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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝13:沈黙の魔女の隠しごと
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【16】ルールの抜け穴探しに費やした青春


 遡ること数日前、〈結界の魔術師〉を除く六名で行われた七賢人会議の議題は、「ルイス・ミラーをどう説得するか」であった。


「まぁ、逃げるでしょうねぇ」


 おっとりと言ったのは、七賢人最年長〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイ。

 これに、〈茨の魔女〉ラウル・ローズバーグが頷き、同意した。


「オレもそう思うぜ! ルイスさん、飛行魔術が得意だからさ。ピューンって飛んで逃げちゃうんじゃないかな」


「……甘い」


 ラウルの発言を低い声で遮ったのは、〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトだ。

 レイはテーブルに肘をついて指を組み、極めて深刻な顔で呻いた。


「絶対暴れるに決まってるだろ……それも嬉々として」


「俺も暴れるに一票だ。結界のが大人しくしてるとは思えねぇ」


 レイの意見に、〈砲弾の魔術師〉ブラッドフォード・ファイアストンが同意する。

 七賢人会議の仕切り役であるメアリーは、手元の紙に「逃げる:星詠み、茨」「暴れる:深淵、砲弾」と美しい字で書くと、その紙をまだ発言していない〈沈黙の魔女〉と〈竜滅の魔術師〉の方に向けた。


「二人は?」


 あぁ、自分にも話を振られてしまった。とモニカは肩を竦めた。

 発言を控えていたがために、自分の一票で投票結果が変わってしまう展開とは、なんとも気まずいものである。モニカはビクビクしながら、隣に座る〈竜滅の魔術師〉サイラス・ペイジを見た。

 サイラスも気まずそうな顔で、首の後ろをかく。


「あー、じゃあよ、せーので指さそうぜ」


「は、はい」


 モニカとサイラスは「せーの」と声を合わせ、各々メアリーの手元の紙を指さした。

 モニカが指したのは「暴れる」。

 サイラスが指したのは「逃げる」。

 七賢人六名の意見は綺麗に分かれたが、「まぁ、説得は無理だろう」という点においては、完全に一致していた。下手に説得しようとすれば、その隙に奇襲ぐらい仕掛けてくるだろう、というのが〈砲弾の魔術師〉の意見である。

 ルイスが愛してやまないロザリー・ミラー夫人に説得してもらう、という案も出たが、〈暴食のゾーイ〉に関することは国家機密なので、一般人を巻き込むわけにはいかない。

 この件は、関係者達だけでどうにかするしかないのだ。



 かくして始まった「〈結界の魔術師〉捕獲作戦」だが、七賢人達の意見は、それなりに割れた。

 みんなで攻撃仕掛ければ、まぁ勝てるんじゃないかなぁ、と楽観的なラウル。

 俺を巻き込むな、と消極的なレイ。

 まぁ、派手な魔法戦すりゃ、結界のも気が済むだろ。と笑うブラッドフォード。

 結界の兄さんに悪いな。ちょいと気が引けるぜ、と一番まともなことを言うサイラス。

 そしてモニカは、真剣そのものの顔でこう提案した。


「あの、まずは、研究所の責任者の方を避難させた方が……ルイスさん、絶対、そっちを襲撃すると、思い、ます……」


 七賢人達の意見はバラバラで、一向にまとまらない。

 そもそも前提として、七賢人は軍事組織ではない。国の頭脳であり、魔術師の頂点である。

 現七賢人にたまたま武闘派が多いので誤解されがちだが、戦闘ではなく魔術のプロフェッショナル集団なのだ。

 故に、個々の能力は高いが、連携をとって軍事作戦にあたることを想定していない。戦闘の得意な〈砲弾の魔術師〉にしろ、〈竜滅の魔術師〉にしろ、基本は単独行動である。

〈暴食のゾーイ〉に関する一連の騒動は、古代魔導具という魔術師でなければ対処できない相手だったから、例外的に七賢人が動いた。

 その際、七賢人が迅速かつスムーズに軍事作戦に参入できたのは、魔法兵団の団長経験者であるルイスが、魔法兵団と連携して指揮を執っていたからだ。

 政治的案件なら、七賢人の取りまとめ役である〈星詠みの魔女〉がどうにかできたが、軍事作戦ともなるとそうはいかない。

 結果、七賢人達はろくに作戦を練ることもできぬまま、〈結界の魔術師〉の帰還日を迎えてしまったのである。

 この魔法戦において、「戦略に秀でた人間が指揮を執ってはいない」というルイスの読みは全くもって正しかった。

 おそらく、この事態を最も重く、正しく受け止めていたのは、場所の提供をした魔法兵団の団長である。


「魔法兵団の詰所を魔法戦の舞台として提供はしますが、団員はお貸しできませんので、ご了承ください。未だ全国各地に戦力が分散しているこの状況下で、残った魔法兵団の人間を戦闘不能にするわけにはいきませんので」


 それは、残った魔法兵団を投入しても全て戦闘不能にされる、と確信している言葉だった。

 後に、関係者達はこう語る。


 ──〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーに、暴れる大義名分を与えてはいけなかった……と。



 * * *



 国の平和を守るために国境で竜討伐をし、王都に帰還するも、とある研究の実験台となることを強要された悲劇の英雄〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーは今……


「さぁ、強い者苛めの時間です」


 暴れる大義名分を得て、活き活きと魔法兵団の敷地を歩いていた。

 ルイスは既に、〈茨の魔女〉と〈深淵の呪術師〉二名を封印結界に閉じ込めている。

 この二人は共に名家の当主なので、人質にして交渉するという手もあった。だが、それではルイスの気が収まらない。

 なのでルイスは、このまま残りの七賢人もぶちのめす、という選択肢を選んだ。

 幸い、魔法兵団の詰所周辺は、元団員であるルイスにとって庭も同然である。

 魔法戦の結界は、詰所を中心とした敷地内──訓練用のだだっ広い土地と、その周辺の植木のあたりまで広がっている。レイの呪印トラップが仕掛けられていたのは、この植木のあたりだ。

 ルイスは最小限の移動で罠の位置を確認すると、敷地を囲う柵を見上げた。

 侵入者防止のかえしがついた柵は非常に高く、素手で上るのは難しい。


(飛行魔術で飛んで逃げたら、確実に〈砲弾の魔術師〉に撃ち落とされるな)


 ルイスが魔法戦の結界から逃げ出さないよう監視し、必要に応じて狙撃できる場所は、詰所の屋上か外階段ぐらいしかない。〈砲弾の魔術師〉がいるのは、まずそこだ。


(正確な位置を把握して遠隔魔術で仕留めるか、目眩しをするか……)


 人質二人の内、比較的軽そうなレイを盾にして〈砲弾の魔術師〉に突っ込むという手もあるが、ラウルとレイに施した封印を解除して、張り直すのも面倒臭い。封印の固定には魔力を消費する。今は極力魔力を温存したいのだ。

 思案しつつ、ルイスは詰所の建物を睨んだ。

 魔法戦の結界は、建築物の中まで張り巡らせるのは難しい。

 詰所は結界の中心辺りにあるが、結界の範囲として適用されていないようだった。いわば浮島のようなものだ。詰所の屋上や壁を足場にすることはできるが、建物の中まで魔法戦の結界は行き届いていない。

 詰所の窓には魔法兵団の団員達が押しかけ、結界の外からこの魔法戦を見学していた。

 中には賭け札を握りしめている者もいる。どうやら、賭けの対象にされているらしい。


「これはこれは……ますます愉快になってきましたなぁ」


 ルイスは八重歯を剥いて笑い、杖で肩を叩いた。

 屋上から飛行魔術で、こちらに接近してくる人影が見える。

 黄色っぽい金髪を撫でつけた、大柄な男。〈竜滅の魔術師〉サイラス・ペイジ。

 サイラスはルイスと少し距離を開けたところで着地し、雷をまとわせた槍を構えた。


「結界の兄さんよ。あんたに恨みはねぇが、……あー、その、なんだ。大人しく投降しちゃくれねぇか?」


 人の良さが垣間見えるサイラスの言葉を、ルイスは鼻で笑った。


「投降勧告は、手土産用意して懐柔するか、キッチリ脅すかのどちらかになさい」


 情に訴えかける半端な勧告など時間の無駄だとばかりに、ルイスは杖を構えて短く詠唱をした。

 杖に魔力を付与するだけの簡素な魔術だが、これなら消費を抑えて戦える。

 サイラスは気乗りしなそうな顔をしていたが、ルイスが分かりやすく殺気を滲ませると、片手で前髪を撫でつけて、鼻から息を吐く。


「……じゃあ、七賢人選考試験のリベンジっつーことで。手合わせ頼むぜ、兄さんよ」


 サイラスが詠唱をする。飛行魔術の詠唱だ。

 ルイスはあえて飛行魔術は使わず、魔力付与しただけの杖を構える。


「いくぜ!」


 サイラスは飛行魔術を使って低空飛行で距離を詰め、雷の槍を振るった。それをルイスは杖で受け流し、姿勢を低くして地面に手をつく。

 サイラスは高く飛び上がり、頭上から槍を振り下ろす。槍は途中で三又に分かれ、三方向からルイスを襲った。

 敵の攻撃を予想していたルイスは、短縮詠唱の防御結界で槍を防ぐ。


「飛行魔術を用いた戦闘に、磨きがかかったようで」


「おう、対人戦もできるようにって、あんたに言われたからな」


 そんな親切な言い方をしてやった記憶はないのだが、勤勉なのは、なによりである。

 サイラスは飛行魔術と雷の槍で攻め込んできたが、ルイスはあえて飛行魔術は使わなかった。飛行魔術は魔力の消費が激しいからだ。


「魔力を温存したままで、俺に勝てんのか。結界の兄さんよぉ!」


 サイラスが吠えながら、槍を繰り出す。

 ルイスはそれを杖で受け流しながら、思案した。

 敵の作戦は、〈竜滅の魔術師〉との戦いでルイスが体勢を崩したら、潜伏している〈沈黙の魔女〉、〈砲弾の魔術師〉が遠距離攻撃を仕掛けてくる……といったところだろう。


(ならば、こちらから二人の位置を炙り出す)


 潜伏する場所は幾つか想定できる。一度攻撃させれば、特定は容易い。

 ルイスは一度サイラスとの距離を開け、殊更優雅に微笑んでみせた。


「〈竜滅の魔術師〉殿。貴方、魔法戦には不慣れなのではありませんか?」


「……それがどうしたよ」


 サイラスは竜退治を専門としていた魔術師だ。故に実戦に強いが、結界の中で行う魔法戦には慣れていないようだった。

 魔法戦は物理攻撃が無効。怪我はしないが、ダメージの分だけ魔力が減る──と独自のルールがある。それ故、実戦とは勝手の異なる部分が多々あった。


「魔法戦は物理攻撃無効ですが……幾つか抜け穴があるのですよ」


 学生時代のルイスは、散々教師達に言われたものだ。


 ──この結界の中では物理攻撃は無効です。だから、敵を殴ったり蹴ったりするのはやめなさい。


 そう言われて、はい分かりました、と素直に応じるルイスではなかった。

 学生時代、まぁまぁヤンチャな悪ガキだったルイスは、悪知恵を働かせて、せっせと結界の抜け穴を探したのだ。


「一つ。魔法戦の結界で、不慮の事故は防げない」


 魔法戦の結界が守ってくれるのは、あくまで敵の物理攻撃からのみ。転べば怪我をする。

 たとえば飛行魔術で飛んでいる最中に、炎の矢の攻撃を受けたとする。

 その炎の矢で怪我をすることはないが、その攻撃を受けたショックで墜落し、地面に衝突したら、怪我をするのだ。


「二つ。武器や素手による目潰しは攻撃認定だが、砂埃は自然現象と認識される」


 サイラスが槍を握って急降下し、距離を詰めてくる。

 ルイスは先ほど地面に手をついた時に握った砂を、サイラスに向かって投げた。砂が目に入ったサイラスの動きが一瞬止まる。

 石や武器を投げれば物理攻撃扱いされるが、砂粒ぐらいの物は武器と認識されないのだ。

 故に、砂を使った目眩しは普通に効く。

 在学中にそれをやって、目潰し禁止令を出されたが、今は非常事態なのだから構うまい。なにせこちらは、被害者様なのだ。

 ルイスは杖を放り捨ててサイラスの背後に回ると、その太い首を腕で絞めあげた。


「三つ。絞め技は無効化できない。結界は『手を繋ぐ』ことと『握り潰す』ことの違いを、識別できないのですよ」


 魔法戦に不慣れそうなラウルが知っているかは分からないが、彼の操る茨は、魔法戦において、相手を苦しめつつ拘束するのに非常に便利なのだ。

 更に人喰い薔薇要塞なら、問答無用で敵の魔力を吸い上げられる。魔法戦における脅威だ。

 だから、ラウルを早めに排除できたのは幸運だった。

 サイラスはルイスの腕を引き剥がそうとするが、ルイスの腕はビクともしない。集中力の途切れたサイラスの飛行魔術が解除される。


「ぐぅ、ぅお……っ」


「はい、ここでおさらいの時間です」


 ルイスは自分よりも大柄な男の首を絞めたまま、詠唱をした。飛行魔術の詠唱だ。

 そうして、遠距離攻撃を受けても回避できる距離と角度を計算しつつ、詰所を超える高さまで飛び上がる。


「問題。魔法戦の結界は、落下のダメージを無効化できるか? …………答えは否」


 首を絞められたサイラスは詠唱をできない。

 そしてこの高さから落とされたら、大怪我は必至。


「落ちろ」


 ルイスがサイラスからパッと手を離した瞬間、二つの魔術が同時に発動した。

 一つは、落下したサイラスを受け止めるための風のクッション。

 もう一つは、ルイスを撃ち落とすための五重強化された火球。

 前者の使い手は〈沈黙の魔女〉、後者の使い手は〈砲弾の魔術師〉だ。


(見つけた)


 ルイスは飛行魔術で加速し、ギリギリのところで攻撃を回避しつつ、火球が飛んできた方向と、風が吹いてきた方向の二箇所に目を向ける。

 詰所の東側面にある外階段に〈砲弾の魔術師〉。

 詰所の西側の陰に〈沈黙の魔女〉。


「出たな、バケモノども」


 強い者苛めが大好きな男は、片眼鏡を指先で押さえて不敵に笑った。


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