【おまけ】(ニンジン食べたい)
お泊まり会でボードゲームをした後の話です。
「シリル様の捨て札の『牙』をチェック。『赤竜』で、あがり、です」
シリルが場にカードを捨てた瞬間、素早くモニカが宣言し、己の手札を広げて見せる。
「うぐっ……しまっ、た……」
シリルが悔しげに呻いて頭を抱えた。
そのやりとりに、ラウルは思わず「うひゃぁ」と声をあげる。
「すごいや、モニカ。みんなの手札が見えてるみたいだ」
人間も人外も交えてのボードゲームを終えたところで、今度は息抜きにカードゲームをしようということになった。手札を揃えて竜を完成させるこのカードゲームは、ルールは簡単だが役を覚えるのが少し面倒で、トゥーレ達は外に遊びに出ている。
席はラウルから時計回りでアイザック、モニカ、シリルという順番だ。
このゲームはチーム戦で、ラウルはモニカと同じチームである。つまりモニカが勝利したということは、ラウルの勝利でもある。
それでも勝利の喜びよりも驚きの方が強いのは、モニカの強さがあまりにも圧倒的だからだ。
ラウルが素直に褒めると、モニカはモジモジと指をこねた。
「えっと、捨て札を見れば大体分かる、ので……」
手札を揃えて、竜を完成させるこのカードゲームは、引きの良さだけでなく、敵が役を完成させるのを妨害する戦略性も求められる。
ただ、今のところ、ラウルにそれができているかというと全くできていない。
勝負はほぼモニカの独走状態。かろうじて、アイザックが何度か防衛に成功しているが、ラウルとシリルは完全に二人の足を引っ張っていた。
シリルが苦悶の表情でアイザックを見る。
「アイク、申し訳ありません……」
「君は大役を狙わず、堅実に上がろうとするから読みやすいんだよ。あと、割と表情に出る」
「うっ……」
「それと、次からは手札を適宜シャッフルした方がいい。おそらく、モニカはそれも覚えている」
「……え?」
シリルがモニカを凝視する。モニカは申し訳なさそうに指を捏ねた。
「えっと、シリル様は、価値の低いカードが左にくるよう、手札を並べてます、よね……? 一巡目は躊躇わずに左から二番目を捨ててその位置に引いたカードを加え、二巡目は三秒悩んで一番左を捨てて引いたカードは右から二番目に加え、三巡目は十秒近く悩んでから、右から三番目を捨てて左から二番目に引いたカードを入れて、四巡目は……」
「…………」
カードの位置どころか、悩むのにかかった時間まで記憶していた。
シリルがワナワナと肩を震わせ、恨めしげにアイザックを睨む。
「……何故、それをゲーム中に教えてくださらなかったのですか」
「僕がそれに気づいていないフリをしていれば、モニカが僕の手札にも同じ法則が適用されると考えて、深読みをしてくれると思って」
「…………」
「まぁ、それはモニカに読まれていたみたいだけど」
モニカがコクンと小さく頷く。絶句するシリルを横目に、アイザックが「ほらね」と言って手札を返した。あがりまで、あと一歩──それも、そこそこ大きい役だ。
ラウルは自分の手札を確認した。
(わぁぁ、下手したら、オレの捨て札であがられてたんだぁ……)
モニカの圧勝と見せかけて、水面下では沈黙師弟がギリギリの戦いをしていたらしい。
アイザックがふぅっと息を吐いて、肩を竦めた。
「シリルの手札は読みやすいからね。それを囮にして、さっさと自分の役を完成させてしまいたかったのだけど」
「はい、アイクがシリル様を囮に、青竜を狙っているのは分かっていたので……今回は、運が良かったです」
モニカに手札を見破られ、仲間のアイザックに囮にされていたシリルが、キュッと唇を結んで黙り込む。
シリルは大変不服げだが、ラウルは素直にすごいと思ったので、それを口にした。
「モニカもアイザックもすごいや。オレ、みんながどの役を狙ってるかなんて、全然分かんなかったぜ!」
敵の妨害をするには、敵がどの役を狙っているか分からないといけないのだ。自分の役を作るのに精一杯のラウルには、モニカとアイザックのような水面下の駆け引きはできない。
ラウルの素直な称賛に、モニカは何故か困惑顔をした。
「えっと……でも、一番読みづらいのは、ラウル様です、よ?」
「えっ、オレ!? 味方なのに!?」
モニカの丸い目は、ジッとラウルの手札を見ている。
ラウルが全員に見えるよう手札を広げて置くと、モニカがすかさず訊ねた。
「ラウル様、どの役を狙っていました、か?」
「緑竜だぜ」
は? という声が、アイザックとシリルの両方から聞こえた。
モニカは極めて難解な問題に直面したような厳しい顔で、ラウルに訊ねる。
「……どうして、この手札で、緑竜を狙ったんです、か?」
「ほうれん草が食べたい気分だったから。ほうれん草は緑色だろ? だから緑竜!」
モニカだけでなく、シリルまでもが渋面になった。アイザックは苦笑している。
「分かるか」
「分からないね」
「それは、読めないです……」
あがるための役なんて、だいたい気分で決めるものだと思っていたラウルは、そういうものかなぁー、と首を捻った。
自分の手札が読めないのが、良いのか悪いのかは分からないが、どうせ勝つなら、チーム戦らしく、力を合わせて勝ちたい。
(言葉にしなくても、通じ合ってるって、なんかカッコいいよな! モニカとルイスさんみたいに!)
少し前の話だが、〈竜滅の魔術師〉サイラス・ペイジの七賢人選考の魔法戦で見た、モニカとルイスの連携は、とても格好良かった。ラウルは、ああいうのがやってみたいのだ。
ふと思いつき、ラウルはテーブルに身を乗り出した。
「そうだ、モニカ! チーム戦らしく、作戦立てようぜ。オレ、ほうれん草食べたいなーって思ったら、ほうれん草食べたいなーって顔するからさ」
「そ、それは、どんな顔でしょうか?」
ラウルは頭に、ほうれん草を思い浮かべた。
ベーコンと一緒にバターソテーにするのも良いけれど、ポタージュにするのも良い。ベーコンとソテーにしたものは、余ったらキッシュに入れたらどうだろう。明日の朝食にピッタリだ──と、想像したら、とても食べたくなった。
「こういう顔! で、こっちがニンジン食べたいの顔な!」
「なるほど、ニンジンは赤竜ですねっ」
「正解!」
ラウルとモニカが盛り上がっていると、シリルが控えめに口を挟んだ。
「……それは、私達にも見えていたら、意味がないのではないか?」
「あっ」
「あう」
しまった、という顔で固まるラウルとモニカ、呆れるシリル──そのやりとりを眺めていたアイザックが、カードを集めながらため息をついた。
「馬鹿正直だね、シリル? 黙っていたら、次のゲームは勝てたかもしれないのに」
「……ご冗談、ですよね?」
「さて、どうだろう」
先のボードゲームで極悪商人だった男の言葉に、シリルが狼狽える。
アイザックはすまし顔で、集めたカードをシャッフルした。
「次はトゥーレとピケも呼んで、別のボードゲームをしようか?」
「あっ、わたし、やってみたいゲーム、ありますっ!」
「なら私は、紅茶と茶菓子のおかわりを用意します」
アイザックの提案に、モニカとシリルが立ち上がる。
ラウルは時計を見た。散歩中のトゥーレとピケが戻ってくるまで、まだ少しかかるだろう。それなら、夕食の下拵えだけでも先に済ませておきたい。
いつもは時間の使い方なんて気にしないけれど、今日はたっぷり遊びたいのだ。
「じゃあオレ、夕飯の下拵えしてくる! 肉料理は、昨日アイザックが作ってくれたのが、まだいっぱいあるから……えーっと、スープの具は何がいいかな」
今朝採れた野菜、食材のストック、アイザックが昨日作ってくれたメニュー、それらを加味して、最適なスープについて考える。答えはすぐに出た。
ラウルがそれを口にするより早く、モニカが「あっ」と声をあげる。
「ニンジン食べたいの顔ですね!」
「正解!」
ラウルは満面の笑顔で、モニカと両手をパチンと打ち合わせた。
二人の背後で、ウォーカー氏がしかめっ面になりました。




