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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝13:沈黙の魔女の隠しごと
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【2】尻尾の不満表明


(ど、ど、どういうこと……!?)


 モニカは混乱しつつ、目の前で起こったことを整理する。

 アイザックは確かに、奪われたもの──第二王子フェリクス・アーク・リディルの顔を取り戻したのだ。

 だが、ウィルディアヌに魔力譲渡をしたら、またアイザック・ウォーカーの顔に戻ってしまった。


「どういうことだ、〈暴食のゾーイ〉!」


 シリルが狼狽えながら、〈暴食のゾーイ〉をひっくり返し、ブンブンと振り始めた。

 アイザックから奪ったものが、中にまだ残っていると思ったのだろう。

 それにピケとトゥーレが便乗した。


「刺す?」

「叩く?」


 ピケの方は、右手に氷の短剣を握りしめている。〈暴食のゾーイ〉を刺す気満々だ。

 見かねたラウルが、シリルを止めた。


「シリル、さ、流石にそれは、なんか違うと思うぜ!」


「だが、他にどんな理由が……!」


 シリルが叫んでも、箱からは微かに、シラナイ、シラナイという声が聞こえてくるのみだ。

 モニカは咄嗟に自身の頭に手を添え、己の記憶を遡った。

 そうして、一年前、二年前、と順番に起こった出来事を思い出していく──今のところ、記憶に不自然な欠如はない。

〈暴食のゾーイ〉に奪われたモニカの記憶は、きちんと元に戻っている。


(それなのに、どうして、アイクの顔は……?)


 モニカは、己の記憶が戻ってきた時のことを振り返った。

 あの時のモニカは、奪われた記憶を一瞬で取り戻したわけではない。記憶がパズルのピースになって、バラバラのまま返されたような感覚だった。

 だからモニカは、戻ってきた記憶を一つずつ手探りで、元の位置に収めなくてはならなかったのだ。


(おそらく、〈暴食のゾーイ〉は奪ったものを返すことを、想定したつくりにはなってない……奪ったものを返して、元の位置に正しく戻すような機能はないんだ)


 魔力譲渡をした途端に、肉体操作魔術が剥がれたということは、アイザックの魔力量も関係してくるのだろうか?

 モニカが思案している横で、アイザックも思考を巡らせていたらしい。

 彼はシリルの手の中にある〈暴食のゾーイ〉を鋭い目で睨んだ。


「現時点で奪われたものが返されたのは、僕とモニカだけ。……僕とモニカの体質や魔力量などの違いを除くと、相違点は二つ」


 アイザックは指を二本立てて、低く呟く。


「奪われた物と、奪われてからの経過時間だ」


 モニカが奪われたものは記憶だ。そして、「大事なもの」を奪われた人間の中では、奪われてからの経過時間が一番短い。

 一方、アイザックが奪われたものは、フェリクス殿下の顔を維持するための肉体操作魔術。そして、奪われてから、モニカよりも時間が経過している。


(もし、奪われてから時間が経っているほど、戻ってきたものが定着しづらいのだとしたら……!)


 モニカは青ざめた。

 王都には、アイザック以上に「奪われてからの経過時間」が大きい人達がいるのだ。

 アイザックも同じことを考えているのだろう。彼はシリルに目を向け、早口で指示を出した。


「シリル、〈暴食のゾーイ〉を大至急、王立魔法研究所に届けるよう、レディ・メリッサに進言してくれ。その際に、奪われた物を取り戻しても定着しない場合があること、それに経過時間が影響しているかもしれないことも伝えてほしい」


「それだけで、納得してもらえるでしょうか……」


 シリルは不安そうな顔をしていた。無理もない。彼は本来、現場にいなかったことになっている人間だ。

 そんな彼が突然〈暴食のゾーイ〉を持ち帰って、そんな進言をしても、メリッサは不審に思うだろう。

 まして、アイザックの顔が奪われ、元通りにならなかったという事実を、メリッサに話すことはできないのだ。

 メリッサにどう説明するか悩んでいるシリルに、アイザックはキッパリと言う。


「『記憶を取り戻した〈沈黙の魔女〉が、そう指摘していた』と言えば、それでレディ・メリッサもひとまず納得するだろう。あとは、そこのローズバーグ卿と口裏を合わせてくれ」


 自分の顔が大変なことになっているのに、アイザックは誰よりも冷静だった。


「僕は、自分の顔の検証をしたい。魔力が回復した場合はどうなるのか、また減少したらどうなるのか、他にも条件はあるのか、急いで調べる必要がある。モニカ、すまないが手伝ってほしい」


「じゃ、じゃあ、わたしの家に戻って……」


 モニカの提案に、アイザックは首を横に振る。


「君の家には今、カリーナ嬢がいるだろう? 僕の顔が変わるところを、見られるとまずい」


 モニカは焦った。

 今、街の中は大混乱だ。この状況で、落ち着いて魔術の検証ができる場所が思い浮かばない。

 魔術師組合は論外だ。メリッサやサイラスは、第二王子の顔を知っている。

 悩むモニカの横で、ネロがいつもと変わらぬ口調でアイザックに訊ねた。


「それじゃあ、どこで検証すんだよ? 適当な空き家でも探すのか?」


「いや、一つ当てがある。……僕の正体を知っていて、肉体操作魔術の知識があり、かつ、安全な隠れ家を持っている人間に」


 そんな都合の良い人間がいるのだろうか?

 訝しがるモニカ達の前で、アイザックはどこか独り言じみた口調で呟く。


「今、サザンドールにいるといいのだけど……いや、この非常事態だからこそ、サザンドールにいるだろうな」



 * * *



〈暴食のゾーイ〉をシリルとラウルに託し、アイザックはモニカとネロと一緒にサザンドールの商業区へ向かった。

 モニカの先を歩くアイザックの頭の上では、ウィルディアヌが可哀想なくらい縮こまっている。


「申し訳ありません、マスター……わたくしが……魔力を分けてもらったせいで……」


 今にも死にそうなほどか細い声で謝るウィルディアヌに、アイザックはいつもと変わらない口調で返す。


「そんなに落ち込まないでおくれ。寧ろ、早めに判明して良かったじゃないか」


「まぁ、人の多いところで突然顔が変わったら大騒ぎだしな」


 ネロの言うとおりだ。城の中で突然フェリクス殿下からアイザックの顔に変わったら、誤魔化しようがない。

 なにより、〈暴食のゾーイ〉から取り戻したものが定着しない可能性がある、という事実が早めに判明したのは僥倖だった。


「ウィル、一度ポケットに入ってくれるかい?」


 アイザックが目だけを上に向けて、頭の上に声をかける。

 ウィルディアヌは小さい手で、アイザックの髪をしっかりと握りしめたまま、小さい声で言った。


「もう投げたりしませんか?」


「……もしかして、怒ってる?」


 困ったようにアイザックが訊ねるが、返事は無い。

 どうやら、アイザックが冥府の門に落ちた時、ウィルディアヌを投げて逃したことが、主人想いの精霊には不本意だったらしい。

 ネロがニヤニヤ笑いながらモニカの肩をつついた。


「見ろよ、モニカ。トカゲの尻尾がウニョッてしてる。おもしれー」


「ネロ、しーっ、しーっ」


 アイザックは困ったように眉を下げ、頭上に手を差し伸べた。

 だが、ウィルディアヌが髪から手を離さないので、諦めたように手を下ろす。


「あの時は、君が門の外にいれば、距離や現在地が分かるかと……いや、すまない。もう投げないと誓うから、ポケットに戻っておくれ?」


「…………」


「いつだって、君は僕の切り札なんだ。大事な切り札を、頭に乗せてはおけないだろう?」


「……承知しました」


 ウィルディアヌはそう言って、スルスルとアイザックのコートのポケットに引っ込む。

 モニカは少し早足になってアイザックに並び、彼の顔色をこっそりうかがった。

 眼帯を無くした彼の横顔は冷たく見える顔立ちだが、それでも不思議と穏やかだ。


「アイク、アイク、えっと……今の魔力量は分かりますか?」


「体感だけど、ウィルに譲渡した時点で、大体半分ぐらいかな」


 モニカはアイザックの正確な魔力量を知らないが、ウィルディアヌとの契約に成功していることを考えると、それなりに多いはずだ。

 魔力の回復速度には個人差があるが、一時間もすれば、多少は回復するだろう。


「今度、魔力量計測しましょうね」


「そうだね。今まで後回しにしていたから」


 魔力量の計測器は、それなりに貴重な物だ。

 モニカは特に金に困っているわけではないが、今まで計測器を必要としていなかったので、家に置いていなかったのである。

 近い内に取り寄せよう、と頭の隅で考えていると、アイザックが道を曲がり、雑貨屋らしき店の裏側にある扉をノックをした。


「こんな時に、どちら様だい。今は店を開けてる余裕なんざないんだが」


 扉を開けて姿を見せたのは、白髪まじりの黒髪の男だ。年齢は四〇歳ぐらいだろうか。

 こざっぱりした服の上にエプロンをつけていて、いかにも雑貨屋の店主といった風態だ。

 そんな男に、アイザックは冷ややかな笑みを向ける。一瞬、モニカの背筋が冷えた。

 鋭く細められた碧眼。あれは、アイザックが敵対者に向ける目だ。


「やぁ、久しぶり。イルマーク宮殿での仮面舞踏会以来だね」


 冷笑を浮かべたまま、口調だけは親しげにアイザックは言う。

 イルマーク宮殿も、仮面舞踏会も、モニカには心当たりのないものだ。

 困惑するモニカの背後で、ネロが何かに気づいたような顔で声をあげた。


「あ、そうか。こいつ、グニャグニャか。今日は眉毛はいねーのか?」


「グニャ……? 眉毛……? え?」


 宮殿と仮面舞踏会とグニャグニャと眉毛。

 並べると、ますます意味が分からない。

 モニカがネロとアイザックと中年男性を順番に見てオロオロしていると、中年男性は唇の端を持ち上げた。

 商売人が客相手に向けるというには、あまりに禍々しいその笑みは、まるで顔に三日月型の裂け目ができたかのようだ。


「まさか、ここを突き止めるなんて……ほぉんと、嫌になるわ。どこまで、こちらのプライドを折ってくれれば気がすむのかしらぁ?」


 中年男性の口から溢れたのは、煮詰めて焦がしたハチミツのように、甘ったるく粘ついた声。

 その特徴的な喋り方を、モニカは覚えていた。


「あなたは、帝国の……っ」


 ユアンと呼ばれていた、肉体操作魔術を操る魔術師。

 帝国の黒獅子皇の部下であるこの男が、何故、サザンドールにいるのか。

 そして、何故、アイザックはこの男と顔見知りなのか。

 混乱するモニカを安心させるように、アイザックは目尻を下げて穏やかに言う。


「心配はいらないよ、モニカ。彼は黒獅子皇と僕の仲を取り持ってくれる、仲介人なんだ」


「あらまぁ、調子の良いこと言ってくれるじゃなぁい?」


「あながち間違ってはいないだろう? 情報が欲しい君に、僕を追い返す理由はないはずだ」


 中年男の姿をしたユアンは一度俯き、己の顔に両手を添えた。その手の下で、皮膚がグニャリグニャリと歪んで形を変えていく。

 仕上げに頭蓋骨に皮膚を貼りつけるように、手のひらで皮膚をギュッと押さえて、顔を上げる。

 そこにあるのは、年齢の分かりにくい平坦な男の顔だ。


「では、貴方の顔が以前と違う理由も、お聞かせ願えるかしら? 偽物の王子様」


 最後の一言にモニカは息を呑む。

 かつて、ユアンの背後にいる黒獅子皇は、第二王子が偽物だと気づき、その上でモニカと取引をして、余計な諍いを避けるために口をつぐむことを約束した。


(でも、いつのまに、この人はアイクと接触を……)


 モニカが密かに唸っていると、ユアンが扉を押さえて中に促した。

 アイザックはモニカに「行こう」と短く声をかけ、店の中に入っていく。

 モニカも拳をギュッと握りしめ、アイザックに続いた。


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