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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝11:喪失の凶星、瞬く時
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【18】クッショントラップ

 商会での買い物を終えたところで、モニカはメリッサとレイに断って、一度家に戻ることにした。

 もちろん、フラックス商会の用心棒になっていたネロを回収した上でだ。

 モニカと並んで人の姿で歩くネロは、その両腕にラッパ付きの木箱を抱えていた。


「ネロ、それは……?」


「あのお団子が作ったんだ。これ、おもしれーんだぜ。ペダルを踏むと音が鳴るんだ」


 お団子とは、カリーナのことを言っているのだろう。

 ペダルを踏むと音が鳴る陽気な箱を大層気に入ったネロは、カリーナに頼んで譲ってもらったらしい。


(そういえば、わたしもカリーナから、木彫りを貰ったんだっけ……)


 モニカは鞄にぶら下げた木彫りの猫を指先で撫でつつ、ネロを見上げた。

 サザンドールの街を黒猫姿のネロと並んで散歩することはたまにあるが、人間の姿のネロと並んで歩くのは、随分と久し振りな気がした。


「ネロ、留守中に、何か変わったことはなかった?」


「新しい飯屋ができたぞ! オレ様、あそこの揚げた鶏を食ってみたい!」


 どうやらサザンドールは、いつもと変わらず平和だったらしい。

 モニカが密かに胸を撫で下ろしていると、ネロが金色の目をクルリと回してモニカを見る。


「むしろ、変わったことだらけなのは、中央の方なんだろ? ラナが言ってたぞ。王都に竜が出たとか、ミネルヴァで何かあったとか」


 王都の大規模竜害から二週間が経ち、サザンドールにも噂は届いている。

 情報通のラナが何も知らないはずがない。

 それでも、ラナはあえてあの場で王都の竜害やミネルヴァのことを話題にしなかった。

 メリッサ達に気分良く買い物をしてもらうため。そして話せない事情があるだろうと察した上での、気遣いだったのだろう。

 そんなラナの気遣いが、当たり前のように言ってくれる「おかえりなさい」の言葉が、モニカの胸をじわじわと温める。


(ラナとは、今度ゆっくりご飯食べたいな。カリーナも一緒に誘って……)


 その当たり前の日常のためにも、自分は戦わなくてはいけないのだ。

 古代魔導具〈暴食のゾーイ〉を携えたセオドア・マクスウェルと。

 そして、最悪の竜害という不吉な預言と。


「ただいま」


 自宅の扉を開けて、モニカはそう口にする。

 アイザックがいたら、「お帰りなさい」と柔らかな声で応じてくれるところだが、今、この家に彼はいない。きっとしばらく、彼はサザンドールには来られないだろう。


(アイクが、何の気兼ねもなく帰ってこれるようにするためにも……わたしが、頑張らないと)


 モニカは鞄を置いて椅子に座り、ネロを見る。

 ネロは早速持ち帰った箱を床に設置し、ペダルを踏んで遊んでいた。


「ネロ、大事な話があるの」

「それは、またオレ様に留守番しろって話か? それなら拗ねるぞ」

「そうじゃなくて……」


 ペダルを踏んでラッパを鳴らしながら唇を尖らせる成人男性にモニカは苦笑しつつ、ここしばらくの間に起こった出来事を話した。


 新しい七賢人〈竜滅の魔術師〉が、竜の居場所を特定する魔導具を開発したこと。

 ダールズモアの赤竜を逃そうとした結果、謹慎処分になったこと。

 王都ではセオドア・マクスウェルという男が、古代魔導具〈暴食のゾーイ〉を使って人々を襲ったこと。

 それと同時に、大規模竜害が発生したこと。

 そして──。


「〈星詠みの魔女〉様が、史上最悪の竜害が起こるって預言をしたの。それで……」


 史上最悪の竜害。

 その単語を聞いても、ネロは顔色一つ変えなかった。

 金色の目がじぃっとモニカを見つめ、言葉の続きを待っている。

 モニカは声のトーンを落とし、預言の続きを口にした。


「その預言には、サザンドール、〈沈黙の魔女〉、黒竜──この三つが関わってくるって」


 黒竜。その単語を耳にした時、ネロは一回だけ瞬きをした。

 そうしていかにも思案する人間のように腕組みをし、足元のペダルを一回だけ踏む。足元の箱でラッパがパフゥーと鳴った。


「にゃるほど。つまり、サザンドールで起こる竜害を、お前とオレ様がズバッと解決するってことだな」


「え、あ……そうなる、のかな?」


 グレンはモニカがサザンドールで黒竜を倒す、と解釈したが、確かにネロの言う通りだ。

〈星詠みの魔女〉は竜害に黒竜が関わると預言しただけで、その竜害の竜が黒竜と決まったわけではない。


「ここはサザンドールだから、水竜とか怪しいな。まぁ、何が来ようとオレ様の黒炎と、お前の無詠唱魔術があれば敵無しだろ」


 ペダルを踏んでラッパをパフパフ鳴らしながら、ネロはニヤリと笑う。


「そっか……うん。そう、だね」


 モニカにとって竜討伐など、さして困難なことではないのだ。水竜だと少し苦労するが、前回の水竜討伐でコツは掴んでいる。

 それに今はネロがいるのだ。


(むしろ、竜討伐より、ネロの正体がバレないようにすることの方が大変、かも……)


 モニカはペダルを踏んで遊んでいるネロをじぃっと見上げ、硬い口調で告げる。


「ネロ、正体ちゃんと隠してね? 特に〈竜滅の魔術師〉のサイラスさんが、サザンドールに来た時は気をつけて」


「おぅ、まぁ、適当に上手くやるぜ」


 軽く頷き、リズミカルにペダルを踏むネロは、唐突に何かを思いついたような顔をした。


「おい、モニカ。オレ様、すごいこと思いついた」


「すごいこと?」


 訊ねるモニカに、ネロは金色の目を輝かせて言う。


「このペダルを、キラキラのクッションの下に設置しようぜ。座ったら突然ラッパが鳴るんだ。あいつ絶対驚くぞ」


「めっ!」



 * * *



 ハイオーン侯爵令息、シリル・アシュリーは自室で黙々と荷造りをしていた。

 衣類を畳んで鞄にしまう動きは手慣れている。ここ一年ばかり、ハイオーン領内だけでなく、王都やサザンドールにも足を運ぶ機会が増えたため、すっかり旅行の準備が得意になっていた。


「お屋敷に戻ってきたばかりなのに、大変だね」


 ソファの上でシリルの荷造りを見ていた白いイタチ──白竜のトゥーレがのんびりした口調で言う。

 同じくソファをコロコロと転がっていた金色のイタチ──氷霊アッシェルピケが、ソファの端からトゥーレのそばまでコロコロと移動して、菫色の目でシリルを見た。


「わたし達も行っていい? もちろん、駄目と言っても行く」


「それは訊いた意味があるのか……?」


 シリルは衣類を畳む手を止め、ピケを睨む。

 金色のイタチは、ソファの上に二本足で立った。なんとなく、ふんぞり返っているように見える。


「黙ってついていかないという気遣い」


「…………」


「わぁ、ピケ偉い」


 えっへんと胸を張る金色のイタチを、白いイタチがのんびり褒める。

 平和だ。眩暈がするほど平和だ。

 だが、今リディル王国は未曾有の危機に晒されていると言っても過言ではなかった。

 二週間前に王都で大規模竜害が発生し、その裏で古代魔導具〈暴食のゾーイ〉が暴走。七賢人〈星詠みの魔女〉を含む、多数の犠牲が出た。

 この騒動が起こった時、シリルは既にハイオーンに戻っていたので現場を目撃していないが、聞いた話によると、城の一部が崩壊したらしい。

 更に、その翌々日には魔術師養成機関ミネルヴァが〈暴食のゾーイ〉に襲撃された。

 ──これらの事実を、国はまだ一般市民には伏せている。

 シリルがこのことを知っているのは、父から教えてもらったからだ。


「私は遊びに行くわけではないのだぞ。図書館学会役員の一員として、父の代役を務めに行くんだ」


〈暴食のゾーイ〉に関することは、事件解決にあたる者の間でのみ、情報共有を許されている。

 シリルはこれから父の代理として図書館学会本部に赴き、〈暴食のゾーイ〉に関する資料探しに協力するのだ。

 今回の件で、図書館学会役員には王都に招集がかかっている。

 だが、今は王都から「大規模竜害が再び発生するとの預言あり」と連絡が来ているため、領地を持つ者はそうそう自由に動けない。

 ハイオーン侯爵もその例に漏れず、自領の指揮に忙しいため、シリルが代理で王都に行くことになったのだ。


「ねぇ、シリル。今、この国には竜害の預言が出ているんでしょう? それに、古代魔導具を持った怖い人が王都にいるかもしれないよ」


「だったら、護衛がいた方が安心」


 護衛を申し出る竜と精霊に、シリルは少しだけほっこりした気持ちになりつつ、緩みそうな口元をキリリと引き締めて言った。


「自分の身ぐらい、自分で守れる」


 すかさずピケが、短い前足でシリルを指す。


「さらわれた」


「…………」


 さらった張本人が言うな! と怒鳴りたくなるのを、シリルはグッと堪えた。氷霊と白竜に怒りんぼうと言われたので、最近は怒鳴る前に一呼吸置くようにしている。

 シリルはゆっくりと息を吸って吐き、押し殺した声で言う。


「私は養子だ。万が一、私に何かあっても替えは利く」


「その考えは良くない」


 その声は背後から聞こえた。

 ギョッと振り向くと、扉の隙間からこちらを見ている養父ハイオーン侯爵と目が合う。


「ち、父上っ」


「君の替えなど、どこにもいないのだから、その自覚を持って行動しなさい」


 低く穏やかな声で諭され、シリルは自分を恥じた。

 自分を蔑ろにすることは、自分を選んでくれた養父を裏切る行為だ。


「申し訳ありません……」


 深々と頭を下げて謝るシリルに、ハイオーン侯爵は小さく頷き、右手を前に差し出した。


「というわけで、君に自覚を促すために、彼を託そう」


 ハイオーン侯爵の手に載せられているのは、虹の輝きを内包した漆黒の指輪。


『まったく世話の焼ける未熟者である。そんな貴様に、この我輩が叡智を授け……』


「第三夫人だ」


『氷霊ぃ──っ! 貴様ぁ──っ!』


 ハイオーン侯爵は己の掌の上で怒鳴り散らす古代魔導具〈識守の鍵ソフォクレス〉をシリルに握らせ、穏やかな声で言った。


「図書館学会の重鎮であるローズバーグ家が、アスカルド大図書館、最深層禁書室の利用申請を出した。君にその案内役を任せたい」


 最深層禁書室。それは、過去五十年の間で使用されたことが二回しかない、禁書室の最奥。

 利用申請を出せるのは、王族、七賢人、そして図書館学会役員に連なる者のみとされている秘中の秘。

 八年前に〈暴食のゾーイ〉が盗まれた時、ハイオーン侯爵を含む一部図書館学会役員は、最深層禁書室の書物を調べることを提言したが、図書館学会役員の過半数と議会が不要と切り捨てた。

 だが、今回は図書館学会の重鎮であるローズバーグ家の魔女が倒れたことで、腰の重い役員達も渋々ながら承諾したという。


「私はどうでも良い人間に、古代魔導具を託さない。これを託された意味を理解し、己の責務を全うしなさい」


 最深層禁書室など、ハイオーン侯爵ですら何度も足を踏み入れたことはないだろう。

 これは大役だ。自分に全うできるだろうか、という不安が頭をちらつく。


(怖気付くな)


 ここで父の期待に応えられなくて、どうして〈識者の家系〉を名乗れるだろう。

 自分はもう、〈識者の家系〉のシリル・アシュリーなのだ。

 シリルは背筋を伸ばし、顔を上げ、父を真っ直ぐに見た。


「はい、父上。この役目、必ずや全うしてみせます」


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