【8】観光業には向かない男
海に落ちて熱を出し、寝込んでいたシリルだったが、イタチ達の献身とアイザックの心休まらない看病のおかげで、翌日には熱も下がり、すっかり回復していた。
そうなると、いつまでも魔術師組合の一室を借りているのも申し訳なくなってくる。ただでさえ、魔術師組合は誰も彼もが大忙しなのだ。
だが、朝食の席で「宿を探そうと思っている」と話したら、困惑顔のラウルに「それは無理じゃないかなぁ」と言われてしまった。
なんでも、今のサザンドールは、宿泊施設がどこも満室になっているらしい。
黒い雨で従業員が倒れたり、スロースの暴走の影響で店の一部が壊れたり、と営業ができずにいる宿が複数あるのに対し、門が開放されたことで、宿を利用する人間が一気に増えたからだ。
そういうわけで、シリルはもうしばらく魔術師組合の部屋を借りて、滞在することになった。だが、何も手伝わずにいるのも気が引ける。
朝食の後、シリルは組合の人間に「掃除でも、野菜の皮剥きでも、ゴミ捨てでも、なんでもする」と申し出たが、誰もが困った顔をするだけだった。
なにせシリルは侯爵令息であり、図書館学会役員の一人で、しかも今回の騒動を解決に導いた人間の一人である。まして、昨日までは熱を出して寝込んでいたのだ。気軽に雑用を頼めるはずがない。
それでも何か手伝うことはないか、と食い下がるシリルに、組合長は「それならば……」と簡単なおつかいを頼んだ。
おつかいの内容は、サザンドール医師会の医師達に、今後の方針等をまとめた書類を届けてほしいというものである。
そういうわけで、シリルは人で溢れかえる街を歩き、おつかいをしている最中だった。
「わぁ、人がいっぱい」
「みちみち」
「みちみちだね」
「みちみち」
「トゥーレ、ピケ、人が多いところでは、静かにしていろ」
はしゃぐイタチ達を小声で注意し、シリルは人混みに流されないように、かつ、イタチ達の入った鞄が潰れないように気をつけながら歩く。
閉鎖されていた門が開放され、足止めを食らっていた商人達が一気に雪崩れ込んだことで、サザンドールの大通りは軒並み人が溢れかえっていた。
無論、倒れた家族の安否を確かめに行く者、不足した食糧や医薬品を求める者、商売をする者、様々な者の声があちらこちらで飛び交っている。
シリルは被害を最小限にとどめるために、己にできる全力を尽くしたが、それでも、日常を奪われた者は大勢いるのだ。
人酔いすると、思考が良くない方向に傾く。
シリルは早足で、混雑している道を抜けた。
「あら、アシュリー様」
不意に、前方で聞き覚えのある声がした。
目を向けると、初夏らしい水色のドレスを着たラナが、早足で近づいてくるのが見える。
ラナはレースの日傘を傾けて、上品に微笑んだ。
「ご機嫌よう、アシュリー様。お怪我がないようで何よりですわ」
ラナと最後に会ったのは、セオドアとの戦いに赴く前、モニカの家を出た時以来だ。
留守番をしていたラナは、さぞ気を揉んだことだろう。
「コレット嬢、事後報告が遅れて申し訳ない」
「まぁ、どうぞお気遣いなく。アシュリー様、お忙しいのではありませんか? きちんと休めていますか?」
サラリとそういう気遣いができるところが、流石だった。
そうやって当たり前のように他人を気遣える人間が、モニカの友人で良かったと、シリルは常々思っている。
「貴女の方こそ、忙しいのではないか? サザンドールは今回の騒動で、経済的に相当な損害があったと聞く」
門と港が閉鎖されたことによる物流の停止、黒い雨の無差別攻撃による人的被害、そして付与魔術師サミュエル・スロースが破壊した建物など、経済的損失は前例のない規模になるだろう。
当然、商会経営をしているラナも、大打撃を受けたはずだ。
「えぇ、まぁ、そうですわね……」
相槌を打ち、ラナは胸に抱いていた封筒をチラリと見る。
その顔に浮かぶ表情は、悲しみに項垂れる乙女のそれではない。
逆境をチャンスに変える、強かな商人の笑みだ。
「そこで、サザンドール商業組合では、企画していることがありますの」
ラナは封筒から数枚の資料を取り出し、シリルに手渡した。
資料に目を通したシリルは、目を丸くする。
「これは……」
「〈茨の魔女〉様が街に残した薔薇で、何かイベントができないかと思って……今、商業区で『薔薇祭り』という催しを考えているんです」
黒い闇からサザンドールの危機を救ってくれた七賢人に感謝の意を示し、その象徴の一つである美しい薔薇を愛でよう──という催しであるらしい。
企画書の二枚目以降には、祭りで売り出すための薔薇の苗や、切花。あるいは薔薇模様の服や小物、薔薇水、香水などの案が幾つも挙げられている。
シリルは思わず、肩を震わせて笑ってしまった。
(たくましい話だ)
ラウルにこの企画書を見せてやりたい。きっと彼は、この商人達の取り組みを、不謹慎だと怒ったりはしないだろう。
初代〈茨の魔女〉が操った薔薇要塞は、リディル王国の人間にとって、邪悪で恐ろしい魔女の象徴だ。
だが、新しい物が好きなサザンドールの人間には、古い物に対する恐怖より、今ある物への興味と商売意欲が勝るらしい。
「我が商会でも、薔薇モチーフの小物や、ドレスを増やしたいと思っておりまして……アシュリー様の意見も、是非聞かせてください」
「私は、こういうことには、あまり詳しくないのだが……」
引き下がるシリルに、ラナは「まぁまぁ」と言いながら、笑顔で商品案を差し出す。
手渡された紙には、薔薇モチーフのドレスや、アクセサリーがいくつも描かれていた。どれも華やかで美しいデザインだ。
だがシリルが目を止めたのは、ドレスでもアクセサリーでもなく、一番端にオマケのように描かれたサマーベストであった。
中心に人の頭ほどの大きさの薔薇が一輪、ババーンと描かれている、デザインした人間の正気とセンスを疑いたくなるベストである。当然に、シリルの趣味ではない。
(だが、観光業では地味で無難な物より、目を惹く物が好まれるのではないか……?)
ならば、土産物として、このサマーベストはピッタリなのではないだろうか、とシリルは考えた。
普段、無難な物しか選ばない堅物が、観光業に手を出すとやらかす大失敗の、お手本のような思考回路であった。
「これなど、目立って良いのではないだろうか」
「…………え?」
ラナが顔を強張らせ、シリルの顔とサマーベストの絵を交互に見る。
シリルは知らない。
ラナがシリルに意見を聞いたのは、シリルの好みを聞き出し、友人にさりげなくアドバイスをしたかったからだということを。
そして、シリルが選んだ絶望的なセンスのサマーベストは、「クリフも何か案を出してちょうだい!」と言われたクリフォード・アンダーソンが、五分で描いたベストだということを。
なまじクリフォードの画力が高かったせいで、シリルは、そのサマーベストもラナが描いた物だと思い込んでしまったのだ。
ラナには大変失礼な話である。
「あの、アシュリー様……こ、このベストは……少々主張が強くて、着る人を選ばれるのではないかと……」
「そうだろうか。目と口をつけたら、愛らしくなると思うのだが」
「目と口!?」
中心の薔薇の部分に目と口をつけたら可愛くなるし、子ども受けもするのではないか──と、観光業で大失敗をやらかす人間の安直さで、シリルは考えた。
繰り返すが、そのサマーベストは決して、シリルの趣味ではない。
彼は全力で、サザンドールの観光業のために、知恵を絞っただけである。
セレンディア学園時代、生徒会副会長だったシリルは裏方や補佐の仕事に徹することが多く、広報や会場の飾り付けの指示といった仕事は、エリオットやブリジットが担当することが多かった。
それも全ては、有能な生徒会長の采配によるものである。
シリルが企画書を返すと、ラナは震える手でそれを受け取った。
「き、貴重なご意見を、ありがとうございました……」
「役に立てたなら幸いだ」
観光業に携わらせてはいけない人間のモデルケースとしては、間違いなく役に立った瞬間であった。
サザンドール初夏のバラ祭り
買い物をしてポイントを貯めると、もれなく素敵な薔薇模様のお皿をプレゼント!
※クソダササマーベストは、ボツになりました。




