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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝12:開け、門
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【37】殲滅迷宮


「初夏なのに、こちらは随分冷える」


 そう言って、周囲に結界を張り終えた〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーは、修道院の玄関から様子を伺っているケイシー・グローヴに目を向けた。


「失礼、温かい紅茶をいただけませんか? できればジャムも」


 リディル王国北部ヴェランジェ山の中腹にある、リシャーウッド修道院に、この男が訪ねてきたのは、数時間前のことだった。

 彼が言うには、これからリディル王国全域で大規模竜害が起こる可能性があるらしい。

 ……それも、七賢人が現場に出向くほどの規模の。


(正直、複雑だわ)


 ケイシーは古いテーブルセットを玄関前に置きながら、チラチラと横目でルイスを見る。

 ケイシーの故郷は、竜害の多い地域だった。それでも、七賢人はおろか、竜騎士団が来てくれたことだって、そう多くはない。

 竜騎士団が来てくれたら、七賢人とまでは言わずとも、せめて上級魔術師がいてくれたら……何度そう思ったことだろう。

 そういった感情を抜きにしても、ケイシーは〈結界の魔術師〉に対し、複雑な感情を抱いていた。

 ケイシーもルイスも、第一王子を支持する人間だが、片や第二王子暗殺を目論んだ側、片やそれを阻止した側だ。

 ルイスはケイシーを秘密裏に処分することも仄めかしていたが、とある少女の懇願で、ケイシーは修道院送りで許された。


(……あれから、もう二年以上経つのね)


 ケイシーがテーブルに紅茶のカップとジャムの瓶を載せると、ルイスはカップにジャムを景気良く注いで、美味しそうに紅茶を飲み始めた。

 以前見た時は、長い髪を三つ編みにしていたが、今は首の後ろで雑に切ったままになっている。

 あんまり不揃いなので、ちょっとハサミで切り揃えてやりたい。と密かに考えつつ、ケイシーは訊ねた。


「……本当に、ここを竜が通るの?」


「通らないなら、それに越したことはないのですけどね。……おや、早速結界に触れた奴がいる」


 ルイスはジャムの瓶に伸ばした手を止め、空を見上げて詠唱をする。どうやら、索敵のための魔術を使っているらしい。

 片眼鏡の奥の目が、剣呑に細められた。


「十数匹規模の翼竜の群れが三つ。その内の一つに上位種……おそらく緑竜がいますね」


「──む、群れが三つ? 緑竜まで!?」


 ルイスの言葉に、ケイシーは思わず裏返った声をあげた。

 何かの聞き間違いだろうか、と思うが、ルイスが訂正する様子はない。

 ケイシーは竜害の恐ろしさを知っている。下位種が数匹出るのだって、充分に脅威なのだ。

 それなのに、翼竜の群れが三つに、上位種が一匹──数週間前に王都を襲った竜害を上回る規模ではないか。

 ケイシーは咄嗟に修道院に目を向ける。

 この修道院には、年老いた修道女達が残っている。高齢の彼女達は、竜が来る前に大急ぎで山を下りて避難することができなかったのだ。


「翼竜の群れが三つなんて、対処のしようが……」


 ケイシーの言葉を遮るように、西の空で獰猛な鳴き声が響いた。あれは、緑竜の声だ。

 上位種の竜は高い知性を持つ生き物だ。それ故、むやみに人を襲ったりしないが、中には人を狩ることに楽しみを見出す個体もいる。

 そういった竜は、人間の中でも特に、魔術師を狩り甲斐のある獲物とすることが多い。

 あの緑竜はルイスが張った結界に反応し、魔術師という極上の獲物としてルイスを認識したのだ。

 ルイスは首を捻って、背後に立つケイシーに声をかける。


「失礼、少々耳を塞いでいてもらえますかな?」


「……?」


 ケイシーが訝しがりながら耳を塞ぐと、ルイスは短く詠唱をし、西の空に向かって怒鳴る。


「──『ルヴォルグォ・ディフ・グェンナフ』」


 ルイスの声は、山の空気をビリビリと震わせるほど大きく響き渡った。どうやら、拡声の魔術を使ったらしい。耳に馴染みのない言葉は、竜が使うという精霊言語だろうか?

 ケイシーは耳を塞ぐ手を離して、恐る恐る訊ねる。


「……あの竜に何て言ったの?」


 ルイスは肩を竦めて、薄く笑った。


「いえなに、大したことではありませんよ。紅茶、ご馳走様でした。そろそろ中へ避難を」


「……貴方一人で、大丈夫なの?」


 別に、ルイスの身を案じた訳ではない。

 ただ、ルイスが倒れる時は、この修道院──ここで暮らす修道女達も、竜の群れの餌食となるのだ。

 それを懸念するケイシーに、ルイスは余裕たっぷりの口調で告げる。


「私を誰だとお思いで? 七賢人が一人、〈結界の魔術師〉ですよ」


 翼竜の群れと上位種を前にしても、その男は堂々としていた。どこか楽しげですらあった。


「ウォーガンの黒竜を撃退した〈沈黙の魔女〉と、同程度の働きぐらいは、してやりますよ」


 かつて、ウォーガンの黒竜と対峙した時、あの小さな友人は何を思ったのだろう。

 竜より竜騎士を怖がっていたと聞いたけれども、今はどうなのだろう。

 きっと今頃、七賢人であるモニカも竜害と戦っているはずだ。


(……どうか、無事で)


 声に出さず祈り、ケイシーは紅茶のカップとジャムの瓶を掴んで、修道院の中に引っ込んだ。 



 * * *



 とある図書館学会役員の提言と、彼が作った資料をもとに、〈星槍の魔女〉カーラ・マクスウェルは、サザンドールで魔力汚染が起こった時に想定される魔力濃度の変遷、そして竜の群れの移動に関して予測を立てた。

 その上で一番問題視されたのが、国境だ。

 カーラ曰く。


「サザンドールで魔力汚染が起こった場合、帝国側に竜の群れが向かう可能性がある。ヴェランジェ山を超えようとする飛行種がいたら、まず間違いなく帝国に向かうだろうさね」


 ヴェランジェ山付近は寒冷地なので、そこに住み着く竜は少ないが、空を飛べる飛行種の竜が、そこを超える可能性は大いにあり得る、というのがカーラの予想だった。

 気候の変化で竜が国境を越えるのは、珍しいことではない。だが、その原因がリディル王国の所有する古代魔導具ともなれば、話は別だ。

〈暴食のゾーイ〉による大規模竜害で、他国にも被害が出たら、当然にリディル王国は責任を問われる。

 最悪、古代魔導具の管理を他国に委ねなくてはならなくなるか、或いはこれをきっかけに戦争をふっかけられることもあり得るのだ。

 だから、〈暴食のゾーイ〉の影響で起こる竜害は、国内で留めなければならない。

 そのための国境守護──それが〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーに命じられた役目である。

 ルイスにこの役割を任命した第一王子のライオネルは、その厳つい顔に苦悶の表情を浮かべていた。


「ルイスよ、お前一人に重い荷を背負わせて、すまない……」


 その情けない表情を、ルイスは覚えている。

 十年前、帝国との合同訓練中、竜に襲われた時、ライオネルは己の独断行動でルイスを危険に晒したと消沈していた。

 今のライオネルは、あの時と同じ、しょぼくれた顔をしている。この国の未来を背負う男が、なんてザマだ。

 だからルイスは、あの日と同じようにとびきり不敵に笑ってやった。


「殿下、私を誰だとお思いで?」


『俺を誰だと思ってんだ。ライオネル』


 ライオネルが、ハッと顔を上げてルイスを見る。

 ルイスが一つ頷くと、ライオネルはその厳つい顔を引き締めた。

 その顔にもう、不安はない。あるのは、国の未来を背負う者の決意と覚悟だ。


「頼んだぞ、七賢人〈結界の魔術師〉ルイス・ミラー」


「仰せのままに」


 ルイスは己の胸に手を当てて、殊更優雅に一礼してみせた。



 * * *



 国境守護の拠点として、ルイスが選んだリシャーウッド修道院は、程よく高くてひらけた場所にあり、空を観測しやすくて、都合が良かった。

 ルイスが張った広域結界に体当たりしていた翼竜達が、こちらに一斉に向かってくる。

 ルイスは結界を維持したまま、詠唱を始めた。長い、長い詠唱だ。

 頭上で緑竜が嘲笑うように吠える。


 ──脆い生き物、脆弱な生き物、すぐに壊してくれよう。


 緑竜の高慢な咆哮に、ルイスは口の端を持ち上げ笑った。

 彼はどこぞの小娘のように、竜に対して全く恐怖を感じないわけじゃない。人並み程度の恐怖はある。

 それでもこの状況で笑っていられるのは、恐怖を上回る悦びがあるからだ。


(さぁ、強い者苛めの時間だ)


〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーは、強い者苛めが大好きだ。

 思えば、〈暴食のゾーイ〉を持ち出したセオドア・マクスウェルと対峙した時、ルイスはずっと胸がモヤモヤして仕方がなかった。

 危険人物だと分かっていても、弱い者苛めをしているような気分が拭えなかったからだ。勿論、髪を切られた恨みは忘れないし、次に会ったら丸刈りにして吊るすと決めてはいるけれど。


「姿無き導きの王、我が呼びかけに応え、その力の片鱗を示さん」


 片眼鏡の奥でギラギラと輝く灰紫の目が、獲物を──強者を見据えた。


「〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーの名の下に、開け、門」


 上空に光の粒子が集い、門の形を作る。

 青空に輝く門が開き、煌めく風が空を舞う。


「静寂の縁より現れ出でよ、風の精霊王シェフィールド!」


 精霊王召喚は精霊王の力の一部を借りることで、高威力、高精度、広範囲の魔術を行使することができる。

 つまり、門が開いた後の形状は、術者によって異なるのだ。

 例えば彼の同期である〈沈黙の魔女〉は、ある程度範囲を絞り、精度と威力の高い風の槍で、竜の眉間を正確に撃ち抜く。

 そして今のルイスは、範囲を広げることを優先していた。超広範囲に風の刃を放ち、翼竜の群れと緑竜を撹乱。

 無論、これだけでは、竜を仕留めることはできない。だから、ルイスは結界を併用するのだ。

 ──その程度か、と緑竜が鳴いた。

 ルイスは笑う。


「まさか」


 意識を集中。短縮詠唱を数回繰り返し、結界の形状を変化。

 より複雑に、精巧に、巧妙に。透明な壁が広がり、連なり、道を作る。

 そうして出来上がったのは、結界で作られた不可視の迷宮だ。


「──殲滅迷宮(せんめつめいきゅう)、展開」


 結界で作られた不可視の迷宮の中を、精霊王の風が吹き抜ける。狭い道に吹く風は、ひらけた場所で吹く風とは違った脅威だ。

 翼竜達は不可視の壁にぶつかりながら、精霊王の風に追い立てられる。

 小癪、小癪、と鳴く緑竜は、魔力を帯びた風の刃で結界を破壊しようとした。だが、透明な壁に触れた風は、反射して緑竜と周囲にいる翼竜に襲い掛かる。


「その結界、内向きに反射するんですよ」


 殲滅迷宮を構成する結界は、体当たり程度では壊せず、魔力を帯びた攻撃は反射する。そして、絶えず精霊王の風が、細い道を駆け抜けて襲いかかってくるのだ。

 竜達は風に追い立てられるように、不可視の迷宮を進む。そうしてボロボロになった竜達が行き着いた先に待つのは、高密度の風の槍。


「落ちろ」


 ──おのれ、おのれ、おのれぇぇぇ!!


 巨体の竜は、狭い迷宮では回避行動ができない。

 断末魔の鳴き声を上げながら、眉間を貫かれた緑竜は絶命し、墜落した。

 広範囲にいる敵をまとめて結界で閉じ込め、追い立て、高威力の攻撃魔術を叩き込む。それが竜の討伐数で歴代二位を誇る、〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーが得意とする戦い方だ。

 国境を越えようとした翼竜達は、次々と結界の迷宮に迷い込み、精霊王の風に撃ち落とされていく。


「『ルヴォルグォ・ディフ(ここを越えたら、)グェンナフ(ぶち殺す)』」


 リディル王国の守護者と呼ばれた男は、八重歯を覗かせた凶悪な顔で笑い、杖で肩を叩いた。


「人間舐めんな、トカゲども」


【今日から使える精霊言語講座】


「ルヴォルグォ・ディフ・グェンナフ(ここを越えたら、ぶち殺す)」


「ン」に力を込め、二つ目のフを「フ」と「ヒュ」の中間ぐらいの発音にして、全体的に巻き舌で発音すると、それっぽくなります。


ちなみにポプリアルッカは、正確な精霊言語の発音ではなく、精霊の声を聞いた人間がそれっぽく歌にしたものですが、なんとなく精霊にも意味は伝わるそうです。

「あー、はいはい、あの言葉ねー、はいはい、まぁ、言いたいことは分かるぞ、人間」みたいな感じです。



※大変お待たせしました。次回、舞台はサザンドールに戻ります。

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