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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝13:沈黙の魔女の隠しごと
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【3】もう!

 ユアンが案内した部屋は、雑貨屋の裏手にある休憩部屋といった雰囲気の質素な部屋だった。家具はどれも、使い古されたような雰囲気がある。


「お好きな席にどうぞ」


 部屋の中央にあるテーブルセットに、ユアンが着席を促した。大きめのテーブルには、椅子が左右に三つずつ。

 アイザックは椅子とテーブルに罠らしき物はないか、部屋から異臭はしないかを素早く確かめる。

 そして、いざという時の逃げ道になる窓と扉の位置関係も気にしつつ、椅子を引いて、モニカに椅子を勧めた。


「どうぞ、モニカ」


「あ、はいっ、ありがとう、ございますっ」


 モニカが着席すると、すぐにネロがその左隣に座った。

 アイザックはモニカを挟むように、右隣に着席する。

 ユアンだけが椅子に座らず、窓際に立って腕組みをしていた。

 あの位置だと、室内に毒を撒いて窓から逃げることもありえる。

 アイザックはこっそりポケットを数回叩き、ウィルディアヌに「毒に警戒せよ」と合図を送った。ウィルディアヌは多少の毒なら浄化できるし、空気中に毒を散布されても、水の膜を張って身を守ることもできる。


「飲み物は……用意するだけ無駄よねぇ。どうせ、警戒して飲まないでしょ?」


「用意していいぞ。オレ様、酒がいい」


 ネロの言葉にユアンが閉口する。

 アイザックはクツクツと喉を鳴らして笑い、軽く肩を竦めてみせた。


「そちらが用意した飲み物に口をつけることで、誠意を示せるのなら、喜んでいただこう」


「まぁ、誠意ですって。押しかけたくせに図々しい。……よくここにお気づきで?」


「別に、大したことではないよ」


 彼らの監視対象は、モニカとアイザックだ。

 だったら、モニカがサザンドールに住み始めた日以降で、この街にやってきた人間と考えるのが妥当だろう。

 ユアンは他者に成りすませるほどの変装の達人だが、以前からサザンドールに居た人間と入れ替わるのは、対象の知人にばれるリスクがある。だから、入れ替わった可能性は低い、とアイザックは考えた。

 諜報員が好む物件は、いざという時の逃げ道があること、家具が予め備わっていること、真新しい物件ではないこと……そしてなにより大事なのは、監視対象を監視しやすいこと、だ。

 モニカとアイザックがよく利用するのは、ラナがいるフラックス商会、魔術師組合サザンドール支部、後は街の外を利用する時に使う中央門。

 ならば、モニカの家からこのいずれかまでの道を観察できる場所に、ユアンの拠点はあるのではないか、とアイザックは推測した。

 更に言うなら、ユアンとはイルマーク宮殿で遭遇しているから、アッシェルピケの祭日付近はサザンドールを留守にしていた可能性が高い。

 そこまで絞り込めれば、見当をつけるのは、そう難しくはなかった。


「隠れ家は、合理的であるほど探しやすくなるからね」


 長期的な活動を視野に入れたユアンの隠れ家は、合理性に基づいていた。

 だからこそ、アイザックには読みやすかったのだ。

 落ち着き払った態度のアイザックに、ユアンは大袈裟なほど嫌そうな顔をしてみせる──そうやって、表情の変化に相手の意識を惹きつけている間に、こっそり手を動かす。あるいは表情の変化が、隠れている仲間への合図の時もある。諜報員がよく使う手だ。

 アイザックが警戒していると、ユアンはフッと息を吐いて笑い、両手を軽く持ち上げた。


「警戒しなくてもいいわよぉ。今、ハイディは留守だもの」


 なるほど確かに、周囲に不自然な気配も視線も感じない。

 それでもアイザックは、ユアンの動きに警戒しつつ、探りを入れた。


「ここ最近、リディル王国を騒がせた騒動……そちらでも、ある程度の察しはついているのだろう?」


 現時点で、一般人に知らされているのは、〈星詠みの魔女〉が予言した大規模竜害についてのみだ。古代魔導具〈暴食のゾーイ〉の存在は伏せられている。

 リディル王国城の〈翡翠の間〉の崩壊、魔術師養成機関ミネルヴァの襲撃、そしてサザンドールに降った黒い雨──これらの事件は、表向きは、魔導具もしくは魔術の暴走事件として片付けられるだろう。

 だが、これだけの規模の事件が連続して起これば、勘の良い人間ならある程度の察しはつく。


「古代魔導具でしょぉ?」


 ユアンの言葉に、モニカの顔が目に見えて強張った。それでも、なるべく動揺を押し殺そうと、モニカは膝の上で小さな拳を握りしめている。

 アイザックはユアンを真っ直ぐに見据えて、告げた。


「古代魔導具〈暴食のゾーイ〉。それが、この一連の事件の元凶だ」


 モニカがギョッとしたようにアイザックを見る。

〈暴食のゾーイ〉の名を、この場で出して良いのか、と焦っているのだろう。

 そんなモニカに、アイザックは「問題ないよ」と穏やかに笑いかけた。

 今はまだ、〈暴食のゾーイ〉に辿り着いていなくとも、いずれユアンがその答えに辿り着く可能性が高い。

 アイザックは、そう判断したのだ。

 交渉材料に情報を扱う場合、重要なのは、その鮮度である。

 相手が既に知っている情報では、交渉材料にはならない。相手が知らない、もしくは確信を持っていない情報にこそ、価値があるのだ。

 だから、まだユアンが確信を得ていない今のうちに、こちらから〈暴食のゾーイ〉の情報をチラつかせて交渉材料にする。


「あーら、古代魔導具の名前まで教えてくれるの? ……随分と大盤振る舞いじゃなぁい?」


 君なら、いずれそこまで突き止めるだろう?

 胸の内でそう呟き、アイザックは己の顔に指を添えた。


「僕に施された肉体操作魔術も、〈暴食のゾーイ〉に奪われた。既に事件は解決し、奪われた肉体操作魔術も秘密裏に取り戻したのだけれど、どういうわけか、剥がれてしまってね」


 古代魔導具〈暴食のゾーイ〉の関与と、その能力の一部。それがアイザックが提供する情報。

 そして、見返りに求めるのは、ユアンの知識だ。


「肉体操作魔術を扱う、君の見解を聞かせてほしい」


 ユアンはしばし沈黙していたが、アイザックの顔をじぃっと眺めると、興味深いものを見るように目をすがめた。


「触っても?」


「どうぞ」


 ユアンは口の中で小さく詠唱をしながら、アイザックに歩み寄る。聞き覚えのない詠唱だ。帝国独自のものだろうか。

 モニカは強張った顔で、ユアンを見ていた。今の彼女は、殆ど魔力が残っていないが、それでも何かあったら、無詠唱魔術で対抗するつもりなのだろう。

 ユアンは指先でアイザックの額に触れ、そのまま下になぞるように右目の瞼の上に指を動かした。

 その指先に少し力を込めれば、眼球を抉り出すことができる──そんなギリギリのところで、ユアンは手を止めて、ニタリと笑う。


「手が滑ったらごめんなさいねぇ?」


 この男を、わざわざ喜ばせるつもりはない。

 アイザックは瞬き一つせず、余裕の笑みを返した。


「君は黒獅子皇直属の魔術師だ。ならば、腕前は確かなのだろう?」


 下手なことをしたら、黒獅子皇の顔に泥を塗るぞ、と暗に言われ、ユアンは軽口を引っ込める。

 そうして、真剣な医師の顔でアイザックに訊ねた。


「一度戻ってきた肉体操作魔術は、全く定着しなかったのかしら?」


「いや、一度はフェリクス王子の顔になったけれど、僕の魔力量が減少したら、突然剥がれた」


「ふぅん?」


 ユアンはまた短く詠唱をして、アイザックの顎と首の付け根辺りに触れる。今度は首を圧迫するような素振りは見せなかった。皮膚の感触を確かめるような触り方だ。

 一通り触診を終えたところで、ユアンは戸棚からまな板ぐらいの大きさの木の板と、何かのチラシらしき紙、それと糊の入った瓶を取り出した。

 板をテーブルに乗せ、そこにサッと薄く糊を塗り、チラシをペタリと貼りつける。

 ユアンは糊を乾かすように、木の板をパタパタと振りつつ、横目でアイザックを見た。


「そろそろじゃなぁい?」


 アイザックもそろそろだと思っていたので、モニカ側の手を持ち上げて顔を覆う。

 あまり気分の良い光景ではないだろうと思ったのだ。人の顔がグニャリと歪むなんて。


「アイク!」


 モニカが声をあげて、心配そうにこちらを見上げる。

 アイザックは皮膚が落ち着いたのを確認し、手をゆっくりと下ろした。


「……今の僕は、どちらかな?」


「フェリクス殿下の……顔、です」


「キラキラ王子だな」


 アイザックは右目の上を指でなぞる。確かに、傷痕の感触はなかった。

 おそらく魔力が一定量まで回復したことで、剥がれた肉体操作魔術が、再び作動したのだ。

 ユアンが、チラシを貼った木の板を、己の顔の高さまで持ち上げる。


「これはあくまで喩えだけれど……この板が貴方の本来の顔、そしてこのチラシが肉体操作魔術だと思ってちょうだい」


「このチラシの文字は、肉体操作魔術の魔術式ってことかな?」


「そうよぉ。で、貴方は古代魔導具の力で、この肉体操作魔術を奪われた」


 ユアンは糊が乾いたチラシを、板から乱暴に剥がす。

 チラシは原型こそ留めているが、糊で貼りついていた部分が薄く破れ、文字がところどころ読めなくなっていた。

 ユアンは剥がしたチラシを、先ほど貼りつけた位置にピッタリ重ねる。


「肉体操作魔術が戻ってきても……ほら、糊が乾いちゃってるから、もう完全にはくっつかない。文字もボロボロ……つまり、魔術式そのものが毀損している」


「それでも、今の僕はフェリクス殿下の顔を保てているけれど?」


「貴方の魔力が、接着剤代わりになってるんでしょうね。残存魔力量が一定量ある内は、被術者の魔力で毀損した魔術式を補い、肉体操作魔術を貼り付けていられる……けれど、魔力量が減ると接着力不足で剥がれるってわけ」


 つまり、魔力量がある時はフェリクスの顔。魔力量が一定を下回るとアイザックの顔になる、ということか。

 アイザックは「ふむ」と呟き、僅かに思案する。


「僕の魔力が枯渇した場合、肉体操作魔術が完全に剥がれて、どこかになくなってしまう可能性は?」


「低いでしょうね。魔術式そのものは貴方に刻まれ、体の一部になっているから。……喩えるなら、こんな感じぃ?」


 ユアンは板にチラシを重ね、その端を指で押さえて、ペラペラと振る。

 チラシがベロリとめくれてしまっても、指で押さえている部分は動かないし、板からチラシが落ちることもない。それと同じだ。肉体操作魔術は体に刻まれたものだから、アイザックの魔力が枯渇しても、完全に消えてなくなることはない。

 アイザックは横目でモニカを見た。

 アイザックの場合、魔力が減ると肉体操作魔術が剥がれる。

 ならば、モニカの魔力量が減ると、モニカの記憶も一時的に失われるのか?


(いや、先の戦いでモニカの魔力は、殆ど尽きていた。それでも記憶は定着していたから、大丈夫だろう)


 そうすると、また別の疑問が浮かんでくる。

 アイザックは、ユアンに訊ねた。


「奪われた物──僕の場合は肉体操作魔術だけれど、たとえば体の一部とかだと、また状況が変わっていたかな?」


「実体があるものは、定着しづらいでしょうねぇ。接着に膨大な魔力がいるもの」


「そうか、ありがとう。参考にする」


 アイザックがチラリとモニカを見ると、モニカも強張った顔で頷き返す。

 今のユアンの話も、後でまとめて、王都に伝えるべきだろう。


「それでは、最後に……」


 アイザックは顔を上げて、ユアンを見た。

 ユアンはこちらの言葉を分かっているような顔で、薄く微笑んでいる。


「君には、この不完全な肉体操作魔術を修復できるかな?」


「無理ね」


 即答だった。


「確かに、この肉体操作魔術を作ったのはアタシだけど……貴方に施した魔術は、アルトゥールが手を加えているのよ。おまけに術式は一部毀損し、失われている。もう、誰にも元には戻せない」


 モニカが息を呑む。

 だが、アイザックの心は凪いでいた。


「モニカ、大丈夫だよ」


「アイク、でも……」


「言っただろう。どんな顔だって、僕は僕だ」


 フェリクス・アーク・リディルの姿でいたければ魔力を温存し、アイザック・ウォーカーでいたければ魔力を減らせば良い。

 ただ、それだけのことなのだ。

 幸い、フェリクス殿下は魔術の才能がないことになっているので、王子の姿で魔力を減らすことは、まずない。

 アイザックは、フェリクス殿下の優美な笑顔でユアンを見る。


「協力、感謝する。黒獅子皇によろしく伝えてくれ」


「えぇ、ごきげんよう、偽物の王子様。……願わくば、あいまみえる次がないことを」



 * * *



 ユアンの隠れ家を出たところで、アイザックはポケットを軽く叩いた。

 ウィルディアヌが小さな頭をのぞかせ、アイザックを見上げる。


「話は聞いていたね? しばらく、アイザックの顔を維持したいから、僕の魔力を吸ってくれ。さっきの倍は吸っていい」


「……承知しました」


 アイザックは片手で顔を隠し、その間に自身の魔力をウィルディアヌに吸わせた。

 美しい王子様の顔は失われ、右目の上に傷のある、目つきの悪い男の顔が戻る。

 モニカの家に戻るなら、今はこちらの顔の方が都合が良いのだ。あの家にはカリーナがいるし、メリッサ達、魔術師組合の人間が出入りする可能性も高い。

 皮膚が落ち着いたところで、アイザックが手を下ろすと、いつのまに回り込んだのやら、モニカがアイザックの目の前に立って、じぃっとこちらを見上げていた。

 幼さの残る顔は、酷く険しい。


「アイクは、あの人と……帝国の人達と、取引をしたんです、か?」


「利害関係が一致したら、情報を提供する。それだけの関係だよ」


 君が黒獅子皇にもちかけた駆け引きのことも、その時に背負ったものも聞いたよ。一人で背負わないでくれ。僕に一緒に背負わせてくれ──その言葉を、アイザックは飲み込んだ。自分が口にするには、あまりに軽い言葉だと思ったのだ。

 モニカは指をこね、唇をモゴモゴと動かしている。その眉根は、ぎゅぅっと寄っていた。どうやら、お師匠様には不満があるらしい。

 アイザックがモニカの言葉を待っていると、モニカは珍しく唇を尖らせる。


「……わたし、師匠なのに、何も聞いてません」


 なんということだろう。

 アイザックは目を見開いた。

 モニカが……あのモニカが拗ねている! アイザック相手に!


「どうしよう、ネロ。僕のお師匠様が拗ねてる。可愛い」


 最後の方は、本音が漏れてしまった。

 アイザックのポケットで、ウィルディアヌが呆れたように「マスター……」と呟き、ネロが顔をしかめて唸る。


「馬鹿、お前。拗ねたモニカの何が可愛いんだよ。こいつ、拗ねるとマジで飯を食わなくなるぞ」


 アイザックは、モニカが拗ねたり不貞腐れたりしたところを、あまり見たことがないのだが、ネロは何度も目にしているらしい。

 それが密かに羨ましかったアイザックは、上機嫌を隠して提案した。


「ならば、コレット嬢に一緒に食卓についてもらおう」


「にゃるほど、それなら絶対食うな」


 小さなお師匠様は両手を握りしめて、「もう!」と声をあげる。



 こうして〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットは、使い魔と、魔力量で顔の変わる弟子を伴って、ラナの待つ家に帰宅したのだ。



しばらく、更新ペースが落ちます。

書籍もWEBもいっぱい書きたいので、どうぞのんびりお付き合いください。

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