【15】売り込み上手の実演販売
ウーゴの前方で、詠唱を終えたグレンが火球を抱えて、キョロキョロと目を左右に動かした。
その動きの意味が、ウーゴにはよく分かる。
(あー、一対多数だと、どいつから狙えば良いか迷うことあるよね〜。分かるぅ〜)
全員の能力にそれほど差が無いのなら、自分でも倒せそうな奴から狙うべきだ。
だが、一人だけ突出した強者がいるのなら、まずは、そいつを皆で狙った方がいい。
そしてこの場において、間違いなく突出した強者が、グレンなのだ。
キョロキョロしているグレンと目が合った。目が合った瞬間、「あ、攻撃くるな」と察したウーゴは木陰に隠れつつ、防御結界を展開する。
魔法戦の結界の中では、木々が結界で保護されている。なので、木陰に隠れるだけでも、だいぶ攻撃の威力を削ぐことができるのだ。
木陰に隠れて、そこそこ頑丈な防御結界を使えば、グレンの高火力の魔術も怖くない。
(でもって、この位置関係だと、クラレンスさんが動くはずなんだわー……多分!)
ウーゴの予想通り、グレンの攻撃とほぼ同時に、クラレンスの操る砂の蛇が素早く動いた。ウーゴは密かに「よっしゃ」と拳を握りしめる。
砂でできた大蛇はその牙でグレンを襲う──かと思いきや、突然その尾が裂けて、十本ほどに分かれた。
細く裂けた尾の先端は、槍のように尖っている。
鋭い砂の槍は、グレンとアイザックの二人に同時に襲いかかった。
アイザックは、強化した水の糸で槍を逸らして回避。一方、ウーゴへの攻撃に意識を割いていたグレンは砂の槍に腕を数箇所刺されて悲鳴をあげる。
その隙に、ウーゴはそそくさと木陰の間を移動しようとした……が、水の糸に足が引っかかり、よろめく。
(あ、やべっ)
案の定、クラレンスの砂の蛇が、よろめいたウーゴに向かってきた。
目も鱗もなく、頭部はツルリとした砂の蛇。その口らしき部分がパカリと裂ける。
裂けた口には鋭い砂の牙。齧られたら、大ダメージは必至。
(だったら、これでどうだ!)
ウーゴは短縮詠唱の防御結界を、自分の周囲ではなく、蛇の口腔に展開した。
これで防御結界が邪魔をして、蛇は口を閉じることはできないはずだ。我ながらテクニカルな回避である。
……と悦に浸っていたら、砂の蛇はサラサラと崩れて砂の山になり、再び蛇に形を変えた。
唖然とするウーゴに、クラレンスが穏やかに言う。
「砂ですので」
その穏やかさが怖い。いっそ、得意気にふんぞり返っていてほしい。
ウーゴはクラレンスに背を向け、一目散に逃げ出した。
それにしても厄介なのが、周囲に張り巡らされた水の糸だ。
この糸、基本的には蜘蛛の糸のように細く、触れるだけで切れるのだが、アイザックが魔力付与すると、一時的に強度が増すらしい。
それでも傍目にはどの糸が強化されているか分からないから、結局全部避けるしかないのだ。
(ウォーカー君って……すっっっごい面倒臭い戦い方するな?)
水を糸のようにして操る魔術は、その気になればウーゴもできる。ただ、真似しようとは思わない。
糸の維持と管理が、恐ろしく面倒臭いからだ。
(もしかして、かなり広範囲に糸張ってる? それ全部管理するのやばくない? 頭の中どうなってんの? 頭の中に小さいウォーカー君がいっぱいいて、分担して糸の管理をしてんの?)
そんなことを考えていたら、また糸につまずきそうになった。
体勢を立て直したウーゴは、ふと気づく。
自分達は先ほどから、この糸に動かされていないだろうか?
狙いに迷ったグレンがウーゴに火球を放ったのは、アイザックとクラレンスのいる方向に糸が張り巡らされていたからだ。
砂の蛇の攻撃は水の糸で逸らされ、ウーゴは水の糸で転んで、クラレンスに狙われた。
(この場にいる全員が、ウォーカー君の操る糸に、動かされてない?)
ウーゴの背中に冷たい汗が滲んだ。
まるで人形劇の人形のように、自分の体に糸が絡みついているような気分だ。
糸を操る人形師は、アイザック・ウォーカー。
──もしかしたら、真っ先に倒すべきは彼かもしれない。
そう思った瞬間、前方の木の上から誰かが飛び降りてきた。
黒いローブが翼のように広がり、青みがかった緑の裏地が鮮やかに目に焼きつく。
木から飛び降りたのは、猟銃を構えたアイザックだ。その銃口は、ウーゴの頭に狙いを定めていた。
(走りながら詠唱してて良かった! 俺えらい!)
ウーゴはすかさず、自身の前方に盾型防御結界を展開した。
魔力付与した銃撃は貫通力が高く、薄い防御結界だと破壊される可能性がある。
だから、結界の大きさは上半身を守れるぐらいにとどめ、結界の強度を優先した。
(銃は、銃口を見ればどこを狙ってるか分かるから、防ぎやすいんだよねー)
アイザックが引き金を引く。
銃声と同時に、腹部と下半身に激痛が走り、ウーゴはギャッと叫んで地面を転がった。
(なんで!? 銃口の向きと防御結界の位置は完璧だったのに!)
アイザックの弾丸が散弾銃と知らないウーゴは、地面をゴロンゴロンと転がり、草むらの中に逃げ込んだ。
* * *
ルイスは足を組んでソファに座り、白幕を睨みつけながら、不機嫌な顔の下で冷静に戦況を分析する。
特筆すべきは、やはり、〈沈黙の魔女〉の弟子アイザック・ウォーカー。
彼の動きと、隣からヒソヒソと聞こえてきたモニカの話で、魔術の傾向は大体理解できた。
(……あの戦い方は、〈沈黙の魔女〉と相性が良すぎる)
アイザックが操る水の糸は、索敵、防御、妨害ができる優れものだが、仲間と組んで戦うなら、高度な連携がいる。
なにせ、アイザックの周囲には、糸が張り巡らされているのだ。
その糸に仲間の武器が絡まったり、飛行魔術を使った仲間が糸に引っ掛かったりしたら、目も当てられない。
──だが、〈沈黙の魔女〉と組むなら、話は別だ。
モニカの攻撃は威力より精度を重視している。糸の隙間から敵を狙うぐらい、彼女には造作もないだろう。
更に言うなら、身体能力の低いモニカは、戦闘中に動き回ることがあまりない。故に、糸が彼女の移動を妨害する心配もないのだ。
ルイスは目を閉じ、想像する。
水の糸に守られた〈沈黙の魔女〉。
弟子は水の糸で師を守りながら、高精度の索敵で戦況を把握する。
そして〈沈黙の魔女〉は、その索敵結果を元に、より正確な攻撃を敵に放つ。それは、間違いなく脅威だ。
(そこまで想定して、あの戦い方を選んだのか?)
アイザックが披露した魔術は、様々な場面で応用が効く。
水の糸による索敵と移動妨害は、使い方次第では対竜戦闘でも有効だ。
例えば魔法兵団が数人がかりで竜を討つ時、水の糸で少しでも竜を足止めできれば、攻撃手の仕事が格段と楽になる。
水の糸で罠を張って、竜を誘導するのも良い。そうすれば、人里への被害を減らせる。
水の散弾銃は対竜戦闘向きではないが、魔力耐性の低い害獣対策には非常に有効だ。工夫次第では、いくらでも使用の幅が広がる。
アイザック・ウォーカーの魔術は、無詠唱魔術のような唯一無二の神業ではない。
魔術式を教わり練習すれば、他の人間にも使える──だからこそ、価値がある。
(……自分の売り込み方を、分かっている)
この魔法戦で、アイザックは魔術師としての己の価値を示さなくてはならない。
そこで彼は、唯一無二の魔術ではなく、応用が効いて、誰にでも使える魔術を披露した。その方が、リディル王国の発展に貢献できるからだ。
(エリン公は商売上手と耳にしたことがあるが……なるほど、これは売り込みが上手い)
言うなれば、アイザック・ウォーカーは水中索敵魔術と散弾銃という商品を引っ提げ、実演で売り込みをしているのだ。竜討伐経験のあるルイスが、その魔術式を欲しがると知って。
商売のコツは、他者の「欲しい」という心をくすぐること。それを、アイザック・ウォーカーはよく分かっている。
アイザックの強みは魔術以外の部分にある、というメリッサの言葉は正しい。
(……とは言え、水の糸と散弾銃だけで、あの三人を同時に相手するのは困難)
水の糸はあくまで支援用。装填の手間がいる散弾銃だけを武器に勝ち抜くのは難しい。
そしてもう一つ、ルイスには気になることがあった。
魔法戦の前に提出された書類によると、アイザック・ウォーカーの魔力量は一五三。
飛び抜けて多くはないが、少なくもない数字だ。それなのに、彼はやけに魔力を温存しているように見える。
(……まだ、何か大技があるのか?)
ルイスが訝しんだその時、左隣のソファで大声がした。モニカだ。
「アイクっ、がんばって、くださいっ! ……っ、がんばれぇ!」
ルイスは、アイザックの奮闘を見た時よりも驚いた。
モニカがこれほどの大声を出すところを見るのは、初めてだったのである。
* * *
観戦席の師匠達はあくまで応援のみ──そして今、四人の弟子が同じ場所に集まっているのだ。
この時が来た、とモニカは胸いっぱいに息を吸い込み、叫んだ。
「アイクっ、がんばって、くださいっ! ……っ、がんばれぇ!」
「行けっ、アイク! そこだっ、かませ!」
モニカの横でサイラスも声を張り上げる。
更に、後方の席のブラッドフォード達も、楽しそうに声をあげた。
「ウーゴ! ドカーンと先輩の意地を見せてやれ!」
『お師匠ぉ〜、ちょっ、たんまっ……ウォーカー君エグい、ヤバい、ほんと怖い……おぎゃっぱぁ!』
柱の近くを逃げ回っているウーゴの悲鳴と、アイザックの銃声が観戦室にも届いた。
「クラレンス、頑張ってね〜」
『はい、マイレディ』
メアリーの和やかな声援に応えるように、砂の蛇がパッと飛び散り砂塵となる。
クラレンスは攻撃手段を変える気なのだ。
『私の戦い方は、少々汚れますので……ご容赦を』
アイザックを応援していたモニカは、クラレンスの狙いに気づいた。
アイザックが操る水の糸には、弱点がある。クラレンスはそこを突く気なのだ。
「ここが、正念場ですよっ、がんばって、アイクっ!」
「アイクー! 東部男の本気を見せてやれ!」
* * *
記録係の席に座り記録をつけているシリルは、密かに青ざめていた。
モニカがアンバード伯爵と親しげなのを見てザワザワし、
アイザックがモニカに向ける想いに気づいてオロオロし、
ラウルやサイラスと、顔を近づけて楽しげに話す姿にモヤモヤし、
そして今、モニカがアイザックを応援している姿に、シリルの情緒はいよいよ大変なことになっている。
あのモニカが大きな声で誰かを応援している。素晴らしい成長だと誇らしく思う気持ち。
自分も声を張り上げて応援したいが、ここは我慢しなくてはという気持ち。
そして……あぁ、そうだ。これはもう、間違いない。
モニカに応援してもらっているアイザックに対する、焦りだ。
──あの方が本気を出したら、私が勝てるはずがない!
シリルは勉強にしろ、魔術にしろ、アイザックに勝とうと思ったことがない。
たとえば、義父の期待に応えたくて、勉強で一番になりたいと思ったことはある。それでも、敬愛する殿下に勝とうと思ったわけではないのだ。
(それなのに、私は……)
シリルはつけ髭をした口を手で覆った。
(私は……今、負けたくないと、思った……)
だから、勝てないという事実に打ちひしがれているのだ。
自分は、アイザックと競おうとしている。
自分のことなのに、それが信じられなくて、シリルは混乱していた。
落ち着け、落ち着け、とシリルは自分に言い聞かせ、羽根ペンをしっかりと握り直す。
動揺している時は手を動かすに限る。今のシリルは、この魔法戦の記録係なのだ。しっかり記録をつけなくては。
今回の記録係は、魔法戦に挑む魔術師の数だけ用意されている。つまり四名だ。シリル以外にも、ローズバーグ家の人間が記録係として着席している。
記録係四名は、それぞれ担当する者を決め、どのタイミングでどんな魔術を使ったか、詳細を記録することになっていた。
シリルの担当はグレンである。しかし、グレンはあまり魔術を使っていないので、シリルは少し手持ち無沙汰だった。
(何故、ダドリーは飛行魔術を使わないんだ?)
アイザックが魔力を温存している理由は分かる。彼が本来の顔を維持するには、魔力量を半分以下に保つ必要があるからだ。
だが、魔力量に恵まれているグレンが、どうして魔力を温存する必要があるのだろう。
よくよく見ていると、温存というより、この魔法戦に対して消極的に見える。
シリルは白幕に映るグレンを見て、眉根を寄せた。




