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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝12:開け、門
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【27】悪意なき災害


 一人ぼっちになった黒竜は考えた。

 寂しい、寂しい。どうしたら、セオドアに会えるだろう。


(そうだ。セオドアが話してた、願い事が叶う宝石箱……それがあれば、きっと、おれの願いを叶えてもらえる)


 城の宝物庫にあるそれを持ち出すのは悪いことなのだということを、黒竜はあまり理解していなかった。

 目の前に食べられる物があったら食べるように、必要な物があったら、それを使うのは黒竜にとって当たり前のことだったのだ。

 だから、黒竜は躊躇わずにそれを実行した。

 鴉に化けて王都に向かい、人の姿で人に訊ねた。宝物庫はどこにありますか、と。

 そうして宝物庫を目指し、門兵に追い返された黒竜は考えた。

 どうやら自分は、宝物庫の中に入れて貰えないらしい。


(きっと、強い生き物が餌場を独り占めするみたいに、強い人間は素敵な物を独り占めするんだ)


 手の届かないところに美味しい木の実があるのなら、空を飛べばいい。

 木の実が硬い枝に隠れて手が届かないなら、枝を壊せば良い。

 それと同じように、黒竜は鴉に化けて宝物庫に侵入し、宝物庫に張られた結界を黒炎で破壊した。

 黒炎を吐く時は、元の竜の姿に戻る必要がある。黒竜は幼体というほどではなかったが、まだ若い竜なので、そこまで巨体でもない。翼を広げたりしなければ、ギリギリ宝物庫の中でも元の姿に戻ることができる。

 かくして、黒炎で結界を破壊した黒竜は、願い事を叶えてくれる宝石箱を持ち出したのだ。

 ただ、困ったことに、宝石箱には別種の封印が施されていた。結界は宝石箱の蓋の辺りにピッタリと張りついている。

 黒炎で破壊するのは容易いが、下手をしたら宝石箱も焼き尽くしてしまうだろう。


(うーん、困ったなぁ。どうしよう)


 宝物庫から逃げ出した黒竜は森に隠れて、鴉から人の姿に化けた。鴉の細い足で宝石箱を長時間持ち続けるのは難しいし、竜の鉤爪だと大きすぎて上手に持てない。

 だから、宝石箱を持つなら人の姿になるのが一番だった。人間の柔らかい手は、宝石箱をしっかりと持てるし、爪で傷をつける心配もない。


(宝石箱は人間が作った物なんだなぁ、だって、人間の手で持つのにピッタリだもの)


 そんな感心をしつつ、封印の具合を調べていると、宝石箱から小さな声が聞こえた。

 なんだか人間の子どもの声に似ている気がする。

 黒竜はおっかなびっくり、宝石箱に耳を近づけた。


 ──ナマエ、ナマエ、ケイヤクシャ、ナマエ!


「おれの名前? 名前がいるの?」


 ──ケイヤク、ナマエ、ヒツヨウ! ナマエ! ナマエ!


 名前を教えたら、封印が解けるのだろうか? そんな淡い期待が黒竜の胸に込み上げてくる。

 だが黒竜は困ってしまった。だって、黒竜には名前がないのだ。

 以前、黒竜はセオドアに名前が欲しいとねだったことがある。しかし、セオドアは決して首を縦に振らなかった。


『駄目だよ、それは駄目だ。名前をつけたら、俺はお前を竜の領域に返せなくなってしまう』


 黒竜に名前をつけなかったのは、セオドア・マクスウェルにとって、魔法生物学者としての最後のけじめだったのだ。


(セオドアは、おれのことを、お前って呼んだけど……あれは名前じゃないし……)


 思案し、黒竜は己の体を見下ろした。

 そうだ。今の自分はセオドアなのだ。だったら、セオドアと名乗るのがきっと正しいのだろう。

 でも、セオドア・マクスウェルは駄目だ。何故なら、自分はカーラの家族じゃないからだ。

 だから、自分がマクスウェルを名乗ってはいけないのだ──そう考え、黒竜はこう名乗った。


「おれは、セオドアだよ。ただのセオドア」


 その瞬間、黒竜──セオドアの手元で、宝石箱が脈うった。

 実際に宝石箱が動いた訳ではないけれど、自分の手の中にあるそれが、ただの宝石箱から命のある何かに変化したのを、黒竜は明確に感じた。それと同時に、理解する。


 ──これは〈暴食のゾーイ〉という古代魔導具である。その能力は……。


 頭の奥に直接知識を叩き込む、その感覚を何に喩えれば良いのか、黒竜には分からない。

 ただ、今この瞬間、確かに自分と、この古代魔導具との間で契約が成立したのだということを黒竜は理解した。理解させられたのだ。〈暴食のゾーイ〉の力で。


「……おまえは、〈暴食のゾーイ〉っていうの?」


 ──オナカヘッタ! オナカヘッタ!


 その声は、先程よりも幾分ハッキリと聞こえた。これも契約の影響だろうか。

 か細く幼い声が訴えるのを聞きながら、黒竜は頭の中に叩き込まれた知識を反芻した。

〈暴食のゾーイ〉──闇属性の魔力を操り、他者を喰らうことで、その力を増幅する。

 そして、大量の魔力を集めれば……。


「すごいや。おまえは、本当に……おれの願いを叶えてくれるんだね」


 黒竜は人間の手で、宝石箱を顔の高さに持ち上げ、喜びを噛み締め呟いた。

 本当はこの場で飛び跳ねて踊りたいけれど、既に追手はすぐそばまで迫っている。

 まずは、安全な場所に逃げて、〈暴食のゾーイ〉の封印を解除する方法を探さなくては。



 * * *



 人の姿で頬を殴られた黒竜は、目をチカチカさせて、殴られた己の頬に手を当てた。

 竜の姿の時は、この程度の衝撃なんて痛くも痒くもないのに、今は頭がクワンクワンする。倒れた拍子にぶつけた背中も痛い。


(なんで、おれは殴られたんだろう)


 黒竜を囲む怖い顔の男達は、口々にセオドアを罵り始めた。

 密航者、貧乏人、客の荷物を漁りに来たのだろう──どうやら、この船という乗り物には、勝手に乗ってはいけなかったらしい。

 追っ手から逃げるために、無我夢中で乗り込み、荷物と一緒にじっとしていたけれど、荷物と一緒にじっとしているだけでも悪いことだったのだ。


「あの、ごめんなさい、おれ、すごく焦ってて」


 自分が悪いことをしたのなら、ちゃんと謝れば良い。謝れば、優しいセオドアは許してくれた。

 だけど、彼が何回謝っても人間達は怖い顔をやめない。罵声がもっと酷くなる。

 黒竜は思い出した。そうだ、人間は竜が怖いのだ。今の黒竜は人間の姿だけど、もしかしたら、竜の怖い気配が漏れていたのかもしれない。

 自分は怖くないのだと、ちゃんと伝えなくては。


「えっと、おれ、怖くないよ。おまえ達と、ちゃんとお話しできるよ。だから……」


 誰かが腹を蹴った。誰かが肩を蹴った。誰かが頭を蹴った。


「いたい、いたい、いたいよ、やめて……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」


 黒竜が鼻血を出して泣き喚いても、暴力は止まらない。男達はゲラゲラ笑っている。

 どうして、彼らは自分を蹴って笑っているのだろう。

 どうして、謝っているのに許してくれないのだろう。

 背中を蹴られ、床をゴロゴロと転げた拍子に、服のポケットから〈暴食のゾーイ〉がコロリと転げ落ちる。

 慌てて拾おうとした手を、踏み潰された。

 痛い、痛い、と泣き喚いている間に、他の男が〈暴食のゾーイ〉を拾い上げる。


「返して、返して、それは大事な物なんだ。とっても大事な……」


〈暴食のゾーイ〉を見た男達の顔色が変わった。

 驚きと喜び。欲にまみれた人間の目というものを、竜は初めて知った。


 ──これは売ったら良い金になる。おい、他に何か持っていないか。探せ、探せ、探せ。駄目だ、他には財布の一つも持っちゃいない。もう間違いないな、やっぱりこいつは盗人だ。


 黒竜を殴る男達は、彼を盗人と断言しながら、それでも衛兵に突き出そうとはしなかった。

 男達は〈暴食のゾーイ〉をただの宝石箱と勘違いし、着服しようとしたのだ。

 痛みで動けなくなった体を、男達がズルズルと引きずる。まるで、物でも扱うみたいに。

 ボチャンという音がして、全身を叩くような衝撃が襲った。船の甲板から海に投げ捨てられたのだ。


(どうして、分かってくれないんだろう)


 ちゃんと謝ったのに。自分は怖くないと伝えたのに。

 セオドアなら分かってくれたのに。


(どうして、どうして、どうして……)


 水中で人間の手足をバタバタさせてみたけれど、体は思った方向に進まなかった。

 人間の体にはまだ慣れていないし、細くて小さい人間の体では水流に逆らえない。

 だから、黒竜は迷うことなく元の姿に戻った。

 これなら、水に逆らってグングン泳ぐことができる。

 背中の辺りに、大きな何かがぶつかったけれど、竜の姿ならちっとも痛くない。


(あ、船にぶつかったんだ)


 黒竜の体とぶつかった船は、あっさりとひっくり返った。

 甲板にいた人間達が、バラバラと海の中に落ちていく。黒竜は焦った。


(〈暴食のゾーイ〉が……!)


 奪われた〈暴食のゾーイ〉を船から落ちた人間が持っているのか、それとも沈みゆく船の中にいる人間が持っているのかが分からない。

 とにかく黒竜は必死になって船の周囲を泳ぎ回り、〈暴食のゾーイ〉を──小さな宝石箱を探した。

 だけど見つからない、見つからない、全く、全然、見つからない。

 海に沈んでいく人間など見向きもせず、黒竜はただひたすらに〈暴食のゾーイ〉を探し続けた。



 黒竜は人を憎んではいない。悪意もない。

 ただ、たった一つの大事なもの以外、目に入らなかったのだ。



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