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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝after2:禁書室のお掃除大作戦
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【7】無表情の魔女二人


 黒い目をしたシリルは頭の三角巾を外してエプロンのポケットにねじこみ、大きく伸びをした。

 更に前屈や屈伸をし、グルグルと肩を回したところで、機嫌よくムフーッと鼻から息を吐く。


「ふむ、些か貧相ではあるが悪くない。腰と背中が伸びる! 膝が痛まない! やはり若い体は良いものであるなぁ…………むっ、だが、この体……肩が凝っておるな?」


 黒い目のシリルは、適当な切り株に腰を下ろした。その座り方も、いつもの彼と違う。

 ガバッと足を広げて、微妙に背中を丸めた座り方は、率直に言って、おじさん臭い。


「さぁ、小娘よ。吾輩の肩を揉むが良い!」


 そう言って己の肩をパァンと景気良く叩くシリルの姿に、モニカは痙攣しながら声を絞り出した。


「……も、もしかして……ソフォクレスさん、ですか?」


「いかにも、吾輩である!」


 ようやく鼻血の止まったラウルが、恐る恐る訊ねる。


「……シリルは?」


「寝ているのである!」


 古代魔導具が持ち主の精神や体を乗っ取ることがある、というのはモニカも知っている。

 だが、まさか〈識守の鍵ソフォクレス〉がシリルの体を乗っ取るなんて、考えもしなかった。

 モニカとラウルは顔を見合わせると、どちらからともなくスススと近づき、声をひそめる。


「なぁ、モニカ。オレの魔力量でゴリ押して、ソフォクレスの精神を押し出すって、できるかな?」


「精神干渉魔術の応用で、できると思います。シリル様の精神を保護する術式を考えるので、少し時間をください」


「うん、オレの魔力、ジャブジャブ使っていいからさ」


「はい」


 モニカもラウルも大真面目な上に、真顔であった。

 淡々と物騒な相談を始める七賢人二人に、切り株に座っていたソフォクレスが、顔色を変えて喚き散らす。


「待て待て待て待て! 吾輩に何をする気であるかっ!? 吾輩は知識の番人、ありとあらゆる叡智を収めし……」


 ソフォクレスは「ひょぇっ」と声を漏らして、口をつぐんだ。

 モニカとラウルの無表情の顔の中、不気味に底光りする目に気圧されたのである。

 この二人、普段は温和で、無表情になると妙な凄みがあるところは、よく似ていた。

 ラウルとモニカは低い声で、ボソボソと呟く。


「人間の体を乗っ取った古代魔導具って、大体、危険物判定されてるよな」


「はい」


「そういうのって、厳重封印措置だよな」


「はい」


 無表情でジリジリと距離を詰め始めた七賢人二人に、ソフォクレスは切り株からずり落ち、ワタワタと細い手足を動かして後ずさる。


「きゃー、いやー、吾輩に何をする気であるかーっ! 誰かぁーっ! こやつらに、おーそーわーれーるー!」


 いよいよ半泣きで叫びだした銀髪の青年に、モニカとラウルはジトリとした目を向ける。

 そこにあるのは、静かな怒りと、絶望と、不快感だ。


「……あの、シリル様の体で喋るの、やめて、ください」


「うん。シリルが知ったらさ……ショック受けると思うんだ」


「貴様ら、なんか怖い! あと、吾輩に優しくない!」


 どうして優しくできると思ったのだろう。

 モニカは以前、セレンディア学園に潜入していた時、学園祭でシリルに成り済ました侵入者──ユアンと対峙している。

 あの時とは、また別の意味で、モニカは心乱されていた。

 なにせ、目の前の体は間違いなくシリルのものなのだ。

 いつもキリリと表情を引き締め、背筋を伸ばしている尊敬する人が、表情を崩してキャーキャー言う姿は、有体に言って視覚の暴力である。

 七賢人二人の冷ややかさを察したのか、ソフォクレスは顔を真っ赤にして喚き散らした。


「吾輩だって、普段はこんなことしないのである! 今回は緊急措置である! というか、吾輩が貴様らを助けてやったであるぞ!? 恩人であるぞ!? もっと敬わんかー! わーん!」


 静かに取り乱していたモニカだが、緊急措置の一言に、少しだけ冷静さを取り戻した。

 そう、今は非常事態なのだ──目の前のシリルの方がよっぽど非常事態なので、失念していたが。


「そういえば、ここって……どこ、ですか?」


「なぜ、その疑問が真っ先に出てこんのだ、貴様は」


 この非常事態の中、真っ先に肩揉みを要求した古代魔導具は、シリルの体でフンと鼻を鳴らすと、切り株に座り直す。

 やはり足をガバッと開いた、おじさん座りだ。


「先にも述べたが、第五禁書室に封じられているのは、空間を閉じ込めた禁書である。今、我々はその空間に閉じ込められている」


 ラウルも少し冷静さを取り戻したらしい。物騒さを引っ込め、いつもの彼らしい調子で、ソフォクレスに訊ねる。


「それってつまり、オレ達は禁書の中にいるってことかい?」


「まぁ、大体そんな感じであるな。先程、お主は本棚の装飾に血をつけたであろう。多分、あれが原因であるぞ」


 モニカは第五禁書室での出来事を振り返った。

 ガラス扉の本棚に収められた、美しい本の数々。ラウルが壊してしまった女神像の装飾。そして、それに血が付着した途端、あの本棚から声が響いた。禁書ではなく、本棚が喋ったのだ。


「あの本棚は、古代魔導具なんです、か?」


 モニカの疑問に、ソフォクレスは気難しい顔でこめかみに指を添えた。


「似ているが違う。あの本棚に封じられているのもまた、魔物であるが故……」


 ソフォクレスはまるで頭痛を堪えるかのように、眉間に皺を寄せている。


「……おそらく、血を吸うことが、封印解除の条件だったのであろう。血の種類、もしくは魔力量、何かしらの条件があったのやもしれぬが、そこは分からん」


 血を条件にした魔導具──それをモニカは知っている。

 父が遺した資料から作り上げた、黒い聖杯だ。


(アイクは、古代魔導具に、血筋を判別する能力はないと言っていたけど……)


 あの本棚は、ラウルの血を魔女の血だと喜んでいたが、女神像に血を判別する能力があるのか、単にラウルが〈茨の魔女〉の末裔と知っていたから喜んだのかは分からない。

 なんにせよ、血が原因で本棚の封印は解かれ、禁書の一冊が開かれてしまったのだ。

 モニカは思案しながら、口を開く。


「第五禁書室は、部屋全体にも封印があるので、今すぐ禁書室全域に影響を及ぼすことはないと思います……けど、急いで戻った方がいい、かも」


「戻ったら、シリルに怒られるな、これ……」


 女神像を壊してしまったラウルは乾いた笑みを浮かべ、天を仰いだ。つられてモニカも空を見上げる。

 頭上に広がる空は、雲一つない青空だ。白く輝く太陽もあって、作り物の空にしてはよくできている。

 ソフォクレスが、重々しい口調で言った。


「この書物の名前は、『植物標本庭園』。著者は不明。詳細は吾輩も知らぬ」


 そこまで言って、彼は鼻の下あたりで何かを摘むような仕草をした。口髭をいじる仕草に似ている。


「吾輩は本来、禁書の中身に触れることはできぬよう、制限が課せられておるのだ。流石に、禁書の中に放り込まれた状況下では、制限が外れるようであるが……うーむ、このようなこと、吾輩も初めてである」


 少し見慣れてくると、シリルの体を操るソフォクレスの所作は、老教授に見えてきた。

 モニカは教授に質問をする時のように、小さく片手を上げる。


「あの。さっき、わたしが魔術を使えなくて、ソフォクレスさんが、防御結界を張ることができたのは……」


「この本は『植物標本庭園』──故に、植物に危害が加えられぬよう、吾輩達には制限が課せられている」


 真剣な顔で語っている時は、目の色以外、いつものシリルとそれほど違いはない。

 だが次の瞬間、ソフォクレスは腕組みをして、「むっふふー」と鼻を鳴らした。


「まぁ、吾輩は結界術を得意とする古代魔導具であるしぃ? この手の制限に干渉するなど、チョチョイのチョイである。吾輩の偉大さが分かったであるか? んん?」


 ソフォクレスはシリルは絶対にやらないような、ねちっこい笑い方をし、顎を撫でながら、ふんぞり返る。


「ほれほれ、そろそろ吾輩の肩を揉みたくなってきたであろう? そうであろう? むっふっふっ」


「……わたし達が魔術を使うには、どうしたらいい、ですか?」


「まぁ、吾輩と接触していれば、制限解除できるであるな」


 なるほど、と七賢人二人は目を合わせ頷き合い、モニカはソフォクレスの右腕を、ラウルは左腕を掴み、歩きだした。

 モニカとラウルは身長差がかなりあるので、ソフォクレスの左半身はラウルの手で上に持ち上げられ、右半身はモニカの手で下に引き摺られている。酷く傾いた体勢だ。


「よし、じゃあ、出口を探そうぜ!」


「はい!」


 ズンズン歩く二人に引きずられ、ソフォクレスは悲鳴をあげる。


「えぇい、待て待て! これでは拉致ではないか! 敬意が足りぬのである! 偉大なる吾輩を、もっと丁重に扱うのである! こらぁ! 吾輩を、うーやーまーえー!!」



 * * *



 甘い花の香りに満ちた森の中、庭園の管理人は胸を躍らせた。

 遠くから聞こえる賑やかな声。その方角から確かに感じるのだ。魔女の魂を。


「あぁ、きっと、魔女様は見つけられたんだ。ぼく達の、神様を」


 ここは庭園。ここは墓地。

 彼らの神が眠るための、永遠の庭。


「おかえりなさい、魔女様」



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