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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝after2:禁書室のお掃除大作戦
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【12】魔女よりもなお狡猾な


 ローズバーグ家の本邸二階の一室で、ヨランダ・ローズバーグは椅子に座り、薬草の選別をしていた。

 この手の仕事は、ローズバーグ家の弟子達に任せても良いのだが、それでも自分が作る薬の材料は自分で厳選するのが、彼女のこだわりだ。

 ヨランダは八〇歳過ぎの小柄な老婆で、暗い緑のドレスを纏い、真っ白になった髪は引っ詰めて結っている。

 三代目〈茨の魔女〉サブリナ・ローズバーグは三つ子の三姉妹で、ヨランダはその一人だ。現在はローズバーグ家に関する全般を取り仕切っている、この屋敷の実質的な支配者であった。


 ──我ら〈茨の魔女〉の血を絶やすことは許されぬ。


 それを信念に掲げて生きてきた〈茨の魔女〉の三姉妹は、ありとあらゆる手段を使って、〈茨の魔女〉の血を残すことに固執した。

 それぞれが子を成し、その子ども同士で婚姻させ、〈茨の魔女〉の血が薄まらぬように。

 時に、外部の者を迎え入れ、魔力が薄くならぬように。

 そんなローズバーグ家の在り方に反発したのが、サブリナの孫娘のタバサ──メリッサとラウルの母親だ。

 こんな窮屈な家、うんざりだ。子どもを残せばそれでいいだろう、と言って外に飛び出したタバサは、その後、産まれたばかりのメリッサを連れて帰り、すぐに家を出た。

 更に数年後には赤ん坊のラウルを連れて帰り、父は同じだとだけ言い残して、また家を出て行った。

 それきり、タバサは帰ってきていない。


(タバサの失敗があるからこそ、メリッサとラウルには、多少の自由を与えていたけれど……やはり、もっと厳しく躾けるべきだった)


 メリッサもラウルも〈茨の魔女〉だ。故に、その血を残す義務がある。

 殊にラウルは、初代〈茨の魔女〉の力を持つ、本物の大天才。ローズバーグ家の悲願の結晶と言っても良い。だからこそ、素晴らしい嫁をあてがい、子を残してもらわねば。

 最後の薬草を仕分け終え、それぞれを紙に包んでいると、部屋の扉がノックされた。

 扉の向こう側から響くのは、ローズバーグ家に仕える弟子の声だ。


「ヨランダ様、大変です。メリッサ様が!」


「ほら、とっとと道を開けな! アタシが殺されたら、どうしてくれんのよ!」


「ひぃっ、す、すみませんっ」


「そこの、あんた! さっさとその扉開けなさい! グズグズするんじゃないよ!」


「は、はいっ!」


 弟子を叱咤する声は、紛れもなくメリッサのものである。

 メリッサには、客人の世話を任せたはずだが、さて一体なにをやらかしたのやら。

 ヨランダはため息をつき、椅子に座ったまま、机に立てかけていた杖を手に取る。

 弟子が扉を開けた。

 廊下に佇んでいるのは、メリッサだけではない。その背後に背の高い金髪の男がいて、左腕でメリッサの首を拘束し、右手のナイフを突きつけている。

 ヨランダは手にした杖でコツンと一度床を叩き、表情一つ変えず、いつもと変わらぬ静かな声で問いかけた。


「これは、何の騒ぎです、メリッサ」


「きゃぁ、助けて、おばあ様! この目つきと性格の悪い男に、こーろーさーれーるー」


 キャアキャアと騒ぎたてるメリッサの背後では、金髪の男が薄い唇を持ち上げ、酷薄に微笑んでいる。

 ヨランダは手にした杖で、コツンコツンと床を二回叩いた。



 * * *



 アイザックの腕で首を拘束されているメリッサは、せめてもの抵抗とばかりに、アイザックの腕に両手の爪を立てていた。但し、全ての指に力を込めているわけではない。

 今は右手の人差し指、中指。左手は人差し指だけ。


(右の部屋に二人、左の部屋に一人。ヨランダ夫人が杖で床を叩いたのは、攻撃準備の指示か)


 メリッサが身を捩る素振りをして、アイザックの脛を蹴る。そのついでに彼女は「ん」と顎をしゃくってレースのカーテンが揺れる窓を示した。

 アイザックはすぐに意図を理解し、扉を押さえている弟子の男に声をかける。


「奥の窓を閉めてくれるかい?」


 この敷地に咲くものは全て、〈茨の魔女〉の手足と思っていい。窓から庭の植物が侵入して攻撃をしかけてくるなんて、いかにもありそうな話だ。

 弟子の男はオロオロしながら、アイザックとヨランダの顔を交互に見ている。

 そこにすかさず、メリッサが悲鳴をあげた。


「きゃー、痛い痛い痛ーい、首の骨が折ーれーるー! 早く窓を閉めてぇー!」


 弟子の顔色が変わる。ダメ押しとばかりに、メリッサは喚き散らした。


「あんた、こいつの顔を見なさいよ! この目つきの悪い悪人面! アタシを苦しめて殺すことなんて、なんとも思ってないって顔よ! アタシが殺されたら、どうしてくれんのよっ!」


 弟子は大慌てで部屋の奥に走り、窓を閉める。その間も、ヨランダは身動ぎ一つせず、置物のようにじっとしていた。

 垂れた瞼の下、白っぽく濁った緑の目がアイザックを見ている。

 アイザックの一挙一動を、老獪な魔女は観察しているのだ。だが、その程度で動揺するアイザックではなかった。

 衆目の目に晒され、一挙一動を観察されるのが王族だ。とっくの昔に慣れきっている。

 アイザックはあえて余裕たっぷりの態度で、窓を閉め終えた弟子の男に声をかけた。


「ありがとう。すまないが、部屋を出てくれるかい? あぁ、勿論、扉はきちんと閉めて」


「ヨ、ヨランダ様……」


 弟子の男が助けを求めるようにヨランダを見る。

 ヨランダはアイザックを見据えたまま、口を開いた。


「あの男の言う通りにおし」


「は、はい……」


 弟子が出ていき、扉を閉める。

 メリッサが、左手の親指と小指に力を込めた。廊下に敵、人数は多数。

 どうやら他の弟子や、ローズバーグ家の魔女達が集まってきたらしい。


(まぁ、想定の範囲内だ)


「行儀の悪い客人ですね。メリッサ、付き合う友人は選びなさいと、あれほど言ったはずですよ」


 ヨランダの言葉に、メリッサは心底嫌そうに顔をしかめた。


「やだ、おばあさま。こんなの友人でもなんでもないわよ。うちの屋敷に紛れ込んできた野良犬よ。野良犬」


 鼻の頭に皺を寄せた嫌そうな顔も、不本意そうな声も、迫真の演技と言うには真に迫りすぎていた。本心なのだろう。


「はじめまして、ヨランダ・ローズバーグ夫人。〈沈黙の魔女〉の弟子の、ウォーカーと申します」


 アイザックは言葉だけは上品に、それでいて表情はとびきり冷ややかに、告げる。


「僕が用意していた我が師の食事に、こちらのレディが隠し味を加えようとしたので、事情をうかがいました」


「ごめんなさい、おばあさま! アタシ、おばあさまの言いつけ通りに! えぇ、言いつけをきちんと守って! ラウルと〈沈黙の魔女〉が結ばれるよう仕向けたのよ! でも、このクソ犬野郎が、それを嗅ぎつけてきたの……!」


 ちゃんと自分は言いつけを守ったのだと、己の正当性をしれっと主張するあたり、流石メリッサだった。

 その面の皮の厚さに感心しつつ、アイザックは言葉を続ける。


「〈沈黙の魔女〉は、我が主、エリン公の恩人でもある。このような事態は、見過ごせません」


 エリン公の名前を出しても、ヨランダは顔の皺一つ動かさなかった。

 おそらく、既にメリッサあたりから聞いているのだろう。〈沈黙の魔女〉の弟子が、エリン公爵フェリクス・アーク・リディルと繋がりのある人物だと。

 ローズバーグ家は、王家との繋がりが深い家だ。

 有事の際、ローズバーグ家の魔法薬を融通してもらうため、王家はローズバーグ家に何かと便宜をはかっている。

 だからこそ、王家としてはローズバーグ家とは、あまり波風を立てたくないのだ。

 だが、それはローズバーグ家も同じこと。


「我が主……エリン公は、以前とあるご令嬢から、魔女の惚れ薬を盛られている」


「げ」


 メリッサが顔を引きつらせ、目を泳がせた。

 なにせ、その惚れ薬こそ、以前メリッサが雑に売り捌いたものである。彼女が七賢人の座を剥奪されるに至った原因だ。

 メリッサがさりげなく右足を持ち上げ、ハイヒールの踵でアイザックの足の甲を狙う。

 アイザックはごくごく自然に足を引っ込めて、それをかわした。

 釘のように凶悪なハイヒールは、アイザックの靴をかすめることすらできぬまま、床を踏み抜くだけに終わる。

 舌打ちするメリッサに、アイザックは小声で囁いた。


「ダンスの練習ですか、レディ? 独創的なステップですね」


「クソ犬ぅぅぅっ」


 凶悪な顔で歯軋りをするメリッサと、いまだ動揺を顔に出さぬヨランダ。その二人に聞こえるような声でアイザックは言う。


「寛大な閣下は、ローズバーグ家を責めることもできるのに……その件を不問にして構わないと、お考えです」


 ヨランダは僅かに口を動かし、声を発した。


「〈沈黙の魔女〉から手を引け。それが、エリン公の意向ですか」


「ご理解が早く、何よりです」


「他家の婚姻の問題に口を挟むのは、たとえエリン公と言えども、出過ぎた真似ではありませんか?」


 これだけエリン公爵の権威をちらつかせ、メリッサの過去のやらかしを盾に迫ってもなお、ローズバーグの魔女は動じない。頑なで、プライドが高いのだ。


(まぁ、知ってたけど)


 この程度で焦るようでは、完璧な王子様なんて務まらない。


「それではここからは、僕個人の──〈沈黙の魔女〉の弟子の言葉と、ご理解ください」


「たかが弟子の言葉に、どれだけの重みがあると言うのです」


 その時、明らかにヨランダの圧が増した。空気が粘度を増し、息苦しさすら感じる。

 弟子の分際で、わきまえろ、と言外に告げてくる威圧感は、流石、魔術の名門の長なだけあった。それこそ、〈星詠みの魔女〉をも凌ぐ圧だ。

 魔術の名門にとって、師弟関係は絶対であり、見習いの若い弟子など最も軽んじられる存在だ。

〈沈黙の魔女〉の弟子という肩書きは、ヨランダにとって、その程度のものなのだろう。

 それでも、アイザックは怯まない。

 国内で最も歴史ある名門の長を相手に、〈沈黙の魔女〉の弟子は、堂々とした態度で応じる。


「魔女の惚れ薬は、その薬の製法もさることながら、重要なのは保存用の小瓶だ。これがないと、惚れ薬が保存できない」


 以前、魔女の惚れ薬を入手したアイザックは、この小瓶を密かに解析していた。

 無論、ローズバーグ家秘伝の小瓶など、見習いのアイザックが簡単に解明し、再現できるものではない。それでも、分かったことがある。


「小瓶の保存能力は、ガラスそのものと、金属製の蓋に施された装飾の塗料、この二つがあって、初めて成立するものだ。つまり、ガラス作りの段階で特殊な加工が必要になる」


 だが、ローズバーグ家には魔法薬を作るための設備はあるが、ガラスを作るための炉や設備はない。

 小瓶はどこかに注文して作っているのだ。


「この小瓶、わざわざローズバーグの名を伏せて、国内のとあるガラス工房に極秘で作らせているのでしょう?」


 最近は、ガラス細工と言えば、ランドール王国からの輸入品が増え、国内工房は減少傾向にある。故に、突き止めるのは然程難しくなかった。

 魔女の惚れ薬を保存するための小瓶は、特殊な製法で作った小瓶に、ローズバーグ家が塗料で仕掛けを施して完成する。

 ガラス職人の技術と、ローズバーグ家の魔術、どちらが欠けても成立しないのだ。


「その工房を買収されたら……困りますね?」


「脅しのつもりですか」


 ヨランダの言葉に、アイザックは小さくふき出した。

 ヨランダが不快そうに眉をひそめたので、アイザックは笑いを堪えるように肩を小さく震わせる。


「失礼。この程度で脅しだなんて、ローズバーグの魔女も、案外可愛らしいことを言うのだと思いまして」


 メリッサがギョッとしたように目を剥き、アイザックを見上げる。

 あんた何言ってんの、という無言の訴えに、アイザックは殊更悪辣に笑ってみせた。


「脅しをするなら、後々牙を剥かれぬよう、徹底的に相手の心を折るべきです。僕はまだ、交渉のつもりですよ、レディ?」


 交渉の内に手を引け、というアイザックの警告に、ヨランダが細く息を吐いた。


「……覚えておきましょう。〈沈黙の魔女〉の弟子は、極めて悪質で狡猾であると」


「ご理解いただけて、なによりです」


 見習いなど歯牙にもかけぬ大魔女が、覚えておくと言ったのだ。今は、その言葉で充分。

 アイザックはナイフをポケットに戻すと、メリッサを解放し、優雅に一礼をした。


「それでは失礼いたします。()()()()・ローズバーグ夫人」


 空気が凍りつき、そして次の瞬間、小柄な老婆の体から爆発的な殺気が膨れ上がる。

 メリッサが「はぁ?」と声をあげた。


「あんた、そりゃ失礼すぎておばあ様もキレるわよ。サブリナおばあ様は亡くなった三代目……」


「これは失礼」


 アイザックは碧い目を細めてニタリと笑い、偉大な大魔女に告げる。


「ただの、言い間違いですよ?」


 廊下に出ると、案の定この家の弟子達が集まっていた。それでも、ヨランダが「道をおあけ」と声をかけると、サッと壁際に寄る。

 アイザックはその背にローズバーグ家の敵意を浴びながら、悠々と歩いて屋敷を出た。



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