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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝after3:最強の弟子決定戦
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【7】一番弟子は譲れない

 魔術師見習いのノーマン少年は、自分の得意属性が土だと判明した時、師匠であるヒューバード・ディーに「意外だなぁ」と言われた。


「……意外ですか?」


「んっんっん、お前は独学で遠隔魔術を覚えただろぉ? 得意属性が土や水の奴ぁ、自分から切り離して、飛ばす魔術が苦手だ。その最たるモンが遠隔魔術だからなーあぁ」


 土や水属性の魔術師は、どちらかというと付与魔術の方が得意で、故に魔導具職人に転向する者も多いのだという。

 ノーマンは付与魔術や多重強化魔術も教わっているが、特にどれか一つが得意という意識はない。それは、ヒューバードに言わせると稀有な才能であるらしい。


「ボクは、魔導具作りを専門的に学びたいと思っているので、土属性で困ることはないと思いますが」


 ノーマンは決して、一流の魔術師や魔導具職人になりたいわけではない。

 彼の目的はあくまで、「魔導具産業を通して、故郷の村を発展させる仕組みを作ること」なのだ。

 そのためには魔導具に関する知識と技術が役に立つと思ったから、そちらを専攻しようと考えていた。

 ところが、ヒューバードは目を細めて笑みを深くする。嫌な予感がした。

 この人は大抵ニヤニヤ笑っているが、殊更笑みを深めるのは、こちらを試すような意地の悪い言葉が返ってくる時なのだ。


「ミネルヴァの特待生は授業料や一部の教材費が免除されるが、例外もある。それが、魔導具作りの材料費だ」


「えっ」


「中等科の基礎科目の中にある『魔導具製作』では免除されるが、高等科以降、魔導具作りを専攻する場合、材料や道具は自前で用意しないといけないのさぁーあ。なにせ、それらを調達することも含めてのお勉強だからなぁ?」


 なんてこった、と思うと同時に、今ここで教えてもらって良かった、とも思った。

 今ならまだ、専攻を変えるか、或いは材料や道具の工面をするか選択ができる。

 思案するノーマンにヒューバードは言った。


「魔導具作りを専攻するなら、出資者は必要だぜぇ? かの〈宝玉の魔術師〉も才能があったのは間違いないが、クロックフォード公爵という出資者がいたからこそ、七賢人になれるだけの魔導具を作れたんだからなぁ」


 仮に魔導具開発の道に進むとして、どんなに努力しても、才能があっても、道具と材料がなければ魔導具は作れないのだ。世知辛い現実である。


「さぁ、困ったなぁ? どうする、ノーマンんん? 今から遠隔魔術を磨いて魔法兵団でも目指すか? それとも、魔導具作りを専攻するために出資者を探すか?」


 ノーマンは真っ直ぐに己の師を見上げた。

 この人が自分を試している時は、ある意味チャンスでもあるのだ。

 チャンスを掴もうとする強かさを、ヒューバードは好む。それをノーマンは理解していた。


「出資者なら、アテがあります」


「んん? お前をミネルヴァに推薦した〈沈黙の魔女〉かぁ?」


「いいえ」


 魔導具作りを専攻にするノーマンに、出資してくれる人物。

 裕福で、魔導具産業に知識と関心があり、魔術師組合に顔が広く、そして何より、ノーマンの才能を買ってくれる人物。


「貴方です。ディー先生」


 ヒューバードの目が試すようにノーマンを見る。

 否定されないなら続けて良いだろうと、ノーマンは口を開いた。


「ディー先生のご実家は、荘園を複数経営されていると聞きました。そして、貴方自身も魔導具の特許で安定した収入がある」


 ヒューバード・ディーは七賢人〈砲弾の魔術師〉の甥であり、魔術師組合にもそれなりに顔がきく。

 更に、魔導具産業で有名な若きアンバード伯爵とも面識があるらしい。


「何より、ディー先生なら、ボクの才能を買ってくれるでしょう?」


 ついでに、魔導具作りの工具でお古があったら欲しいなぁ。材料で余り物があったら回してほしいなぁ──という下心もある。

 そんなノーマンの言葉に、ヒューバードはヒッヒッヒと喉を震わせて笑った。


「『ディー先生、お小遣い頂戴』ってか?」


「はい、ください」


「あっひゃっひゃっひゃっひゃ!」


 いよいよヒューバードは仰け反って笑い出した。


「魔導具産業に携わる奴は、強かで太々しくて厚かましくないといけない……才能あるぜ、お前?」


 魔術の才能を褒められるのも、厚かましさを才能と褒められるのも、ノーマンの中ではそんなに違いがない。

 大事なのは、自分がそれをどう活かしていくかだ。


「んん、良いぜぇ。在学中の魔導具製作における工具代と材料費は、俺が負担してやる。だが、ノーマン」


 ヒューバードは腰を折ってノーマンの顔を覗き込むと、指を一本立てて、左右に振る。

 そうして間延びした口調を引っ込め、低く囁いた。


「出資者は多いほど良い。入学前にもう一人、お近づきになっておけ」


「アテがあるんですか?」


「あぁ。そいつは、かのエリン公に伝手がある魔術師だ」


 エリン公──それは王位継承権を返上した、フェリクス殿下のことではないか。王族など、田舎村育ちのノーマン少年にとって、あまりに遠い存在である。

 そんな超大物と伝手がある魔術師とは、一体何者だろう? 自分は上手くお近づきになれるだろうか?

 ソワソワするノーマンに、ヒューバードはまた意味深に笑った。ノーマンを試す時の笑みだ。


「だがなぁ、ノーマン。一筋縄ではいかないぜ? ……そいつは間違いなく、お前のことが嫌いだからなぁ?」


「えぇ……」


 大変に失礼な話ではあるが、その人物がノーマンを嫌っているのは、ノーマンがヒューバードの弟子だからではないだろうか。

 この師匠は優秀だが、性格面では非常に難のある人物なのだ。敵も多い。

 ノーマンがそんなことを考えていると、ヒューバードは節の目立つ細い指でノーマンの額をつついた。


「なにせお前は〈沈黙の魔女〉に、ミネルヴァへ推薦されてるからなーあぁ!」


「それが、ボクが嫌われてる理由?」


「あぁ、〈沈黙の魔女〉が、だぁーい好きなそいつは、お前が妬ましくて妬ましくて仕方がないのさぁ!」



 * * *



 そして今、ノーマン少年は〈沈黙の魔女〉の弟子を名乗る男から、静かに敵意を向けられていた。


「あぁ、君か。話は聞いているよ。なんでも、〈沈黙の魔女〉の名を騙って村興しをし、一儲けしようとしたらしいね」


 場所は王都近くの森の中。

〈沈黙の魔女〉の弟子、アイザック・ウォーカーなる人物は、近日七賢人の弟子同士で魔法戦をする予定があり、その訓練の手伝いをしてくれる者を探していたらしい。

 それを嗅ぎつけたヒューバードが、手伝いのために売り込みをしたのだ。

 弟子を売り込んでくれた、と思うと嬉しいが、このウォーカー氏、ヒューバードにもノーマンにも好意的でないのは一目瞭然だった。

 右目の上に傷跡のある目つきの鋭い青年なのだが、その鋭い目は露骨に嫌そうにヒューバードを見ている。

 そして、その目がノーマンに移る時、嫌悪は嫉妬に変わるのだ。

〈沈黙の魔女〉に推薦してもらったノーマンに嫉妬している、という話は本当らしい。大人気ない。


(それにしても、この人……)


 アイザック・ウォーカーは初対面の人物だ。ノーマンは人の顔を覚えるのが得意だし、こんなに目立つ傷痕のある人なら、まず忘れない。

 それなのに、ノーマンはこの青年と、どこかで会ったような気がしてならなかった。


「……あの、ウォーカーさん……」


「なにかな?」


 応じる声は冷ややかだ。

 嫌われてるなぁ、と実感しつつ、ノーマンはおずおず訊ねた。


「どこかでお会いしたことが、ありますか?」


「いいや。初対面だ」


 ノーマンにそう訊かれるのを分かっていて、予め答えを用意していたみたいな即答だった。

 アイザックは薄い唇に冷笑を浮かべて、ノーマンを見下ろす。


「陳腐な村興しに、〈沈黙の魔女〉の名を使っておきながら、お咎めなし。それどころか、彼女に才能を認められてミネルヴァに推薦してもらうなんて……君は実に幸運だね」


 これは嫌われている。すごく嫌われている。だが、村興しの件はノーマンに非があるので何も言い返せない。

 それで落ち込むほど殊勝な性格ではないが、流石に返す言葉に困っていると、ヒューバードがニタニタ笑いながら口を挟んだ。


「んっんっんー、子ども時代の過ち(、、、、、、、、)だろぉ? 大目に見てやれよぉ〜…………なぁ?」


 アイザックの頬がピクリと震え、纏う空気が冷ややかさを増した。今は夏なのに背筋がゾクゾクする。


「その子は、君の弟子なんだって? ……そう、良かった」


 何が良かったのだろう、とノーマンが疑問に思っていると、アイザックの視線がヒューバードからノーマンに移った。

 碧い目の奥で、嫉妬の火が揺れる。


「その子がミネルヴァの推薦を貰ったからと、〈沈黙の魔女〉の弟子を自称していたら……どちらが一番弟子か、ハッキリさせなくてはと思っていたんだ」


(わ、わぁ……)


 元より吹聴する気はなかったが、自分が〈沈黙の魔女〉に推薦されたことを人に言いふらすのは絶対にやめよう、とノーマンは誓った。でないと、いらぬ妬みを買う。こんな風に。

 なんにせよ、ノーマンは〈沈黙の魔女〉の弟子を名乗るつもりはないのだ。そのことをハッキリ伝えておいた方が良いだろう……と考えていたら、不意に肩が重くなった。

 ヒューバードがノーマンの肩を、さも親しげに抱いている。


「俺の弟子のノーマンは、まだ見習いだがぁ、既に遠隔魔術、二重強化、付与魔術をある程度使える。あの〈沈黙の魔女〉も認める天才少年だ」


「ディー先生、それは盛りすぎ……」


「なぁ、ノーマン。なんなら、お前がこいつに魔術を教えてやれよぉ。魔術師としての実力も才能も、お前の方が上だからなーあー?」


 アイザックの眼光が鋭くなった。元々目つきが悪くておっかないお兄さんではあったが、今はもう視線で人を殺せそうだ。


(わああ……)


 これからノーマンは、この目つきが悪くて、おっかないお兄さんと打ち解けなくてはならないのだ。今までヒューバードが出してきた課題の中でも、とりわけ難問である。

 だが、ノーマンはそれを無意味な課題だとは思わなかった。

 ヒューバードは快楽主義かつ合理主義だ。

 アイザックとノーマンを引き合わせることは、きっと彼にとって面白いことで、かつ合理的なのだろう。


(ボクは、一流の魔術師や魔導具職人になりたいわけじゃない。セチェン村を盛り上げたいんだ)


 ノーマンは孤児だ。流行病で両親を亡くしている。

 そんな自分を育ててくれたセチェン村の大人達に、ノーマンは恩返しがしたい。

 セチェン村は貧しい村だ。だからこそ、ノーマン一人が儲けるのではなく、村全体に仕事や金が行き渡る仕組みが欲しい。


(そのために、人脈作りは絶対に必要……なら、ディー先生がくれたチャンスは無駄にできない)


 ノーマンは割と空気の読める少年である。

 だからこそ、あえて空気を読めない無邪気な少年の笑顔で、溌剌と言った。


「まだまだ未熟ものですが、精一杯お手伝いさせていただきますので、どうぞよろしくお願いします、ウォーカーさん!」


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