【26】益のある話
アイザックはリディル王国各地に部下を配属しており、定期的に各地方の報告書を送らせている。
この報告書は、王都、エリン領、サザンドールを含む全国十二の拠点に同時に送らせているので、アイザックがどこにいても、すぐに内容を確認できるようになっていた。その拠点の一つが、商業都市パルーヴァにもある。
だが今回、王都大規模竜害の報を誰よりも早くアイザックに伝えたのは、アイザックの部下ではなく、アンダーソン商会長であった。
運送王の肩書きを持つアンダーソン商会長は、リディル王国各地に支店を持っている。それだけに情報網の広さ、速さはアイザックの上をいった。
(味方にすると心強いな、アンダーソン商会長)
アンダーソン商会長の手紙を受け取ったアイザックは、滞在中の宿で思案していた。
アンダーソン商会長の情報によると、王都で大規模竜害が発生したが、城にいた七賢人が対応をして、被害は最小にとどめることができたらしい。
だが、この時の竜害が原因で、城で魔導具の暴走事故が起こり、城の一部が崩壊。〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイが負傷をしたという。
(……これは、一般向けに情報を操作されているな)
竜害と魔導具の暴走の因果関係があまりにも曖昧だし、〈星詠みの魔女〉の負傷具合もぼかされている。
(王都の大規模竜害の日に、モニカとサイラス兄さんが王都に戻れたとは考えにくい。おそらく、二人はこの大規模竜害に直面していないと考えて良いだろう)
更に、〈星詠みの魔女〉は負傷する直前に、この後更なる大規模竜害が起こることを予言したのだという。
城に行くか、エリン領に戻るか──アイザックは熟考の末に、城に行くことを選択した。
正確な情報は城に行かないと手に入らない、という確信があったのだ。
アイザックが登城した時、既にモニカとサイラスもルガロアから帰還していて、七賢人達は魔法兵団詰所を拠点にしていた。
アイザックとしては、すぐにでもモニカと会って話をしたかったけれど、第二王子が魔法兵団詰所をフラフラしていてはあまりに目立つ。城内とは勝手が違うのだ。
だからアイザックは情報収集に専念し、城内で本当は何が起こったかを知った。それと、〈星詠みの魔女〉が残した本来の予言も。
そうしてアイザックが事件の全容を把握したのとほぼ同時期に、〈沈黙の魔女〉のサザンドール謹慎が決定。情報収集に奔走していたアイザックは、モニカに会うことができなかった。
* * *
──いずれあなたは、その眼に映る世界の半分を失うでしょう。
〈星詠みの魔女〉にそう予言された日から、アイザックは常にこれから起こりうる最悪の事態を想定して動いていた。
フェリクス・アーク・リディルとアイザック・ウォーカーの二重生活を送る彼にとって、どちらかの生活を奪われることは、「世界の半分を失う」ことに等しい。
だから、フェリクスの名を汚す者を排除し、自分の周りをチョロチョロしている帝国の見張りにも釘を刺した。
サザンドールの暮らしを脅かす水竜対策に、水中用索敵術式を開発した。
そして、アイザック・ウォーカーの平和な日常の象徴でもあるモニカを守るため、七賢人周辺の不穏な出来事について、情報収集をした。
愛するお師匠様に何かあったら、それこそアイザック・ウォーカーの世界は失われたも同然だ。
(今、僕が警戒すべき存在は二つ。古代魔導具を所有するセオドア・マクスウェル。それと……)
アイザックは城の一室に赴き、中で待っていた人物に声をかける。
「忙しい中、呼び出してすまないね。〈竜滅の魔術師〉殿」
「……っす」
黄色に近い金髪を撫でつけた大柄な男──〈竜滅の魔術師〉サイラス・ペイジが立ち上がり、会釈をする。
現在、七賢人は〈星詠みの魔女〉が意識不明の重体。〈結界の魔術師〉が魔力の回復が遅れており、戦力が著しく低下している。
それ故、飛行魔術が得意で、対竜戦闘を得意としているサイラスは、王都周辺の見回り等、非常に多忙の身であった。
そんな彼に無理を言って時間を作ってもらったのには、それなりの理由がある。
アイザックはサイラスに座るよう促し、自身も向かいの椅子に腰を下ろした。
「貴方が開発した竜探知の魔導具に、出資をしたいという話は覚えているだろうか?」
サイラスはまだ、王侯貴族を相手にすることに慣れていないのだろう。
ぎこちない態度で首肯した。
「うっす、はい」
「アンダーソン商会が、正式に金銭支援を申し出てくれた」
「アンダーソン商会? え、あの、運送王の……っすか?」
「そう、商会長のウィズリー・アンダーソン氏とは、直接話をつけてある」
サイラスの表情は喜びよりも、驚きと困惑の方が大きかった。
アンダーソン商会はリディル王国の各地に支店を持っているので、地方出身の人間でも、その名を耳にしたことぐらいはあるだろう。
そんなリディル王国有数の大物商人と、第二王子が出資を申し出ているのだ。
話の規模の大きさに、サイラスは目を白黒させている。
「ただし、この出資には条件がある」
アイザックの言葉に、サイラスはカッと目を見開き、眉根を寄せた。
元々厳つい顔をしている男なので、そうしていると、ちょっと堅気とは言い難い形相である。
サイラスは顎を引き、慎重な口調でボソリと言った。
「研究に失敗したら、俺の命で償え……ってやつっすね?」
「…………」
──重すぎるよ、サイラス兄さん。
胸の内で呟き、アイザックは温和な笑みで言葉を返す。
「サザンドールに、水中索敵用魔術の研究をしている研究者がいるんだ。その研究と、貴方の竜探知の魔導具を併用して、水竜も索敵できる船を作りたい」
以前サイラスに挨拶をした際に、水中索敵魔術に関する話題は振っているので、サイラスは驚きつつも納得したような顔をしていた。
アイザックは、アンダーソン商会長と用意した各種契約書や提案書を机に並べながら、言葉を続ける。
「多忙なこの時期に、と思うかもしれないが、大規模竜害の予言が出ている今だからこそ、貴方の対竜用、索敵魔導具の研究を進めてほしい。貴方の魔導具の索敵範囲を広げることができれば、大規模竜害にも対処しやすくなる」
サイラスの開発した対竜用索敵魔導具は、大規模竜害の切り札になる、とアイザックは確信している。
この研究を進めない手はない。
「今は、索敵範囲を広げる研究を優先的に進めてほしい。水竜対策の船造りは、大規模竜害の件が一段落してからで構わない」
水竜対策の船造りを後回しにする件については、アンダーソン商会長にも了承を得ている。どんなに船造りを急いだところで、大規模竜害で船が壊されては元も子も無いからだ。
なにより、竜の索敵範囲を広げた魔導具を量産し、アンダーソン商会の馬車に常備することができれば、馬車が竜と鉢合わせる事態を回避できる。
東部地方にも支店の多いアンダーソン商会にとって、サイラスの開発した魔導具は多額の出資をするだけの価値があるのだ。
「どうだろう? 了承してもらえるだろうか」
「……あの、一つ訊いて良いっすか?」
「うん?」
サイラスは契約書とアイザックの顔を交互に見て、慎重な口調で訊ねた。
「どうして王族の方が、そこまでしてくれるんすかね」
今まで竜討伐に明け暮れていたサイラスにとって、貴族は遠い存在だ。まして王族ともなれば、現実味のない存在と言っても良い。
そんな人間が、突然自分に出資を申し出たことが、サイラスには俄かに信じ難いのだろう。
アイザックの知る「サイラス兄さん」は、褒められるとすぐに調子に乗る少年だったけれど、年月は彼に年相応の思慮深さを与えたらしい。
(……そうだね。僕だってもう、あの頃みたいな、「良い子のアイク」じゃない)
アイザックがサイラスに出資契約を持ちかけたのには、三つの理由がある。
一つ、単純にサイラスを応援したかったから。
二つ、サイラスの研究は、竜害の多いこの国にとって非常に有益であるから。
そして、三つ目の理由は……。
「私にも益のある話だからだよ」
「……はぁ、そういうもんすかね」
サイラスはガリガリと頭をかきながら、契約書を手に取った。
そうして、深々と頭を下げる。
「出資の話、ありがたく……えーと、つつしんで? お受けいたしゃす。ところで、この水中索敵術式を研究してる奴ってぇのは……」
「あぁ、彼はサザンドールに住んでいるんだ。そうだ、彼とは共同研究者になるわけだから……君の開発した魔導具の設計図を見せても構わないね?」
「っす、後でお持ちしやす」
「ありがとう、助かるよ」
アイザックがサイラスに出資を持ちかけた理由の三つ目。
それは、対竜用索敵魔導具の設計図を手に入れるためだ。
(設計図を解析すれば、この魔導具を無効化する術式が作れる)
常に最悪の事態を想定するアイザックが、〈竜滅の魔術師〉の存在を知った時、真っ先に危惧したのは、正体を隠して人間と共に暮らす黒竜と白竜──ネロとトゥーレのことだ。
サイラスの魔導具は、今はまだ索敵範囲が狭いが、いずれより広範囲を索敵できるようになる。
そして、ネロやトゥーレの正体が明るみに出たら──モニカとシリルは糾弾され、破滅するだろう。
だからアイザックは、サイラスの魔導具対策を早急に用意したかったのだ。
(サイラス兄さんがネロとトゥーレの存在に気づく前に、設計図を解析して……対策をモニカとシリルに渡さないと)




