表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝11:喪失の凶星、瞬く時
224/425

【5】殴る、蹴る、轢く、潰す←new!

 地面に落ちた長い三つ編みが黒い影に包まれ、そしてセオドアの手元にある黒い宝石箱に吸い込まれていく。

 その時、ルイスは強い目眩を覚え、ふらついた。


(……これは、魔力欠乏症?)


 どういう理屈か分からないが、自分の髪の毛があの宝石箱に喰われた瞬間、魔力がごっそりと無くなるのを感じた。

 魔力欠乏症になると、人間は重度の貧血のような症状になり、意識を保つことが難しくなる。

 だが、ルイスは歯を食いしばり、執念で意識を保った。

 髪の毛を回収するために、黒い影はルイスから離れて、〈暴食の箱〉の中に全て引っ込んでいる。

 ルイスは己の中に残った、残りカスみたいな魔力をかき集めて、短縮詠唱を口にした。

 強固な結界が、セオドアを包み込む。


「えっ!? これだけ喰われても、まだ魔術使うの!? あ、でもこれで底をついた感じかな。攻撃魔術は流石に、無理……だよね?」


 敵を結界に閉じ込め、その結界の中にありったけの攻撃魔術をぶちこむというのが、竜討伐における〈結界の魔術師〉の戦闘スタイルである。

 だが、今のルイスは攻撃魔術を使うだけの魔力が残っていなかった。なので……。


「……潰す」


 ボソリと呟いたルイスは右手を前に差し出し、ギュッと手の中の何かを握り潰すような仕草をする。

 それに呼応して、セオドアを閉じ込めていた結界が収縮した。


「へぁっ!? ぎゃっ、うわぁあああああっ!? ひぃぃぃぃっ、つぶ、潰れっ」


 結界が球体に変形して収縮し、ミチミチとセオドアの体を圧迫する。

 セオドアは手足を不自然に折り曲げた体勢で、結界を内側からバンバン叩いた。


「出してぇぇぇ、助けてぇぇぇっ!」


 泣き喚くセオドアに、ルイスは凶悪に笑って告げる。


「このまま肉団子にして、連行してさしあげますよ」

「いやぁぁああああああっ、こわっ、怖い怖い怖い怖い、ゾーイ──っ! 助けてぇぇぇぇ!」


 セオドアが泡をふいて助けを求めると、暴食の箱から黒い影が飛び出して結界を破壊した。

 ルイスの頭上に黒い影が広がり、そこから雨のように黒い槍が降り注ぐ。


「ドッカーン!」


 詠唱を終えたブラッドフォードが、多重強化した火炎弾を放つ。

 火炎弾は火の粉を撒き散らしながら、影を豪快に吹き飛ばした。流石は〈砲弾〉の名を掲げているだけあって、素晴らしい威力だ。

 散り散りになった黒い影と火の粉が舞う路地を、ルイスは一直線に走り、セオドアの腹に蹴りを叩き込む。だが、間一髪のところでブーツとセオドアの腹の間に黒い影が割り込んだ。

 威力を削がれたのを察し、ルイスは素早く距離を開ける。


「うぇっ、わぁぁあん、痛いぃぃぃぃ!」


 ゴロゴロと石畳の上を転がり泣き喚くセオドアは、それでも腕でしっかりと〈暴食の箱〉を抱きしめていた。

 黒い影の防御が無かったら、胃の中身をぶちまけさせてやったのに、とルイスは舌打ちする。

 更に追撃しようとしたルイスの肩を、駆けつけたブラッドフォードが押さえ込んだ。


「おぅ結界の……俺は、魔力が尽きたお前さんが退くことができるよう、援護したつもりなんだがな? なんで突っ込んだ? え?」


「おや、戦闘馬鹿の貴方らしからぬお言葉ですね」


 ルイスは革手袋の縁を掴んで引き上げ、手を固く握って閉じた。

 革をキュッキュッと軋ませて、ルイスは口の端を持ち上げる。


「私は今、とてもとても頭に血がのぼっているのです。……というわけで、止めても無駄ですので悪しからず」


 もう魔力は空っぽだ。魔力欠乏症で目眩と吐き気がする。だが、それを上回る怒りがルイスを突き動かしていた。

 石畳の上にへたり込んで泣き言を漏らしていたセオドアは、そんなルイスを見て、ハッと目を見開く。


「あっ、思い出した……! お前、おじいちゃん先生に返り討ちにされて、崖から落っこちた不良!」


 ルイスは笑顔で杖を振りかぶった。


「火に油を注ぐのがお好きなのですね」


「いやぁぁぁぁ! やっぱり怖いぃぃぃぃ!」


 石畳の上を四つん這いになって逃げようとしたセオドアは、ふと思い出したように〈暴食のゾーイ〉に話しかけた。


「そっ、そうだ! 縁! 縁があるよねこれってぇぇぇ! ゾーイ! ゾーイ助けてっ! あいつシモベにしよう!」


『センゲン! センゲン!』


 セオドアは石畳に座り込んだまま、キリッとした顔で〈暴食のゾーイ〉を掲げる。

 ルイスは警戒して、足を止めた。ここは、ブラッドフォードの詠唱が終わるのと同時に攻撃を仕掛けたい。

 セオドアは高らかな声で叫んだ。


「〈暴食のゾーイ〉の契約者セオドアが命じる! えーと、あの不良の……あれっ、名前…………なんだっけ?」


 ルイスは無言で杖をぶん投げた。

 豪華な装飾を施された杖がセオドアの頬に傷を残して、石畳を削る。

 ルイスは忌々しげに舌打ちをした。


「……外したか」

「ぎゃぁぁあああっ、ほっぺた痛いっ、血が出てるぅぅぅぅ! あいつ、殺す気だった! 本気で殺す気だったぁ──っ!」


 ルイスは激昂しつつも、頭の隅では冷静にセオドアの動向を観察していた。


(やはりこの男……〈暴食のゾーイ〉を使いこなせていない)


 セオドアの言うシモベとは、操られた状態のカーラのことを指すのだろう。

 城を襲撃した時、他の人間──メアリーやアデラインなどを操らなかったことから察するに、操れる人間は限られているのだ。

 更にセオドアは口を滑らせた。


(何かしらの縁があること、名前を知っていること──それが、相手を操る条件か)


 だったら、セオドアがルイスの名前を忘れている今が好機だ。

 ブラッドフォードの詠唱が終わったら、一気に畳みかける。魔力が尽きたなら、素手で肉団子を作るまでだ。

 ルイスが軽く前傾姿勢を取り、指をゴキュリと鳴らしたその時、頭上でリンが叫ぶ。


「ルイス殿、空を──!」


 この状況で、何故、空を気にする必要があるのか。

 訝しがりながら空を見上げたルイスは、驚愕に目を見開いた。

 今にも雨が降り出しそうな灰色の空に、ポツポツと黒点が浮かんでいる。最初は鳥の群れかと思ったが違う。

 あれは、翼竜の群れだ。それも目視できるだけで三十匹以上。

 だが、予想外の事態はこれで終わらない。

 城の方から、魔法兵団の団員が飛行魔術で飛んできて、大声でルイス達に告げた。


「伝令! 伝令! 王都南東部から地竜が四体、東部から三体、凄まじい勢いで接近しております!」


(このタイミングで、翼竜だけでなく地竜まで!?)


 そんな馬鹿なことがあるか、とルイスは絶句した。

 そもそも翼竜は、大群の群れを作る生き物ではない。たまに五、六匹程度の小さな群れを作るぐらいだ。

 かつて、ウォーガンの黒竜が現れた時、伝説級の上位種に興奮した翼竜が、黒竜をボスに仰いで群れを作ったという記録がある。

 その時ですら、二十数匹だったのだ。

 そして今、翼竜の群れを一撃で撃ち落とした〈沈黙の魔女〉は、王都を離れている。

 ルイスも魔力が尽きて、立っているのがやっとの状態だ。


「じゃあね、不良」


 セオドアが両手で〈暴食のゾーイ〉を掲げる。

 箱の隙間からこぼれ落ちた黒い影が、まるで舞台の幕のように広がり、セオドアとルイスを隔てた。


「逃すかっ!」


「ドッカーン!」


 ルイスが走り、ブラッドフォードが火炎弾を放つ。

 ブラッドフォードの攻撃は、黒い影を散り散りに吹き飛ばしたが、その向こう側にセオドアの姿は無い。


(──消えた!? この短時間で!?)


 周辺に駆け込めるような建物は無い。建物と建物の隙間に逃げ込んだと見るのが妥当だろう。

 焦るルイスの横で、ブラッドフォードが魔法兵団の団員に告げる。


「魔法兵団に通達! 王都に包囲網を敷いて、セオドア・マクスウェルの身柄を確保しろ! 地竜の方は俺が出る!」


 悔しいが妥当な判断だった。

〈砲弾の魔術師〉は索敵や人探しに向いていない。彼の真価は市街地での対人戦より、対竜戦で発揮される。

 ブラッドフォードは、カーラや一般人を保護しているリンに目を向けた。


「結界の、お前の契約精霊を貸せ! 翼竜相手なら、風の精霊がいた方がいい! ついでに上空からセオドアを探させろ」

「では私は……」

「走ってセオドア探すぐらいしか、やることねぇだろ。魔力尽きてんだからよ」

「…………」


 ごもっともだが、あまりにも七賢人らしからぬ肉体労働ぶりである。

 ルイスはガックリと肩を落とし、首の後ろに手をやる。そこにいつもの三つ編みはなく、すっかり短くなってしまった襟足の髪が、指先を虚しく掠めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ