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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝after3:最強の弟子決定戦
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【8】急募:目つきが悪くておっかないお兄さんの攻略方法

 ヒューバードは、いかにも親しげにアイザックの肩を叩き、言った。


「俺達はオトモダチでなぁーあぁ。アイザック君(、、、、、、)にとって、俺は命の恩人でもあるんだぜぇ?」


 オトモダチというのは嘘で、アイザックに何かしらの貸しがあり、恩を売っているのだろう──と、賢いノーマン少年は即座に理解した。

 そもそも、この師匠に真っ当な友人を作るような感性など、あるはずがないのだ。この人がオトモダチと言ったら、それはオモチャとほぼ同義に決まってる。

 ノーマンの読みはきっと正しいのだろう。アイザックはただでさえ険しい顔を更に険しくして、己の肩を叩くヒューバードの手を邪険そうに払った。


「今回の件、報酬は用意している。今回の訓練で僕が負傷しても、君達に治療費は請求しない。契約書も用意してあるので確認してくれ」


 貸しは作りたくないし、金で解決できることは金で解決したい、という意思をヒシヒシと感じる。

 それなのに、ヒューバードはニタニタ笑いながら肩を竦めてみせた。


「そんなこと気にしなくていいんだぜぇ? 俺達、オトモダチだろぉ?」


 アイザックの顔が、どんどん怖くなっていく。

 流石に見かねて、ノーマンは控えめに口を挟んだ。


「あの、ボクとしては、好意のお手伝いではなく、仕事と割り切って報酬いただける方が、ありがたいのですが……」


「弟子の方が、話が早くていいね」


 そう言ってアイザックは、荷物袋から契約書を取り出す。

 今回の訓練会場にアイザックが指定したのは、王都近くのとある森の中だ。アイザックはそこに野宿しているらしく、結構な大荷物を持参している。

 この訓練は魔法戦を想定したものだが、魔法戦の会場は気軽に用意できるものではない。簡易結界ですら、専用の魔導具がいるのだ。

 なので、訓練では極限まで威力を落とした魔術を使う。当然に制御を誤れば命を落とす危険もあるので、アイザックはこうして契約書を用意したのだろう。

 慎重な人だなぁ、と思う。ノーマンとしては、そういう慎重さは、素直に見習いたいところである。なにせ、師匠が師匠なので。



 * * *



 訓練を始めて三日が過ぎた。

 訓練内容は主に、ノーマンとヒューバードが身を潜めてアイザックを狙い、アイザックは二人を探しだすことの繰り返しだ。

 身を潜めて敵を狙う──つまりは、狩りである。

 ノーマンはこの手のことに不慣れで、最初のうちはすぐに見つかり、アイザックが放つ水を浴びてしまったが、数回繰り返す内に段々とコツが掴めてきた。

 重要なのは敵の位置を把握すること。そして、自分の位置を悟られないようにすることだ。


(そのために有効なのが……遠隔魔術だ)


 離れた場所で発動する遠隔魔術は、命中率が著しく低いのが難点だが、敵の注意を惹きつけるのに役に立つ。

 アイザックは非常に勘の良い男で、ある程度近づくとすぐに居場所を悟られてしまう。

 だが、離れた場所からノーマンとヒューバードの二人がかりで遠隔魔術を使えば、かなり撹乱できるのだ。その隙を突いて、一撃を当てる。それがヒューバードとノーマンの基本戦法だった。

 三日目ともなると、ノーマンとヒューバードの連携も小慣れてきたが、アイザックもまた、こちらの動きを正確に読んでくる。

 アイザックは使える魔術こそ少ないが、身体能力や動体視力に優れ、土壇場での読み合いにも強い。

 そこでノーマンは木陰に隠れ、威力を落とした雷の矢を四本、手元に生み出した。

 更に詠唱をしてもう一本追加し、計五本の矢を生み出したところで、まとめてアイザックに放つ。

 バラバラに放たれた雷の矢を、アイザックは素早くかわした──が、五本目の矢だけ異なる動きをし、アイザックの足に直撃した。


「──っ、ぐ!?」


 動きが止まったところに、ヒューバードが突風を起こす魔術を叩きこみ、アイザックは吹き飛ばされてゴロゴロと地面に転がる。ノーマン達の勝利だ。

 アイザックは地面に座り、雷の矢が当たった部分を手でさすりながら、ノーマンを見上げて訊ねた。


「雷の矢……一本だけ、追尾術式を組み込んでいた?」


「あ、はい。ウォーカーさん、素早いから……普通にやってたら、そろそろ当たらなくなると思って」


「君は昨日まで、追尾術式を使っていなかったはずだ。温存していた?」


「いえっ、魔法戦の訓練をするなら、使えた方が良いかと思って、練習してきました! 実戦で使ったのは今日が初めてです」


 魔法戦に興味がないノーマンは、追尾術式にそこまで関心はない。それでも訓練の手伝いでお金を貰うなら、相応の仕事をしなくては、と勉強してきたのだ。

 ノーマンの返事にアイザックは険しい顔で黙り込み、ヒューバードは笑みを深める。


「んんん、優秀だろぉ? 俺の弟子」


「…………」


 アイザックは無言で荷物の中から水袋を取り出し、座って水を飲んだ。少し休憩ということらしい。

 訓練中、アイザックは水の魔術を使うので、周囲には水が飛び散っている。そんな地面を走り、時に転げ回るのだから、彼は全身泥だらけだった。

 身につけている服も、綺麗な金髪も、白い肌も泥で汚れている──それなのに、そのことを厭っていないように見えるのが、ノーマンには不思議だった。


「野宿だと、服の洗濯も大変じゃないですか?」


 さりげなく訊ねると、アイザックは水を飲む手を止める。


「そうでもないよ。それに……」


「それに?」


「童心に返ったみたいで、楽しいだろう」


「…………」


 冷たい印象の男だが、碧い目を細めた笑い方は、こちらを揶揄っているようにも見える。


(どこまで冗談なのか、分かりづらい人だなぁ……)


 ノーマンはよく村の酒場の手伝いをしていたので、客を観察するのが得意だ。そのノーマンの観察力をもってしても、アイザックはよく分からない人である。

 エリン公と繋がりのある人物で、〈沈黙の魔女〉の弟子。

 金に困っている様子はなく、所作や発音は上品。

 そして、間違いなく何かしらの戦闘訓練を受けている。

 この魔法戦を模した訓練で、最も動き回っているのは、間違いなくアイザックだ。彼は短剣に魔力付与するか、水を少し飛ばすぐらいしかしてこないので、圧倒的に運動量が多い。


(あれだけ動き回りながら、しっかりこっちの動きを読んでくるんだもんなぁ……)


 ノーマンは運動が苦手ではないが得意でもないし、走り回りながら魔術を使えと言われたら、多分できない。走りながらの詠唱はきついし、狙いもブレるのだ。まず攻撃は当たらない。

 ノーマンが素直に感心していると、ヒューバードが鼻歌まじりに指輪を弄りながらアイザックに訊ねた。


「七賢人の弟子は、お前も含めて四人。一対三の戦闘を想定した訓練なら、もう一人いた方が良かったんじゃないかぁ? んん? キャンキャンよく鳴く、氷使いの忠犬がいただろ」


「この前、意地悪をしたばかりだから、少し頼みづらくてね」


 ヒューバードの言葉に、案外あっさりアイザックは応じた。

 アイザックはノーマンとヒューバードのことを嫌っているようだが、話しかければそれなりに応じてくれるのだ。但し、応じる価値がないと感じたら、「それに答える必要が?」と冷ややかな声が返ってくるが。

 なので、ノーマンは思い切ってあれこれ訊ねてみることにした。打ち解けたいなら、まずは雑談に慣れてもらうことが大切だ。


「あのぅ、ウォーカーさん。今の訓練って回避が主ですよね」


「そうだね。詠唱をする魔術師(、、、、、、、、)の、攻撃のタイミングを知りたいんだ」


 敵の詠唱のタイミングを計るのは、普通に訓練していたら、当たり前のように身につく技術である。

 これは、師匠が無詠唱魔術の使い手だからこその発言だろう。なにせ、間髪入れず攻撃魔術が次々と飛んでくるのだ。タイミングも何もあったものじゃない。

 だが、それだけで良いのだろうか、とノーマンはずっと気になっていたのだ。


「攻撃の訓練は、しなくて良いんですか?」


 アイザックは身体能力こそ高いが、攻撃手段が少ない。

 遠隔魔術とまではいかずとも、攻撃魔術の飛距離を伸ばすべきではないだろうか。

 そう考えたノーマンの言葉に、アイザックはフイッと目を逸らした。


「攻撃魔術の訓練は、君達が帰った後にやっているよ。頼りになる相棒と先輩がいてね」


 あ、なにか誤魔化された。と察するノーマンの背後で、ヒューバードがヒッヒと笑った。


「こいつは、切り札を俺達に見せたくないのさぁ〜。水や土の魔術で戦うには工夫がいるからなぁーあ……」


 なるほど、と納得するノーマンの額に、ヒューバードがピタリと指先を押し当てる。


「さぁて、ここで問題だ。我が国において、水や土を得意としている現代魔術師が少ないのは何故か?」


 ヒューバードはこうして、会話の最中に突然問題を出してくることがある。

 ノーマンはすぐに頭を切り替えた。


「えっと……ここ数十年、リディル王国は他国と大きい戦争はしていません。魔術師達は対人戦闘より、対竜戦闘に重きを置くようになり、遠距離攻撃が得意な魔術師が重宝されるようになったから、です」


「んん、及第点」


 額に押し当てられた指が、静かに離れる。これが合格点に達していないと、力一杯指を弾かれるのだ。

 ノーマンは密かにホッとしつつ、ヒューバードに出された問題を反芻した。


「大砲は作るのにお金がかかるし、竜の眉間に正確にあてるのは難しいですもんね。大砲を一つ作るのにかかるお金と、対竜戦闘ができる魔術師を育てるためのコスト、どちらが上かについては議論の余地があると思うのですが、国は魔術師を育てる方がお金がかからないと考えたのでしょう。特にリディル王国は魔術研究が進んでいますし……ただ、うちの国は金属加工技術が低いわけではないですし鉄鉱石の輸入も安定しているので、銃火器の開発を疎かにして他国に遅れをとるのは勿体無いなぁとも思います……うん、すごく勿体無い……」


 これはノーマンの悪い癖なのだが、記述式の問題があると、ついつい資金面の問題に話が逸れ、そこに字数を割いてしまうのだ。

 お金が絡んだ途端、声に力がこもるノーマンを、ヒューバードはニヤニヤと、アイザックはポカンとした顔で見ている。

 だが、そんな大人二人の反応もなんのその。ノーマンはアイザックに訊ねた。


「そういえば、エリン領の軍船に最新式の大砲が積まれてるんですよね? あれって一つ幾らぐらいするんですか? 水属性の攻撃魔術と比較してどうです? コストに見合った効果はありますか?」


「なるほど。僕がエリン公と関係のある人物だと、お師匠様に教えてもらったわけだ」


 あ、とノーマンが口を押さえると、アイザックは目を細めて、ノーマンに詰め寄った。

 目つきが鋭く背の高い男性だ。詰め寄られた時の圧は言わずもがな。


「僕に取り入るのが、君の課題かい?」


 やってしまった。

 あわわわ、と震え上がっていると、アイザックはノーマンの両耳を掴み、思い切り引っ張る。


「いたい、いたい、いたい!」


「僕は年下には甘い自覚があるのだけれど、君は賢しいから少し意地悪をしたくなるな」


「わぁん! ごめんなさーい!」


 ノーマンが悲鳴をあげると、ヒューバードがいつも以上に気持ちの悪い猫撫で声で言った。


「おいおい、やめてやれよぉ〜、アイザックくぅ〜ん。俺の可愛い生徒なんだぜぇ〜?」


 助けるどころか煽っている。知っていた。こういう人だ。

 アイザックはパッと両手を離すと、ノーマンの額を指で弾いた。ビスゥッッ!! と重い音が額の骨を震わせる。

 額を押さえて悶絶するノーマンに、アイザックは優しくはないが冷たくもない声で告げた。


「交渉相手のことを勉強してきたのは悪くない。記憶に残らないような人間より、見込みはある」


 嫌われているのは間違いない。だが、その言葉にノーマンは確かな手応えを感じた。

 この人はきっと、ノーマンが将来力をつけたら、話を聞いてくれるだろう、という手応えだ。


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