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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝after3:最強の弟子決定戦
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【18】一番厳しい人

 通りすがりの記録係の怒声に静まり返った観戦室は、「何故、図書館卿がいるんだろう」という微妙な空気になったが、くだんの自称記録係が静かに着席し、記録付けの作業に戻ったので、そのまま観戦を続ける流れとなった。

 サイラスは、チラリとメアリーを見る。

 この魔法戦の進行役は、ローズバーグ家を取りまとめるラウルだ。だが、七賢人が揃っている場で全体の取り仕切りをするのは、在任歴が最も長いメアリーである。

 そのメアリーが誰を咎めるでもなく、口元に手を当てて、大爆笑を我慢しているのだから大丈夫なのだろう、多分。


(すげぇな、図書館卿の兄ちゃん……あの星詠み様を爆笑させてんぞ)


 星を詠み、国の未来を視る魔女も、この展開は予想外だったらしい。

 今、白幕の中ではアイザックが木と木の間に水の帯を張り、そこにグレンをのせて、スリングショットの準備を進めている。

 これは、アイザックの勝利で決まりだろう。

 サイラスは己の顎を撫で、ムフーッと鼻から息を吐いた。

 アイザックが操る水の網は、サイラスの対竜用捕縛術式に似ている。兄貴分を見習うとは良い心がけだ。

 ここは一つ、兄貴分が〈収納の魔術師〉より格好良い二つ名候補を考えてやろうではないか。


「なぁ、沈黙の姐さんよ。アイクの二つ名だが、〈大漁の魔術師〉なんてのはどうだ?」


 サイラスは山育ちなので、海の男にちょっとした憧れがあるのだ。

 そんなサイラスの背後で、ソファの背もたれに顎を乗せていたラウルが口を挟む。


「オレは、人間をぶっ飛ばすって発想がすごいから、〈ぶっ飛ばし魔術師〉が良いと思うな! なんかすげー強そうだし!」


「いや、大漁の方が格好良いだろ。沈黙の姐さんは、どう思う?」


 返事は、ない。

 何気なく横を見たサイラスは、モニカの表情に口をつぐんだ。



 * * *



 ギャー! と悲鳴をあげるグレンと、大変凶悪な笑顔で人間弾丸スリングショットの準備を進めるアイザック。

 その様子を見守りながら、ウーゴ・ガレッティは反撃の機会を狙っていた。

 絶体絶命のピンチからの大逆転。これが決まれば格好良い。

 運の良いことに、アイザックは先にグレンを打ち上げるつもりらしく、ウーゴから目を離している。

 更に好都合なことにグレンがギャーギャー叫んでいるのだ。今なら詠唱の声が誤魔化せる──と思った瞬間、水の網の一部がニュルリと伸びてきて、ウーゴの口を塞いだ。


(バレてたー!! ……あっ、これ無理だ。終わった……)


 人間は詠唱をしないと魔術が使えない。故に、魔術師は水の中に落ちたり、口を塞がれたら無力だ。

 あぁ、自分もこれから、青空に打ち上げられてしまうのだろうか。

 諦めかけたその時、地面に散らばる砂が目に入った。森の土とは異なるサラサラした砂──脱落したクラレンスが持参した砂だ。

 砂は光の加減で微かに煌めいて見えた。おそらく、魔力付与されているからだろう。


(ということは、この砂……実質、魔導具みたいなもんじゃね?)


 魔導具の発動に、詠唱はいらない。

 ウーゴは一か八か、頬に触れる砂に魔力を送り込んでみた。


(うぉぉぉぉ、クラレンスさん、俺に力をーーーー!)


 強く念じていると、砂を通して、自分の触覚が広がるような感覚があった。

 砂を手足のように操れるほどではない。それでも、一握りの砂を動かし、魔力を流し込むぐらいならできそうだ。

 ウーゴはその僅かな砂で、己の口を塞ぐ水を浸食した。口を塞ぐ水に砂が混じる──あまり気持ちの良いものではないが、文句は言っていられない。

 アイザックの水と、ウーゴの砂。主導権の奪い合いに、ウーゴは勝利した。

 口元の水と砂が崩れ落ち、ボタボタと地面に落ちる。ウーゴは口に入った砂と水をペッペッと吐き出し、アイザックを見上げた。

 アイザックは気づいていない。彼の意識は、グレンを乗せた水の帯に向けられている。


(やっぱりそうだ……ウォーカー君、魔力操作はまだ初心者だ、これ!)


 アイザックは右手を軽く握り、後ろに引く仕草をした。弓を引く仕草にも似ている。

 それに合わせて、グレンをのせた水の帯がグッと後方に伸びた。グレンの悲鳴がますます大きくなる。


(……間に合え、間に合え!)


 ウーゴはまず、自分の周囲を覆う防御結界を展開した。そのまま早口で詠唱を続ける。

 舌がもつれて二回ぐらい噛んだ。術式も何箇所か間違えた気がする。

 ウーゴは的に向かって、正確に魔術を当てるのが苦手だ。それが自身から離れたところで発動する遠隔術式なら、まず当たらない。


(それでも、今なら……!)


 ウーゴは命中率は度外視し、ひたすら威力を注いだ雷撃を遠隔魔術で発動する。

 その雷撃が水の網に触れるのと、グレンが射出されるのは、ほぼ同時だった。


「ワギャァアアアアアアアッ!!」


 グレンが弾丸のごとく、飛翔する。


「ガァアッ!」


 水の網を通じて雷撃を受けたアイザックが、膝をつく。


「あ、やべっ、間に合わなかったっ! グレン君、ごめん! ほんとごめん!」


 グレンは目印となる木の高さを余裕で飛び越え、そして落ちていった。

 今更ウーゴは思い出す。魔法戦の結界は物理攻撃を無効化してくれるが、落下等の事故では普通に怪我をするのだ。


「グレン君! 木! 木! 木に掴まってー!!」


 落下するグレンに声をかけたが、グレンはグッタリとしたまま頭から落下していく。どうやら意識を失っているらしい。

 これはまずい。今から詠唱をしても間に合わない。

 焦るウーゴの背後で、地面に倒れたアイザックが右手を伸ばし、小声で何かを呟いた。ウィル、とかなんとか。詠唱だろうか?

 それと同時に、落下したグレンの下に水が膜のように広がり、その体を受け止める。グレンの体はボヨンと大きく弾んで、地面に落ちた。

 ウーゴはノロノロと立ち上がり、辺りを見回す。

 クラレンスは既に脱落。グレンは気絶。そして地面に倒れるアイザックの左腕では腕輪の石が赤く輝いている──魔力切れだ。


「……もしかして、俺、勝っちゃった?」


 自信なく呟くウーゴの頭上で、〈茨の魔女〉の声がした。


『えーっと、グレンは気絶してるし、アイザックは魔力切れだし……うん、この魔法戦、ウーゴの勝ちだな! おめでとう!』


 勝利の実感が持てないまま、その場に両手両足を広げて寝転がった。

 こういう時はとりあえずあれだな、とウーゴは空を見上げて呟く。


「ヤレヤレだぜ、なんだわー……」


 ビヨンと一房飛び出た前髪が、力無く揺れた。



 * * *



 魔法戦の決着がつくと同時に、ルイスは組んだ足を戻し、胸の内で呟いた。


(……七十五点)


 今日の魔法戦における、アイザック・ウォーカーの評価である。

 魔術の扱いに関しては、まだまだ荒削りな部分が目立つが、創意工夫でそれを補っている。及第点ぐらいはくれてやって良いだろう。

 なお、グレンは十五点である。本気を出すのがあまりに遅すぎた。

 魔法戦の決着と同時に、弟子達は各々起き上がり、声をかけ合いながら、森の中心である柱に向かっている。

 ようやく柱に近づいてきたのか、彼らの声が聞こえた。


『会長がぁ……会長がぁ……うっ、ぐすっ……』


『ごめんね、ダドリー君?』


『ウォーカー君、最後にグレン君を受け止めたの、どうやったの? 離れた場所に水出すの、苦手っぽかったのに』


『秘密』


『到着しました、マイレディ』


 最後のクラレンスの言葉に、メアリーがソファから立ち上がり、前に進み出る。

 そうして、魔導具の水晶の前に立つと、口を開いた。


「みんな、お疲れ様。とても良い戦いを見せてもらったわ」


 メアリーは水晶玉の向こう側に回り込むと、クルリと振り向き、ルイス達の方を向いた。

 観戦室では記録係達は既に別室に移動しており、七賢人席ではレイだけが離席している。

 メアリーは、観戦室にいるブラッドフォード、ラウル、ルイス、モニカ、サイラスの五人と、会場の弟子達四人に向かって告げた。


「これから先、あたくし達七賢人が不在になることもあるでしょう。だからこそ、この魔法戦で、各々の弟子の交流と成長を促したかったの」


〈暴食のゾーイ〉事件のことは、未だ記憶に新しい。

 あの時、メアリーは倒れ、ルイスも一時的に魔術が使えなくなり、七賢人は分断を余儀なくされた。

 だからこそ、弟子の教育と交流は必要なのは事実だ。

 ルイスは少しだけ眉をしかめた。


(……まったく、抜け目のない)


 メアリーはアイザックを試すだけでなく、そういった事情も込みで、この魔法戦を企画したのだろう。

 しかも、七賢人の弟子の交流の必要性を訴えられれば、アイザックを切り捨てづらくなる。

 それは一見、アイザックに対して寛大な措置に見えるが、その裏に、使えるものは徹底的に使おうという老獪さを感じた。

 ルイスとしては、その意向に則り、使えるものはガンガンこき使っていきたいところである。

〈沈黙の魔女〉師弟は、その才能と能力を腐らせるには、あまりに惜しい。


「それとねぇ、七賢人の弟子達のまとめ役になる、リーダーを考えたいな〜って思っているのぉ」


 メアリーは会場には見えていないだろうに、可愛らしく小首を傾げて微笑んだ。


「お願いしていいかしら? ウーゴちゃん」


『うぇっ!? お、俺ぇ!?』


 白幕の中で、ウーゴが自分を指差し、キョロキョロとする。

 グレンがそれにあっさり頷いた。


『オレはそれで良いっすよ。ウーゴさん、良い人だし』


『私も構いません』


 グレンに続いて、クラレンスもあっさり首を縦に振る。

 最後にアイザックも、痺れの残る手を開閉しながら首肯した。


『僕も異論はありません。ガレッティ君の周りを気にかける社交的な性格は、まとめ役に向いていそうだ』


 アイザックの場合、面倒なまとめ役などやりたくない、というのが本音だろう。

 だが、ウーゴは感激したようにアイザックの周りをチョロチョロしだした。


『やだ、ウォーカー君がめっちゃ褒めてくれる……! もっと褒めていいよ?』


『視野が広く、危険察知能力も高い。できる魔術も幅広い貴方がリーダーをするのなら、誰も文句を言わないでしょう』


『うんうんうんー! ウォーカー君、良いやつー! あっ、俺のことはウーゴでいいよ。アイザックって呼んでいい? 今度飲みに行こ? てか、今日打ち上げする? するよね?』


 しれっと面倒事を押しつけられているウーゴは、持ち上げられてご機嫌だ。師であるブラッドフォードが腕組みをして苦笑している。

 メアリーはそんな若者達にクスクスと笑いつつ、言葉を続けた。


「最後に師匠からの講評をして、終わりにしましょうか」


 そう言ってメアリーは、ルイスをチラッと見る。


「ルイスちゃんは、意地悪言っちゃ駄目よぉ? 自分の弟子を、ちっとも応援してあげないんだから〜」


「師匠の応援なんて、嬉しくもなんともないでしょう。私だったら『黙ってろやジジイ』って思いますね」


「それは、ルイスちゃんとラザフォード様だからよぉ〜」


 惚れた女の応援ならともかく、師匠の応援なんざ野次も同然──というのが、ルイスの考えである。

 ルイスはフンと鼻を鳴らして肩を竦めた。


「グレンに講評など無駄ですよ。明日には忘れてます」


 白幕に映るグレンが、不服そうに声を上げる。


『十分ぐらいは覚えてるっす!』


「せめて今日一日は覚えとけクソガキ」


 ルイスからは罵詈雑言しか引き出せないと悟ったのだろう。メアリーはルイスの後ろのソファに座るブラッドフォードに目を向けた。


「ブラッドフォードちゃんからは?」


「ウーゴは生き残るのが上手いから、勝てなくとも、負けはしないだろうって思ってたんだが……最後に一発かましたのは良かったぜ、ウーゴ」


『お師匠ぉ〜〜〜! 見てた? 見てた? 七賢人の弟子最強の男伝説!』


「おう、見てた見てた」


 ウーゴが空に向かってブンブンと両手を振る。いちいち言動が愉快な青年である。

 ウーゴ・ガレッティは魔術師としての実力は中級相当だが、師に連れられて竜討伐を何度も経験しているためか、窮地に対する嗅覚が鋭い。生き残るための勘が良いのだ。

 お調子者ではあるが、クラレンスの補佐があれば、上手くやっていけるだろう。

 そのクラレンスの師であるメアリーが、ニコニコと言う。


「クラレンスには、なるべく全員の能力を測ってほしいと頼んだのよねぇ。ご苦労様、クラレンス。良いお仕事だったわ」


『恐縮です』


「それじゃあ、最後にモニカちゃん、どうぞ」


 メアリーに指名されたモニカは、ピクっと肩を振るわせ、指をこねた。


「は、はいっ、あの、わたし、師弟の契りを交わした時に、アイクを一人前の魔術師にしようって決めてて……ちゃんと厳しいことも言わなきゃ、って思ってるんですが……」


 モニカは眉を下げ、ヘニャリと情けない顔で微笑む。


「今日は、つい甘くなっちゃうかもしれません。それぐらい、今日のアイクは、いっぱい工夫して、本当に本当に頑張ってて……」


「同期殿。貴女なら何点をつけます?」


 モニカに魔術を語らせると長くなるのだ。だったら、明瞭簡潔に数字での評価を聞きたい。

 そう考えたルイスの言葉に、モニカは頬を緩め、こねていた指をギュッと握った。

 そうして、頑張った弟子を労う朗らかな声で一言。


「三十五点、です!」


 場の空気が一気に冷え込んだ。

 観戦室と会場の両方に沈黙が下りる中、サイラスが小声で問う。


「姐さん……そりゃ、百点満点でか?」


「えっ? はい」


 当然ですよね、とその幼い顔が言っている。

 サイラスが沈痛な面持ちで、眉間に指を添えた。


「……アイクが水の吸い上げに一手使った時、縦皺入ってたもんな……眉間と口の下に」


 どうやらあれは、モニカには許容できない分割だったらしい。

 その時、モニカが森に設置した魔導具の柱が、アイザックの小さな呟きを拾った。


『やっと……三十点を超えた……』


 噛み締めるような呟きを聞いて、ルイスは理解する。

〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットはこの場で誰よりも弟子に対して厳しいし、容赦もない。

 そんな彼女の弟子でいられるのなんて、後にも先にもあの男ぐらいのものなのだ。






 弟子の講評を無駄と言い切るルイスと、笑顔で三十五点を突きつけるモニカ。

 どっちもどっちだこの同期、とこの場にいる者達は密かに考えた。


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