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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝11:喪失の凶星、瞬く時
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【34】砕け散る夢

 新七賢人となった〈竜滅の魔術師〉サイラス・ペイジは雨の中、飛行魔術でサザンドールの空を飛んでいた。


「えーっと、沈黙の姐さんの家は……この辺か?」


 雨の中を飛び回っていたせいで、彼の外套はぐっしょりと濡れ、撫でつけた金髪も幾らか乱れていた。

 サイラスは顔を濡らす雨を、雑に外套の袖で拭い、住宅街の一角に着地する。




 遡ること一日前の朝。

 サイラスが王都の見回りを終えて、現在拠点としている魔法兵団詰所に戻ると、〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーが硬い声で言った。


「良い知らせと、悪い知らせがあります」


 遂に来たな、とサイラスは身構え、慎重な口調でルイスに言った。


「結界の兄さんよ。俺ぁこういう時、悪い知らせを後回しにするのが嫌いなんだ。良い知らせを後にしてくれ」


「どっちを先に聞いたって、大して変わりゃしないと思いますがね。……悪い知らせは、サザンドールにセオドアと〈暴食のゾーイ〉が現れました。現在もサザンドールに潜伏している可能性が高い」


 遂に、あのセオドア・マクスウェルが現れたのだ。

 クワッと目を剥き、厳つい顔をしかめるサイラスに、ルイスが書類の束を広げながら言う。


「良い知らせは、〈沈黙の魔女〉が影を剥がす術式を完成させました」


「沈黙の姐さんが! やっぱ、あの人ぁすげぇ……」


 サイラスは、あの影の解析作業には携わっていない。

 貴重な戦闘要員なので、王都周辺の見回りと、対竜用索敵魔導具を範囲拡大するための改良作業に忙しかったためだ。

 それでも今後のためにと、影の解析結果を何度か目にしている。

 正直、その解析結果を読み取るだけで一苦労だった。

 サイラスはほぼ独学で魔術を学んだ身なので、魔術の知識が対竜用に偏っているというのもあるが、それにしても闇属性魔法の解析は難解だ。

 それを解析して、更に対策術式まで作り上げた〈沈黙の魔女〉の優秀さは言うまでもない。

 サイラスが感心していると、ルイスが広げた資料から数枚を抜き取り、サイラスに押しつけた。


「……というわけですので、〈竜滅の魔術師〉殿は大至急サザンドールに向かって、〈沈黙の魔女〉達と協力し、〈暴食のゾーイ〉回収にあたってください」


 サイラスは王都の見回りにも飛行魔術を何度か使っているので、現時点で魔力が幾らか減っている。

 今から全速力の飛行魔術でサザンドールに向かえば、今日中には到着できるが、到着する頃には魔力が空っぽになってしまうだろう。それでは、応援として駆けつけた意味がない。

 適度に休憩を挟んで魔力を残しつつ、飛行魔術と馬車を併用してサザンドールに向かうなら、到着は明日の朝ぐらいになるだろうか。

 魔力の残量を計算しつつ、サイラスはルイスに押し付けられた紙に目を向けた。

 紙には王都側の近況と、今後の指示が記されている。


「これから、私とラザフォード師匠は王立魔法研究所に篭って、この術式の検証作業に移ります。サザンドール側にも被害者がいるとのことですが、術式の実行はこちらの指示を待つように伝えてください。こちらの検証が終わったら、私の弟子か契約精霊のどちらかを、伝令としてサザンドールに送ります」


「おぅ、分かった。伝えとく」




 かくして、ルイスとのやりとりの翌日の昼前、魔術師組合サザンドール支部に到着したサイラスを出迎えたのは、四代目〈茨の魔女〉メリッサ・ローズバーグの罵声であった。


「遅いっ!」


「無茶言わねぇでくれ、茨の姐さんよ。これでも大急ぎで来たんだぜ」


 おまけに途中から雨が降り出して視界が不明瞭になったため、サイラスは少しばかり道に迷ってしまったのだ。

 これまで竜討伐を中心としていたサイラスの活動範囲は主に東部地方であり、西部地方には土地勘が無かったのである。

 サイラスが謝りながら報告書を差し出すと、メリッサは素早く目を通しながら、世間話のような口調で言った。


「そういやさ、ほんの小一時間前におちび……〈沈黙の魔女〉が一時帰宅したのよね」


 メリッサが言うには、モニカは対〈暴食のゾーイ〉用の切り札となる魔術を開発中であり、その研究資料と着替えを取りに行くため、一時帰宅したのだという。

 影を剥がす術式を開発しただけでもすごいのに、更に新しい切り札まで!

 驚くサイラスに、メリッサが雑な口調で命じる。


「あんた、ちょっと〈沈黙の魔女〉の家に行って、あのおチビにこの伝令内容伝えてきてよ。それと、竜滅が来たことだし、今日は夜までこっちに来なくて良いから、家で休んでろって言っといて」


 雨の中、飛行魔術を飛ばして駆けつけたサイラスにこの扱い。非道である。

 だが、サイラスは肉体労働は割と苦ではなかったし、モニカの家に──正確には、その家にいるであろうモニカの弟子に興味があったので、二つ返事でそのお遣いを引き受けた。



 * * *



 住宅街に着地してすぐに、モニカの家は見つかった。

 サイラスは乱れた前髪を撫でつけ、少しばかり意識して精悍そうな表情をつくる。

〈沈黙の魔女〉の家には、住み込みの弟子がいるのだという。

 話を聞いている限りだと、大変気が利いて、家庭的で、エプロンが似合うおっぱいの大きい女性であるらしい──後半はサイラスの願望と妄想である。


(おたくの師匠には世話になってるぜ……挨拶すんなら、こんな感じか? いや、もうちょい気さくに……)


 サイラスの脳内では、エプロンの似合う家庭的な女性が、焼きたてのパイを切り分けて、ニコニコしていた。


『こちらこそ、師匠がお世話になってます。サイラスさんのことは、師匠から聞いていますよ。とっても素敵な方なんですね。もし良かったら、焼きたてのパイを食べていってくださいな』


 うっす。それじゃ、お言葉に甘えて……──と脳内妄想に語りかけていたサイラスは、ふとモニカの家の庭に不審な男を見つけた。

 背の高い金髪の男だ。サイラスの側から見える顔の右半分に黒い眼帯をつけていて、顔立ちはよく分からない。

 男はモニカの家の横にある隙間に、身を滑り込ませるようにして入っていく。

 これはもしや、女性しか暮らしていない家を狙う、泥棒か婦女暴行犯ではなかろうか。

 許せん、とサイラスは地面を滑るように駆け、男の肩を掴んだ。


「おい、てめぇ。この家で何をしてやがる!」


 肩を掴まれた男は勢いよく身を捻って、サイラスの手首を掴む。

 そのまま手首を捻じ上げる気かと思いきや、男は掴んだ手首を支点に、ぬかるむ地面を蹴って跳び上がった。

 持ち上がった長い足が鞭のようにしなり、サイラスのこめかみを狙う。


「──あ」


 男は蹴りを途中で止めて地面に着地すると、眼帯で覆っていない方の目を丸くした。


「サイラス兄さん」


 なにやら聞き覚えのある声が、聞き覚えのあることを言う。

 サイラスはこめかみを庇うために持ち上げていた腕を下ろし、まじまじと男の顔を見た。

 顔の右半分を眼帯で隠した、鋭い目つきの男だ。どことなく冷たい雰囲気がある。

 そんな見るからに冷酷そうな男が、サラリとした口調でサイラスに謝罪した。


「ごめんね、反射的に体が動いてしまった」


 それは旧知の相手に対する、どこか気安い謝罪だ。

 なによりサイラスは、この男に懐かしい少年の面影を見出していた。


「……アイク?」


「ルガロア以来だね」


 やはり、この男はかつて隣の家に住んでいた少年──アイザック・ウォーカーなのだ。

 以前ルガロアで再会した時は、包帯で顔全体を隠していたから気づかなかった。


「アイク、お前、こんな所で何をして……」


「家の横に植えてあるブルーベリーが収穫に良い時期だから、雨で傷む前に摘んでしまおうと思って」


「…………は? ブルーベリー?」


 よく見るとアイザックは、シャツとベストの上にエプロンを身につけ、その手に小さな籠を持っていた。籠の中身は摘みたてのブルーベリーだ。

 籠のブルーベリーを一粒も零さずに、先ほどの派手な立ち回りをした身体能力は実に素晴らしい。

 サイラスは、ますます混乱した。

 何故、〈沈黙の魔女〉の家の庭で、幼馴染の男がブルーベリーを摘んでいるのか。

 サイラスが立ち尽くしていると家の扉が開き、モニカが血相を変えて駆け寄ってきた。


「アイク、お客様ですか? ……あっ、サイラスさん」


 モニカがサイラスに気づき、ペコリと頭を下げる。

 サイラスは後輩として挨拶をすべきだと分かっていながら、それでも動揺のままにモニカとアイザックを交互に見た。

 今、モニカはアイザックのことを、愛称で呼んだ。


(もしかして知り合いなのか?)


 沈黙の魔女の家でブルーベリーを摘んでいた幼馴染。

 そして、身につけているエプロン。

 一つの可能性に行き着いたサイラスは、電撃に撃たれたように体を震わせ、モニカとアイザックを交互に見る。


「姐さん、もしかして、こいつは……」


 戦慄くサイラスに、アイザックはモニカを、モニカはアイザックを見ながら言った。


「こちら、僕のお師匠様」


「あ、はい。アイクはわたしの弟子です」


 サイラスは言葉を失った。

 幼馴染と再会できたのは嬉しい。

 ……嬉しいが、エプロンの似合う笑顔の素敵なおっぱい美人にもてなされる夢を見ていたサイラス・ペイジは、顔をクシャクシャにして、地に膝をついた。


 ──さらば、男の夢。


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