表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝after3:最強の弟子決定戦
412/425

【9】暴力的ではない暴力講座〜ハウトゥー優しい足払い〜


 最終日の日没と同時に訓練を終えたアイザックは、ヒューバードとノーマンに約束通りの報酬を支払うと、荷物をまとめて森の奥へ向かった。

 夜の森は静かだが、虫や動物など生き物の気配を冬よりも強く感じる。

 そんな夏の森の空気が、アイザックは割と好きだった。山や森を探検するような子どもだったので、山や森を歩くと少し懐かしい気持ちになるのだ──無論、野生動物には警戒しないといけないが。

 不意に頭上の木がガサッと揺れる。音の重みで、アイザックはすぐにその正体を察した。

 夜闇に溶ける漆黒の毛並みの中、金色の目がアイザックを木の上から見下ろしている。


「おぅ、そっちの訓練は終わったのか」


「あぁ。次は攻撃魔術の練習をお願いしてもいいかな、ネロ?」


「その前に飯だ、飯!」


「はいはい」


 アイザックは荷物を置き、野営の準備を始めた。今までポケットに隠れていたウィルディアヌも、スルスルとトカゲの姿で這い出てきて、青年の姿に化ける。当然にいつもの侍従服だ。

 木から降りてきたネロも人の姿をとったので、泥だらけの男と、侍従服の男と、古風なローブの男という、なんとも奇妙な組み合わせになった。

 三人はテントを張って、火を起こし、食事を拵える。

 気紛れなネロは手伝ったり、手伝わなかったりするが、ウィルディアヌはここ数日ですっかり慣れ、殆ど一人でテントを組み立ててくれた。

 その間にアイザックは、ネロが気紛れに獲ってきた魚を捌く。大振りな魚は腹にハーブを詰め、厚い葉で包んで焚き火のそばに置き、包み焼きに。

 小振りな魚は串焼きにするべく串を打っていると、近くの木にぶら下がって遊んでいたネロが、不満そうに言った。


「なー、なんで肉を獲ってきちゃ駄目なんだよ」


「仕方ないだろう。捌くのに時間がかかるし、片付けも大変だし」


「だったら、捌いてあるやつ、声デカの店まで買いに行ってやるぜ」


 珍しくネロからお手伝いを申し出てくれたが、アイザックには首を縦に振れない理由があった。

 言い淀むアイザックに、テントを張り終えたウィルディアヌが訊ねる。


「ここ一週間、マスターの食事量が明らかに減っています。もしかして、具合が悪いのでは……」


 そう言ってウィルディアヌは、焚き火の前に膝を抱えて座った。無論、侍従服姿でだ。

 どうやらウィルディアヌは、床や地面に座る時は、この座り方が一番コンパクトで良いと考えているらしい。

 見慣れたけれど、やっぱりすごい絵面だなぁ……などと頭の隅で考えつつ、アイザックは口を開いた。


「別に具合が悪いわけじゃないよ。ただ、あまり肉を摂取したくないんだ」


「満腹だと動きづらいからか?」


 ネロの言うことも間違いではないが、もっと大きな理由があるのだ。

 アイザックは焚き火のそばに刺した魚の向きを調節し、小声で白状する。


「……僕は、たくさん食べてもそんなに太らないけど、食べて運動すると筋肉がつきやすいんだよ」


「それの何が問題なのですか?」


「筋肉なんて、あって困るもんでもないだろ」


 キョトンとしている人外達に、アイザックはムスッとした顔で断言する。


「アークの顔に筋肉質すぎる体じゃ、バランスが悪いじゃないか」


「…………」


「…………」


 人外達が黙り込み、辺りに焚き火の爆ぜるパチパチという音だけが響く。

 アイザックは薪を動かし、職人さながらの手つきで火加減を調節しながら呟いた。


「アークはライオネル殿下に憧れていたみたいだし、まぁ多少は筋肉があってもいいけど、バランスは大事だろう?」


「……マスターの考えが理解できず、申し訳ありません」


「……人間って、よく分かんねー」


 人外達は困惑しているが、アイザックにとっては死活問題である。

 思えば、亡き父もそれなりに筋肉質な人であった。そして、どちらかと言うとアイザックは父親似なのだ。

 ──筋肉がつきやすい体質に悩む彼は知らない。一方その頃、恋敵が服の中にイタチを詰めて、「……これは、なかなか良いのではないか?」などと呟いていることを。


「マスター。魚の表面に焦げ目がつきました」


「うん、そろそろいいかな」


 表面にパリッと金色の焼き目がついた魚の串を、アイザックはネロに差し出す。


「お先にどうぞ、ネロ先輩」


 アイザックが言い終えるより早く、ネロはバクリと魚にかぶりつく。

 二、三口で全て平らげたネロは、骨をバリバリと咀嚼しながらぼやいた。


「オレ様、やっぱ肉がいい」


「魔法戦が終わったらね。訓練に付き合ってもらったお礼に、リクエストに応えようじゃないか」


「肉で肉巻いたやつ作れよ」


「はいはい」


 相槌を打ちながら、アイザックも焼き魚を手に取る。皮はパリッと、中はふっくらとした焼き魚は、塩を振っただけのシンプルな味付けだが、美味しかった。川魚特有の臭みも、アイザックは嫌いじゃない。

 ただ、やっぱり肉が欲しいなぁ、とも思う。

 明日の魔法戦が終わったら、存分に肉を食べよう。


「さぁ、これを食べたら、最後の仕上げだ。あの技……絶対に間に合わせるぞ」


 膝を抱えて焼き魚を見守っていたウィルディアヌが、アイザックの方を振り向く。


「……間に合いますか?」


「間に合わせるさ」


 魔法戦で実力を認めてもらうには、ただ魔術を放って当てるのではなく、魔術師としての工夫がいる。

 そして、その工夫は頭の中で考えるだけでは駄目なのだ。魔術として発動することができて、初めて評価される。

 アイザックの場合、やりたいこと、試したいことは山程あるが、魔術師としての実力が追い付いていないのが現状だ。


「まったく、ままならないな」


 ポツリと呟くと、ウィルディアヌは言葉を探すみたいに黙り込む。アイザックは無理に言葉を促さず、黙って魚を食べた。

 やがて、アイザックが魚を一匹食べ終えた頃、ウィルディアヌは静かに言う。


「ままならないのに、楽しそうです」


「あぁ、楽しいよ」


 声にして、改めて自覚した感情を、アイザックは自分の胸に落とし込むように繰り返す。


「すごく楽しい」


 やっぱり自分は、魔術の道を諦めたくない。

 だからこそ、明日の魔法戦で結果を出すのだ。絶対に。



 * * *



 グレン・ダドリーは座学の類が苦手である。理解できない文字列や数列を見ると、とにかく眠くなってくるのだ。

 そんなグレンの前で、ルイスは黒板に文字を書き込んでいた。


 殴打、蹴り→×

 足払い→△

 絞め技→○


「いいですか。これが、魔法戦における物理攻撃の判定です」


 そう言って黒板と向き合っていたルイスは、グレンを振り返る。


(オレ、何を勉強させられてんだろう……)


 馬鹿正直に言ったらゲンコツが飛んできそうだったので、グレンはとりあえず疑問に思ったことを口にしてみた。


「えーと……足払いの△って、なんすか?」


「良い質問です」


 良い質問なんだ、とグレンは思った。

 褒められたけれど、あまり嬉しくなかった。


「私は常々、足払いは暴力の内に入らないと考えているのですが、魔法戦では、相手の足を払うと蹴りと判定されてしまうのです」


 それはそうだろう、とグレンは思った。

 ルイスは片眼鏡をクイと持ち上げ、続ける。


「ですが、相手の進行方向に足を置くだけなら物理攻撃扱いになりません。暴力ではない優しい足払いは、足を引っ掛けるようにするのがコツです」


(暴力認定されない暴力って、結局は暴力なんじゃ……)


 学校に通っている時、「こんな勉強が将来、何の役に立つんだろう」と思ったことが何度もある。

 だが、これほどまでに、役に立ってほしくない勉強があるだろうか。


「それ以外にも、実戦と魔法戦の違いは頭に叩き込んでおくように。実戦では急所狙いで一発ですが、魔法戦では被弾面積が大きいほどダメージが大きくなる。敵の攻撃をかわせないと思ったら、伏せるなり体を丸めるなりして、被弾面積を減らしなさい。木などの障害物を盾にするのも有りです」


 明日、グレンは七賢人の弟子同士で魔法戦をすることになっている。

 グレンとしては、「会長とも戦うのかなー」ぐらいの軽い気持ちだったのだが、ルイスの熱の入り様が尋常ではなかった。

 これは師匠の名誉を賭けた戦いでもある。だから勝て。絶対勝て──と圧をかけ、連日、グレンに稽古をつけてくるのだ。

 グレンは別に魔法戦が好きなわけでもないし、ルイスの名誉も割とどうでも良い。ルイスは名誉が欲しければ、自分で勝手にもぎ取ってくる人だ。

 なので、グレンにやる気などなかった。正直、ゲンナリしている。


「〈沈黙の魔女〉の弟子は、水を飛ばすのが苦手なようなので、接近戦で挑んでくるでしょう。魔法戦は詠唱ができない状態になったら、ほぼ負けが確定する。魔法剣だけでなく絞め技も厄介なので、なるべく距離を取り……」


「えっ、会長、水飛ばせるじゃないすか」


 頬杖をついて師匠の言葉を半分聞き流していたグレンだが、〈沈黙の魔女〉の弟子と聞いて、思わず口を挟んだ。

 ルイスの動きがピタリと止まり、表情が消える。

 グレンは口を押さえた。


「………………あ」


 グレンは、普段からアイザックと交流があることをルイスに話していない。

 師匠は第二王子嫌いって言ってたし、多分話したら怒るだろうなー……と思ったからである。

 ルイスはあまりグレンの私生活や交友関係に口を出さないので、なおのこと、話題にする機会がなかったのだ。

 実は初級魔術師試験の勉強を教えてもらったとか。アイザックの師弟の契りに立ち会ったとか。肉料理研究会でレシピ交換をする仲で、最近は腸詰め肉について熱く議論しているとか。


「グレン」


 ルイスの声は恐ろしく平坦で、だからこそ恐ろしかった。

 グレンは一目散に窓に向かって走り、飛行魔術の詠唱をする。

 窓を飛び出すのとほぼ同時に、チョークが凄まじい勢いで飛来した。グレンの足を掠めたチョークは窓の外に飛び出し、木にぶつかって木っ端微塵に砕け散る。


「オレ、明日のために今日はもう休むんで、おやすみなさーい!」


「逃すか、クソガキ!」


 ルイスもまた、飛行魔術の詠唱をして窓を飛び出す。

 その晩、〈結界の魔術師〉師弟は深夜まで飛行魔術で飛び回り、無駄に疲労を深めることになった。


大変お待たせいたしました。次回から魔法戦当日編です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ