【28】友達のいない男達
ヴィンケル五兄弟の次男ミシェルが、四男テオドールと一緒に荷物をまとめていると、裏口の扉がノックされた。
──コン、ココン、コンコン。
独特のリズムのノックは、彼らの符丁だ。
──二名帰還、負傷者無し、追跡無し。
ミシェルが目配せをし、テオドールがそれに頷き返して、裏口の扉を開けた。
扉の前に佇んでいるのは、黒髪の大柄な男が二人──長男のアントニーと、五男のロベルトである。
「二人とも、おかえり」
「うむ」
「ただいま戻りました」
おっとりと出迎えるテオドールに、アントニーとロベルトが言葉を返す。
ヴィンケル五兄弟は、長男アントニーと五男ロベルトが、大柄でなんとなく雰囲気が似ている。母親似なのだ。
次男のミシェル、四男のテオドール、それとこの場にいない三男のスヴェンは、どちらかというと父親似である。彼らの母親は元騎士で、女性にしてはかなり大柄なのだ。
母親似の五男ロベルトは、兄弟の中ではアントニーの次に大柄なのだが、彼らはこの末っ子をとても可愛がっていた。
そんな可愛い末弟のロベルトが、今はその手に大きな花束を抱えている。
「わぁ、大きな花束。どうしたの?」
テオドールが訊ねると、ロベルトはキリリとした顔で答えた。
「はい、これからプロポーズに行こうと思いまして」
プロポーズ。その言葉に、色恋沙汰が好きな次男のミシェルは、はしゃいだ声をあげた。
「プロポーズ! あの、モニカ嬢に? そっかそっか〜、遂に……」
あの小さかった──ロベルトは子どもの頃から割と大柄だったが、兄弟の中では小さくて可愛いかったことにされている──弟が、遂にプロポーズ!
少し前にセレンディア学園を卒業したばかりのこの弟は、秋からランドール王国騎士団に所属することが決まっている。それも将来有望な指揮官候補としてだ。
だからその前にモニカに結婚を申し込み、ランドール王国に連れて行くつもりなのだろう。
ロベルトが熱心に口説いている女性の名は、モニカ・エヴァレット。リディル王国の魔術師の頂点、七賢人の一人である。
そんな人物が他国に嫁ぐとなると、色々と面倒なこともあるだろうけれど、そこは兄達がしっかりとサポートしてやらねば、とミシェルは密かに考えていた。
なにより、妹ができるのである。妹。
ミシェルは弟達を可愛がっているが、それはさておき、妹が欲しいと常々思っていたのだ。男五兄弟だと、まぁまぁ家の中がむさ苦しいのである。
ミシェルは可愛い女の子が好きだ。恋愛対象でも対象外でも、見ていて癒される。
特にヴィンケル家は母親が大変大柄でたくましいので、小柄で素朴なモニカ・エヴァレットは、ヴィンケル兄弟が考える理想の妹であった。
(あの子が妹になったら、一緒にお買い物をして、甘いお菓子を食べさせてあげたいよねぇ。最近流行りのキャラメルを挟んだ焼き菓子なんか喜ぶんじゃないかな。あと、ガラス市場も外せないよねぇ、あそこは女の子が喜ぶこと間違いなし! エスコート上手なミシェルお兄様、素敵!)
ミシェルがウキウキしながら、そんなことを考えていると、長男アントニーが重々しく頷いた。
「我が国では、プロポーズと言えば花だ。あとは二の腕の逞しさをアピールすれば、きっとモニカ嬢もロベルトに夢中になるだろう」
「はい、兄さん。この日のために、欠かさず二の腕を鍛えてきました」
ロベルトが袖捲りをし、二の腕にグッと力を込める。アントニーも己の二の腕を晒し、同じポーズで力を込めた。
長男と末弟が二の腕で語り合っていたその時、上の階で音が響く。その僅かな音を、彼らは即座に足音だと認識した。
二階に閉じ込めているサミュエル・スロースは手足を拘束されているのに、だ。
アントニーが鋭い声で言った。
「テオドール、拘束は」
「したよ。魔術を封じる魔導具もつけてる。部屋には鍵を二重にかけてた」
言葉を交わしながら、アントニーとロベルトが剣の柄を握り、詠唱を始めた。
テオドールとミシェルも、各々の武器の鞭と隠しナイフに手を伸ばす。
ギシ、ギシ、という足音は次第に階段に近づいてくる。耳の良いミシェルはその足音だけで、相手の位置を把握できた。
階段だ。上階にいる何者かは、階段を下りようとしている。
足音が、止まった。
それと同時に、黒い何かが階段の上から下に流れ落ちてくる。
それは光沢のある黒いインクを、大量に流したかのように見えた。
液体──そう判断した瞬間、四人全員が毒を警戒し、息を止めて口と鼻を手で塞ぐ。
だが、それは液体ではなかったのだ。
黒い液体に見えたそれは、まるで意思を持つかのように形を変える。
無数の黒い槍が、兄弟達に降り注ぐ。
* * *
サザンドール商業区の一角にあるコーヒーハウスで、クリフォード・アンダーソンは、これっぽっちも美味しくなさそうにコーヒーを飲みながら言った。
「父から手紙がきた。その手紙によると、ボクとウォーカーは友人らしい」
クリフォードの向かいに座るアイザックは、返事の代わりにニコリと微笑んだ。
クリフォードは眼鏡の奥で灰色の目をギョロリと回して、アイザックを見る。
「おかしな話だ。ウォーカーに友達なんて、いるはずがないだろう」
「すごい言いがかりだね?」
「無駄に顔が良いから、異性とは友達になれない。顔は良いけど性格が悪いから、同性に嫌われるタイプじゃないか」
「…………」
友達が少ない、という点はまぁまぁ当たっているのだが、それは彼の特殊な境遇のせいである。
なにより、アイザック以上に友達のいなそうなこの男に言われると、正直複雑だ。
サザンドールに到着したアイザックは、モニカの家には向かわず、宿を取った。
今、サザンドールには四代目〈茨の魔女〉メリッサ・ローズバーグと、三代目〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトがいる。二人とも式典でフェリクス王子の顔を知っているから見つかると何かと面倒だ。
だからアイザックは帽子と眼鏡で簡単な変装をし、周囲を警戒しつつ、クリフォード・アンダーソンと接触した。
サザンドールでアイザックがやるべきことは二つ。
一つは、モニカに対竜索敵用魔導具の設計図を渡すこと。そしてもう一つが、クリフォードを自身の研究の協力者として引き込むことだ。
クリフォードはコーヒーをグビグビと飲み干し、口を開いた。
「手紙は読んだ。ウォーカーの研究に、うちのクソジジイが出資するらしいが……」
クリフォードは空のカップをソーサーに置くと、アイザックを真っ直ぐに見据える。
「てっきり、ウォーカーはモニカのヒモだと思っていた。働いていたんだな」
「すごい言いがかりだね?」
アイザックは貼りつけたような笑顔のまま、先ほどと同じ言葉を繰り返した。
だが、その程度で怯むクリフォードではない。
「あぁ、それで、その諸々の手続きの窓口を、ボクにやれという話だったか……そういう話なら、断る。アンダーソン商会の支店がサザンドールにもあるから、そっちを窓口にすればいい」
「だって、あの支店、モニカの家から遠いじゃないか」
「………………」
アイザックの言葉に、クリフォードは閉口した。
眼鏡の分厚いレンズの奥で、灰色の目が丸く見開かれている。
表情筋を使うことを厭う彼が、ここまで驚愕を露わにするのも珍しい。
「そのためだけに、ボクを窓口にしたのか?」
「うん」
それも本音だが、実際は別の理由があった。
アンダーソン商会サザンドール支店は貴族が利用する可能性が高く、素性を隠しているアイザックはあまり近づきたくないのだ。
だが、あえてアイザックはそれを説明せず、クリフォードの言葉にあっさり頷いてみせた。
友達がいないヒモ呼ばわりされた、意趣返しである。
「この取引は、君にとっても悪い話じゃない」
「悪いことだらけじゃないか。ただでさえ、最近はうるさい奴らが出入りしてるというのに……その上、ウォーカーまで出入りするなんて最悪だ」
すぐにでも帰りたい、という空気を漂わせているクリフォードに、アイザックはあえてのんびりした態度でコーヒーを啜る。
そうして、世間話のような口調で切り出した。
「ラナ・コレット嬢のフラックス商会は規模が小さいから、材料を大量入荷しない。必然的にコストが高くつくね?」
例えば服飾品や装飾品などの商品を作る時、材料を一度に大量購入すれば、運送費を抑え、材料費を安くすることができる。
だが、フラックス商会は一点物の商品も多く、大量生産はしていない。材料も少量ずつの購入となるため、運送費等がかかってしまう。
「僕の研究に必要な資料や材料の運送には、アンダーソン商会長が用意した運送馬車を使うことになる。……もし、君が窓口になってくれるなら、その馬車をフラックス商会でも使って構わないそうだよ」
クリフォードの表情は変わらないが、今にも帰りたそうな空気は払拭された。
商業都市パルーヴァは、フラックス商会の仕入れ先の一つだ。
パルーヴァとサザンドール間の運送費を節約できれば、商品のコストを大幅に下げることができる。
「君はラナ嬢に喜んでもらえる。僕は余計な手間が省ける。良いこと尽くめだね」
アイザックは契約書をクリフォードに差し出した。
クリフォードは嫌そうな顔で息を吐いて、契約書を受け取る。
「ボクのラナに対する好意を利用するあたり、やっぱりウォーカーは性格が悪い」




