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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝after:貴女に捧ぐ花
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【1】芋とシーツとおもてなし

 冬の名残の雪が、まだ日陰にチラホラと残る春先のある日、〈黄金の騎士〉アインハルト・ベルガーは、帝国西部にあるヴァルムベルク城を訪れていた。

 アインハルトはもうすぐ二十七歳になる、艶やかな金髪と甘い顔立ちの美丈夫である。おまけに名家の出身で、みんなの憧れ近衛兵団所属ときたものだから、城の女達はアインハルトにメロメロだ。

 最近孫が生まれたという厨房の女から、蒸した芋を貰ったアインハルトは、熱々の芋を齧りながら城主の部屋を目指した。

 客人であるアインハルトに、案内を申し出る者はいない。腰の曲がった門番に声をかけたら、「あぁ、坊ちゃんですね。今、執務室にいますよ、どうぞどうぞ」と、あっさり通されてしまった。

 城内の使用人は老人ばかりだ。若者は殆ど、南方の遠征か農作業に駆り出されているらしい。この城の数少ない若者だった城主の妹は他国に嫁ぐことが決まり、その家に滞在中。弟達は他家に奉公に出ている。


(年々寂れていくよなぁ、この城)


 数百年の歴史を持つ石造りの城は、掃除こそ行き届いているが、修繕に手が回っていないのは明白だ。

 かつては国境守護の要と言われていたヴァルムベルク城も、今はただのオンボロ城である。

 芋の最後の一欠片を口に放り込んだところで、アインハルトは城主の執務室に辿り着いた。扉は開けっぱなしになっており、中の様子がよく見える。

 この城の城主であるヴァルムベルク辺境伯ヘンリック・ブランケは大量の木箱を並べて、剣や鎧をガチャガチャと漁っていた。


「……何やってんの、お前?」


「見て分かんない? 金策してるんだよ」


 そう言ってヘンリックは、ズラリと並んだ武具を、比較的綺麗な物、修理が必要な物と仕分けて木箱に放り込んでいく。

 その内の幾つかは、売りに出すつもりなのだろう。

 ヘンリックはくすんだ金髪に灰色の目の、ヒョロリと痩せた背の高い男である。どことなく頼りなさげな風貌で、身につけている服は、使用人より幾らか上等な物ではあるが、何度も修繕した跡が見える。


「夏の頭頃に、うちの城でリディル王国の客人を迎えることになってさぁ……その使節団に、向こうの国の第三王子がいるんだよ」


「こっちからは、ビレンダール卿とケーニッツ卿……あと、シュトラウス将軍が参加するんだっけか?」


 アインハルトは遊び人の不良騎士だが、帝国四公家の一つ、モルゲンシュタイン公爵の三男である。それだけに、政治下手のヘンリックより、よっぽど政治事情に精通していた。

 初夏に予定されている帝国とリディル王国の会合は、竜害対策特別協定の締結についての話し合いを目的としたものだ。

 竜害は両国を悩ます災害の一つ。そこで、竜害対策のノウハウを共有し、国境付近で竜害が起こった時は、互いに国境を超えて支援をする──というのが、竜害対策特別協定の概要である。

 この国境を超えた支援というのが、言うほど簡単なことではない。

 援軍を送ると見せかけて、侵略するつもりではないか? という不安が常につきまとうからだ。

 特に、五十年以上前に起こった戦争を経験している者ほど、この手の協定には慎重になる。


「ビレンダール卿は、先々代皇帝と縁故のあるじいさんだな。五十年以上前の戦争で活躍して、褒賞をたんまり貰った口で、リディル王国を下に見ている。ケーニッツ卿は三十ちょい過ぎだったか……まだ話が通じるタイプだが、ビレンダール卿に強くは出られんだろう。シュトラウス将軍は人格者だ。有望な若者への支援を惜しまない。そこを味方につけるしかないな」


「もうさ、会合がしたいなら、よそでやればいいじゃん。なんでうちの城でやるのさ……」


「そりゃ、国境防衛の要だからだろ」


 帝国西部国境に位置するヴァルムベルクは、リディル王国が侵略をするのなら、真っ先に狙う場所だ。事実、過去の戦争でヴァルムベルクは何度も侵略されている。

 黒獅子皇は、そのヴァルムベルクを会合の地にすることに、政治的意味をもたせたいのだろう。

 リディル王国側の侵略に対し、ヴァルムベルク辺境伯から釘を刺してほしいという意図も、少なからずあるとアインハルトは見ている。

 アインハルトの指摘に、ヘンリックは深々とため息をつき、錆だらけの兜をゴシゴシと磨いた。


「それは分かってるよ。分かってるけど、他国の王族を出迎えるんなら、もっと相応しい会場があるじゃないか。なにも、このオンボロ城でやらなくたってさぁぁ……」


 アインハルトがオンボロオンボロと言うと反論してくるヘンリックだが、ヴァルムベルクの困窮具合は他でもない彼自身が一番よく分かっているのだろう。

 アインハルトは少しだけ意地の悪さを引っ込めた。


「お前んとこ、剣の腕が立つ連中ばっかだろ。竜の鱗と牙で一儲けできないのかよ」


「それ、言うほど簡単じゃないからね。地竜ならともかく、この辺は火竜が多いから、さっさとトドメ刺さないと、被害が大変なことになるんだよ」


 竜の牙や鱗は、生きた竜から剥いだ物ほど魔力付与率が高く、魔導具の材料として高く売れる。死んだ竜から剥いだ物とでは、まるで価値が違うのだ。

 だが、人里で暴れる火竜は放置したら、建物や作物に甚大な被害が出る。生きた竜から、鱗を剥いでいる暇などない。


(そもそも、「地竜ならともかく」って……地竜ならできんのかよ)


 ヴァルムベルクはお抱えの魔術師がいない、田舎の地だ。魔術師無しの竜討伐がどれだけ大変かは、アインハルトも身に染みている。

 アインハルトの物言いたげな視線に、ヘンリックは気づいていないようだった。彼は磨いた兜を木箱に放り込み、次の兜を手に取る。


「それにさ、山の中とかならまだしも、人里で倒した竜は、死骸の処理が面倒なんだよ。運ぶのに人手がいるし……あれを片付けるのだって、タダじゃないしさぁ」


 ヘンリックは兜を磨く手を止め、数字を数えるように指を折り、ため息をつく。


「あー……使節団って、一体何十人来るんだろう……向こうは王族だし、護衛込みだと数百人規模とかもありえる? それだけの人間に客室用意して、食事用意して、使用人つけて、なんてお金、うちには無いんだよぉぉぉ」


 ヴァルムベルク城は、有事の際は民の避難先として使われることも想定されている。それだけに、頑丈で広いことには定評があるが、寝具も食糧も、まるで足りていないのが現状だった。

 おまけに使用人は老人ばかり。とてもではないが、人手が足りない。


「よその王族なんて、どうもてなせってのさ……絹のシーツでなきゃ眠れない、とか言われたらどうしよう……うちの城にある絹なんて、もう、家宝の剣の下に敷いてるやつしかないんだけど……」


 そう言ってヘンリックはユラリと顔を上げ、アインハルトの絹のシャツを凝視した。

 ヴァルムベルクの戦狼とも呼ばれる狼の目が、獲物を見つけたように鋭く細められる。


「今、すっごく、君を追い剥ぎしたい気分……」


「シャツでシーツを作るって発想がすごいな。俺には真似できん」


「バラして広げりゃ、なんだってシーツだよ」


 このままでは、追い詰められた辺境伯殿が竜を解体して広げて、「シーツです」などと言いかねない。

 アインハルトは懐から一枚の書状を取り出し、ヘンリックの眼前でヒラヒラと振った。


「そんな野蛮な辺境伯殿に二つプレゼントだ。ほれ、一つ目」


 目の前で揺れる書状をヘンリックは煩わしげに見ていたが、書状に押印された獅子の紋章に顔色を変え、ふんだくる。

 アインハルトは肩を竦めた。


「リディル王国の客人を迎えるにあたり、我が国の品位を疑われては困るっつーわけで、陛下が資金援助してくださるそうだ。この金で存分にもてなせ、だとさ」


 ヘンリックは限界まで目を見開き、書状を握りしめて天を仰いだ。


「た、助かったぁぁぁ……これで、芋以外の食事も出せる……」


「向こうのお国は、あまり芋を食わんからなぁ」


 芋は帝国の主食だが、リディル王国では貧乏人が食べる物というイメージが根強く、北部や東部の一部など、限られた地域でしか食べないらしい。

 だから、リディル王国の来賓にはパンを出すのが通例なのだ。


 来賓と芋料理に関しては、こんなエピソードがある。

 あるところに、とても腕の良い料理人がいた。その料理人は田舎者で、リディル王国では芋を食べないことを知らず、来賓であるリディル王国第二王子フェリクス・アーク・リディルに芋のスープを出してしまった。

 これに慌てたのは、料理人の主人である。

 彼は大慌てでフェリクス殿下に謝罪したが、フェリクス殿下はスープを美味しそうに食べると、流暢な帝国語でこう言った。


『このスープ、滑らかな舌触りに仕上げるには、手間がかかると聞きました。腕の良い料理人ですね。心を尽くした温かなもてなしを、ありがとうございます』


 この言葉に貴族の男と料理人は心打たれ、その後の外交は和やかな空気で話がまとまったという。

 だが、このエピソードに登場するのは第二王子のフェリクス殿下。そして今回の来賓は、第三王子のアルバート殿下なのだ。

 アインハルトは腕組みをし、密かに唸る。


(アルバート殿下は、十六歳かそこらだったか。まだ若いし、外交経験少なそうだからなぁ。このオンボロ城を見て、どんな反応するか分からんぞ)


 アインハルトとしては、その会合に参加して、第三王子の反応とヘンリックの奮闘をニヤニヤ眺めたいところである。

 なんと言っても、第三王子が来るということは、第三王子付きの外交秘書官ブリジット・グレイアムが同行する可能性が高いのだ。

 だが、アインハルトにはその会合に参加する資格がない。

 黒獅子皇はアインハルトに、書状を届けるおつかいを命じたが、会合の参加までは許可してくれないだろう。

 あぁ、あの美人秘書官に会いたかった……と内心ため息をつきつつ、アインハルトはもう一つの要件を切り出した。


「そうそう、もう一つのプレゼントだが。姉貴のお古の服を、馬車に積んできた」


 アインハルトの姉は絵に描いたような浪費家で、すぐに流行りの服を買い漁っては、衣装部屋をいっぱいにしてしまう人である。

 そこで、もう着ないというドレスを、いくつか見繕ってきたのだ。


「適当に仕立て直して、嫁入りするフリーダに持たせてやれ」


 もうすぐリディル王国に嫁ぐヘンリックの妹フリーダは、奉公に出る弟達にまともな剣を持たせるため、自分の服と髪を売ってしまうような娘だ。

 嫁入りするのに衣装箱がスカスカでは、体裁が悪かろう──というアインハルトの気遣いに、ヘンリックは呆れ混じりに笑う。


「君って、たまに良いやつだよね」


 アインハルトはフンと鼻を鳴らし、自分が一番格好良く見える角度で前髪をかき上げた。


「そう思うんなら、ヴァルムベルクの女達に、黄金の騎士アインハルト・ベルガーの素晴らしさを語って広めるんだな」


「もう充分人気者じゃないか。厨房のエッダに芋貰ったんでしょ」


「なんで分かった」


 目を丸くするアインハルトに、ヘンリックは己の口元をトントンと叩いてみせる。


「食べカスがついてるよ、黄金の騎士殿」


「げ」


芋のスープを出された第二王子は、腹持ちの良いスープだなぁ。これいいなぁ。と思っていました。

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