【15】開幕・魔王(元ヤン)捕獲ミッション
リディル王国北東部の国境付近に滞在していた〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーは、竜の動きが落ち着いてきたことを確認したところで、同行した魔法兵団、竜騎士団に後を任せて、自身は王都に戻った。
既に、サザンドールでの顛末は手紙で聞いている。
魔法生物学者セオドア・マクスウェルは、八年前に死亡していたことも。古代魔導具〈暴食のゾーイ〉を持ち出したのは、セオドア・マクスウェルを食らった黒竜であることも。
上位種の竜が、食らったものに化けるという性質については、まだ充分な検証がされていないので、一般人に情報開示はされていない。
開示されないままの方が良いのかもしれない、とルイスは密かに思っている。
人間に成り代われる、人間よりも遥かに強い力を持った生き物に、強い嫌悪感を抱く人間は一定数いるからだ。ルイスのように。
(カーラは、兄に成り代わった竜を、どう思っただろうか)
ルイスは、セオドア・マクスウェルという男に然程思い入れはないけれど、きちんと人として弔われてほしいと思う。他でもない、カーラのためにも。
馬車の中でボンヤリとそんなことを考えていると、やがて魔法兵団の詰所が見えてきた。
ここに戻ってくるのも、随分と久しぶりだ。
七賢人が会議をする〈翡翠の間〉は、修理するのにまだ時間がかかる。当面は、魔法兵団の詰所で寝泊まりすることになるだろう。
だが、今日に限っては、詰所に宿泊するつもりはなかった。
なにせ、ここしばらく全然家に帰れていないのだ。今日は報告だけ済ませたら、絶対に帰宅する。誰かが止めたら殴り倒して帰宅する。そして、愛しの妻子と穏やかな時間をすごすのだ。
(その前に、この不揃いな髪をなんとかしないと……)
〈暴食のゾーイ〉は既に王立魔法研究所に運び込まれ、奪われた物を取り戻すための研究も進められているらしい。
自分の髪の毛も元通りになれば良いのだけれど──そんなことを考えつつ、ルイスが魔法兵団の敷地を歩いていると、結界を張る時特有のキィンと硬質な音が聞こえた。
(これは……魔法戦の結界?)
魔法兵団の敷地内で、魔法戦の訓練をすることは珍しくない。
だが、それにしては結界の範囲が広すぎる。敷地いっぱいに結界を張り巡らせるのは、大規模訓練の時ぐらいなのに。
嫌な予感を覚えたルイスは、早口で詠唱をしながら、敷地の外を目指して走る。
「ドッカーン!」
離れていてもよく聞こえる、馬鹿でかい声。勢いよく飛来する巨大な火炎球。
〈砲弾の魔術師〉ブラッドフォード・ファイアストンの多重強化魔術だ。
(……最高火力一歩前の、五重強化!)
その火球は、敷地の外に逃げようとしたら確実に直撃するという嫌な位置に放たれていた。
ルイスがこれを回避するには、敷地の奥を目指すしかないのだ。それでも完全には回避できない。
ルイスは敷地の奥を目指して走りながら、防御結界を展開した。
着弾、轟音、撒き散らされる炎が、ルイスの結界を破壊する。背中に痛みと熱を感じた。
「くそがっ!」
魔法戦用の結界のおかげで、服や肌が焼けこげることはないが、ダメージの分だけ魔力がゴッソリと減る。
ルイスは指先で片眼鏡を押さえて、舌打ちをした。
(今ので、魔力が半分削られた……!)
回避をして、防御結界を使い、直撃は避けたのにも関わらずだ。
流石はリディル王国最大の火力を誇る〈砲弾の魔術師〉。威力の桁が違う。
(なんだ? 一体何が起こっている?)
遠征から帰還した自分は、歓迎され、労わられるべきではないか。
それなのに、突然の魔法戦。わけが分からない。
なんにせよ、攻撃を受けて立ち止まっているほどルイスは愚かではなかった。
すぐさま身を起こし、植木の陰に身を潜めようとしたルイスは、踏み出しかけた足を引っ込める。
植木のそばの地面には、ビッシリと紫色の模様が浮かび上がっていた。
魔術式とは異なる模様には、見覚えがある。これは〈深淵の呪術師〉が扱う呪印だ。うっかり踏んだら酷い目に遭う。
ルイスが呪印を踏まぬよう慎重に移動していると、背後で小さな舌打ちが聞こえた。
振り向いた先、木の陰から紫色の頭が見える。〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトだ。
(よし、絞めあげよう)
そう決意した瞬間、微かな物音がした。
ルイスは飛行魔術の短縮詠唱をして、その場から浮かび上がる。ブーツが地面を離れるのとほぼ同時に、薔薇の蔓が蛇のように地を這いながら殺到した。
薔薇の蔓は、ギリギリでルイスの足に届かない。
「あちゃー、避けられちゃったか」
レイと同じ木の陰から姿を現したのは、〈茨の魔女〉ラウル・ローズバーグだ。七賢人のローブを羽織り、珍しく農具ではなく杖を握りしめている。
飛行魔術で浮かび上がったルイスは、薔薇の蔓が届かず、かつ植木を超えないギリギリの高さで静止した。木々より高く飛ぶと、〈砲弾の魔術師〉に狙い撃ちにされるからだ。
ルイスはレイとラウルの二人を見下ろし、低い声で呻いた。
「……お二人とも。遠征から帰還した同僚に、労いの言葉ぐらいあっても良いのでは?」
「あっ、そうだ。ルイスさん、おかえりなさい! お疲れ様!」
素直なラウルの言葉に、ルイスは引きつった笑顔で応じた。
「はい、ただいま戻りました。……それで、何故、私は、魔法戦に巻き込まれているんですかねぇぇぇ?」
返答次第では殴り倒そう。
そう誓うルイスの足元で、ラウルは頭をかきながらレイを見た。
「そういや、なんでだっけ?」
杖を振り上げたルイスが飛行魔術で下降するより早く、レイがボソボソと言う。
「〈暴食のゾーイ〉に奪われたものを、戻す実験が始まったんだ。……が、定着率が良くない……実験台がいる」
ルイスはそれだけで、大体の事情を察してしまった。
飛行魔術でプカプカ浮いたまま、ルイスは短くなった髪を撫でる。
「つまり、私に実験台になれと?」
「……と言ったら、どうせ拒否するんだろ」
「責任者絞めあげて、方針転換させるに決まってるじゃないですか」
レイはゲンナリした顔で、ピンク色の目をクルリと動かし、ラウルを見た。
「……ほらな。〈結界の魔術師〉が、逃げるなんてぬるい選択、するはずがないだろ」
「すごいや。レイとモニカとブラッドフォードさんの言った通りになったな!」
なるほど、その三人がルイスに対する物騒な解釈を提言したらしい。
ルイスが頭の中の「いつか絶対泣かす奴リスト」に、三人の名前を刻んでいると、周囲に幼い少年の声が響き渡った。
拡声魔術を用いたその声は、若返ってしまったルイスの師匠、〈紫煙の魔術師〉ギディオン・ラザフォードの声だ。
『あー、あー、クソ弟子に告ぐ。今、投降したら、最新技術の健康診断と、酒と糖分を排除した健康的な食事を提供してやる。早死にして嫁を泣かせる前に、とっとと投降しろ、ジャム中毒』
年がら年中スパスパスパスパ煙管吸ってるジジイが何言ってんだ、と胸の内で毒づきつつ、ルイスは片眼鏡が落ちぬよう、しっかりと指で押さえた。
「いやぁ、事情が分かって安心しました」
姉弟子のカーラ・マクスウェルが〈暴食のゾーイ〉に操られていたように、なんらかの理由があって、味方が敵になる展開も一応考えてはいたのだ。
だが、そうではないなら、最早遠慮はいるまい。
「これで、心おきなく全員ぶちのめせる」
さぁ、強い者苛めの時間だ。
ルイスは込み上げてくる怒りを愉悦と戦意に変え、凶悪な笑顔で詠唱を始めた。
レイがラウルを盾にするように、その広い背中にそそくさと隠れる。ラウルは右手で杖を握り、左手でローブのポケットから種を取り出して、詠唱をした。
「ごめんな、ルイスさん!」
詠唱を終えたラウルが左手の種を地面に落とす。
その種が地面に触れる直前、紙一重のタイミングで、ルイスはラウルとレイを閉じ込める封印結界を発動した。封印結界の規模は極限まで絞ってある。
ラウルとレイが結界に閉じ込められた瞬間、種は一気に膨れ上がって発芽し、薔薇の蔓を伸ばした。
ラウルの顔色が変わる。
「げ」
既にラウルの魔術は発動し、薔薇の蔓は発動してしまった。狭い結界に閉じ込められた二人の足元で、行き場をなくした薔薇の蔓がウゴウゴと増殖していく。
レイが悲鳴をあげた。
「ひぃぃぃ、薔薇がチクチクする……!」
「ごめんな、レイ! 今、地面から薔薇を逃して…………あっれぇぇぇ?」
ラウルの薔薇の蔓が、地面に潜ることをルイスは知っていた。
故に、封印結界は地面にも展開してある。ラウルの薔薇の蔓は結界に弾かれ、行き場をなくしたまま増殖を続けた。
透明な狭い箱の中、薔薇の蔓に押し潰された二人が悲鳴をあげる。
「俺は、こいつと薔薇に押し潰されて死ぬのか……最悪の死因だ……最悪すぎる……」
「あわわわわ、えっと、そ、そうだ、結界に魔力干渉を……」
薔薇の蔓に下半身が埋もれたラウルは、思い切り腕を伸ばして封印結界に触れた。
ラウルは、リディル王国でトップの魔力量の持ち主だ。故に、自身を拘束する魔術の類なら、膨大な魔力を流し込むことで破壊するという力技ができた。
だが、結界に魔力を流し込んでいたラウルの顔色は、どんどん悪くなっていく。
「あ、あれ? 干渉できない? な、なんで……?」
「私が、何の対策もしていないとお思いですか? 閉じ込められた者がこの結界に干渉したら、魔力が内側に戻る術式を組み込んでいるのですよ」
ラウルが結界に流し込んだ膨大な魔力を、跳ね除けるのではなく、流れを変えて内側に戻す。そういう術式をルイスは組み込んでいた。勿論、対呪い用の術式も組み込んである。
もし、この場に魔術式や結界術に精通した者がいれば、対処できたかもしれないが、ラウルもレイも、その手の知識は薄い。
封印結界を破壊するためのラウルの魔力は受け流され、結界の内側に戻り、そして薔薇の糧となる。レイの呪いも通さない。
ますます増殖を続ける薔薇の蔓は、とうとうラウルとレイの姿を覆い隠してしまった。
「あいたたたた、ぎゃー! レイ、ごめんなー!」
「男の胸板で圧死……おぇっ」
ルイスは詠唱を重ねて、封印結界を固定する。
結界の固定はそれなりに魔力を消費するが、一度固定してしまえば、それ以上魔力を消費し続けなくて良いし、手数を取られることもない。
ルイスは薔薇の蔓に埋もれる二人に、八重歯を見せて笑いながら言い放った。
「ぬるいことしてんじゃねぇぞ、素人が」
まずは二人。ラウルとレイは戦闘の素人だが、雑魚ではない。
二人の能力は放置するほど厄介になるので、早めに始末できたのは幸運だった。
(〈深淵の呪術師〉の呪印トラップは、素人丸出しの配置だった。この状況、戦略に秀でた人間が指揮を執っているわけじゃない)
ルイスなら、もっと意地の悪い位置に呪印トラップを仕掛けるし、ラウルは奥に隠して敵に見つからないよう配置するか、詠唱に時間のかかる〈砲弾の魔術師〉の守護役にあてる。
戦力を分散する必要がないのなら、薔薇要塞の奥から砲弾をぶっ放す方が堅実なのだ。
(おそらく今は、七賢人がバラバラになって襲ってきている状態)
ルイスが結界の外に逃げようとしたら、〈砲弾の魔術師〉が狙い撃つ。直接的な戦闘が苦手な〈深淵の呪術師〉〈茨の魔女〉は物陰から隙を狙う──といった、おおまかな役割分担はしているが、細かい戦略はないのだろう。
それなら、付け入る隙は幾らでもある。
ルイスは、チラリと横目で魔法戦の結界を観察した。
特大火力の〈砲弾の魔術師〉が魔法戦に参加するのなら、それだけ魔法戦の結界も、強度を上げなくてはいけなくなる。つまり、この魔法戦の結界には、相当に腕の良い魔術師が最低でも二人関わっているはずなのだ。
(……魔法戦の結界維持役は、多分師匠だな。もう一人は、非戦闘要員の〈星詠みの魔女〉か)
となると、七賢人で潜伏している戦力は二人。
──〈沈黙の魔女〉と〈竜滅の魔術師〉だ。
ラウルやレイのように、特定分野に特化した能力は強力ではあるが、手の内が分かればいくらでも対処できる。
一方、手の内が分かっても、どう対処しろってんだ、とルイスが常々思っているのが、〈砲弾の魔術師〉の多重強化魔術と、〈沈黙の魔女〉の無詠唱魔術である。
どちらも、敵が魔術を使う前に先手をとってぶちのめす、以外の対処法が思いつかない。
そして、新人である〈竜滅の魔術師〉は、対竜戦闘に特化した魔術師だが、対人戦闘でも無難に強い。
無難に強い、というのは、大抵のことに対処できるということだ。そういう人間がサポートに回ると、〈砲弾の魔術師〉と〈沈黙の魔女〉は、より真価を発揮しやすくなる。
今のルイスは、〈砲弾の魔術師〉の攻撃によるダメージと、封印結界の使用で、残った魔力量は半分以下。そして、相手は七賢人が三人……ともなれば、お上品な戦い方などしていられない。
「私に手段を選ばせなかったことを、後悔しろ」
ルイスはローブの装飾布を引き剥がしてポケットにねじ込むと、杖という名の鈍器を肩に担いで、凶悪に笑った。




