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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝12:開け、門
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【20】ストン

 モニカはベッドの上にペタリと座り、紙で作られた白薔薇をぼんやり見つめていた。

 あの銀髪の人が言うには、これは堂々と振る舞える、勇気の出るおまじないであるらしい。


(どうしてあの人は、わたしにこれを、くれたんだろう)


 紙の薔薇と一緒に貰った言葉を反芻する。

 何かをもらって嬉しいとか、思い出せなくて悲しいとかよりも、まず、驚いた。自分にそんなことを言う人がいるなんて、思いもしなかったのだ。

 彼の言葉は、ふわふわ宙に浮いていて、まだ、モニカの心の中にストンと落ちてこない。

 ラナの手紙に書いてあった素敵な思い出と同じだ。現実味がなくて、モニカの心に上手く収まってくれない。

 今のモニカには、ふわふわしている綺麗な思い出や、貰った言葉に、おっかなビックリ手を伸ばすのが精一杯なのだ。

 モニカが手紙や紙の薔薇を眺めて、そのふわふわしたものに想いを馳せていると、扉がノックされた。


「モニカちゃん、入るよー。コーヒー淹れたから、一緒におやつ食べよ!」


 そう言って部屋に入ってきたのはカリーナだ。手にした盆にはコーヒーのカップと、細長い焼き菓子が載っている。

 ラナの姿はなかった。何かを食べたりする時は大抵ラナも一緒だったので、不思議に思っていると、カリーナが猫のような目を細めて笑う。


「商会長ね、恥ずかしいから、おやつはパスだって」


「……?」


「『手紙出した直後に、会いに行くのは恥ずかしいでしょ!』って」


 そういうものだろうか、とボンヤリしているモニカの横にカリーナが座り、焼き菓子を手に取った。木の枝のように細く長い焼き菓子だ。


「これ、戸棚にあったんだけど、不思議な形だね。いっただっきまーす」


「……あ、……ま、……って」


 菓子に齧りつこうとしたカリーナを、モニカは咄嗟に止めた。

 上手に声は出せなかったが、モニカの焦った表情でカリーナは言いたいことを察してくれたらしい。

 カリーナは菓子に齧りつくのを止めて、モニカを見る。


「どしたの? あ、もしかして、食べちゃ駄目なやつだった?」


「あ……ぁぅ、……そ……それ……ぁ」


 変なこと言ったと思われたらどうしよう、上手に喋れなくて気持ち悪いと思われたらどうしよう、自分の言ったことが間違っていたらどうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……。

 どうしよう、の一言がモニカの頭をグルグル回って喉を絞める。

 喋るのが怖い、嫌われるのが怖い、怖い、怖い、怖い。

 血の気を失った顔で俯くモニカの視界の端に、紙の白薔薇が映る。


 ──それは、堂々と振る舞える……勇気の出る、まじないだ。


 白い薔薇を目に焼き付け、モニカは震える手で焼き菓子を手に取った。


「こ、……こうっ」


 モニカは焼き菓子の先端をコーヒーのカップにポチャンと浸ける。そうしてふやかした菓子の先端を、自身の口に運んだ。

 堅焼きの生地はコーヒーを吸って程よくふやけ、口の中で溶けていく。

 カリーナは目をパチクリさせ、自身の手元にある菓子に慎重に歯を立てた。


「あ、ほんとだ、すごく堅いっ! 歯が折れそう!」


 カリーナはモニカを真似てコーヒーに菓子を浸して、頬張る。

 丸みを帯びた頬が、ふにゃりと緩んだ。


「なるほど、なるほどー、堅焼きのお菓子だったんだね。形は違うけど、帝国にもこういうのあるよ。教えてくれて、ありがとー!」


「ぁ……ぅ、ん」


「わっはー、おーいしーい!」


 口いっぱいに菓子を頬張るカリーナの横で、モニカも焼き菓子を小さく齧った。

 心臓が少しだけ早く、トクトクと鼓動するのを感じる。


(言えた。ちゃんと、伝えられた)


 堂々とは程遠かったけれど、自分の意思を、言葉を伝えることができたのだ。

 モニカは横目で、白薔薇を見つめる。

 あの銀髪の人に貰った言葉が、ストンと胸のどこかに収まった気がした。



 * * *



 モニカに紙の薔薇を渡した後、一階のソファで仮眠を取ったシリルは、窓の外が茜色に染まる頃に目を覚ました。

 まだ完全に疲れは取れていないが、これ以上寝すぎると、夜に眠れなくなる。

 起き上がり、緩んだ髪紐を結び直していると、イタチ姿のトゥーレとピケが何かを抱えてこちらに駆け寄ってきた。

 二匹のイタチが短い手足で器用に持ち上げているのは、ガラスの小瓶だ。


「シリル、シリル、素敵な物を見つけたよ」


「溶けない氷」


「他所の家の物を、勝手に物色するんじゃない」


 得意げな二匹を叱り、小瓶を取り上げたシリルは気づく。小瓶の中身は薄紅色のキャンディだ。

 シリルは、ローズバーグ家の別邸に滞在している時、ラウルがこれに似た飴を作っているところを見ている。


 ──ローズバーグ家、秘伝のキャンディさ! これを舐めると、魔力がちょっぴり回復するんだぜ。


 一族秘伝の物を客の前で作るな、悪用されたらどうするんだ、と指摘したのを覚えている。

 ラウルはおやつ感覚で作っていたが、魔力が回復するキャンディはローズバーグ家の人間にしか作れない、大変貴重な物だ。正直、値段をつけられない。

 元の場所に戻しておかねば、とシリルが部屋を見回していると、ラナがキョロキョロしながら台所から姿を見せた。


「アシュリー様、キャンディの小瓶、知りませんか?」


「……すまない、うちのトゥーレとピケが勝手に持ち出した」


 トゥーレとピケは言葉の代わりに、小さな頭を下げた。ごめんなさい、の意思表示らしい。

 ラナはホッとしたような顔で、シリルからキャンディの小瓶を受け取る。


「あぁ、良かった。このキャンディ、お薬なんですって。モニカの魔力が回復するらしくて」


〈暴食のゾーイ〉に大事なものを奪われた人間は、首の後ろに影が張りつき、そこから魔力を吸われているという。

 それ故、魔力欠乏症にならぬよう、おそらくメリッサがキャンディを用意してくれたのだろう。

 ラナはキャンディの小瓶を片手に、台所に引っ込んでいった。


(一眠りして、頭も冴えたし……そろそろモニカの影を剥がす算段を、考えた方が良いな)


 影が張りついている限り、モニカは魔力を吸われ続けるのだ。影を剥がすなら、早い方が良い。

 シリルは別のソファで寝ているグレンの肩を叩いた。


「起きろ、ダドリー。……グレン・ダドリー!」


「……師匠、肉にジャムは……あんた馬鹿じゃないすか……」


 肩を叩かれたグレンは薄目を開けたが、ムニャムニャ呟いて、また目を閉じる。

 シリルは「えぇい」と低く呻き、グレンの体から毛布を引っぺがそうとした。だが、ギリギリのところで、グレンが毛布を抱き込む。毛布の引っ張り合いが始まった。


「起ーきーんーかー!」


「あーとー、ごーふーんー……」


 ここでシリルが怒鳴り、グレンが渋々起きるのが、セレンディア学園男子寮の朝の風景なのだが、大きな声を出すとモニカをビックリさせてしまう。

 シリルは思案し、トゥーレとピケを見た。


「トゥーレ、ピケ。……やれ」


 シリルが命じると、トゥーレとピケは嬉々としてグレンの体に飛び乗った。二匹のイタチは、髪を引っ張ったり、フワフワの尻尾で鼻先をくすぐったり、やりたい放題だ。

 たまらずグレンは起き上がり、不満そうに下唇を突き出した。


「うぅぅ……まだ寝足りないっすー……」


「今、寝過ぎると、夜に眠れなくなるだろう」


「大丈夫っす。オレ、どんだけ昼寝しても、夜は夜ですぐ寝られるんで」


「それだけ寝て、何故、朝起きられんのだ」


 学生時代の苦労を思い出し、ため息をついたシリルは、チラリと二階を見上げた。

 モニカは今、起きているだろうか。

 寝ている間に影を剥がす方が、怖がらせなくて済むのだが、もし、影を剥がすのに痛みや違和感を伴うのだとしたら、きっと起こしてしまう。そうしたら、きっとモニカは酷く怯えるだろう。

 起きている間に剥がすことを前提として、どうモニカを説得するべきか……シリルは頭を悩ませながら、グレンに目を向ける。


「まずは、影を剥がす術式とやらを見てみたい。レディ・メリッサから託された封筒はあるか? なくしていないだろうな?」


「勿論っす!」


 グレンはソファの背もたれに引っかけていたローブに手を伸ばし、ポケットから封筒を引っ張り出す。

 そうして、雑に封を破って中の紙を取り出し──紙面を凝視して、硬直した。


「…………。……副会長」


「どうした」


「……これ……あの……えぇー……なにがなんやら、なんすけど……」


 途方に暮れたその顔は、グレンが試験前に、基礎魔術学の読解問題を目の当たりにした時によく似ている。


「見せてみろ」


 まったく世話の焼ける後輩だ。

 苦笑しつつ、シリルはグレンから手紙を受け取り、メリッサが記した魔術式に目を通す。


「副会長がいてくれて、助かったっすー。オレ、もう、全然理解できなくて……」


「………………」


「副会長?」


 シリルの顔が強張り、みるみる血の気が引いていく。

 怪訝そうな顔をするグレンに、シリルは苦悶の表情で呟いた。


「……ない」


「へ?」


「……私にも、分からない」


 記された魔術式は、非常に長く、複雑で、難解な代物だった。勉強家のシリルでも、全体の四分の一ほどしか理解できない。

 上級魔術師でも、これを読んで即座に理解できる者は、そうそういないだろう。

 それだけ、メリッサが自分達のことをかってくれている──と言うには、あまりにもその魔術式は難解すぎた。

 これは、日頃から魔術式研究に従事している専門家が、時間をかけて身につける技術だ。


(……まさか)


〈暴食のゾーイ〉奪還作戦への参加を志願するシリルとグレンに、メリッサは言った。


 ──〈沈黙の魔女〉の影が剥がし終わったら、明日の昼、またここにいらっしゃい。そしたら、作戦に加えてあげるわ。


 紙を握る手に力がこもり、皺が寄る。

 シリルは低い声で呻いた。


「……やられた」


「へ?」


「『この程度の魔術も理解できない人間は、作戦に参加させられない』……それが、レディ・メリッサの答えだ」


 シリルは拳を握りしめ、あの時の光景を思い出す。

 あぁ、そうだ。あの会議室には、シリルが敬愛してやまない、あのお方もいたのだ。


「おそらく、私達を意図的に作戦から排除するつもりだ。レディ・メリッサも、……あのお方も!」


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