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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝11:喪失の凶星、瞬く時
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【12】お調子ノリノリ七賢人


 ──セオドア・マクスウェルがミネルヴァ襲撃。至急応援求む。


〈紫煙の魔術師〉ギディオン・ラザフォードの使い魔から、そのメッセージを受け取った七賢人は即座に動いた。

 現状、まともに戦える現役七賢人は〈砲弾の魔術師〉〈茨の魔女〉〈沈黙の魔女〉〈竜滅の魔術師〉の四名。

 そこで、今回は遠出から戻ったばかりのモニカとサイラスが待機し、ブラッドフォードとラウルの二人が、魔法兵団の団員と共にミネルヴァに向かった。

 そんな彼らと入れ違いになるような形で、〈紫煙の魔術師〉ギディオン・ラザフォードが魔法兵団を訪ねてきたのは、ブラッドフォード達が遠征した翌日。

 元七賢人や、七賢人の弟子達はそれぞれ別の仕事中で、ルイス、モニカ、サイラスの三人が、今度の段取りについて打ち合わせをしている時のことだった。


「よぉ、ルイス。随分とこざっぱりしたじゃねぇかよ」


 扉を開けて中に入ってきたのは、目つきの悪い黒髪の少年だ。

 年齢は五歳ぐらいだろうか。大人用のローブを裾を縛って無理やり着込んでいる。

 ルイスの喉がゴフッと鳴った。


「これはこれは、ラザフォード師匠! ……ぷっ、……随分とお可愛らしい姿に……ふっ、ぐふっ……ご無事でなによりで……ふっ、ふふふ」


 黒髪の少年が素早く距離を詰め、ルイスに拳を突き出す。だがその拳が届くより早く、ルイスが手を伸ばして少年の額を押さえ込んだ。

 大人と子どもの腕の差ゆえに、少年の拳はルイスに届かない。

 少年が五歳児とは思えない凶悪な顔で、堂に入った舌打ちをした。


「クソガキが、調子に乗ってんじゃねぇぞ」

「はて? クソガキ? 今この部屋にいるクソガキと言えば、誰がどう見ても貴方ではありませんか」


 ルイスは体をプルプルと震わせて笑いを堪えている──が、堪え切れずに彼の口元からは、プスプスと笑い混じりの吐息が漏れていた。


 唖然としていたモニカは、恐る恐る訊ねる。


「あのぅ、ルイスさん……もしかして、その子が……」

「えぇ、お察しの通り。このどこかで見たことのある眉毛と目つきの少年が、〈紫煙の魔術師〉ギディオン・ラザフォード教授です」


 どうやらルイスは、ラザフォード到着の報告を受けた時点で、ラザフォードの状態を知っていたらしい。

 黒髪の少年は幼い顔に不釣り合いな鋭い目をグルリと回し、モニカを見た。


「よぉ、エヴァレット。クソみてぇな同期で、お前も苦労するな」

「え、えぇと……」


 モニカが返す言葉に困っていると、モニカ以上に戸惑った顔のサイラスが小声で訊ねた。


「なぁ、姐さん。何がどうなってんだ? ミネルヴァってのは、ガキでも教授になれるのか?」

「いえ、そ、そういうことではなく……」


 モニカがしどろもどろになっていると、ルイスが己の首の後ろをトントンと叩きながら言う。


「私と同じで、喰われたんですよ。おそらく、年齢を」


 ラザフォードが鼻の頭に皺を寄せて、ルイスを睨んだ。


「てめぇが髪で、俺が年たぁ、どういう了見だ? 重みが違いすぎるだろうがよ」

「〈暴食のゾーイ〉は誰かの大切なものを奪うようです。いやそれにしても、師匠の大事なものが、まさか年齢だったとは」

「おめぇみてぇな薄っぺらい若造と違って、俺は重ねた年の重みを大事にしてんだよ……くそがっ、このナリじゃ煙管を吸えやしねぇ」


 ぼやくラザフォードに、ルイスが「おや?」と首を捻る。


「もしかして、師匠お得意の紫煙も封じられたのですか?」


 ラザフォードは煙管の煙に麻痺や睡眠などの効果を付与する稀有な魔術師だ。

 その得意魔術も〈代償〉になったのかと思われたが、ラザフォードは「そうじゃねぇ」と首を横に振る。


「教育者が、ガキの姿で煙管ふかしちゃマズイだろうがよ」


 正論であった。

 ラザフォードは鼻を鳴らすと、手近な椅子によじ登って腰を下ろす。子どもの小さな体では、大人用の大きな椅子には座るだけで一苦労だ。

 ルイスが場違いな程ニコニコしながら言う。


「師匠、椅子が大きすぎるのではありませんか? そこの、竜滅のおじちゃんの膝に座りますか?」


 今のルイスは、誰が見てもそうと分かるほど調子に乗っていた。絶好調だ。


「結界の兄さんよ……」

「調子こくのも大概にしろ、クソガキ」


 流石のサイラスも、呆れの目でルイスを見る。ラザフォードは今にも噛みつきそうな形相だ。

 モニカは凶悪な顔の幼児と、お調子ノリノリの同期、それと呆れ果てている後輩を順番に見て、オロオロと口を挟んだ。


「あのぅ、あのぅ、ラザフォード先生……ミネルヴァで何が……」

「エヴァレット、お前が人並みの常識を身につけていて、俺は感動したぜ。成長したな」


 それに比べてうちの馬鹿弟子は……とぼやきながら、ラザフォードは右手を口の前に持ち上げた。煙管を吸う時の仕草だ。

 今は煙管を吸えないと思い出したのか、その右手を下げてラザフォードは腕組みをする。


「さて、そろそろ真面目な話をするぞ。セオドア・マクスウェルの襲撃についてだ」



 * * *



 セオドア・マクスウェルがミネルヴァを襲撃したのは、昨日の朝、授業が始まる直前のことだったらしい。

 モニカとサイラスが王都に戻ってきたのと、ほぼ同じぐらいの時間だ。

 侵略は静かで、かつ迅速だった。〈暴食のゾーイ〉の影は次々とミネルヴァの生徒を絡め取り、仮死状態にして魔力を吸い上げた。

 魔力を喰う性質の道具は、当然に魔力を喰うほど威力を増す。〈暴食のゾーイ〉もその例に漏れず、ミネルヴァの生徒や教師達の魔力を喰うほどに、その影は大きく膨れ上がり、ラザフォードが対峙した時にはもう、影は建物の三階に届くほどに膨張していたという。

 ラザフォードは紫煙に睡眠導入成分を付与して、セオドアの元に飛ばした。

 ラザフォードの紫煙は風の魔術の応用なので、紫煙そのものをある程度操れる。紫煙は間違いなくセオドアの元に届いていた。

 ほんの一呼吸で半日は起きなくなる、強い成分を付与した煙だ。それなのに、セオドアは平然とした顔でその場に佇んでいた。


「──見つけた。おじいちゃん先生」


 セオドア・マクスウェルは街の中で知り合いに会ったような、そんな口調でラザフォードに話しかけた。

 竜に匹敵する大きさまで肥大化した影を従えるセオドアの足元に転がるのは、変わり果てた姿の生徒や教師達。

 それなのに、セオドアは足元に転がる者達になど目もくれず、ラザフォードを見ていた。

 何故、紫煙が効かない? 何故、眠らない?

 ラザフォードは付与成分を麻痺毒に切り替え、セオドアに飛ばした。ふぅっ、と吐き出した煙がセオドアの周囲を漂う──だが、セオドアの顔色は変わらない。


「おじいちゃん先生、今、何かした?」


 セオドアはあどけなく首を傾げ、「まぁ、いいや」と呟き、手にした宝石箱を掲げる。


「〈暴食のゾーイ〉の契約者、セオドアが命じる。おじいちゃん先生、我がシモベとなれ!」


 ラザフォードは咄嗟に防御結界を詠唱しつつ、すぐに回避できるよう身構えた。

 だが、何も起こらない。

 セオドアが掲げた箱に耳を寄せる。


「……えっ、おじいちゃん先生じゃ駄目? そう呼んでたのにー……うーん、じゃあ仕方ないや、贄にしよう」


 セオドアは再び箱を掲げて、ラザフォードに問う。


「ねぇ、おじいちゃん先生。お前の大事なものはなぁに?」



 * * *



 老いたな、ジジイ。と言われる度にラザフォードは己を誇る。

 老いとは衰えることではない。積み重ねることだ。

 老いて、見えにくくなるものが増えた。されど、若い頃には見えなかったものが、見えるようになった。気づかなかったことに、気づけるようになった。


(クソガキども、いつかお前達がジジイになったら、現役ジジイの俺がこう言ってやる)


 ──ジジイになるのも、悪いもんじゃねぇだろ、と。



 * * *



「──で、気がついたらこのナリになってるわ、魔力は底をついてるわ、周りはみんな仮死状態だわで、大惨事よ。セオドアと接触する前に、使い魔飛ばしといて正解だったぜ」


 それでも最後の力を振り絞って、ミネルヴァを脱出したラザフォードは、偶然元生徒と遭遇し、王都まで連れてきてもらったのだという。

 ラザフォードの話を聞き終えたルイスが、師匠への悪態を引っ込めて、真面目な顔で言った。


「王都襲撃から二日しか経っていないではありませんか。あまりに行動が早すぎる」


 セオドアは王都襲撃の後、厳しい包囲網を抜けて、真っ直ぐにミネルヴァに向かったということだ。

 八年前に宝物庫に侵入した時もそうだが、一般人にしてはやけに潜伏や侵入が上手すぎる。

 サイラスが眉間に皺を刻んで、険しい顔で唸った。


「セオドア・マクスウェルは、魔力を集めて回ってるって感じか? ……だとしたら、ミネルヴァを選んだのは納得がいくぜ。あそこは魔力の多い人間がウジャウジャいるからな」


「えっと、だったら次に狙われるのは、魔力の多い人間がいるところ、でしょうか……?」


 モニカは頭にいくつか該当する施設を思い浮かべた。

 魔法兵団詰所、魔法研究所、魔術師組合、それとミネルヴァ以外の魔法学校。絞るには数が多すぎる。

 ルイス、モニカ、サイラスが唸っていると、ラザフォードが指を一本立てた。


「一つ、情報がある。俺が意識を失う直前、セオドア・マクスウェルは、〈暴食のゾーイ〉にこう語りかけていた」


 ラザフォードは、険しい顔でその言葉を口にする。


 ──もっと魔力を集めないとだし、できればシモベが欲しいなぁ。でも、あと、知り合いがいるところなんて……あっ、そうだ! あそこなら……。


 モニカはセオドアの事情に詳しくないが、セオドアの知り合いがいるところとなると、セオドアの故郷、或いは彼の所属していた大学があった場所だろうか。

 ルイスが思案するように目を伏せながら、一つ頷く。


「分かりました、セオドアと縁のある場所に人をやりましょう。それと魔法技術関係者が集まる場所には、注意を促しておきます」


 ルイスの言葉を聞きながら、モニカは密かに考える。

 サザンドールで少しだけ話したセオドアは、どこにでもいる素朴な青年に見えた。


(〈暴食のゾーイ〉で魔力をたくさん集めて……あの人は、一体何がしたいんだろう……?)


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