【幕間】ウーゴ・ガレッティ君とお師匠
〈結界の魔術師〉ルイス・ミラー捕獲作戦が、無事に……とはとても言えない有様で終了した夜、魔法兵団詰所の食堂で、団員達は各々酒やツマミを持参し、ちょっとした酒盛りをしていた。
ある者は仲間達の奮闘を讃え合い、ある者は元上司の恐ろしさを若者に語り、またある者は賭けに負けたことを嘆く。
そんな中、しれっと酒盛りに混ざっていた〈砲弾の魔術師〉の弟子、ウーゴ・ガレッティ君は、安物のワイン片手に愚痴をこぼしていた。
グラスを傾け、プハァと息を吐く度に、ひっつめ髪から一房飛び出した前髪がビヨンビヨンと元気に揺れる。
「〈結界の魔術師〉はさー、あれ、サラッととんでもないことしてるから。〈茨の魔女〉の薔薇の種が発芽する瞬間、ピッタリを狙って封印結界発動したけどさ、あれをドンピシャでやるってめちゃくちゃ難しいから。そういうことサラッとやらないでほしいんだわー。ああいうの、魔術師ならみんなできるって勘違いされちゃうからさー……いやほんと、できるかあんなん」
ウーゴが早口で呟くと、隣にちんまりと座って果実水を飲んでいたノーマン少年が、片手を挙げて質問をした。
「〈結界の魔術師〉が杖に防御結界を付与して戦っていましたが、あれは魔導具にも応用できるでしょうか?」
「七賢人が使ってる魔術は、一般的な魔導具に応用できるとは思わない方が良いんだわー。ていうか、結界を振り回すって何? 技術と才能注ぎ込んだ鉄板じゃん。最強の鉄板で敵の攻撃魔術叩き落としてるようなもんじゃん。そもそも結界で撲殺って意味分かんなくない?」
真面目なノーマン少年はフムフムと頷きながら、手元のメモに文字を書き込む。
素直な生徒がいることで気分が良くなり、ウーゴの舌はどんどん回り始めた。
「今回の魔法戦はさー、みんなして飛行魔術でビュンビュンしてたけど、実際は飛行魔術で接近戦なんて、そうそうやらないから。無理だから。あんなん曲芸みたいなもんだから。命綱無しで綱渡りしながら、剣振り回してるようなもんなんだわ。なんであんなんできるの? グレン君、魔術師にならなくても、絶対食っていけるって……でも、〈竜滅の魔術師〉の槍捌きはめっちゃカッコいいよなー。あれは憧れるんだわー」
「〈竜滅の魔術師〉の対竜用捕縛術式を魔導具にしたら、絶対に需要があると思うんですよね。問題は、繊維状の物への魔力付与の難しさで……」
「えー、なになに、ノーマン君って付与魔術に興味ある感じー?」
「はい。ボクは土属性だから、〈茨の魔女〉の植物への魔力付与も結構気になってて……」
ノーマンの言葉に、赤ら顔のウーゴは片手をパタパタ振り、鼻からフスーッと息を吐いた。
「植物への魔力付与ってのはさぁー、上級魔術師が植物にめいっぱい魔力込めて、ようやくちょっと葉っぱがフヨフヨ〜って動くもんなんだわ。宴会の一発芸ぐらいにはなるけど、それで? って感じじゃん。種から一気にブワーって成長して、ウゴウゴーって感じで蔓が伸びるのとか、あれ人間業じゃないから、誰でもできるとか思わないでほんとマジで。ローズバーグ家はおかしい」
「ふむふむ。じゃあ、呪術はどうでしょう。呪術や呪具の類は、気軽に手が出せるものではないというのは分かっているのですが、技術の独占はいつまでも続かないと思うんです」
「呪術ね、呪術はな……『ホニョロメをポディディオンしてモリッチョしたもの』って言われても、なにそれ? って感じじゃん? つまり、そういうことなんだわー。察してほしいんだわー。いやもう、ほんと意味分かんないからあれ。何も語れないから俺」
「じゃあ、〈沈黙の魔女〉の無詠唱魔術は?」
「無詠唱魔術? あー、あれはもう……〈沈黙の魔女〉ってほんと人間? 人間のフリした精霊だったりしない? だって無理でしょ、人間が詠唱無しに魔術使うって。それか、〈沈黙の魔女〉って頭の中に小さい〈沈黙の魔女〉が十人ぐらいいて、めっちゃ計算してるとか……いや、十人いても無理だろあれは。……ほんと人間? 人間のフリした精霊だったり……」
「〈星詠みの魔女〉の予言……」
「〈星詠みの魔女〉は星詠みだの予言だの以前にさ、あの若さがもうバケモノなんだわー。……なんで誰も言及しないの?」
だんだん上半身がフラフラしてきたウーゴに、ノーマンは果実水のグラスを「どうぞ」と差し出す。
ウーゴは「ありがとなんだわー」とグラスを受け取り、ツマミの木の実の殻をチマチマと剥き始めた。なんとなく手持ち無沙汰だったのだ。
木の実の薄皮を綺麗に剥いているウーゴに、ノーマンがさりげなく訊ねる。
「そういえば、ウーゴさんのお師匠様は、あの〈砲弾の魔術師〉様なんですよね?」
「そう! そうそう! いやもうほんと、今回はお師匠あんまり活躍できなかったけど、あれがお師匠の本気だと思わないでほしいんだわー。今回だって俺がサポートに入ってたら、絶対お師匠が勝ってたし。あーあ、俺がサポートに入ってたらなー。いやほんと、手伝いたかったんだけどなー」
なお、ルイス・ミラー捕獲作戦の前、「お師匠ー、俺、魔法戦の結界維持の勉強させてもらうわー。いやほんと、怖いとかじゃないから。勉強だから!」と言って、魔法戦を避けたことは、ウーゴの中では無かったことになっている。
「今回は初手が五重強化だったけどさ、あれは魔法戦の結界が壊れないように配慮したわけで、本気の六重強化だったら、魔法戦の結界に穴が空いてるから! 〈結界の魔術師〉も瞬殺だから!」
「多重強化、最近勉強したんですけど、すごく難しいですよね。圧縮を維持する魔力操作が特に……」
「君、若いのに分かってるんだわー。そうなんだよー。お師匠の砲弾を、大雑把とか、ただ魔力が多いだけとか勘違いしてる奴がいるんだけどさ、あれ、めっちゃくちゃ繊細な魔力操作技術と複雑な魔術式の理解力ないとできないから。マジで唯一無二の偉業だから」
「確か〈砲弾の魔術師〉様は、いくつか術式を開発されてますよね?」
「そうそう! お師匠、めちゃくちゃ頭良いから! ただ、いちいち書き記すのが面倒だからって、その場限りの魔術になってるのも結構あってさー」
「そうなんですか? それは勿体無いですね……ほんと、勿体無い……術式の特許でいくら入るんだろ……勿体無い……」
「一撃必殺の大技ってロマンじゃん。かっけーじゃん。あー、俺も竜相手にドカーン! と一発決めて、『大したことじゃねぇよ』って、カッコよくその場を立ち去るみたいなのやりたいんだわー。うちのお師匠、マジでカッコいいから。初めて会った時もさー……」
「……だそうだがぁ?」
ヒューバード・ディーは食堂に入ったところで足を止め、隣に並ぶ叔父──〈砲弾の魔術師〉ブラッドフォード・ファイアストンを見上げる。
ブラッドフォードは照れ臭さを誤魔化すように、顎髭をかいた。
「あそこまで言われると、流石にこそばゆいな。今回、俺は良いとこなしだったからよぉ」
「そんなことないぜぇ。叔父貴はいつだって、皆の憧れだからなーぁー」
「よく言うぜ! ガキの頃は『叔父貴ー叔父貴ー』って懐いてたくせに、ミネルヴァに入ったら〈沈黙の魔女〉ばっかり追いかけてよぉ!」
ブラッドフォードは、ニヤニヤ笑う甥っ子の赤毛をグシャグシャとかき乱し、食堂の奥へ進む。
テーブルの前ではウーゴがノリノリで、ホウキを杖のように掲げていた。どうやら、憧れの魔術師の真似事をしているらしい。
大勢の前で自分の真似は、流石に恥ずかしいから勘弁してほしい。
ブラッドフォードがウーゴに声をかけようとすると、ウーゴは赤ら顔をキリッと引き締めて叫んだ。
「──『対竜用捕縛術式起動!』」
〈竜滅の魔術師〉サイラス・ペイジの得意技である。
ブラッドフォードは思わず、弟子の後頭部を鷲掴んだ。
「そこは師匠の真似じゃねぇのかよ!」
若者達は最近の若いヒーローに夢中ですが、それでも心の奥にはいつだって、初代ヒーローがいるのです。




