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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝12:開け、門
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【16】改めて自己紹介を


「死者を呼び戻す。それが〈暴食のゾーイ〉の真の能力であり、セオドアの目的である。……というのが、私の考えです」


 シリルがそう締め括った時、メリッサ達は各々、驚愕よりも納得の強い顔をしていた。

 もしかしたら、メリッサ達はセオドア・マクスウェルが呼び戻したがっている死者について、心当たりがあるのかもしれない。

 シリルが黙って様子を伺っていると、メリッサが口を開いた。


「解説、ありがとうございます、シリル様。おかげで、行動指針を立てやすくなりましたわ」


「少しでもお力になれたのなら、幸いです」


「わたくし達、明日の午後から〈暴食のゾーイ〉奪還作戦を開始するつもりですの。それで……シリル様に、お願いしたいことがあるのですけど、よろしいでしょうか?」


「私にできることがあれば、なんなりと」


 シリルは即答した。

 この状況で、自分にできることがあるのなら、なんだって協力するつもりだ。

 トゥーレとピケも、机の上でピシッと背筋を伸ばしてメリッサを見ている。どうやら、シリルを真似ているつもりらしい。

 メリッサは視線を机に落とし、憂いを帯びた声で言った。


「実は……先日、〈沈黙の魔女〉がセオドア・マクスウェルと交戦し、〈暴食のゾーイ〉に記憶を食べられてしまいましたの」


 ヒュゥッ、と息を呑むシリルの横でグレンが声を荒らげる。


「モニカが、負けたんすかっ!?」


〈暴食のゾーイ〉は非常に強力な古代魔導具だ。それ故、活動には代償を必要とする。

 厄介なのは、その代償は契約者本人でなくとも構わない、という点だ。

 それ故、王都では〈暴食のゾーイ〉の代償として、体の一部や、信じがたいことに、年齢を奪われた者もいるという。

 そして、モニカが奪われたのが、ここ数年分の記憶であるらしい。


(それは、つまり……私のことも、忘れたということか?)


 シリルの胸の奥が焦燥にざわつく。

 その焦りを肯定するように、メリッサは小さく首肯した。


「今、ご友人のラナ・コレット女史に面倒を見てもらっているのですけれど、この状況でしょう? ……殿方がいる方が心強いと思いますの」


「分かった。私が責任をもって、護衛しよう。そして、明日の午後の奪還作戦には私も協力を……」


 頷くシリルの横で、グレンが机から身を乗り出す。


「オレも! オレも、モニカのお見舞い行きたいっす! そんで、お見舞いしたら……オレも奪還作戦に参加させてほしいっす!」


 メリッサはニコリと微笑み、机の端に寄せていた紙とペンを手元に手繰り寄せた。

 そして、凄まじい速さで魔術式らしきものを書き殴り、それを封筒に入れる。


「それでは、お二人にもう一つお願いを……影を剥がす術式の検証が完了したので、〈沈黙の魔女〉の首の後ろに張りついた影を、剥がしてくださいますか? 術式は、こちらの紙に」


 グレンがサッと立ち上がり、メリッサの元に駆け寄って封筒を受け取った。

 メリッサは真っ赤な唇を持ち上げ、目を細めてグレンの顔を覗きこむ。


「坊や、その術式は機密事項だから、使う直前まで見ちゃ駄目よ?」


「はいっす!」


「〈沈黙の魔女〉の影を剥がし終わったら、明日の昼、またここにいらっしゃい。そしたら、作戦に加えてあげるわ」


 何事も予定を立てないと落ち着かない気質のシリルは、自分がやるべきことを頭の中で整理した。

 まずは、モニカの家に行き、記憶を食われたというモニカの症状の確認。

 自分のことを覚えていないのなら、まずは自己紹介から始める必要があるかもしれない。

 それから、モニカの影を剥がす術式の実行。

 その後は、仮眠を取って魔力を回復し、翌日の午後に行われるという奪還作戦に備える。


(だが、その前に……)


 シリルはソワソワと左手の席に座る、眼帯の青年を見た。

 確かめたい、声が聞きたい。話しかけて良いだろうか──と、シリルが腰を浮かしかけた時、眼帯の青年が口を開いた。


「レディ・メリッサ」


 その一言を聞いた瞬間、シリルの心臓が跳ねた。

 シリルの目が、青年に釘付けになる。


「そこの二人と、少し話がしたい。部屋を借りても?」


 青年の声は淡々とした事務的なものだ。シリルの方など見向きもしない。

 それでも、シリルには分かった。自分が、あのお方の声を聞き間違えるはずがない!


「アタシら移動するから、ご自由にどーぞ」


 メリッサは素っ気なく言って立ち上がり、部屋を出ていく。〈深淵の呪術師〉と〈竜滅の魔術師〉もそれに続いた。

 部屋に残されたのは、眼帯の青年と、シリルとグレン、それと机の上のトゥーレとピケだけだ。

 あぁ、話しかけたい。だが、なんと声をかければ良いのだろう。シリルが座ったまま震えていると、眼帯の青年が口を開いた。


「──さて」


 何度も聞いた一言だ。シリルの背筋が無意識に伸びる。

 眼帯の青年はシリルの方に向き直り、膝の上で指を組んだ。


「君を侮っていたことを詫びよう。まさか、僕に気づくとは思わなかった」


「……でんっ」


 殿下、と口走りかけたシリルの言葉を封じるように、眼帯の青年は酷薄で皮肉げな微笑を浮かべる。


「君が、あの場で『殿下』と口走らなくて良かった。……よく我慢してくれたね」


 グレンが「でんか?」と復唱し、訝しげに眉をひそめた。


「あれっ、なんか、声が会長に似てる……?」


「君の言う会長が僕だよ。ダドリー君。なんなら、君と共有した秘伝のソースのレシピを復唱しようか?」


 グレンが大きく目を見開き、全身を戦慄かせる。

 肉屋の倅は、震える声で呟いた。


「ウサギの背肉のロースト……」


「ベースは赤ワイン。仕上げに蒸留酒とウサギの血、それとバターを一欠片」


「会長ぉぉぉぉ!! どうしたんすか、その顔っ、顔ぉぉっ!?」


 本当はシリルが訊きたかったことを、グレンが先に口にしてしまった。

 シリルはただ、動揺のあまり口をパクパクさせることしかできない。

 眼帯の青年は指先で前髪を軽く弄り、シリルとグレンを交互に見た。


「あちらの顔を〈暴食のゾーイ〉に喰われたんだよ。これが、僕の本来の顔だ」


 前髪を弄っていた青年の指先が、右目の上を覆う眼帯を持ち上げる。

 シリルとグレンは息を呑んだ。

 青年の右目の上には、縦に伸びた古傷がある。深々と抉られた傷痕だ。見ているだけで痛々しい。


「改めて自己紹介をしよう。〈沈黙の魔女〉の弟子、アイザック・ウォーカーだ」


 シリルは自分がどんな反応をすれば良いのかが、分からなかった。

 モニカと、敬愛するお方が、それぞれ大事にしているものを奪われたことが腹立たしい。

 だが、それ以上に驚きと衝撃が強く、椅子に座ったまま呆然としていると、アイザックが眼帯を直し、シリルの前に立った。

 慌ててシリルが椅子から立ち上がると、青年はニコリともせず、シリルの右手を握る。


「どうぞよろしく、シリル・アシュリー」


 その右手に、何かを握らされた。

 シリルが思わず手元に目を落とすと、アイザックが小声で囁く。


「……それを、トゥーレに」


 手のひらの中にあるのは、紙に包まれた固い何かだ。

 グレンに見られぬよう、背中で隠しながら紙を開くと、中身は紫色の宝石だった。装飾部分に紐がついていて、紙には「対竜索敵阻害魔導具」と記されている。

 シリルが困惑している間に、アイザックはグレンとも握手を済ませた。


「改めてよろしく、ダドリー君」


「っはぁー……会長って、そういう顔だったんすね」


「近寄りがたい?」


「傷痕の数なら、オレの叔父さんの方がやばいっすね。歴戦の狩人なんで」


 グレンはあっさりと、容姿の変わったアイザックを受け入れている。

 自分もそうしたいのに、会話に混ざりたいのに、グレンのような柔軟性を持ち合わせていないシリルは、上手に話しかけることができない。

 それでも勇気を振り絞って、シリルは口を開いた。


「あ、あの……っ、でん……、その……」


「シリル」


 モゴモゴと口篭るシリルを遮り、アイザックはシリルを見据えた。


「ここにいるのは、アイザック・ウォーカーだよ。……名前で呼んではくれない?」


「あ……その……」


 シリルを見る碧い目は、冷ややかで鋭い。だが、シリルの名を呼ぶ声は、穏やかで優しいあのお方のそれなのだ。

 シリルがまごまごしていると、アイザックの目尻が少し下がる。


「モニカは今、男性を怖がっている。コレット嬢の指示に従ってくれ」


「……え?」


「彼女を守ってくれ。……頼む」


 それだけ告げて、アイザックは部屋を出ていく。

 不意に足元で小さな物音が聞こえた。目を向けると、机の下から黒猫が出てくるのが見える。以前、モニカの家で見かけた黒猫だ。

 黒猫は机の上のトゥーレとピケを見ると、すぐにフイッと前を向いて、アイザックを追いかける。

 すぐにパタンと扉が閉じて、アイザックの後ろ姿も、黒猫の尻尾も見えなくなった。



 * * *



(……相変わらず、難儀だなぁ)


 シリルの反応を思い出し、アイザックは苦笑する。

 頭の硬いシリルは、一度決めたやり方を変えるのが苦手だ。それは対人関係においてもそうで、おまけに第一印象を引きずりやすい傾向にある。

 だからこそシリルは、完璧な第二王子と目つきの悪い男の違いに混乱してしまったのだろう。

 なにせ、見た目は初対面、中身はよく知る殿下だ。


(でも、モニカやエリオット達は名前で呼んでるんだし。やっぱり不公平だろう)


 次、殿下と言ったら、どうしてくれよう。頬をつねるか、いっそギュムッと潰すか。それともあの長い髪を、三つ編みにしてやろうか。意趣返しに、アシュリー様と呼んでやるのも良いかもしれない。

 アイザックが思案しながら廊下を歩いていると、足元を歩いていたネロが跳躍し、アイザックの肩に飛び乗った。


「オレ様、ウサギの背肉のロースト、まだ食ってないぞ」


「第一声がそれかい?」


 アイザックが小声で返すと、ネロは背後の会議室をチラリと見る。


「ヒンヤリのやつ、面白いイタチ連れてたな。あれが、白竜と氷霊か」


「このタイミングで、索敵阻害魔導具を渡せて良かった」


「食わせるのか?」


「身につける方向で検討してほしいね」


 小声でやりとりをしていると、前方に壁にもたれて腕組みをしているメリッサの姿が目に入った。

 アイザックはメリッサの前で足を止める。


「シリル・アシュリーに、対竜索敵を阻害する魔導具を渡しておいた。これで、明日の作戦に支障は出ないだろう」


「あのおとぼけイタチ共のことは、お師匠様から聞いたわけ?」


「そんなところだ」


「へぇ、信用されてるわけだ」


 メリッサの嫌味を聞き流し、アイザックは小さく肩を竦める。


「それにしても、意地の悪いことをする。……貴女は、あの二人を作戦に参加させる気などないのだろう?」


 メリッサはグレンとシリルに、奪還作戦は明日の昼過ぎと告げた。だが本当の作戦開始時刻は、明日の早朝だ。

 メリッサは、シリルが白竜と上位精霊を連れていることを知っている。

 白竜も上位精霊も非常に強力な戦力だ。それでも、メリッサはシリルを作戦に参加させる気はないらしい。


「当然でしょ、シリル様はハイオーン侯爵の跡取りなのよ。危険な作戦には参加させられない」


 それに関してはアイザックも同意見だが、グレンが作戦から外されたのは意外だった。


「ダドリー君は?」


「〈結界の魔術師〉は、弟子を戦力のつもりで送り込んだんでしょうけど、アタシ、能力が不確かな奴を作戦に組み込むの、嫌いなのよ。……だからアンタのことも、排除したくて仕方ないんだけどさーあぁ?」


 ジロリと睨みつけてくるメリッサに、アイザックはサラリとした口調で返す。


「弾除けにでも、すればいい」


「言われなくてもするわよ」


 メリッサはパサパサの赤毛をかき上げ、赤い唇の隙間から歯茎を覗かせて、凶悪に笑った。

 この女性は、腹を立てている時ほど笑うのだろう。全身から怒気が滲んでいる。

 そして彼女は、怒りを糧にできる人間だ。


「これは魔術師の戦いよ。こちとら、名門ローズバーグ家の看板背負ってるんだから、無様な戦い方はできないわ」



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