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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝12:開け、門
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【35】不動の雷鳴/砲弾の意地/竜騎士が見た空


 リディル王国城内にある会議室に集った議員達は、誰もがその顔に不安を滲ませていた。


「本当に、全国規模の竜害など起こるのか? それなら尚更、王都の守りを固めるべきでは……」


「〈星槍の魔女〉が意見したらしいですが、彼女は追放された七賢人ではありませんか。身内に犯罪者を出した人間の意見など、耳を傾けるべきではないのでは?」


「その通りですよ。最初に提案した図書館学会役員も、まだ若造らしいですし」


「だが、五代目〈茨の魔女〉がその意見を後押ししているのなら、無下にもできないだろう」


「確かに、ローズバーグ家は恐ろしいが……」


 せめて〈結界の魔術師〉だけでも、王都に残すべきだったのでは? と誰かが口にすると、他の者もそれに賛同する空気が広がった。


 ──そうだそうだ。この間、王都が襲撃されたばかりだし、やはり〈結界の魔術師〉は王都に戻ってもらうべきだ。王都こそ国の要。地方領主は自分達の力でなんとかすべきだ。


 そんな議員達のざわめきは、扉が開く音でピタリと止まった。


「随分と、落ち着きのないことだ」


 入室し、低い声で呟いたのは、この国の重鎮クロックフォード公爵。

 その横で杖をついている小柄な老人は、〈雷鳴の魔術師〉グレアム・サンダーズだ。

 クロックフォード公爵は、冬の湖のように冷ややかな目で室内を見回し呟く。


「卿らは、王都の守りが不充分だと言いたいらしい」


 カァン、と杖で床を突く音が、静まりかえった室内に響き渡った。

 杖を突いたのは、〈雷鳴の魔術師〉グレアム・サンダーズ。

 操る雷撃は天を裂き、立ち塞がる全てを撃ち抜く──リディル王国最強の魔術師と呼ばれた男が、眠たげに垂れた瞼を持ち上げ、議員達を睥睨する。


「わしが残るのでは、不満か」


 小柄な体が何倍にも膨れ上がって見えるような覇気に、議員達の顔色が変わる。

 この国で、〈雷鳴の魔術師〉グレアム・サンダーズを知らぬ者はいないだろう。国王やクロックフォード公爵ですら一目置いている、大英雄だ。

 年長者であるほど、その苛烈な戦いぶりは記憶に焼きついている。


「たかだか竜の群れごときで騒ぐな、小僧ども」


 竜討伐記録で歴代一位を誇る大魔術師は低く吐き捨て、椅子に腰掛けた。

 この場の誰よりも高齢の〈雷鳴の魔術師〉は、痩せ衰え、手足など枝のように細い。

 それなのに、椅子に座るその姿には、どっしりという言葉が相応しい貫禄があった。

 今や誰もが息を呑み、その一挙一動に注目している。クロックフォード公爵にではない。救国の英雄〈雷鳴の魔術師〉グレアム・サンダーズに。


「弟子が最前線で戦っているのなら、帰る場所を守るのが師の役目。敵軍が来ようが、竜が来ようが、この〈雷鳴の魔術師〉が、椅子に座ったまま撃ち殺してくれよう」


〈雷鳴の魔術師〉は手にした杖で、コツコツと床を突くと、己の隣に控えるクロックフォード公爵を見上げた。

 そして、戦況を問うような低い声で訊ねる。


「ところで、わしのクッションはありますかのぅ?」


「……お持ちしろ」


 クロックフォード公爵の言葉に、末端の議員がバタバタと立ち上がってクッションを取りに行く。

 覇気を引っ込めた〈雷鳴の魔術師〉は、顎髭を指でしごきながら、のんびり言った。


「フカフカのを、頼みますのじゃ〜」



 * * *



 ウォーガン山脈を見上げ、〈砲弾の魔術師〉ブラッドフォード・ファイアストンは杖でトントンと肩を叩く。

 前方に見える土煙は、こちらに向かってくる地竜の群れのものだろう。数は低く見積もっても十以上。地竜達は目に見えて興奮している。

 それは、歴戦の竜騎士団員でも青ざめるような光景だった。

 だが、ブラッドフォードはあてが外れたような顔をしている。

 彼は、〈沈黙の魔女〉が撃退したという、ウォーガンの黒竜級の大物が来ることを期待していたのだ。


(まぁ、それでも、相手にとって不足はなしか)


 強い魔力に惹かれ興奮している竜に、ここは人の領域だと教えてやるには、強烈な一発をお見舞いしてやるのが一番手取り早い。

 ブラッドフォードは早速詠唱を始める。

 彼が使う高火力の魔術は、威力が強すぎるため、決して使い勝手が良いものではなかった。

 それこそ、〈沈黙の魔女〉のように、最小限の詠唱と威力で倒す方が、圧倒的に効率が良い。


(それでも、俺は〈砲弾〉だからな)


 彼は幼い頃から、全てに恵まれている強者だった。

 裕福な子爵の四男坊。勉強が得意で、手先も器用。腕力も、魔力も、周囲から抜きん出ていて、喧嘩でも魔法戦でも負け知らず。

 誰かが彼を指さして「ずるい」と言った。あいつは生まれながらに恵まれた人間だと。

 若かりし頃の彼は考えた。

 自分は強い人間だ。恵まれた人間だ。だからこそ、弱い者を相手に戦えば、ずるいと言われてしまう。


 ──ならば、己より強い者と戦えば良い。


 彼は、強敵を探し続けた。

 それでも彼は簡単に勝ってしまう。彼の力がそれだけ圧倒的だった、というのもあるが、なにより彼は賢かった。どうすれば勝てるかを計算し、実行できる人間だった。

 また誰かが、それを「ずるい」と言った。小細工をして勝つなど、けしからんと。


 ──だから、圧倒してやろうと思った。


 誰にも文句が言えない、圧倒的な力で勝利してやればいい。

 そこで編み出したのが、一撃必殺の砲弾──前人未到の六重強化術式だ。

 竜の胴体をも貫く威力の魔術を身につけ、彼が七賢人に選ばれた。

 その頃には、彼に「ずるい」と言う者はいなくなった。


『叔父貴の戦い方は、強者の戦い方だ。羨ましいねぇ。妬ましいねぇ……俺に同じことはできねぇや』


 そう言ったのは、彼の甥のヒューバード・ディーだ。

 甥はミネルヴァに通っている魔術師見習いで、頭が良く優秀だったが、魔力量は決して多くはなかった。だから甥には、ブラッドフォードと同じ戦い方はできなかった。


『お前は、俺がずるいと思うか? ヒュー坊』


『んーっんっんっんー? んんー? ずるいってぇのは、俺みたいな奴に使う言葉だろう?』


 甥は何かを考えるように、己のこめかみをトントンと叩き、そして何かに気づいたような顔をした。


『あぁ、なるほど。叔父貴は誰かに、ずるいって言われたことがあるんだろ? 生まれつき恵まれててずるい! ってなぁ。……そいつらは叔父貴が妬ましいのさ。だけど、自分が劣ってると思いたくないから、相手を下げる。ずるい、ずるい、あいつはずるい! ってなーあー!』


 それは、ブラッドフォードにとって、ちょっとした驚きだった。

 生まれつきあらゆるものに恵まれていた彼は、誰かを妬んだことが、あまりなかったのだ。

 だから、羨ましい時、妬ましい時、相手に対して「ずるい」という気持ちが理解できない。


『なぁ、叔父貴ぃ。罠を仕掛けて、獲物を追い込む狩りをずるいと思うか? だが、狩りってぇのは、そういうもんだろぉ? 頭を使うほど楽しい。だから、俺はずるーい狩りが大好きだ。ずるーい狩りで、圧倒的強者を狩るのが最高の楽しみだ』


 甥はニヤニヤ笑っていた。狡賢い人間の笑みだ。

 それなのに、その目は強者に憧れる無邪気な少年の目だった。


『叔父貴は、そのままでいてくれよぉ。圧倒的強者がいた方が、燃えるからなーぁ』


 なんて勝手な言い草だと思ったが、それでも悪い気はしなかった。

 だから彼は、甥にこう言ってやったのだ。


 ──ならば、俺はこれからも、圧倒的な力で敵を蹴散らす砲弾でいてやろう。壊せるモンなら、やってみな。ヒュー坊。


 ずるい、という奴らを見返してやろうと、意地で始めた砲弾だった。

 だが今は、若者達のためにこの意地を貫くのも悪くない、と思っている。

 意地も貫けば信念だ。


(存分に憧れろよ、ヒュー坊。俺は、簡単に砕けたりはしないからよぉ!)


 一通り詠唱を終えたブラッドフォードは、儀礼詠唱を口ずさむ。

 彼は、炎の精霊王の儀礼詠唱が好きだ。


「勝利を約束せし炎の王、紅蓮の(つるぎ)掲げ、その力の片鱗を示せ!」


 炎の精霊王フレム・ブレム──英雄王ラルフに勝利を約束した紅蓮の王。

 圧倒的な力で敵を蹴散らす、祝祭の業火。


「〈砲弾の魔術師〉ブラッドフォード・ファイアストンの名の下に、開け、門!」


 ブラッドフォードの頭上に、大きな門が開く。

 リディル王国における精霊王召喚の使い手の中で、一際大きな門が。


「祝祭の業火を纏いて、現れ出でよ──炎の精霊王フレム・ブレム!」


 開いた門から放たれる紅蓮の炎が、砲弾となって、竜の群れに降り注ぐ。

 轟音が地を揺らし、心地良い熱風がブラッドフォードの髪を揺らす。

 その轟音に負けぬ声で、〈砲弾の魔術師〉は吠えた。


「さぁ、ドカーンと強者の意地を見せてやる! 十でも百でも、かかってこいやぁ!」



 * * *



 あぁ、どうして自分はまた、この地に足を踏み入れてしまったのだろう──と、竜騎士団第七調査団所属の中年男、ロブソンはため息を噛み殺す。

 ダールズモアでの任務を終えた彼は、竜騎士団を退団するつもりでいたのだ。

 壊れていく英雄を見たくない。意思疎通ができる竜と、災害として向き合いたくない、という己の弱さのために。

 だが、ダールズモアの任務の後、王都に戻ったら、王都は大規模竜害で大騒ぎ。

 第七調査団の団長であるダニングは、何者かに襲われて意識不明の重体。

 とにかくあっちもこっちも大騒ぎで、退団したいです、などと言えるような空気ではなかったのである。

 そうこうしている間に、〈星詠みの魔女〉が、史上最悪規模の竜害を予言。

 竜峰近くのダールズモアは当然に警戒区域で、ロブソンは再びダールズモアに派遣された。


(まったく、タイミングの悪いことで……)


 見上げた空には、翼竜の群れ。数は二十近いだろうか。

 翼竜がこれだけの数で群れるというのは、滅多にないことだ。やはり、〈星詠みの魔女〉の予言は正しかった。

 既に周囲には、魔法兵団と竜騎士団の混合部隊が待機しているが、この数は手こずることになりそうだ。

 ロブソンがため息をついたその時、後方の索敵手が声をあげた。


「上位種発見──赤竜が急接近しています!」


 途端に、混合部隊の空気が張りつめた。

 下位種の群れだけでも脅威だというのに、上位種!

 上位種は一体いるだけで、戦況が大きく変わってくる。

 今回はかなり戦力に余裕を持たせているが、それでも上位種がいるのなら、七賢人かそれに匹敵する戦力が欲しいところである。

 見上げた空を覆い尽くすような翼竜の群れ。その背後からグングン迫ってくる赤い鱗の巨体が、喉を仰け反らせた。あれは、炎の吐息を放つ前触れだ。


「結界展開──っ!」


 魔法兵団が周囲に結界を張るのとほぼ同時に、赤竜が火を吹いた。

 魔力を帯びた強力な炎は、青空をたちまち夕焼けの色に染めていく。

 青空をなめるように広がる炎は、地上に下りることなく──翼竜の群れを炙った。


「……へ?」


 ロブソンは思わず間の抜けた声を上げる。ロブソンだけじゃない、この場にいる誰もが、その光景に言葉を失っていた。

 赤竜は翼竜の群れを追い回し、まるで尻に火をつけるかのように、火を吹いていた。

 翼竜は魔力耐性が高く、火に強いので、赤竜の炎は大したダメージにはならない。それでも、翼竜の群れは驚いたように進行方向を変えた。

 逃げ惑う翼竜の群れが、散り散りになりかけると、小さな赤竜がどこからともなく現れる。

 先に現れた竜より小さな赤竜は、ボゥボゥと火を吹き、翼竜の群れが散らないように牽制した。


(親子の、赤竜…………まさか……!)


 赤竜の親子は、火を吹いて翼竜を追い回し、そして、竜峰の方角へと追いやっていく。

 上位種の竜が、下位種の竜を山に追い返したのだ。

 唖然としているロブソン達の上空で、赤竜の親子はグルリと大きく旋回して、また山の奥へと戻っていく。


 ──グルゥゥァアアア! ァァァアア!!


 大きい方の赤竜が鳴き声をあげる。ロブソンには、その鳴き声の意味が分かる気がした。

 これは多分、「お騒がせしちゃって、ごめんなさいねぇ」だ。

 ロブソンは額に手を当てて、天を仰ぐ。


「……参ったね、こりゃ」


 こうなったら、ダールズモアの赤竜の行動について、上層部に説明をする人間が必要になるだろう。

 だが、それができるのなんて、この場では自分ぐらいしかいないではないか。


(また、竜騎士団を辞めるタイミングを失っちまった)


 つくづく自分は、タイミングの悪い人間らしい。


おまけ(精霊について、あれこれ)


Q:戦闘中、ウィルディアヌがトカゲのままなのは何故ですか?

A:ウィルディアヌはアイザックのサポート(足場作り等)が主な役目なので、アイザックの指示を聞いて即座に対応できる肩の上なり、ポケットなりにいる方が、都合が良いからです。トカゲの方が小さいから被弾しづらいですし。

アッシェルピケは、人間形態の方が戦闘時に立ち回りやすいので、人型になります。その気になれば、地面を凍らせて滑りながら移動しつつ、華麗に氷の剣を振り回して戦えますが、凍った地面でシリルとモニカがすっ転ぶのが目に見えてるのでやりません。

リィンズベルフィードは隠密行動の時以外は大体メイドです。メイドは信念です。


Q:アイザックは魔法剣を、ウィルディアヌにやらせれば良かったのでは?

A:ウィルディアヌの魔力を温存したかったのと、魔法剣の形状変化(ロープ状など)の指示を出すタイムラグが惜しかったんだそうです。


Q:精霊達の動物形態は、一種類だけなんですか? 精霊の種族によって決まってるんですか?

A:複数ある精霊もたまにいますが、基本は一つです。だいたい精霊側が、自分が一番変化しやすい姿を選んでいます。同じ氷霊でもイタチになる者もいれば、ウサギや狼になる者もいます。

余談ですが、

ウィルディアヌがトカゲに化けた時、アイザックは内心(わぁ……!)と喜んでいました。

リィンズベルフィードが小鳥に化けた時、ルイスは何かあったら握り潰して羽をむしろうと思っていました。

アッシェルピケがイタチに化けた時、メリッサは毛皮を売ったら幾らになるか考えていました。

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