしい。

 モニカの及第点に限りなく遠いのは悔しいが、それでも今日の目的は達成できたようだ。


(あとは……)


 最後に確認しておきたいことが一つ。


 ──あの大馬鹿者は、どこ行った。


 その時、隣の部屋から、くだんの大馬鹿者の苦しげな唸り声が聞こえてきた。

 モニカとラウルがさぁっと青ざめて部屋を飛び出す。


「シリル様ぁ」


「シリルー!」


 他の七賢人達はヤレヤレという顔をしていたので、深刻な事態ではなさそうだ。

 アイザックは部屋を飛び出したモニカ達をのんびり追って、部屋を出る。

 隣の部屋は扉が開きっぱなしになっていたので、そこからヒョイと中を覗くと、テーブルの前にシリルと〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトが向き合って座っていた。

 いつも堅苦しい服を着ているシリルだが、今日は珍しくブカブカのローブを羽織っている。そしてどういうわけか、机の上にはモジャモジャしたカツラとつけ髭が置いてあった。

 もしかして、あれを使って侵入したのだろうか。馬鹿だ。

 シリルは苦悶の表情で、大きなマグいっぱいの紅茶を飲んでいた。見たところ紅茶は普通の紅茶に見える──が、シリルの舌には、紫色の呪印が浮かんでいる。


(なるほど。味覚をやられたか)


「口にする全ての物が、酸っぱくて辛くて苦くなる呪いだ……強い酸味の後に、辛味がきて、最後に強烈に苦くなる……さぁ、苦しめぇぇぇ」


「うぐぅぅぅぅ、う、うぅぅ……」


 シリルは唸りながら紅茶を一口飲み、ゲホゲホと咽せながら悶絶した。モニカが「シリル様ぁっ」と涙目で狼狽える。

 どうやら、大きなマグ一杯に注がれたそれを飲み干すのが、彼に与えられた罰らしい。


(平和な罰だなぁ)


 アイザックが眺めていると、ラウルが必死の形相でレイに縋りついた。


「レイー! 待ってくれよぉ、事情を聞くだけじゃなかったのか!?」


「……事情を聞いて殺意が湧いたから呪っているんだ……『すっぱからにがい』の呪いで手打ちにしてやるだけ、マシだと思え……」


「メアリーさんの許可は貰ったんだってば!」


「不法侵入と、俺を騙したことは別件だ……俺の嘆きを思い知れぇ……苦しめぇぇ……」


 その時、入り口で見守っているアイザックのもとに、グレンが追いついた。

 グレンは室内のやりとりを見て、叱られた犬のようにシュンとする。


「会長ぉ……」


「うん?」


「もしかして、副会長……俺のことを応援したから、怒られちゃったんすか……?」


「うーん、それは別に良いんじゃないかな」


 一般人の応援ごときで戦況が変わるなら、それは戦況をひっくり返された側の実力不足だとアイザックは思う。

 それにしても、あの大馬鹿者は本当に何をしに来たのだろう。

 アイザックが呆れていると、どこからともなく金と白のイタチがやってきて、アイザックの肩に飛び乗った。

 ピケとトゥーレは、アイザックの耳元で小さく囁く。


「怒られた」


「筋肉したのが、駄目だったみたい」


「……ちょっと、よく分からないかな」


 イタチ達はアイザックの肩を下り、シリルの足元をチョロチョロする。どうやら応援しているつもりらしい。

 とりあえず、あの大馬鹿者は叱られておけ。と思ったので、アイザックは黙って見守ることにした。

 そこにモニカが、涙目で声をあげる。


「あのっ、〈深淵の呪術師〉様……きっと、シリル様にも事情が……っ」


「いや、違う……違うんだ……」


 ようやく半分ぐらいの紅茶を飲んだシリルが、掠れた声で言う。

 そうしてシリルは、部屋の入り口で腕組みをしているアイザックを見て、頭を下げた。


「神聖な勝負の場で、私は悪ふざけをしたのです。どのような処分でも、受け入れる所存です」


「悪ふざけ? 君が?」


 アイザックは思わず声をあげた。それぐらい意外だったのだ。

 あの堅物のシリル・アシュリーが悪ふざけなんて、只事じゃない。モニカとグレンも、目を丸くしている。

 シリルは今にも首を括りそうな顔で、懺悔した。


「私は浅はかにも……先日の仕返しに、貴方にイタズラをしようと考えたのです……」


「イタズラ? 君が、僕に?」


「はい……こっそり貴方を応援して、後で驚かそうと……」


 先日のお泊まり会の最終日、シリルをパーティ仕様にしてやったことはよく覚えている。

 だが、あの石頭のシリルが、あれをイタズラと認識し、その上でイタズラにイタズラを返してくるなんて!

 自然と、アイザックの口の端がキュッと持ち上がる。


「……ふぅん?」



 * * *



 アイザックの語尾上がりの「……ふぅん?」に、シリルは困惑した。

 それなりに付き合いが長いので、今のは怒っていない声だと分かる。この人は、本当に怒りを覚えた時は、相手に対する興味を失くしたような冷めた声になるのだ。

 恐る恐る顔を上げると、アイザックと目が合った。水色に緑を一滴混ぜた綺麗な目は、どこか楽しんでいるようにも見える。

 シリルが困惑していると、アイザックは廊下の方に目を向けた。

 廊下では他の七賢人や弟子達が、何事かと面白がるようにこちらを見ている。

 シリルがいよいよ気まずくなっていると、アイザックが声を張り上げた。


「今日の打ち上げは、図書館卿の奢りだ!」


 途端に、〈砲弾の魔術師〉の弟子のウーゴが拳を掲げる。


「いやっほーい! よく分かんないけど、太っ腹ー!」


 シリルがポカンとしていると、アイザックはそんなシリルに背を向けて、オロオロしているモニカに手を差し伸べた。


「さぁ、行こう。モニカ」


「え、あのっ、でも、シリル様……」


「お手をどうぞ、マイマスター」


 そう言ってアイザックは、自分の体でモニカをシリルから遮るように立った。

 アイザックの手が、モニカの小さな手を取る。その瞬間、シリルの頭で何かがバチッと弾ける音がして、気づけばシリルはアイザックの腕を後ろから掴んでいた。

 アイザックの腕の向こう側で、モニカが目を丸くしている。


(私は何をやっているんだ、こんなのはアイザックに失礼ではないか。モニカだって驚いている。ただでさえ醜態を晒したばかりだというのに、これ以上、後輩の前で醜態を晒すつもりか──いや違う。私は今逃げた。後輩の前でではなく、好意を抱いている女性の前で醜態を晒すのが嫌だったんだ)


 アイザックがモニカに向ける感情に気づいてしまった。

〈暴食のゾーイ〉騒動の後、アイザックがシリルに告げた「ライバル宣言」の意味を理解してしまった。


『いつまでも足踏みしていないで、さっさと自分の気持ちと向き合ってくれないか。このままでは、ライバル宣言もできやしない』


 自分の愚鈍さが嫌になる。なんて情けない。

 あぁ、そうだ、認めるしかない。


(貴方を誰よりも尊敬しています…………でも、これだけは、譲れないのです)


 顔を真っ赤にし、目をグルグル回していると、アイザックがモニカに背を向け、シリルを睨んだ。

 その唇が、声なき声でこう告げる。


 ──何か言えよ。


 心臓に刃を突き立てられた気がした。

 シリルはアイザックの肩の向こう側にいるモニカを見る。

 彼女の前で臆病者ではいたくない、堂々としていたい──それがシリルの「勇気の出るおまじない」だ。

 シリルは勢いよく顔を上げ、キッと眉を吊り上げて叫ぶ。


「ライバル宣言……謹んで、お受け、いたしますっ!!」






 モニカやグレンだけでなく、他の七賢人やその弟子達が見ている中、大声でライバル宣言をしてしまったシリル・アシュリーに、アイザックは堪えきれず肩を震わせた。


(やっと、スタート地点だ)


 その時、モニカとグレンが、ハッと何かに気づいたような顔をする。


「アイクとシリル様がライバル……確かに、魔術のお話、できますもんね」


「あっ、魔術のライバルってやつっすか!? だから副会長は、会長の魔法戦を観察しに……副会長、勉強熱心っすねー」


 まぁ今は、アイザックとシリルがライバル同士なのだと認識してくれれば、それで充分。


「さて、今日は遠慮なく飲み食いすると決めているんだ。財布の心配をしておくがいい」


「は、はい、その前に…………」


 シリルは口ごもり、テーブルの上のティーカップを見る。


「これを飲みきりますので、少しお時間をください……」


 そうだそうだ、とレイがボソボソ呟く。

 アイザックは訊ねた。


「君は、どんな失言でオルブライト卿を怒らせたんだい」


「そ、それは……」


 シリルはそっと目を伏せ、恥を堪える顔をする。


「筋肉に話しかけると、育ちが良くなるという嘘を……」


「…………」


 そういう迷言で人の腹筋を鍛えるのはやめてほしい。

 アイザックはわざと大きなため息をついて、肩を竦めた。


「なんて残酷な嘘なんだ。さっさと残った紅茶を飲み干して、罪を清算するがいい」



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