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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝13:沈黙の魔女の隠しごと
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【幕間】哀愁のサイラス・ペイジ

前回の【幕間】天才モニカ・エヴァレットの敗北の続きです。

〈沈黙の魔女〉の弟子アイザック・ウォーカーは、実は非常に多忙な男である。

 師匠やメリッサと影を剥がす術式の検証会を終えた後も、彼は自領への指示書や、アンダーソン商会長へのお礼状を書いたり、船の貸与契約の見直しなど、やるべきことが山ほどあった。

 そろそろ自領に戻る算段もつけた方が良いだろう。各方面への見舞いや、王都にも顔を出す必要がある。


 魔術師組合の一室を借りて、諸々の雑事を区切りの良いところまで進めたら、すっかり昼食の時間を過ぎていた。

 この半端な時間に食堂に行っても迷惑になるだけだろう。それならば、外に食べに行こうかと、廊下に出たところで、「やぁ、アイザック!」と呼び止める声があった。

 筋肉質な体に七賢人のローブを引っかけた、真紅の巻き毛の男。五代目〈茨の魔女〉ラウル・ローズバーグである。


「丁度良かった。アイザックに、相談したいことがあるんだ」


「僕で良ければ、なんなりと」


 お腹減ったなぁ、早くお昼ご飯が食べたいなぁ、という本音を押し殺してアイザックが応じると、ラウルは周囲に人がいないのを確認し、声のトーンを落として言った。


「実は、オレ以外の七賢人がみんな……その、元気がなくて、落ち込んでるみたいなんだ。さっき、食堂に行ったら、みんな暗い顔しててさ」


 ラウル以外の七賢人──当然だが真っ先に浮かんだのは、アイザックが愛してやまないお師匠様、〈沈黙の魔女〉である。

 だが、モニカが元気がない理由については、すぐに思い当たった。


「モニカはパンを千切りながら、『二分割、三分割、接続術式で実質四分割……』って怖い顔でブツブツ言っててさ。最後は千切ったパンをギュッとひとまとめにして、ムシャムシャ食べ出したんだぜ! あのモニカが!」


 今夜は分割しないでも食べられる、煮込み料理を作ってあげよう。とアイザックは心に誓う。


「レイはもう、ここ最近ずっと、『婚約者に会いたい……』が鳴き声になってるし……」


 それはもう、王都に帰してあげた方が良いんじゃないだろうか。


「メアリーさんは仮死状態から回復して、すぐにサザンドールに来たから、疲労で寝てるし。サイラスは、昨日の夜から、ずっと様子がおかしくてさ」


 サイラス兄さんが? という言葉をアイザックは飲み込む。

 サイラスとは魔術師組合の中でたまに顔を合わせて、雑談をしたりしているが、そういえば今朝から姿を見ていなかった。

 黒竜セオドアと対峙したことで、サイラスにも何かしらの葛藤があったのかもしれない。


「〈竜滅の魔術師〉殿は、今どちらに?」


「ちょうど、外回りから帰ってきて、休憩室で休んでたぜ。良かったら、声かけてやってくれよ。オレはレイを励ましてくるからさ!」


〈深淵の呪術師〉は、そっとしておいてほしいんじゃないかなぁ、と思いつつ、アイザックは「分かりました」と一つ頷き、休憩室に向かった。



 * * *



 休憩室に入ってすぐに、サイラスの姿は見つかった。

 長テーブルの端の席でぐったりと突っ伏している黄色い頭を見下ろし、アイザックはいつもの調子で声をかける。


「やぁ、サイラス兄さん。お疲れかい?」


「…………アイクか」


「落ち込んでると聞いたけど」


 数日前、モニカも交えて食事をした時は元気そうだったけれども、悩みごとがどのタイミングで噴き出すかは、本人にも分からないものである。

 なんなら、今夜は酒に付き合っても良い。アイザックがそう考えていると、突っ伏していたサイラスはノロノロと顔をあげ、乱れた髪を雑に撫でつけながら、ボソリと呟いた。


「アイク、俺ぁよ……」


「うん」


「笑顔が素敵で、胸のデカい、エプロンの似合う家庭的な女が好きなんだよ」


 あ、これ、どうでもいいやつだ。とアイザックは即座に判断した。

 もはや優先順位は、兄貴分の悩みより自分の昼食である。肉を食べに行こう。そうしよう。

 だが、アイザックが踵を返すより早く、サイラスの手がアイザックの腕をガシッと掴む。

 力強い手は、愚痴を零す相手を逃すものかという、強い意志に満ちていた。


「ある女に、熱烈な求愛をされたんだがな」


「おめでとう。お幸せに」


 アイザックの腕を掴む手は、緩まない。

 サイラスは厳つい顔に苦悶の表情を浮かべて呻く。


「その女は、笑顔がなくて」


「クールな人なんだね」


「胸が無くて」


「女性を容姿で判断するものではないよ」


「エプロンが……エプロンが……いや、無理だろ。どう考えても」


 腕を掴む手は、まだ緩まない。

 アイザックは昼食に想いを馳せた。

 今日の昼食は、焼いた肉にタレをかけ、砕いた木の実をまぶしたやつにしようか。揚げた鶏にしようか。どちらも、そのまま食べてもよし、パンに挟んでもよし、酒と一緒に味わうもよしの逸品である。


「おい、聞いてんのか、アイク!」


 勿論、途中から聞いていなかったので、アイザックは返事の代わりに無言でニコリと微笑んだ。

 フェリクス殿下の顔なら、大抵の人が「あぁ、殿下は私の話に耳を傾けくださったのだ」と騙されてくれる笑顔だが、目つきの悪い今の彼がやると、小馬鹿にしているようにしか見えない笑顔である。

 案の定、サイラスはこめかみをピキピキと引きつらせていたが、突然何かを思いついたように、ハッと目を見開き、気遣わしげにアイザックを見た。


「あっ、悪ぃ……そうだよな。お前、目つき悪いもんな……」


「…………」


「悪いな、兄貴分の俺が、モテた自慢しちまってよ」


「…………」


「まぁ、なんだ。お前の良さを分かってくれる女も、きっといるだろうからさ。だから、拗ねんなよ」


「…………」


「もう昼飯は食ったか? まだなら、奢ってやるよ」


 なんて素敵な兄貴分なのだろう。

 脛を蹴ってやりたい衝動を堪えつつ、アイザックは冷ややかに微笑んだ。


「そう、じゃあご馳走になろうかな」


 タレをかけた肉と、揚げた鶏と、両方奢らせよう。ついでに酒も。

 


 * * *



 魔術師組合を出て、屋台通りに向かう途中、サイラスはふと思い出したように訊ねた。


「そういやよぉ。お前、結界の兄さんとこのお弟子さんと、図書館学会の兄ちゃんと知り合いなんだろ?」


 サイラスが言っているのは、グレンとシリルのことだろう。

 あの二人とは、黒竜セオドアとの戦いで共闘しているし、気安く会話をしているところをサイラスに見られている。

 まぁ、そうだね。と相槌を打つアイザックに、サイラスは重ねて問う。


「会長、副会長って、何のだ? ほら、結界の兄さんのお弟子さんが、お前のこと会長って呼んでたろ」


「…………」


 そう、肉屋の倅のグレン・ダドリー君は、セレンディア学園を卒業した今も、アイザックとシリルのことを会長、副会長と呼ぶのである。

 グレンが、フェリクス殿下とアイザックの名前を人前で間違えるよりは良いし、あだ名のようなものだと思って、そのまま受け入れていたのだが、さてどうしたものか。

〈結界の魔術師〉の弟子で、肉屋の息子のグレン。

 ハイオーン侯爵の養子で、図書館学会役員のシリル。

 そして〈沈黙の魔女〉の弟子のアイザック。

 この三人がどういう関係なのか、セレンディア学園の名前を出さずに誤魔化すにはどうしたら良いか。


「……肉料理研究会、かな」


 事実、アイザックとグレンは、肉料理の研究仲間である。

 アイザックの答えに、サイラスが意外そうに眉根を寄せた。


「図書館学会の、あの細い兄ちゃんもか?」


「彼はああ見えて食べるのが大好きで、僕達の肉料理研究のために出資をしてくれているんだ」


 巻き込まれたシリルには申し訳ないが、この設定でいこう。

 密かにそんなことを考えていると、サイラスが呆れ半分、ニヤニヤ笑い半分の顔でアイザックを見た。


「弟分にダチが多くて、俺ぁ安心したぜ。……でも、お前。ほんと、食うことばっかだよな。そんなんじゃモテねぇぞ」


「心底余計なお世話だよ。あ、そこの屋台の揚げ鶏三つ」


「あ? 三つ? どういう分け方だ?」


「一つは先輩にお土産。二つは僕が今食べる」


「俺の分じゃねぇのかよ!」


分割したパンを虚無顔でムシャァ、ムシャァしていたお師匠様は、使い魔の肉球をプニプニしてメンタルを持ち直したので、心配しなくて大丈夫です。


大変お待たせいたしました。次話から、舞台は王都に移ります。

頑張る肉屋の倅を応援してあげてください。

まだしばらく、週一ぐらいの更新ペースになりますが、のんびりお付き合いいただけると幸いです。

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