【15】内気×2+イケイケお姉さん=ストッパー不在
王都の大規模竜害から二週間が経過し、初夏の爽やかな風が吹く港町サザンドールに、〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットはおよそ一ヶ月ぶりに帰ってきた。
その両隣に、頼りになる仲間を伴って。
「……賑やかな港町……な、なんて呪術師に似合わない場所なんだ……場違いすぎて死にたい……空気に塩が混じってる感じがする……溶ける、きっと俺は溶けてしまうぅぅぅぅ……」
「あー、やだやだ。なんでアタシが、このジメジメ野郎と港町に来なくちゃいけないのよ。毎年この時期は、お城のガーデンパーティだってのにさ」
「……組み合わせがおかしいだろ……よりにもよって、この女となんて……悪意を感じる。人選に途方もない悪意を感じる……」
「さっきからグチャグチャうっさいわね、ナメクジ! 海に叩き落とすわよ!」
「あのぅ、あのぅ……お、お二人とも、すごく目立ってる、ので……っ」
今にも日差しに溶けてしまいそうな顔色のレイと、派手なドレスで堂々と闊歩するメリッサ。
二人が口論を始めたので、モニカがオロオロ仲裁すると、メリッサが舌打ちをする。
現七賢人〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットと、三代目〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライト。
そして元七賢人、四代目〈茨の魔女〉メリッサ・ローズバーグ。
サザンドール在住のモニカが、この二人を伴って戻ってきたのには、幾つかの理由がある。
モニカは険悪な二人に挟まれ、胃をキリキリさせながら、ここに至るまでの経緯を思い出した。
* * *
魔術師養成機関ミネルヴァに向かったブラッドフォードとラウルが王都に戻ってきたのと、ほぼ同じ頃、ダールズモアで竜騎士団員を攻撃したモニカに対する処分が下された。
モニカに下された処分は、一ヶ月の自宅謹慎──即ち、サザンドールでの待機だ。
現七賢人、元七賢人、そして七賢人の弟子を集めた会議の場で、暫定まとめ役となったルイスは、こう言った。
「これは、むしろ好都合」
自分の謹慎を好都合呼ばわりされて、モニカは大変複雑な心境であったが、確かにルイスの言う通りだった。
〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイが残した預言に出てくる単語が、サザンドール、〈沈黙の魔女〉、そして黒竜だ。
この預言が出た時点で、モニカがサザンドールに戻ることは、ほぼ決定していた。
先日の大規模竜害を受けて、貴族議会は王都に戦力を固めたがっている。
それこそ、黒竜討伐の実績がある〈沈黙の魔女〉には是非とも王都にいてほしい──と主張する者は、それなりにいた。
だが、その〈沈黙の魔女〉に自宅謹慎処分が下されているのなら、無理に王都に引き止めることはできない。
「問題は、戦力をどう分けるかだな」
そう切り出したのは、この場で唯一七賢人とは無関係だが、ミネルヴァ代表として出席している〈紫煙の魔術師〉ギディオン・ラザフォードである。
〈星詠みの魔女〉が倒れた今、七賢人はまとめ役を失い、元から大してなかった秩序は底辺一歩手前であった。
基本的にそれぞれが好き勝手に動く七賢人達だが、王室や貴族議会と細かな調整をしていたのが、〈星詠みの魔女〉である。
〈星詠みの魔女〉は国王の相談役であり、彼女自身が名家の人間なので、貴族議会にもそれなりに顔が利く。
そんな彼女に代わり、王都襲撃以降、各方面との調整役などをし、場を取り仕切っているのが〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーであった。
ラザフォードはその補佐──という名の、駄目出し役だ。
元の姿の時は常に煙管を手にしているラザフォードだが、今は煙管ではなく上級魔術師の杖を手にしている。
彼は小さな子どもの体に不釣り合いな長い杖を持ち上げ、卓上の地図を指し示した。
「サザンドールに人手を割きてぇが、王都の守りも外せねぇ。〈沈黙の魔女〉はサザンドールで固定だとして、問題は誰をサザンドールにやるかだ」
ルイスは現在、魔力が殆ど回復していない身である。
故に、サザンドールに行ってもできることが少ないから、城に残って指示役をしているのが妥当だろう。
残る砲弾、深淵、茨、竜滅の四人の内、誰をサザンドールに向かわせるか。
ルイスがチラリとレイに目を向けた。
「〈深淵の呪術師〉殿。闇属性魔術の解析状況は?」
「ま、まだ、かかる……サンプルのおかげで、だいぶ色々分かってきたけど……」
「ならば、呪術師殿と〈沈黙の魔女〉殿を組ませましょう」
闇属性魔術の対策術式を作るためには、どうしても魔術式の専門家が必要になる。
だが、レイは呪術師であり、魔術式の専門家ではないのだ。
一方、この国で一番魔術式に精通しているのがモニカである。
モニカがサザンドールで謹慎することが決まっているのなら、レイをサザンドールにやって、一緒に研究させた方が効率が良い。
「それと、セオドア・マクスウェルが、サザンドールで何かしらの手がかりを残していないかも調べたい」
続いてルイスが目を向けたのが、メリッサだ。
「そこで、サザンドールでセオドアと接触している四代目〈茨の魔女〉殿に、サザンドールでの調査をお願いしたいのです」
「うぇ……面倒くさ……」
メリッサは嫌そうな顔をしたが、不承不承頷いた。
サザンドールで、スロースの部下として動いていたセオドアと会っているのは、モニカとメリッサだけなので、妥当な判断である。
ブラッドフォードが、腕組みをして戦略図を睨みながら口を挟んだ。
「今のところサザンドール行きが、沈黙の、深淵の、それと先代茨の……三人か。黒竜討伐経験のある沈黙のがいるとは言え、戦力が偏ってないか? もう一人ぐらい、サザンドールにやった方が良いんじゃねぇか?」
「いや、残りはなるべく王都に待機させとけ」
ブラッドフォードの言葉を否定したのは、幼い少年の声──ラザフォードだ。
ラザフォードは杖の先端でサザンドールをトンと叩く。
「王国西端のサザンドールに戦力を割きすぎると、中央や東部で何かあった時に、派遣が遅れる。セオドアがいつ何処に現れるか分からんし、メアリーが預言した竜害も、必ずしもサザンドールで起こるとは限らねぇからな。寧ろ、竜害つったら東部だろ」
「同感です」
ラザフォードの言葉を、弟子のルイスが引き継ぐ。
普段から悪態を吐き合っている師弟だが、戦略についてなら冷静に話ができるらしい。
「機動力がある〈竜滅の魔術師〉殿、私の契約精霊のリン、弟子のグレン──この三人は王都・サザンドール間の連絡係と、状況次第で現場に向かう役割を任せたい」
「おぅ、任せろ」
「了解っす」
サイラスとグレンが力強く頷く。
グレンは、手や顔に包帯やら布やらをあてていた。多重強化魔術の訓練で、ここしばらくグレンは怪我が絶えないのだ。
だがボロボロになっても、その目はやる気に満ちている。
「オレもサザンドールに行きたかったなぁ」
残念そうに呟いたのは、ラウルだった。
だが、ルイスが戦力外の今、防衛の要はラウルの薔薇要塞である。
なにより、ローズバーグ家の魔女二人が倒れ、ローズバーグ家も大混乱なので、当主であるラウルが王都を不在にするわけにはいかなかった。
ルイスが片眼鏡を押し上げて言う。
「〈茨の魔女〉殿には、アスカルド大図書館の禁書室で、〈暴食のゾーイ〉に関する書物がないか調べていただきたい。八年前、貴族議会どもはその辺をおざなりにしていたので」
「うぇぇ……あの禁書室に行くのかぁ……」
ローズバーグ家は、アスカルド大図書館の禁書室と繋がりが強く、禁書室の最深層まで出入りすることが常時許されている数少ない存在である。
禁書室は魔力耐性の低い人間は長時間滞在していられないのだが、この国で一番耐性の強いラウルなら問題ないだろう。
それからルイスは他のものにも、次々と役割を振った。
元七賢人の〈治水の魔術師〉、〈雷鳴の魔術師〉二名は魔術師協会、各魔術師養成機関への指示役。
各七賢人の弟子は師匠の補佐。
現在意識不明の〈星詠みの魔女〉の弟子、〈天文台の魔術師〉クラレンス・ホールは、メアリーの星詠み結果の詳細を解析。
「〈暴食のゾーイ〉は回収できればそれが一番ですが、秘密裏であれば破壊許可も出ています。既にミネルヴァが襲撃されている以上、いつまでも隠し通しておけるものではないですし」
そう言って、ルイスは鋭い目で全員を見回す。
「〈暴食のゾーイ〉の回収、もしくは破壊。セオドア・マクスウェルの捕縛。そして、〈星詠みの魔女〉殿が預言した竜害を防ぐこと──これが、我々の使命です」
どれも難題ばかりだった。それでも、逃げることはできない。
仮死状態になった者達を救い、奪われたものを取り戻すのだ。
こうして、七賢人達は史上最悪の竜害と、セオドア・マクスウェルの襲撃に備え、各々動き出したのである。
* * *
サザンドールに到着したモニカは、宿に向かったメリッサ、レイと一度別れて、自宅に戻った。
今はとにかく、〈星詠みの魔女〉の予言について、ネロと話がしたかったのだ。
だが、帰宅した家にはネロも、アイザックもいなかった。
モニカはルガロアから帰還した後、殆ど魔法兵団の詰所にいたため、王都でアイザックと会っていない。城でアイザックと──フェリクス殿下と会う名目が思いつかず、結局、彼が何をしているのか把握できないままだった。
(アイクは、まだお城にいるのかな? それとも、エリン領に戻ったのかな?)
念のため、城とエリン領の屋敷の二カ所に、サザンドールで謹慎になったこと、メリッサ、レイもサザンドールに滞在する旨の手紙を送っている。サザンドールで、アイザックとメリッサが鉢合わせになる心配はないだろう。
誰もいない家で、一人荷物を整理しながら、モニカはいつもネロが使う窓をチラチラと見た。
(……ネロ、ちゃんとサザンドールにいる、よね。どこかに行ったりしてない……よね?)
モニカとネロは、シリルとトゥーレのように契約術式を交わしていない。
ネロが「お前に飼われてやる」と宣言した日から、なんとなく一緒にいるだけの関係だ。
だから、ネロが行方をくらませてしまうと、もうモニカにはネロがどこで何をしているかが分からない。
(……ネロ、ちゃんと帰ってくる、よね)
不安で胸がざわつく。
モニカは作業の手を止め、また窓の方をボンヤリと見た。
やはり、ネロの姿は無い──が、外から声が聞こえる。それと、ノッカーをドンドンと叩く音も。
「モニモニー! ほら、アタシが来てあげたんだから、早く開けなさいよ」
メリッサの声だ。
メリッサの前で暗い顔をしていると、ジメジメ鬱陶しい! と頬をつねられてしまう。
モニカは己の頬を両手で捏ねて、少しでもいつも通りに見えるように取り繕い、玄関の扉を開ける。
扉の前には、メリッサとレイが佇んでいた。
メリッサは以前も見た派手な薔薇模様のドレス姿、レイは無地の黒いローブだ。
サザンドールで行動するにあたって、モニカとレイは七賢人であることを隠すよう指示されている。
セオドアの「シモベを作る」という能力が、対象の名前を知っていることを条件にしているためだ。
だから、メリッサもレイも私服を着ているし、モニカもブラウスにスカートと、魔術師には見えない普段着を身につけている。
……が、派手なドレスの女と、黒尽くめのローブを着た男という取り合わせは、どうやっても目を惹いた。
レイの場合、髪色がそのまま自己紹介のようなものなので、フードを目深にかぶるしかないのだが、それにしても、その陰気さもあいまって目立つことこの上ない。
「あぁ……ここまで歩いてくるだけで、場違いすぎて死にたくなった……爽やかな初夏の港町が俺を愛してくれない……知ってた……知ってたさ……」
レイは研究資料を胸に抱き、ブツブツと文句を垂れ流している。
そんなレイを一睨みし、メリッサがフンと鼻を鳴らした。
「そんな場違い野郎と一緒に歩いてる、アタシの身にもなってよね。……まぁ、いいわ。それより、モニモニ、荷物は片付いたわね?」
「は、はいっ!」
本当はまだ片付いていないけれど、部屋に押し込んでおけば大丈夫だろう。
これから、この家で闇魔術の解析作業の続きをするのだとモニカは思っていた。レイも研究資料を抱えているし、そのつもりなのだろう。
だが、メリッサは「よろしい」と頷くと、声も高らかに宣言する。
「じゃあ、早速ショッピングに行くわよ」
モニカとレイは無言でメリッサを見た。
メリッサは「何よ」と唇を尖らせる。
「お姉さん……あの……えっと……研究……」
「買い物がしたいなら、一人で行けばいいだろ……」
モニカとレイの弱々しい抗議など、メリッサに通じるはずもなかった。
「あんた達、馬鹿? アタシはね、何も仕事が嫌だから遊びに行こうって言ってる訳じゃないのよ」
メリッサは年上の貫禄を見せつけながら、もっともらしい口調で言う。
「サザンドールの地理を把握しておくことは、非常時に明暗を分けると言っても過言ではないわ。何かあった時に、道が分かりません、じゃ話にならないでしょ」
「な、なるほど……」
納得したモニカが思わず呟くと、メリッサは気を良くしたように踏ん反り返った。
「でもって、今回は長期滞在は確実。だったら、正体を隠すための服は幾つあっても良いわよね?」
「俺はこのローブで充分……」
ボソボソと反論するレイに、メリッサは嫌そうな目を向けた。
「アタシに、ゴミ袋と並んで歩けっての?」
「ゴミ袋!! いよいよナメクジからゴミ袋に格下げされた!! ……いや待て、ナメクジとゴミ袋って、どっちが格上だ……?」
「だから、そのゴミ袋よりマシな服を買いに行こうって言ってんのよ。ほらモニモニ、早く案内しなさいってば」
顎をしゃくるメリッサに、モニカは恐る恐る訊ねる。
「あの、案内って、どこに……」
「決まってんじゃない。あんたの友達がやってる商会よ」




