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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝11:喪失の凶星、瞬く時
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【13】首削ぎ呪術師

 ラザフォードを交えての現状報告が一段落した頃、部屋の扉がノックされた。

 ルイスが「どうぞ」と声をかけると、扉が少しだけ開く。本当に少しだけだ。

 その隙間から、爛々と輝くピンク色の目が室内をじっと見つめていた。


「……………………」


 隙間からこちらを見ている、〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトは何も言わない。

 ただ、微かに「ハァ……ハァ……」と苦しげな呼吸音が聞こえるのが、より一層不気味さを醸し出している。

 ラザフォードが呆れたような顔で言った。


「おい、誰か何か言ってやれや」


 ハッと我に返ったモニカとサイラスは、扉の向こうからこちらを見ているレイに声をかける。


「あ、あの、〈深淵の呪術師〉様……えっと、た、ただいま戻りました……っ」

「深淵の兄さんよ。そんなところに突っ立ってねぇで、中に入ったらどうだ」


 返事はなく、その代わりにブツブツと早口の呟きが聞こえた。


「今まで会議を放棄して引きこもってた奴が、今更何しに来たんだって思ってるんだろ……このナメクジ野郎が。塩にまみれて死ね、って思ってるんだろう……うぅっ、くそぅ、帰りたい……頑張れ俺、すごく頑張れ俺……フリーダとババ様の命がかかってるんだ……」


 フゥ……ハァ……と今にも息絶えそうな呼吸を繰り返し、レイは扉の隙間からズルズルと這い出てくるような動きで、室内に足を踏み入れる。

 そうして、右手を前に差し出した。その手のひらの上には、大粒の宝石をあしらった耳飾りが載っている。


「バ、ババ様が残してくれた魔導具だ。この宝石の中に、あの影の魔素配列の解析結果が記録されてる……解析を続ければ、影の対抗策も見つかる……かも……」


 レイの言葉に、室内にいる全員が目を見開いた。

 てっきり婚約者と祖母が犠牲となったことでショックを受け、伏せっているのだとばかり思っていたが、レイは今までずっと、アデラインが残した耳飾りを調べていたらしい。

 レイは普段からあまり顔色の良い男ではないのだが、今はいつも以上に土気色の顔をしていて、目の下には濃い隈が浮いている。ほとんど休みなしで解析作業をしていたのだろう。


「ここにきてようやく、希望のある報告が舞い込んできましたね」


 ルイスが呟き、サイラスも力強く頷く。


「やるじゃねぇか、深淵の兄さんよ。で、その解析結果があれば、仮死状態の連中を助けられるのか?」

「ま、まだ、そこまでじゃない。解析結果が分かっても、その対策を考えるのは、また別の話で……だから、対策術式の研究をする人手が欲しい……」


 モニカは迷うことなく声をあげた。


「だったら、わたしが……!」

「そうですね。魔術の研究に関して、貴女の右に出る者はそうそういないでしょう」


 ルイスが頷くと、ラザフォードもふっくらとした子どもの手で挙手した。


「俺も手伝ってやる。どうせ、教師は休業中の身だ」


 レイは幼い子どもが会議室にいても、特に驚いた様子はなかった。

 どうやら、既にラザフォードの事情は聞いているらしい。


「は、話は聞いた……ミネルヴァの〈紫煙の魔術師〉ギディオン・ラザフォード教授……本当に、若返ってたのか……〈暴食のゾーイ〉の代償……アザ……仮死状態のアザと同一のものか? それとも微妙に違う?」


 レイはルイスとラザフォードの首の後ろのアザを凝視すると、ローブのポケットをゴソゴソと漁り始めた。


「丁度良い……影のサンプルが欲しかったんだ……」


 レイはポケットに引っ込めた手を取り出す。その手には小さいナイフが握られていた。

 レイはピンク色の目を輝かせ、ジリジリとルイスに近づく。


「ちょっと、首の後ろの皮膚を()がせてくれ」


 ルイスとラザフォードが仲良く閉口する。

 レイはナイフを握り、モジモジしながら早口で言った。


「お、女の子の皮膚を削ぐのは可哀想だけど、男ならいいよな……うん……ちょっとゴソッといくかもしれないけど、男ならいいよな、別に……」


 ルイスがサッと片手で首の後ろを隠し、ラザフォードを見る。

 その顔には、これでもかというほど愛想を盛った笑みが浮かんでいた。


「国の危機を救うための礎になる名誉……師匠にお譲りいたします」

「馬鹿ぬかせ、こういうのは若い奴がやるもんだろうがよ」

「今、この場で一番若いのは師匠じゃありませんか」


 押し付け合いを始める師弟に、レイはフスフスと鼻を鳴らしながら告げる。


「あ、安心してくれ……男はもれなく全員削ぐから……」

「医者を呼んでください。医者を。そういう作業は専門家に任せるべきです」


 ルイスが早口で捲し立てると、レイは薄く笑った。

 寝不足故の隈が、レイの不気味さに拍車をかける。


「だ、大丈夫……俺、削いだり剥いだりするのは得意……呪術師は大体、削いだり剥いだりの専門家なんだ……」


 レイは口の中で何かモゴモゴと唱えた。どうやら呪術の詠唱だったらしい。

 レイの指先からスルスルと紫色の呪印が浮かび上がり、細い蔓のように扉の前に広がる。

 逃げ道を塞がれたルイスが、頬を引きつらせて訊ねた。


「……呪術師殿、その呪術は?」

「『呪印に触ると身動きが取れなくなる呪い』……動くと危ないからな、うん。一歩間違えると……ブシャァってなるから……ブシャァッ……くくっ……」


 絶句するルイスとラザフォードに、レイがナイフ片手にジリジリと近寄る。


「さぁ……首を……首を出せ……首の皮を削がせろぉぉぉ……」


 血相を変えて部屋の隅に逃げるルイスとラザフォード、という世にも珍しい光景に、モニカは絶句し、サイラスが呆れ顔で「男らしくねぇなぁ」と呟く。

 かくして、ラザフォード、ルイス師弟は「先にいけクソガキ!」「お前がなジジイ!」と聞くに絶えない罵声を繰り広げながら部屋の中を逃げ回り、最終的にレイの呪印に絡め取られ、身動きが取れなくなったところで皮膚を削がれた。

 削がれた皮膚は、小指の爪の四分の一ほどの、ごく僅かな量だった。



 * * *



 王都の見回りを終え、魔法兵団詰所の休憩室に戻ってきたグレン・ダドリーは、置きっぱなしにしていた荷物袋から本を取り出した。本は師匠に借りた魔術書だ。

 グレンは椅子にドカッと座ると、本を一度睨み「これから読むぞ、これを読むぞ」と自分に言い聞かせて表紙を捲る──それぐらい自分に言い聞かせないと、目次の辺りで力尽きてしまうのだ。

 この本を借りた時に、目次は熟読した。目次は。

 そう、目次にはこれから自分が学ぶべき事柄が簡潔に書いてあるのだから重要だ──と言いつつ、中身をまるで読み進められていなかったグレンは、意を決してページを捲った。


「うぅ……えぇと……『多重強化術式とは術式の特性ごとに強化術式の構成が異なってくるものであり術式全体に強化術式を乗算するものと、術式の一部を取り出して強化術式を組み込むものに分類される』……つまりどういうことなんすかぁぁぁ……」


 早速数ページで躓いたグレンは、顔のパーツをぎゅぅっと中心に集めて本を睨む。

 グレンが知りたいのは、自分が扱う火球を多重強化する術式だ。だが、魔術書は都合よく知りたい術式を記載してくれるものではない。

 まずは多重強化術式の基礎を学び、それを自分の術式に組み込んでいくしかないのだ。


「うぅ〜、えぇと、オレが得意なのは火球だから……火属性魔術の場合……うげ、なんでこんなに例があるんだよ……うぅっ、条件付き術式展開と収束? 意味が分からない……」


 例に挙げられている術式を、そのまま暗唱するだけで発動するなら苦労はない。術式を理解した上で、魔術式を編み上げないと、必ずどこかで破綻することをグレンは知っていた。

 今すぐ本を閉じて別のことを始めたい衝動に駆られたが、グレンは鼻から息を吸って、口からゆっくり吐き、読み飛ばしていた文字を目で追いかける。

 エリアーヌの悲痛な声を聞いて、なんとかしてあげたいと思った。

〈暴食のゾーイ〉を回収するのだと、モニカと誓った。


(そのためには、オレができることを)


 グレンの強みは、その圧倒的な魔力量だ。まだまだ見習いのグレンだが、魔力量だけなら師匠を上回る。

 だが、魔術というのは、魔力が多ければ必ずしも威力が強くなるというものでもなかった。

 魔術式に間違いや無駄があると、魔力消費が多い割に威力が小さい、魔力密度の低い魔術になる。

 師匠のルイス曰く、『お前の魔術は見た目が派手なだけで、中身がスッカスカなのですよ』。


(前に見た、〈砲弾の魔術師〉さんのドッカーン! ……あれは、魔力がギュッと詰まってる感じだった)


〈星詠みの魔女〉の屋敷の庭で、〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトが暴走した時、〈砲弾の魔術師〉が使った魔術が、多重強化術式だった。

 当たっただけで、ほぼ確実に敵を仕留められる──それこそ、竜の胴体すら吹き飛ばす圧倒的な破壊力。あれが使えれば、自分の強みになる。

〈暴食のゾーイ〉が操る影は闇属性魔術による攻撃であり、たとえ違う属性でも、魔力密度の高い攻撃魔術なら抵抗できるらしい。事実、〈砲弾の魔術師〉の火球は影を吹き飛ばしたという。

 グレンは防御結界の類が使えない。あれは属性魔術とは全く違う系統の術式であり、学ぼうと思ったら、ゼロから始めなくてはいけないのだ。

 ならば、今から防御結界を学び始めるより、使い慣れた攻撃魔術を強化する方が、自分には向いているとグレンは考えた。


「……うー、つまり、第四節を分解して? 組み込む、みたいな? そうなると、計算の順番ってどっちが先に? あれっ、なんか全然違う術式になってきた……気が……」


 額に脂汗を滲ませて唸るグレンの前で、ピラリと紙が揺れる音がした。

 なんとなく目を動かすと、グレンの目の前で一枚の紙が揺れている。そこに記されているのは、グレンが多用する火球の魔術を二重、三重に強化した場合の術式──まさに、グレンが喉から手が出るほど欲しいと思っていた答えではないか。


「んーっ、んっ、んっ、んっ、お望みなら、四重、五重強化術式も作ってやろうかーあぁ? まぁ、それが実際に使えりゃ、七賢人候補間違いなしだがなぁ。あっひゃっひゃ!」


「あ、あんたは……っ!?」


 グレンは思わずギョッと目を剥く。

 テーブルを挟んでグレンの向かいに座り、魔術式を記した紙をピラピラ揺らしているのは、ミネルヴァでグレンを唆し、セレンディア学園で敵対した男──ヒューバード・ディー。

 ヒューバードは細長い指で、術式を書いた紙を細かく畳む。


「教えてやろうかぁ? 多重強化」

「……あんたに教わるぐらいなら、自分でどうにかした方がマシっす」

「頼みの綱のお師匠様も、モニカも大忙しで、見習いの指導をする暇なんて無いよなーぁー?」

「み、見習いじゃないっ! もう初級魔術師っす!」


 ヒューバードは口の端を持ち上げて、声に出さずに笑っていた。明らかに馬鹿にしている。


「多重強化は、初級魔術師の手に負えるモンじゃねぇぞぉ? 叔父貴でも習得したのは、中級になってからだった」


 ヒューバードの叔父貴とは、〈砲弾の魔術師〉ブラッドフォード・ファイアストンのことだ。

 現役七賢人でも、習得したのは中級になってから──初級魔術師になったばかりのグレンには、多重強化はまだ早すぎるのだ。

 かつてグレンはミネルヴァに入学したばかりの頃、周りを見返したくて、こっそり実践の訓練をし、そして魔力を暴走させて大勢に迷惑をかけた。


(そういえば、あの時も、この先輩に唆されたんだった……)


 周りに迷惑をかけるぐらいなら、やめておこう。と頭の中の冷静な部分が囁く。

 だけど、そうしてヒューバードから目を背けて、魔術書を閉じようとすると、耳の奥でエリアーヌの悲痛な声が蘇るのだ。


「多重強化は初級魔術師の手に負えないって分かってて、オレに教えるって言ったんすか?」

「できるかできないかは、お前次第だろぉ?」


 グレンはゴクリと唾を飲み、ヒューバードを睨みつける。


(……今度は、周りを見返すためじゃない)


 泣いているあの子に、何かしてあげたいから──泣いている人に、手を差し伸べられる自分でありたいから、魔術を学ぶのだ。


(その気持ちを忘れるな。オレ)


 胸の内で自分に言い聞かせ、グレンは口を開く。


「……オレに、多重強化術式、教えてほしいっす」

「ちなみに訓練中の死亡事故が最も多い魔術、堂々の第一位が多重強化術式だ」


 グレンが教えを乞うた直後に、そういうことを言うのだ。この男は。

 だが、グレンは性格の悪い人間に振り回されることには慣れていたので、フンッと鼻を鳴らして強気に言い返した。


「制御ミスって死ぬ時は、あんたも巻き込むんで」

「あっひゃっひゃっ! 気の利いた返しができるようになったじゃねぇか」


〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーに弟子入りして、早数年。

 グレンの神経の図太さは、おそらくきっと、魔術の腕より鍛えられていた。


(師匠が大変なことになってるんだから、オレが頑張んないと!)


 別室で、彼の師匠が呪印に絡め取られ、本当に大変なことになっていたことなど、グレンは知る由もなかった。



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