【6】イタズラの作法
「で、できたぁ……」
ローズバーグ家の離れで、始末書を書き終えたラウルは、机に突っ伏し両腕をぐーっと伸ばす。そんな彼のそばに、白と金のイタチが駆け寄った。
金色の毛並みのピケが、ラウルの手から羽ペンを奪い取り、白い毛並みのトゥーレは、小さい前足でラウルの頭をポフポフ撫でる。
「終わった?」
「野菜を採りに行こう?」
収穫の楽しさに目覚めたピケとトゥーレは、ラウルが始末書を書き終えるのをずっと待っていたらしい。
向かいの席で、ラウルの倍以上ある始末書を書いていたシリルは、作業の手を止めてイタチ達をたしなめた。
「まだ見直しが終わっていないんだ。もう少し待っていろ」
「シリルも休憩しよう?」
「休憩して野菜を取りに行けばいい」
ピケの発言にシリルは眉根を寄せる。
休憩は休憩、収穫は収穫としてそれぞれ時間を設けるべきだ。少なくとも、ちょっと休憩がてら野菜を採りに行く人間をシリルはラウル以外に知らない──なんてことを考えていたら、机に突っ伏していたラウルが勢いよく起き上がった。
「よぉし! じゃあ、休憩がてら野菜を採りに行こうぜ!」
「…………」
シリルは「見直しをしろ!」と怒鳴ろうとして、やめた。
ラウルとイタチ達の野菜収穫に付き合って、少しだけ休憩をして、そうしたら見直し作業の続きをすればいい。きちんと時間を区切れば、ラウルは自分の仕事をするし、トゥーレとピケも我慢はできる。
以前と比べて、自分が甘くなったのか、丸くなったのかは分からない。
ただ、今日中にきちんと始末書を仕上げることができるのなら、それで良い、と思えるぐらいには、心に余裕ができたらしい。
シリルが羽ペンを片付けていると、鼻歌混じりに麦わら帽子を被っていたラウルが、ふと思い出したように声をあげた。
「あっ、そうだ。シリルさ、来週予定空いてるかい?」
「急ぎの仕事はない。留学の準備があるなら手伝うが」
ラウルの留学は、もうすぐなのだ。元よりシリルは、この離れの掃除ぐらいなら、手伝う気でいた。
ところが、ラウルは「違う違う」と首を横に振る。
「実は今度、七賢人の弟子を集めて、魔法戦演習をすることになってさ」
「……なんだと?」
七賢人の弟子、と言われてシリルの頭に浮かんだのは、アイザックとグレンだ。
ラウルが言うには、その二人以外に、〈星詠みの魔女〉と〈砲弾の魔術師〉の弟子も演習に参加するらしい。
「一応名目は、有事の際に備えて弟子の実力を測りたいとか、交流の機会を設けたいとか、そういう感じらしいぜ」
(……アイクも参加するのか)
そのことに、シリルは奇妙な感慨と喜びを覚えた。
きっと自分は、アイザックが七賢人の弟子として認められていることが嬉しいのだ。
「それでさ、その魔法戦の準備とか、記録係とかを、うちの家がやるんだけど……」
「ローズバーグ家の弟子は、魔法戦に参加しないのか?」
「ローズバーグ家の弟子って、大体おばあさまの弟子で、オレ個人の弟子じゃないからさ。こういう時、オレんちは大体、魔法戦維持の手伝いとか、記録係をやるんだよ」
〈深淵の呪術師〉のオルブライト家は、基本的に外部からは弟子を取らない。
最近、七賢人に就任したばかりの〈竜滅の魔術師〉には弟子がいない。
そういうわけで、残る四人の七賢人──星詠み、砲弾、結界、沈黙の弟子が、今回の魔法戦に参加するのだという。
(アイクはまだ、魔術の実技を始めて日が浅いはず。私に何か手伝えることはないだろうか……魔法戦の訓練を……いや、やはり畏れ多い……だが、魔法戦なら訓練相手がいた方が捗るし……)
自分は、アイザックを自分の上に置く癖が抜けないのだ。そのことを、シリルはそろそろ自覚していた。
あの方はすごい方だ! なんでもできる、偉大で完璧なお方だ! ──と、つい考えてしまうから、自分が魔術を教えるのは、なんだかとても畏れ多いような気がしてしまう。
多分、アイザックもそれを分かっているから、最近は手の内を見せてくれている……気がする。
そういう遠慮の仕方はするな、とアイザックは言いたいのだろう。なら、それに対し、どこまで踏み込めば良いのかが、シリルには分からない。
腕組みをし、うぐうぐ唸っていると、ラウルがカラッと明るい声で言った。
「その魔法戦でさ、こっそりアイザックを応援しようぜ!」
シリルは腕組みをしたまま、キョトンと目を丸くした。
ラウルの言葉は、いつも説明が足りない。
「……私が、アイクを、応援に?」
「そうそう」
「外部の人間が見学して良いのか?」
「一般公開はしないけど、極秘ってわけでもないし、メアリーさんに許可を貰ったから大丈夫!」
「なら、『こっそり』というのは?」
〈星詠みの魔女〉が観戦の許可をくれたのなら、別にコソコソする必要はないはずだ。
シリルの指摘に、ラウルは何かを企んでいる顔でニヤッと笑った。
「ただ応援に行くんじゃなくて、変装していくんだ。うちの弟子に紛れて、記録係ってことにしてさ。そんで、こっそり応援して、魔法戦が終わった後に、アイザックにネタバラシをするんだ。ビックリしたろ? って!」
ラウルの提案に、二匹のイタチが尻尾を左右に振って賛同した。
「楽しそうだね」
「やる」
「やらんわ! そのようなことをしたら、アイクに迷惑が……」
シリルが声を荒らげると、ラウルが口を挟んだ。
「メアリーさんに許可は貰ってるんだし、別に誰にも迷惑かけないぜ?」
「むっ、いや、だが……」
「オレだったら、友達が応援に来てくれたら嬉しいぜ!」
シリルは反論の言葉を飲み込む。
イタズラは良くない。良くないが、先日イタズラをされたシリルにも、まぁまぁ思うところはあるのだ。
手の込んだヘアセットとパーティメイクは、落とすのがそれはもう大変だった。
黙り込むシリルに、ラウルが言う。
「この間のお返しってことでさ。イタズラにはイタズラを返すもんだろ」
なるほど、つまりこれはイタズラの作法なのだ。とシリル・アシュリーは考えた。
誰も傷つけず、物を壊したりすることもなく、少しだけ相手をビックリさせる。ガッカリではなくビックリなのが重要だ。
そう考えると、ラウルの提案はイタズラの作法に添っているように思えた。
シリルの心が、少し揺れる。だが、彼はすぐに重要なことに気がついた。
「いや、待て。その場にはモニカもいるのだろう?」
「そりゃ、七賢人だし」
ラウルの作戦を実行するなら、シリルは変装をして、こっそり会場に行くのだ。
そんなシリルらしからぬイタズラを、モニカに目撃されるのは、とてもバツが悪い。
(……いや、バツが悪いというより、これは……)
自分の中にポコンと湧いた、浅ましくて狡い感情を、シリルはもう知っている。
「私は……」
イタズラは良くない。規律を守り、常に正しく、後輩の見本であるべきだ──というのは言い訳だ。
そういう綺麗事の裏側にある、みっともない感情をシリルはボソリと吐き出す。
「……私は、モニカの前では、格好をつけたいらしい」
赤くなった顔を隠すように、前髪を弄っていると、ラウルは「そっか」といつもと変わらぬ口調で言った。
「じゃあ、ネタバラシはモニカがいない場所で。変装も、絶対にモニカにバレないようなやつにしようぜ」
すると、ピケが野菜カゴに入っているカボチャを前足で指し示した。
「頭に野菜をかぶる」
「却下」
シリルが即座に却下すると、今度はトゥーレがシリルの肩に飛び乗り、言った。
「服の中に、わたしとピケが入ったら、ムキムキに見えるんじゃないかな?」
「あっ、それいいな! シリルにはフード付きローブ着てもらってさ。肩の辺りにトゥーレとピケが入って……」
「ムキムキ。強そう」
盛り上がるラウルとイタチ達に、シリルは「仕方がないな」という態度を取り繕う。
まったく最近の自分ときたら、甘くなったのか、丸くなったのか、ぬるくなったのか……。
そんな自分に呆れつつ、シリルは苦笑まじりに言った。
「分かった。ラウルぐらいにしてくれ」
「無理」
「無理」
イタチ達に即答され、シリルは閉口した。




