【幕間】目つきが悪くてデカいの×2と、小さい女の子の夕食
前話(外伝13-7)中盤の食事シーンです。
男は、サザンドールにある飯屋の店主である。
以前は貴族の屋敷で料理人をしていたので腕は良く、大衆食堂にしては小洒落た料理を出すということで、店はそれなりに繁盛していた。
数日前、サザンドールに黒い雨が降り、門が閉鎖され、街は大混乱に陥った。
挙げ句の果てには、港に黒竜まで出たという。最初は酔った水夫の与太話かと思ったが、実際に目撃者がいるらしい。
そして、これらの事件を全て、七賢人が解決したのだという。
という訳で、店主は黒竜討伐の報があったその日には、店を開けた。
こういう非日常の真っ只中でこそ、人は美味い飯に安らぎを求めるものである。その安らぎを与えるのが自分の使命──だなんて微塵も思っちゃいない。食材を腐らせるのが勿体なかっただけである。
門が閉鎖されていた影響で物流が滞っているので、一部食材が足りず、メニューの品数はいつもより少なかったが、それでも店には次から次へと客が来る。
店の扉が開き、ドアチャイムがチリンチリンと音を立てた。
「いらっしゃい」
店に入ってきたのは三人。
一人目は、三十歳ぐらいの鋭い目をした男。魔術師のローブを羽織っている。
二人目は、二十代前半の右目の上に傷のある男。こちらはシャツにベストという、質素な格好をしている。
そして、二人の陰に隠れている三人目は、十代後半の小柄な少女。地味だが、それなりに仕立ての良いブラウスとスカートを身につけている。
(……どういう組み合わせだ?)
目つきが悪くてデカい男が二人と、小柄な少女が一人。ここが治安の悪い地域なら、誘拐犯二人と誘拐された少女なのかと疑うところである。
店主は密かに首を捻りながら、注文を受けた。
どうやら右目に傷のある男は、この店に来たことがあるらしい。メニュー表を見て、これが美味しい、こっちは辛い、これは酒に合う、だのと他の二人に説明している。
注文を受けた店主は、すぐに出せる料理からテーブルに並べると、さりげなさを装って訊ねた。
「変わった組み合わせだね、お客さん達」
店主は別に、接客や会話が好きなわけじゃない。
ただ、こういういつもと違う状況下にあると、食い逃げだの強盗だのと、悪いことを考える人間が出入りしやすくなる。
そういう相手に、「お前のことを認識してるぞ、顔を覚えてるぞ」と意識させることは、それなりに牽制になるのだ。
「一体、どういうご関係で?」
店主の問いに、三人はそれぞれ何とも言い難い顔で黙り込んだ。
もしかして、本当につつかれると困る関係なのだろうか?
誘拐犯と被害者の少女、という想像が再び頭をもたげたその時、小柄な少女が声をあげた。
「で、弟子と後輩、ですっ!」
「へぇ、魔術師なのかい?」
「はいっ!」
少女ははにかみながら、コクコクと頷く。
なるほど、一番年上のローブを着ている男が少女の師匠で、右目に傷のある兄ちゃんは少女の先輩なのだろう。
店主は納得し、料理を作るために店の奥に引っ込んだ。
* * *
「誤解、されてるんだろうなぁ……」
運ばれてきた酒に口をつけながらポツリと呟くと、モニカが不思議そうにアイザックを見た。
「アイク? どうしたんですか?」
「なんでもないよ、マイマスター」
「おい、アイク! その厚切りベーコンは俺のだろ!?」
アイザックが当たり前のように、厚切りベーコンの皿を自分の前に寄せると、サイラスが騒ぎだした。
アイザックはすまし顔で、ベーコンにフォークを突き刺す。
「僕が食べたくて注文したんだよ。サイラス兄さん、昔、『ベーコンは薄切りカリカリじゃないと認めない』とか言ってたじゃないか」
「酒の味と共に、厚切りベーコンの良さを理解したんだよ。おら、寄越せ寄越せ」
横暴なリーダーだなぁ、と呆れつつ、アイザックは一口サイズの厚切りベーコンをサイラスではなく、モニカに差し出した。
「お師匠様も、お一つどうぞ」
「おっと、いけねぇ。姐さん、お先にどうぞ」
サイラスはモニカのことを、先輩として立てているらしい。
姐さん呼びは、初めて聞いた時は驚いたが、尊敬するお師匠様が慕われていると、アイザックとしても素直に嬉しい。
モニカは「あ、ありがとうございます」と言って、一番小さいベーコンの塊を一つ口に運ぶ。
「姐さん、酒もどーっすか?」
「いえ、わたし、お酒はちょっと……」
「大変なことになるから、絶対に飲ませないでくれ」
主に僕が、とは言わないでおく。
サイラスは「そうかぁ」と何かを噛み締めるような口調で呟いた。
「酒が飲めねぇなんて、辛ぇなぁ。何を喜びに生きりゃいいんだ」
東の酒飲みは、女房に禁酒を命じられた時、大体みんなそう言うのである。
酒を飲めない人間にしてみたら大きなお世話なのだが、モニカはよく分かっていない顔で「はぁ」と曖昧な相槌を打っていた。
サイラスはだんだん調子が出てきたのか、舌が回り始める。
仕事終わりの酒こそ生きる喜びだ! と熱弁を振るう兄貴分に、アイザックは冷めた目を向けた。
「子どもの頃は、虫集めを生きる喜びにしてたじゃないか」
「お前は、蛇の抜け殻集めてたよな」
「あぁ、ポケットにこっそり隠してたら、母にばれて叱られたっけ」
懐かしいなぁ、と呟くと、サイラスはアイザックの上着をチラリと見た。
「お前、ポケットから色々出てくるよな。手品か、あれ」
「無詠唱収納魔術だよ」
そう言ってアイザックはポケットから、ヤスリを取り出してみせる。
サイラスとモニカの目が丸くなった。
「なんでヤスリ持ってんだよ、お前は」
返し忘れたのである。
「アイク、アイク、あのぅ……な、なんのために、ヤスリを……?」
偏屈なご老人との、円滑な会話のためである。
アイザックは二人の疑問に答えず、ヤスリを手の中で一度だけクルリと回した。
次の瞬間、手の中からパッと消えたヤスリにサイラスとモニカが声をあげる。
「うぉっ、消えた!?」
「む、無詠唱、収納魔術……!? アイク、アイク、今のどうやったんですか!? 一体どんな魔術式を!?」
アイザックはニコリと微笑み、袖の中に隠したヤスリを、テーブルの下でそっとポケットに戻した。
後日、ウィルディアヌに「脱皮ができず申し訳ありません」と謝られました。




