【13】ミツバチと犬
〈竜滅の魔術師〉サイラス・ペイジは飛行魔術でサザンドール上空を飛び、一通り見回りを終えると、魔術師組合に向かって飛行した。
できることなら時間をかけて、じっくりセオドアを探し回りたいし、港に群がる水竜を蹴散らしたいが、今は哨戒に留めろと、メリッサに厳命されている。
サイラスは現在サザンドールにいる戦力の中で、最も戦闘力と機動力に秀でた存在だ。セオドア戦の要になる。だからこそ、メリッサはサイラスのことを温存しておきたいらしい。
飛行魔術を使える魔術師は、組合にも数人いるので、メリッサは組合の魔術師達にもこの手の見回り役を上手く割り振っている。
港に群がる水竜に関しては、サザンドールの魔術師が討伐に来るよう仕向けて、疲弊させようというセオドアの罠ではないか、というのがメリッサの読みだった。
故に、「陸に上がってこなけりゃ、とりあえず放置でいいわよ」と言われている。
(やっぱ、〈暴食のゾーイ〉にゃ、竜を操る能力があるのか? 下位種の竜を操るなんて、まるで……)
魔術師組合の建物が見えてきたところで下降したサイラスは、建物の前に見覚えのある人物が佇んでいることに気がついた。
右目に眼帯をした、背の高い金髪の青年──彼の幼馴染のアイザックではないか。
〈沈黙の魔女〉の弟子である彼が、何故ここにいるのか?
もしかして、〈暴食のゾーイ〉の代償にされた〈沈黙の魔女〉に何か異変があったのではないか?
(やめろよ、そういうのは、もうやめてくれ)
ルガロアの街で再会した時、幼馴染はどこか危うい雰囲気を漂わせていた。
幼馴染との久しぶりの再会だというのに、「会えたら良いな、ぐらいに思ってた」などと言って、一方的に会話を切り上げ、立ち去ろうとしやがったのだ。
その、色々なものを諦めたような雰囲気が、サイラスには悔しかった。
だから、そんなアイザックが〈沈黙の魔女〉の家で、エプロンをつけて、パイだのお茶だのを用意して、当たり前の日常を垣間見せた時、サイラスは酷くホッとしたのだ。
家族を失くしたあいつにも、今は落ち着ける場所があるのだと。
(沈黙の姐さんが〈暴食のゾーイ〉の代償にされて……こいつは冷静だったけど、相当参ってたはずだ)
頼むから、これ以上悪いことは起きないでくれ。
そう祈りながら、サイラスはアイザックの前に降り立った。
「アイク、どうしてお前がここに……」
「サイラス兄さん」
アイザックはサイラスを見据えた。
どこか凪いだ碧い目に、以前再会した時のような危うさはない。
そこにあるのは、静かな決意だ。
「サイラス兄さんの、力を借りたいんだ」
その言葉が、胸を叩く。
サイラスは杖を握りしめ、声を張った。
「おう!!」
幼いアイザックに、「なんとかなる」と無責任な言葉を投げかけてしまったあの日から、サイラスは決めていたのだ。
弟分が助けを求めたら、口先だけでなく、全力で応じてやろうと。
ビリビリと空気を震わせるサイラスの大声に、アイザックは驚き、目を見開いている。
(大袈裟だなんて笑うなよ。俺は、ずっとずっと悔いてたんだ。今度こそ、力になってやりてぇんだ)
そのために、サイラス・ペイジは〈竜滅の魔術師〉になったのだから。
「沈黙の姐さんを助けてくれってことだろ。分かってる、俺が、絶対に、あの人を助けてみせる」
アイザックは眼帯で覆われていない左目を僅かに細め、小さく笑った。懐かしい笑い方だった。
「ありがとう、サイラス兄さん。……リーダー」
「おぅ、リーダーだからな。頼れ、頼れ!」
「うん」
素朴なその返事が、サイラスには妙に嬉しかった。
「よし、それじゃあお前は、沈黙の姐さんと安全な場所で……」
「セオドア・マクスウェルについての考察をまとめてきたんだ。四代目〈茨の魔女〉に提言して、この場にいる七賢人で情報共有をしてほしい。それを踏まえた上で、王都からの応援を加味した作戦を立案することになると思うのだけど、セオドア・マクスウェルを市街地で追い詰めることだけは絶対に避けたいから、場所選びが重要に……」
閉口しているサイラスをよそに、アイザックは手元の紙に目を落としたまま言葉を続ける。
「──というわけで、この作戦に僕も参加したい。その許可がほしいのだけど。……サイラス兄さん?」
腕組みをして黙り込むサイラスを、アイザックが怪訝そうに見る。
サイラスは遠い目をして、フッと笑った。
「……昔っから、お前はそういうやつだったよな」
「どうしてこの流れで、僕が罵られたんだい?」
「可愛い弟分じゃ、収まらないんだよなぁ」
「僕が言うのもなんだけど、相手に理想を押しつけるのは良くないよ、サイラス兄さん」
サイラスがもう無力な子どもではないように、アイザックもまた、大人になったのだ。
大事な人を助けるため、立ち上がれるほどに。
サイラスは気を取り直して、アイザックを中へ促す。
「よっしゃ、詳しい話は中で聞くぜ。入れよ」
「ありがとう。あぁ、それと……」
アイザックが自身の足元に目を向ける。
つられてサイラスも目を向けると、アイザックの足元に座り込んでいる一匹の黒猫が目に入った。
アイザックはその猫を抱き上げて、サイラスに見せる。
「彼も連れて行って良いかな? 僕にとても懐いていて、一緒じゃないと寂しがるんだ」
猫は低い声で「んなぁぁあ?」と鳴いた。なんだか人間が不平不満の声をあげるような鳴き方だ。
魔術師が使い魔を連れているのは、別に珍しいことではないので、サイラスはあっさり頷いた。
「おぅ、いいぜ。ついてこいよ」
「ありがとう、サイラス兄さん」
黒猫は、フギーフギーと鳴きながら、アイザックの腕を前足でベシベシ叩いた。
きっとじゃれているのだろう。あいつは昔から、動物手懐けるの上手かったからな、とサイラスは懐かしくなった。
* * *
アイザックが作戦室に足を踏み入れると、真正面の司令席に四代目〈茨の魔女〉メリッサ・ローズバーグが、その横の小さな作業机の前に〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトが座っていた。
立派な椅子に座ってふんぞり返っていたメリッサは、アイザックを見ると、そばかす顔をしかめて吐き捨てる。
「なにしに来たのよ、犬野郎」
「茨の姐さんよ……」
アイザックの背後で、サイラスがたしなめるような声をあげたが、メリッサは聞く耳をもたなかった。
「エリン公の犬なんだから、犬野郎で充分でしょ」
どうやらモニカの家でのやりとりが、相当腹に据えかねているらしい。
横の机で書物をしていたレイが、羽根ペンを動かす手を止めて、アイザックの足元にいる黒猫のネロを見た。
「猫がいるから、猫野郎の方が正しいんじゃないか? ……あと、動物を連れている顔の良い男は、あざといと相場が決まってるんだ……そうやって女の子の印象を良くするつもりなんだろう、忌々しい」
レイがブツブツと愚痴をこぼし、メリッサが鼻を鳴らしてアイザックを睨む。
「それで、何の用なわけ? おねだりがあるなら犬らしく、尻尾振って媚び売りな」
「正直、貴女がこの場にいてくれて助かった。レディ・メリッサ」
露骨な敵意を見せるメリッサに、アイザックはあえて淡々と告げる。
その冷静さが気に入らないとばかりに、メリッサは目を眇めて凶悪に笑った。
「あーら、皮肉が言えるなんて、賢いワンちゃんだこと」
チクチクと刺してくる悪意の棘の鋭さは、もはや薔薇というより蜂の鋭さだ。だが、アイザックは敵意まみれの挑発をサラリと聞き流し、持参した資料をメリッサの前に置く。
メリッサはアイザックを毛嫌いしているが、彼女は良くも悪くも打算的だ。だから、有益な情報を出せば交渉はできる。
「セオドア・マクスウェルに対する考察だ。読んだ上で一考を」
メリッサはアイザックを睨みつつ、真意を探るような目をしていた。
目つきが相当に悪いらしいアイザックと睨みあいになっても、動じない胆力は流石だ。
アイザックは追加の紙の束を置き、メリッサに顔を近づけて小声で囁く。
「貴女なら、この場にいる誰よりも、この考察に理解を示してくれるだろう」
メリッサは鼻の頭に皺を寄せ、アイザックの資料をパラパラ捲った。
雑な手つきだが、資料の文字を追う目は鋭い。
「……………………っ、あんた、これ……っ」
資料を読むメリッサの顔色が変わった。
見開かれた目が、何故この事実を知っている、と問いかけている。
だが、彼女はこの場でその疑問を口にすることはないと、アイザックは確信していた。
メリッサはレイとサイラスに目配せをし、資料を回す。
メリッサの動揺に不思議そうな顔をしていた二人も、資料に目を通すと、みるみる内にその顔色を変えた。
「おい、アイク……お前、こりゃ、いくらなんでも……」
「この考察が正しければ、港の水竜にも説明がつく。八年前、一生物学者にすぎないセオドア・マクスウェルが、どうやって宝物庫から〈暴食のゾーイ〉を持ち出したのかも」
動揺するサイラスに、アイザックは努めて冷静に言葉を返す。
サイラスの横で資料を読んでいたレイが、紫色の髪をかきむしった。
「さ、最悪だ……こんなの、どうするんだ……王都からの応援だって、まだなのに……っ!」
レイが喚き散らしたその時、扉を控えめにノックして、魔術師組合の職員が入ってきた。
まだ年若い女性職員は、アイザックをチラチラと気にしている。おそらく、客人の前で報告をして良いか、判断に困っているのだろう。
メリッサが、赤く染めた爪でコツコツと机を叩く。
「そいつは迷い込んだ野良犬みたいなもんだから、気にしなくていいわよ。報告があるなら、さっさと言いな」
「は、はい、王都から使者の方がお見えになりました」
「魔法兵団か竜騎士団?」
メリッサの言葉に、若い職員は困惑顔で首を横に振る。
「いえ、それが、お二人だけで……」
それは妙だ、とアイザックは内心訝しがる。
全ての元凶である、〈暴食のゾーイ〉がサザンドールにいるのだから、戦力を惜しむ理由は無いはずだ。
メリッサもそう考えているのだろう、眉根を寄せて訊ねた。
「二人? ……それって、七賢人?」
「いいえ。シリル・アシュリー様、グレン・ダドリー様、と名乗られております」
流石のアイザックも驚き、言葉を失った。
〈結界の魔術師〉の弟子であるグレンはともかく、どうしてこのタイミングで、シリルがサザンドールに来るのだ。




