【7】沈黙の魔女の帰還
──王都にて、大規模竜害発生。至急戻られたし。
ルガロアに出張していた〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットと、〈竜滅の魔術師〉サイラス・ペイジがその連絡を受けたのは、王都に戻る途中のことだった。
それから馬車を飛ばして、二人が王都に到着したのが、王都が大規模竜害に晒された翌々日の午前である。
「なんだ、こりゃ……」
王都の城門を見上げたサイラスの第一声がこれだ。
石を積んで作った頑強な城壁の上を、茶色く枯れた薔薇の蔓が覆っていた。
薔薇の蔓は城壁の中にも外にも伸びており、それを騎士達がせっせと草刈り鎌で刈っては、道の端に積み上げていく。
そのそばに地竜や翼竜の亡骸も転がっていて、鱗目当ての一般人が近寄らぬよう、縄で囲いをして目を光らせていた。
モニカはその様子を眺めながら思案する。
(地竜と、翼竜の両方が襲ってきたってこと? ……あっちには、火竜の亡骸もあったけど……)
モニカが受けた伝令は、「大規模竜害発生」という事実のみだ。
だから、地竜もしくは翼竜の群れが襲ってきた可能性ぐらいは視野に入れていたが、三種の竜が同時に襲ってきたのは想定外だった。
(あの薔薇は、多分ラウル様の薔薇だ……でも、前線にラウル様が出た? これぐらいの規模の災害なら、ルイスさんが王都全域に結界を張った方が確実なのに……)
もしかして、ルイスの身に何かあったのではないだろうか? 嫌な予感が胸をよぎる。
「姐さん、おい、あそこ見てくれ。なんか……城が欠けてねぇか?」
サイラスに声をかけられたモニカは、城門から少し離れ、首を大きく上に向ける。
王都の奥にある、複数の尖塔を持つ白亜の城は、サイラスの言う通り、尖塔の一つが欠けていた。
モニカの全身から血の気が引く。
「あそこは、〈翡翠の間〉が……っ!」
襲ってきた竜の中には、翼竜がいたという。ならば、翼竜の攻撃で欠けたのだろうか?
だが、それにしてはあまりにも被害が大きすぎる、とモニカは思った。ブラッドフォードの攻撃魔術がうっかり直撃したとでも言われた方が、まだ納得できる。
一体、自分達が留守にしている間に、王都で何が起こったのか。
大規模竜害だけでは済まない事態になっている気がする。
モニカが不安に胸をざわつかせていると、魔法兵団の人間が駆け寄ってきた。
「七賢人の〈沈黙の魔女〉様と、〈竜滅の魔術師〉様ですね。〈結界の魔術師〉様より、伝言です。『見ての通り、〈翡翠の間〉は使えません。魔法兵団詰所、二階会議室に来てください』……とのことです」
* * *
リディル王国城と隣接している魔法兵団詰所は、要塞と城の中間のような雰囲気の堅牢な建物だ。
城に隣接しているから、見た目を気にして最低限の装飾性はもたせているが、非常事態の時は市民に開放することも視野に入れており、見張り台も複数設置されている。
建物の前には広々とした訓練用の広場があり、普段はそこで魔法兵団の団員達が訓練をしているのだが、今は非常事態のためか訓練をしている者の姿はなく、建物の入り口を団員達が忙しなく出入りしていた。
その中の一人──魔法兵団のローブとは違う、こざっぱりとした青いローブを着た青年が、足を止めてモニカのもとに駆け寄る。
「モニカー!」
片手を振りながら大声でモニカの名を呼んだのは、〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーの弟子、グレン・ダドリーであった。
普段、肉を届けに来てくれる時とは違う、真新しいローブ姿が新鮮だ。腰のベルトには短い杖を下げている。
「グレンさん、こんにちは。えっと……」
グレンの師匠であるルイスが、魔法兵団の元団長だった縁で、グレンはしばしば魔法兵団の訓練に参加していると聞いたことがある。
だが、流石のグレンもこの状況で訓練に来たわけではないだろう。
何故、彼がここにいるのか戸惑いつつ、モニカは背後にいるサイラスに小声でグレンを紹介した。
「えっと、グレンさんは、ルイスさんのお弟子さん、です……」
「結界の兄さんの……?」
グレンはサイラスを見上げて「どもっす」と挨拶をすると、ソワソワした様子でモニカを見る。
いつも落ち着きのないグレンだが、今日はいつにも増して落ち着きがなかった。視線がやけにキョロキョロしている。
モニカはグレンを見上げて訊ねた。
「グレンさんも、ルイスさんに呼ばれたんですか?」
「そうっす。本当についさっき呼び出されて、飛行魔術でビューンと飛んできたんすけど……モニカ、もしかして何も聞いてないんすか?」
「わたし、ついさっき王都に戻ってきたばかりで……あの、何の話でしょうか?」
首を傾げるモニカに、グレンは深刻な顔で声をひそめて言う。
「実は……師匠が大変らしいんす」
* * *
魔法兵団詰所二階の会議室の扉を勢いよく開け、グレンは馬鹿でかい声で叫んだ。
「師匠ぉぉぉ! 師匠がハゲたって、本当っすか──っ!?」
次の瞬間、部屋の奥から椅子が飛んできて、グレンの真横の壁に直撃した。
それなりに頑丈そうな木製の椅子は、バキャァッ!! と派手な音を立てて木っ端微塵になる。
グレンの背後にいたモニカはヒェッと息を呑み、サイラスは残骸と化した椅子を見て「すげっ……」と呟いた。
会議室の最奥では、ルイスが椅子を投げた姿勢のまま、灰紫の目をギラギラと光らせてグレンを睨んでいる。
「グレン、私は今、とてもとても気が立っています…………口の利き方に気をつけろクソガキ」
紳士的な声色が一転、最後の一言は獰猛な獣のように低い唸り声だった。
ルイスはドカッと雑な音を立てて、椅子に座り直す。そんな彼の姿を見て、モニカもグレンもサイラスも目を丸くした。
ルイスご自慢の手入れの行き届いた長い栗色の髪が、すっかり短くなっている。
絶句するモニカの前で、グレンが涙目で言い訳をした。
「だ、だって、オレを呼びにきたリンさんが……」
「……駄メイドが?」
「『ルイス殿が執念で伸ばし続けてきた髪が、お亡くなりになりました』って」
リンの淡々とした声が、モニカの脳内でも蘇るようであった。
「あんの、クソ精霊ぇ……っ」
ルイスはギシギシと凶悪な音を立てて歯軋りをしている。
モニカはそんな物騒なルイスから目を逸らすように、室内を見回した。
普段、七賢人が会議に使う〈翡翠の間〉の倍ほどの広さの会議室に着席しているのは、ルイスを含めて六人。
まず七賢人がルイス、ブラッドフォード、ラウルの三人。メアリーとレイの姿は無い。元七賢人はメリッサだけ。
それと、普段あまり見かけない顔が二人。
白髪混じりの黒髪の四十歳前後の男と、クルンクルンした茶髪を引っ詰め髪にした若い男だ。
どちらも魔術師のローブを着ていて、年嵩の男は上級魔術師の、若い男は中級魔術師の杖を椅子の横に立てかけている。
(どういう顔触れだろう……)
困惑しつつ着席したモニカに、右隣に座るラウルが笑いかけた。
「やぁ、おかえりモニカ!」
ラウルに目を向けたモニカは、驚愕に目を見開く。
ラウルはいつも通り、野良着の上にローブを引っ掛けた格好だったが、その頭に包帯を巻いていたのだ。
「ラウル様……っ、その頭、お怪我を……っ!?」
「あー、これは……久しぶりに薔薇要塞使ったらさ、止まんなくなっちゃって」
モニカは、以前ラウルが初代〈茨の魔女〉のように振る舞っていた時のことを思い出す。
あの時のラウルは、自分の意思で元の状態に戻ることができず、〈識守の鍵〉の力を使って、ようやく意識を取り戻したのだ。
ラウルが言うには、魔力が尽きれば元の状態に戻るらしいのだが、彼は国内トップの化け物じみた魔力量の持ち主である。そう簡単に魔力が尽きるはずもない。
今回の大規模竜害で、王都を守るべく薔薇要塞を使ったラウルは、竜を殲滅してもなお、薔薇要塞を広げようとしていたらしい。
「で、駆けつけた姉ちゃんに、後頭部を杖でぶん殴られた」
どっせぇい! と叫んで杖を振り下ろすメリッサが目に浮かぶようである。
モニカは恐る恐る、ラウルの右隣に座るメリッサを見た。
「あのぅ、メリッサお姉さんなら、睡眠効果をお花とかに付与できたんじゃ……」
「非常事態に魔力は無駄にできないでしょ。節約よ節約」
そうして節約した結果、ラウルの後頭部に大きなたんこぶができたらしい。無情である。
モニカが閉口していると、ルイスが部屋の扉に鍵をかけて着席し、全員を見回した。
「さて、まずは初対面の者もいるでしょうから、軽く紹介しておきましょう。そちらの男性は、〈星詠みの魔女〉殿の弟子、〈天文台の魔術師〉クラレンス・ホール殿です」
四十歳ぐらいの黒髪の男は、恭しく頭を下げた。
〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイには複数の弟子がいて、各地にある天文台に配属されているとモニカは聞いたことがある。
その中でもクラレンスはメアリーの一番弟子で、特に信頼の厚い存在であるらしい。
「次に、そちらの方が、〈砲弾の魔術師〉殿の弟子、ウーゴ・ガレッティ殿」
ブラッドフォードの横に座る青年が、ペコリと頭を下げる。
こちらはまだ二つ名の無い、中級魔術師のようだ。
「最後に、ここで空気椅子をしているのが、うちの馬鹿弟子のグレン・ダドリーです」
「師匠っ! 椅子! オレにも椅子が欲しいっす!」
「あ? 椅子になりたい?」
低い声でルイスがすごみ、ルイスの横で空気椅子をしていたグレンが真っ青な顔でブンブンと首を横に振る。
いさめ役のメアリーがいないせいか、今日のルイスはいつも以上に物騒さを隠そうとしていない。
見かねたブラッドフォードが、呆れ顔で口を挟んだ。
「おぅ、結界の。見てて落ちつかねぇから、座らせてやれや」
「椅子が一つ欠けてしまったから仕方ないでしょう?」
椅子を破壊した張本人はしれっとそう言い、涙目で全身をプルプルさせている弟子を横目で見る。
「グレン、椅子になるか、床に座るか選びなさい」
「床っ!」
空気椅子から解放されたグレンは、ルイスの横の床に膝を抱えて座った。
ルイスはこれで問題ないだろうと言わんばかりの顔である。
モニカの左隣に座るサイラスが、厳つい顔を複雑そうに歪めてボソリと呟いた。
「……すげぇ師弟だな」
サイラスの呟きを聞いたモニカは曖昧に笑って、ルイスからそっと目を逸らした。




