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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝13:沈黙の魔女の隠しごと
323/425

【幕間】天才モニカ・エヴァレットの敗北

 灯台で〈星紡ぎのミラ〉を使用した翌日、古代魔導具を使用した際の疲労を考慮し、外回りの仕事から免除されたモニカは、魔術師組合の一室で「影を剥がす術式」についての解説をしていた。

 黒板の前に足を組んで座るのは、四代目〈茨の魔女〉メリッサ・ローズバーグ。

 そこから少し離れた席で、真剣に記録をとっているのは、モニカの弟子アイザック・ウォーカーである。


「ねぇ、ちょっとぉ。なんでここに、警備の仕事をさぼった、クソ犬がいるわけぇ?」


 メリッサの露骨に攻撃的な態度にモニカが狼狽えていると、アイザックがサラリとした口調で言う。


「師匠が開発した魔術について理解を深めるのは、弟子として当然のことだろう?」


「へーぇー、あんたごとき三下が、これを理解できんの?」


 どうしてこの二人は、こんなにも仲が悪いのだろう。

 モニカはビクビクしつつも、ここは自分がなんとかしなくてはとチョークを握りしめ、声をあげる。


「あのっ……か、解説を、始めますねっ!」


〈暴食のゾーイ〉の攻撃は、リディル王国に多数の犠牲者を出した。

 影に蝕まれて仮死状態になり、蘇生措置を必要としている人間は、王都にもサザンドールにも大勢いる。

 よって、影を剥がす術式の改良、普及は目下の急務であった。

 ここしばらく、モニカはサザンドールにいる患者の対応をしながら、影を剥がす術式の検証と改良を重ねていた。

 当初開発したものよりも、更に安全性を高め、術式の無駄も減らしている新しい術式は、モニカの自信作である。


「このように、四十二節から七十一節にかけて属性定着を行うことで、より術式を安定させることができます──以上ですっ」


 モニカが解説を締めくくると、アイザックはモニカが黒板に書き記した魔術式を端から端まで眺めて、ほぅっと感嘆の吐息を溢した。


「なんて綺麗な術式だろう。極限まで無駄を減らし、かつ安定している……これ以上ないぐらい完璧な術式だ」


 弟子の大袈裟な褒め言葉はくすぐったいが、この術式に関しては、かなり自信があったので、モニカは口の端をムズムズさせた。

 一方メリッサは、真剣な顔で黒板を睨んでいたが、ふと思いついたような顔で立ち上がり、チョークをつまむ。


「ねぇ、モニモニ。この術式だけどさぁ……」


 メリッサは術式の途中に斜線を引いて分割し、余白に追加の術式を書き込む。


「ここで、二分割できるわよね? 仮死状態からの蘇生と、影の剥離とで」


 カツカツと音を立てていたチョークの動きが止まる。

 メリッサが書き足した術式を眺め、モニカは顔をしかめた。


「確かに、できます、けど……」


 メリッサの言う通り、この術式は分割ができる。

 だが、分割した際にメリッサが書き足した分だけ、余計な術式が増えるのだ。

 モニカの考えた術式なら、それで一つの術として発動できるが、分割するということは、二つの魔術を同時維持するということになる。それだけ、魔力の消費も増える。

 つまり、分割すると圧倒的に無駄が多い。


「一つにまとめた方が、絶対、綺麗、です」


「でも、分割した方が簡単だし、魔力操作も楽でしょ」


「分割すると、共通式や接続術式の分だけ、手間も消費魔力も増えます。絶対に、絶対に、一つにまとめた方が、効率的、ですっ!」


 ここは譲れないとばかりに頑なになるモニカに、メリッサはチョークを左右に振りながら、チッチッチと舌を鳴らす。


「どんなに効率的な術でも、極少数しか使えないんじゃ、それは結局、効率的じゃないのよ」


「で、でもぉ……」


 モニカが涙目で言ったその時、アイザックが無言で立ち上がった。

 彼は黒板に歩み寄ると、チョークを握りしめる。


「モニカ、マイマスター。素人質問で恐縮なのだけど……」


「は、はいっ、どうぞ! お師匠様に、なんでも聞いてください!」


 モニカが頼りになるお師匠様の顔をすると、アイザックはカツカツとチョークを鳴らして、メリッサが二分割にした術式の前半部分を更に半分にした。

 そこに追加術式を書き足し、アイザックはチョークを下ろす。


「これなら、三分割もできるんじゃないかな」


「あ、アイク……?」


 モニカは全身をワナワナと震わせ、凄まじい裏切りを受けたような顔で、己の弟子を見上げた。


「三分割……えっ、三分割? 一つにまとめられるものを、三分割?」


 慄くモニカの横で、メリッサが納得顔で手を打つ。


「あぁ、そっか。属性定着は別の奴にやらせりゃいいのか。そこが一番魔力消費多いし、面倒なとこだし」


「そう。特に蘇生術式は慎重に扱わないといけないところだから、術者の負担は少ない方が良い」


 モニカは限界まで目を剥き、唇の下に皺を寄せ、極めて不細工な顔で「なんで……なんでぇぇぇ」と不満の声を上げる。

 そんなモニカの前で、メリッサとアイザックは淡々と議論を進めた。


「となると、この術は、二人一組態勢で使うことになるわね」


「二人一組の方が相互確認できるし、ミスも少なくて済む。いずれにせよ人手がいるから、まずはミネルヴァの教育者を優先的に治療すべきだろう」


「へぇ、蘇生した魔術師を、こき使おうって?」


「指導者は多いに越したことはない。ミネルヴァ以外の魔術師養成機関とも提携して、迅速に研修態勢を整えて……」


 モニカは涙目でカタカタと震えながら、弟子の服の裾を引いた。


「アイク、アイク、なんで……なんで、三分割、しちゃうんですか?」


 無駄のない完璧で美しい術式を三分割して、余計な術式を追加するなんて、モニカには信じ難い所業である。

 震えるモニカに、アイザックは鋭い目元を緩め、申し訳なさそうな顔をした。


「ごめんね、モニカ。一般的な魔術師が術の習得に必要な時間を考慮すると、こちらの方が効率が良いんだ」


「天才のこだわりが、必ずしも現場で役に立つわけじゃないのよ。諦めな」


「わぁぁぁあん!」


 リディル王国きっての天才魔女は膝から崩れ落ち、己の無力さに泣き崩れた。



 * * *



 モニカが術式を分割した際に生じる魔力量についての計算結果をガツガツとチョークで書き殴り、メリッサが術式分割した場合の安定性について試算をし、アイザックがリディル王国内にある魔術師養成機関に支援要請を出した場合の研修体制の編成について書き連ねている中、一人の掃除夫が室内に入ってきた。

 掃除夫は、イタチ達が支えるちりとりにホウキでゴミを集めつつ、黒板の前で激論を交わす三人をチラリと見る。


「これさぁ、いっそ接続術式も切り離しちゃった方が分かりやすくなぁい?」


「じ、実質四分割じゃないですかぁ……! それならっ、それならこうですっ、接続術式の組み込み方を変えて……」


「ウォーカー。あんた、この術式使える?」


「術式理解はできるけど、魔力操作技術が追いつかないね。これができるのは、上級魔術師でもそう多くはないんじゃないかな」


「ほらご覧。これが現実よ、おチビ」


「わぁぁぁぁん……アイク、アイクには、わたしが魔力操作技術を伝授しますから……術式分割に頼らなくていい、立派な魔術師にしますからね……」


「君に魔力操作技術を教えてもらえる僕は幸せ者だね。うん、この問題が解決したら、誠心誠意取り組むよ、マイマスター」


「はいはい、それで術式分割だけどさ……」


「分割は、いやぁぁぁぁあああ……ひぃん、うぇぇ、うぎゅぅ……」


 その光景を、曇りなき目で見た掃除夫は思った。

 ちょっと落ち着け、と言いたくなる紛糾具合だが、モニカもアイザックも、国のために己ができることをしているのだ。なんと立派なことだろう。

 そう感心している掃除夫に、アイザックがヒラヒラと片手を振る。

 掃除夫は小さく会釈を返し、自分ももっと勉強を頑張ろうと胸に誓いながら、イタチ達と共に部屋を後にした。


馬車の時間まで余裕があったので、立つ鳥跡を濁さず精神で掃除に勤しんでいたそうです。

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