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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝after:貴女に捧ぐ花
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【12】妖精女王の外交


 ヴァルムベルク城二階の物置部屋で、ブリジット、コルヴィッツと別れたヘンリックは、その足で、二階のちょうど反対側にある広間を目指した。兵士の配置を考えるに、ヴァルムベルク城の人間を集めるならそこが一番可能性が高い。

 そのことを考慮し、ヘンリックは隠し通路を駆使し、時に窓から外に出て、外壁伝いに窓から移動し、広間を目指した。

 出くわした兵士を片っ端から斬り捨てるのは容易いが、目立つことをして、城の人間を人質にされても困る──人質にされたらされたで強行突破するまでだが、被害が少ない選択をするに越したことはない。

 なるべく敵との遭遇を避けて移動し、見張りを気絶させて、捕虜になっていた城の人間を解放。戦える者は武器をとり、ヘンリックとヴァルムベルク城の使用人達は、シュトラウス将軍が占領している一階大広間を目指した。

 ヴァルムベルク城の使用人は、殆どが高齢の者ばかり──即ち、若い時に戦争を生き残り、一線を退いた者が多い。

 遠征についていくほどの体力はないが、それでもまだまだ腕に自信のある老人達である。

 そんな血の気の多いご老人達は、久しぶりの剣を手に、「いざ、我らがヴァルムベルク城を取り戻さん」と意気込んでいた。


「ヴァルムベルクを舐めるな!」


 ヘンリックの咆哮に呼応するように、ヴァルムベルク城の人間が雄叫びをあげる。

 普段、のんびりと門番や飯炊きをしている老人が、今は目をギラギラとさせ、全身から戦意を滾らせて吠えた。

 それはさながら、ヘンリックの声に呼応する狼の群れだ。

 どのような窮地に陥っても戦意を失わず、敵の喉笛に喰らいつく恐るべき集団。それが、ヴァルムベルク軍だ。

 ヴァルムベルクの男達は一つの群れとなって広間に雪崩れ込み、その圧倒的な気迫でシュトラウス将軍達を威圧する。

 だが、シュトラウス将軍もまた、部下とともに死戦を切り抜けた武人。

 ヴァルムベルクの勢いに気押されることなく、部下に命じた。


「応戦せよ!」


 シュトラウス将軍の声は、さながら雷だ。膨れ上がるヴァルムベルクの戦意を切り裂くように、鋭く響く。

 膨れ上がるヴァルムベルクの咆哮。それを切り裂く、シュトラウス将軍の声。

 広間を支配する戦意と熱気に、アルバートをはじめとした捕虜達は慄き、震えた。

 ここは最早、戦場だ。口上は済ませた。あとはもう、どちらかが滅ぶまでぶつかるのみ。その間に割って入ることなど、許されない──そんな空気の中に、割って入る声があった。


「お待ちなさい!」


 ヘンリックの背後、廊下側から響いたその声は、あまりにも美しく、場違いだった。

 だからこそよく響いた。


「道を開けなさい」


 大広間の入り口に広がるヴァルムベルク城の兵士達が、道を譲るように割れる。

 そこから姿を現したのは、美しい金髪をなびかせた制服姿の美女──リディル王国第三王子付き外交秘書官、ブリジット・グレイアム。そして、その背後に控えているのは、捕えられていた職人ヘルムフリート・コルヴィッツだ。

 ヘンリックは訝しげに眉根を寄せた。


(何故、彼女達がここに?)


 第三王子への忠誠心で駆けつけたのだろうか? だとしたら、立派なことだが、無力な彼女にできることは何もないのだ。それは、彼女も理解しているはず。

 何をしに来たのですか。ここは危険なので、下がってください──ヘンリックがそう口にするより速く、帝国側の魔術師がブリジットに杖を向けた。

 雷の矢がブリジットの頭を貫こうと真っ直ぐに飛来する。

 だが、ブリジットは顔色一つ変えず、一枚のハンカチを広げて掲げた。いかにも高貴な人間が好みそうな、縁にレースをあしらった白いハンカチだ。

 妖精の羽のように繊細なレースのブレードは白をベースに、極々細い金糸が複雑で緻密な模様を描いている。

 そのレースが淡く発光し、ブリジットの周囲にレースと同じ白い模様を描いた。まるで、彼女の背中から妖精の羽が広がったかのように。

 白と金の糸で織られた妖精の羽が軽やかに揺れて、ブリジットを貫こうとした雷の矢を弾く。

 ブリジットの背後で、コルヴィッツが陶酔に顔を染めて叫んだ。


「このハンカチこそ、帝国魔導十字炎天四魔匠が一人、〈妖精の指〉ヘルムフリート・コルヴィッツが精魂込めて紡いだ、妖精の女王〈エルフリーデ〉! 貴様らの攻撃など、〈エルフリーデ〉の敵ではない! くふっ、ふははっ、ふははははははぁっ!!」


 コルヴィッツは胸をそらして、高らかに笑った。場違いだ。あまりにも場違いすぎる。

 それでもコルヴィッツの哄笑には、歴戦の戦士達を黙らせる妙な気迫があった。それは、理性をかなぐり捨てて、己の作品に魂を捧げた職人だけが持つ気迫だ。

 そんな中、ブリジットは呆気に取られる人々を一瞥し、ハンカチのレースを一撫でした。まるで、妖精の女王がハープを奏でるかのように。

 今の彼女は、過酷な逃走劇で化粧が落ち、服は埃でまみれている。それでもなお、彼女の美しさが損なわれることはない。

 きちんと結っていた髪はほどけて、今はサラサラと背中を流れている。その美しい金の髪と、レースの羽のコントラストが、見る者の目を惹きつけてやまない。

 妖精の女王の如き美しさと、気品と、威厳をもって、ブリジット・グレイアムは唇を開く。


「さぁ」


 美しい声で呟き、ブリジットはハンカチを胸ポケットにしまう。

 それと同時に、彼女の周囲に広がるレースの羽は空気に溶けるように消えていった。

 琥珀色の瞳が、室内にいる者をグルリと見回す。


「外交の時間にございます」


 立て続けに、ブリジットは言葉を発する。


「──××、××××××、×××、リディル、×××。……×××××××、××、×××、××」


 それは、ヘンリックには分からぬ言葉だ。おそらくは、旧ソルヤーグ語。ヘンリックが聞き取れたのは、リディル王国を意味する単語だけだ。

 この場でソルヤーグ語を理解できるのは、ブリジットを除くと、シュトラウス将軍とその配下の者達のみだろう。

 だが、たった一人だけ、ブリジットの言葉に反応した捕虜がいた。

 真っ青な顔で、ガタガタ震えだしたその人物を、琥珀の目が捉える。逃さぬとばかりに。


「やはり、貴方ですか。ケーニッツ卿」


 ずっと項垂れ、縮こまっていた男──ケーニッツ卿が、ヒィッと息を呑む。

 ブリジットはその唇に、淡い笑みをのせた。


「わたくしは今、旧ソルヤーグ語でこう言いました──『この城は、既にリディル王国軍に包囲されています。武器を捨てて降伏なさい……捕虜のふりをしている、貴方もです』……と」


 ハッタリだ、とヘンリックにはすぐに分かった。

 こんな短時間で、リディル王国軍が駆けつけてくるはずがない。状況を冷静に把握している者なら、まず騙されないハッタリだ。

 だが、捕虜のふりをしていたケーニッツ卿は、外の状況が分からず、そしてなにより、元来の気の小ささ故に動揺し、ブリジットの嘘に反応してしまったのだろう。

 ケーニッツ卿は、ヴァルムベルクの東に位置するハイデリンゲン領主だ。旧ソルヤーグ語圏ではないが、趣味で勉強していても不思議ではない。


「捕虜のふりをしているとは、どういうことだ!?」


 喚き散らしたのは、捕虜になっているビレンダール卿だ。

 彼は、その目をギョロつかせて、すぐ近くに座るケーニッツ卿を睨みつけている。その視線から逃れるように、ケーニッツ卿は俯いていた。

 シュトラウス将軍の表情は変わらない。ただ、彼が一瞬、部下に目配せしたことにヘンリックは気づいていた。

 シュトラウス将軍の目配せを受けた部下達は、捕虜との距離を縮める。

 捕虜であるケーニッツ卿のそばには、ヴァルムベルクの戦狼──ヘンリックの祖父が剣を手に佇んでいるのだ。シュトラウス将軍の部下達も迂闊には近づけない。

 緊迫した空気の中、ブリジットは捕虜となっているアルバートに頭を下げた。


「アルバート殿下、馳せ参じるのが遅れてしまい、申し訳ありません」


 アルバートは一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐにその顔を引き締め、王族に相応しい威厳で応じた。


「構わぬ。無事で何よりだ、グレイアム秘書官」


「シュトラウス将軍は、殿下に何を申されましたか?」


「この地に、新しい国を建てたいのだそうだ」


「左様でございますか。では……今更ではございますが」


 ブリジットは己の胸元に手を添え、その顔に美しくも壮絶な笑みを浮かべる。


「殿下、わたくしに発言の許可を」


「許す」


 ブリジットは頭を上げると、シュトラウス将軍とケーニッツ卿を交互に見た。


「この度の騒動はシュトラウス将軍、及びその部下が、ヴァルムベルクを占領し、新国家を打ち立てることを目的としたもの……ですが、新しい国を作るのなら、王と土地と民がいります」


 それは、ヘンリックも気づいていたことだ。

 シュトラウス将軍は、王を名乗れる血筋の人間ではない。もし国を作るなら、皇帝一族──もしくは旧帝国領の王家の血を引く神輿がいる。

 仮に、この土地を奪ったとしても、ヴァルムベルクの民がシュトラウス将軍を王として受け入れることはないだろう。南方に遠征に行っているヴァルムベルク軍が戻ってきたら、衝突することは目に見えている。

 何もかも、無理があるのだ。

 ヘンリックの疑問に答えるように、ブリジットは言う。


「そこで、シュトラウス将軍が新しい国の王として選んだのが、ケーニッツ卿……いいえ」


 琥珀の目が哀れむように、それでいて逃げることを許さぬ鋭さと苛烈さで、ケーニッツ卿を見据える。


「先帝の御子であられる、リヒャルト・ケーニッツ殿下なのです」


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