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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝10:竜滅の魔術師
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【おまけ】七賢人野郎飲み 〜ようこそサイラス君!〜


 ダールズモアの赤竜の調査を命じられた新米七賢人サイラス・ペイジは、その日の夜、〈砲弾の魔術師〉ブラッドフォード・ファイアストンの執務室に招かれた。


「正式な歓迎会は、星詠みのがやってくれるだろうからよ。まぁ、あれだ。今夜は男だけで気楽に飲もうぜ」


 サイラスとしては、他の七賢人と慣れ合うつもりはなかったが、師である〈雷鳴の魔術師〉グレアム・サンダーズに、先輩は敬うようにと言われている。

 だから「少し飲むぐらいなら、まぁ」と、サイラスはぎこちなく頷いた。何よりサイラスは酒が好きだ。

 ここ最近のサイラスは七賢人選考試験のあれこれで忙しく、腰を据えて酒を飲むことができずにいた。

 明日からはダールズモアに向かうことになるから尚のこと、落ち着いて飲める機会はありがたい。


(なんつっても、タダ酒だしな)


 サイラスは竜討伐でそれなりに稼いではいるが、対竜用魔導具の開発費用のせいで大抵いつも金欠だ。

 七賢人になったら、金の心配はしなくて良くなるのだろうか。


(魔導具の開発も、あの王子様が出資を申し出てくれたしな……ありがてぇっちゃありがてぇが、こんなにすんなり上手くいくもんか?)


 そんなことを考えつつ、サイラスはブラッドフォードの執務室の扉をくぐった。

 七賢人の執務室というだけあって、それなりに広い部屋だ。

 ローテーブルやソファなどの調度品は、城に相応しい上品さだが、部屋の隅には酒樽や酒瓶がズラリと並んでいる。そのそばに、薄汚れた旅行鞄や外套が雑に押し寄せてあって、ブラッドフォードがこの執務室を荷物置き場にしか使っていないことが、なんとなく想像できた。

 ソファには既に男が一人座って、酒のグラスを傾けている。栗色の髪を三つ編みにした男──〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーだ。

 ルイスが勝手に部屋に入って、先に飲み始めていても、ブラッドフォードはそれを咎めたりはしなかった。いつもそういう感じなのだろう。

 ブラッドフォードは戸棚から、干し肉やチーズ、ピクルスの瓶を取り出しながらルイスに訊ねる。


「おぅ、結界の。若い二人はどうした」

「そろそろ来るんじゃないですか? ……あぁ、ほら」


 ルイスが顎をしゃくって扉を示すと、軽いノックの音がして扉が開く。


「やぁ、ブラッドフォードさん、お招きありがとう! レイも連れてきたぜ!」

「最悪だ……なんでオッサン達の飲み会に俺が……」


 陽気な〈茨の魔女〉ラウル・ローズバーグは、右手に大きな布袋を、左手に〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトを掴んでいた。

 ラウルは特に重そうにするでもなく、レイをズルズルと引きずりながら部屋に入り、右手の布袋をローテーブルに置く。


「これ、メアリーさんから差し入れ。『みんなで飲んでね〜』だってさ」

「さっすが気が利くぜ、星詠みの。おっ、良いワインじゃねぇか」


 布袋の中には、ワインの瓶が二本、それとクラッカーとチーズ、干し果物が入っていた。

 ルイスが上機嫌に干しイチジクを摘まみあげて、口に放り込む。甘党らしい。

 ブラッドフォードはグラスにドボドボと雑にワインを注ぐと、全員に回した。


「よし、そんじゃ乾杯といこうぜ! 新しい仲間、〈竜滅の魔術師〉サイラス・ペイジに乾杯!」


 元気に「かんぱーい!」と言葉を返したのはラウルだけだった。ルイスはもう勝手に飲み始めているし、レイはブツブツと不満を溢している。だが、ブラッドフォードはやっぱり気にした様子もなく、酒のグラスを傾けた。

 つくづく、力関係の分からない連中だ。

 呆れつつ、サイラスも一杯目のグラスを空にする。ブラッドフォードがにんまりと笑った。


「おっ、イケる口か、竜滅の」

「っす。東部出身なんで、そこそこに」


 リディル王国では、北部、東部出身者は酒に強いと言われている。サイラスもその例に漏れず、それなりに酒豪だ。

 ルイスがクラッカーにジャムを塗りながら、機嫌良く笑った。


「それは良かった。これで私がそこのオッサンとの飲み比べに、毎度毎度付き合わされないで済む」

「おぅ、結界の。一応言っとくが、おめぇを負かすまで、俺は飲み比べをやめる気はねぇぞ」

「それじゃあ一生のお付き合いじゃないですか。勘弁してください」

「言ったな、おし、グラス寄越せ。飲み比べすんぞ。竜滅の、お前もだ!」


 サイラスは飲み比べは嫌いではないが、明日はダールズモア行きの馬車に乗るのだ。

 翌日に残る飲み方はしたくなかった。


「砲弾の兄貴。悪ぃが、明日は朝早いんで」

「んっ、そうか? そういや、そうだったな。じゃあまぁ、あれだ。適当に飲んで食っていってくれや」


 そう言ってブラッドフォードは、少しばかり値の張りそうな干し肉の塊を取り出し、ナイフで削いで皿に落とす。

 ルイスがそれを一枚つまみ、短縮詠唱で火を起こして、炙ってから口に咥えた。

 ラウルは自前で用意したらしいカブをバリバリと齧っていて、レイは殆ど何も口をつけていない。

 各々好き勝手に飲んで食べる雰囲気なので、サイラスもそれにならって、干し肉を一つつまむ。

 ラウルが干し野菜を皿に並べながら言った。


「ブラッドフォードさん、楽しそうだなぁ。サイラスが来てくれて、一番張り切ってるの、ブラッドフォードさんだと思うぜ」


「おめぇら若いモンが、付き合い悪いからだろうが!」


 おめぇら、と言ってブラッドフォードはラウルとレイを交互に睨んだ。

 ブラッドフォードは髭面の大男である。

 サイラス以上に厳ついブラッドフォードの睨み顔は、それなりに迫力があるのだが、ラウルもレイもどこ吹く風という態度だった。


「だってオレ、お酒より野菜と果物の方が好きだもん。あと、畑仕事は朝が早いからさ、あんまり夜ふかしばかりもしてられないって」

「……俺をアルコール漬けのオッサン達と一緒にするな……あぁ嫌だ嫌だ、この男ばかりの飲み会の、何言っても許されるっていう空気がもう受け付けない……」


 何を言っても許されないような空気の中でも、平気で不平不満を言い続ける男は、酒には殆ど口をつけずにブツブツと愚痴をこぼす。

 ラウルが申し訳なさそうに眉を下げて、サイラスを見た。


「ごめんな、サイラス。レイはこういう場所に来るだけで、もう奇跡みたいなもんだからさ、許してやってくれよ」

「……何が奇跡だ……自分が引きずってきたんだろ、馬鹿力が……」

「つまり、オレって奇跡を起こす男ってことか?」


 レイの言葉にラウルは頬を薔薇色に染め、快活に笑った。


「照れるぜ! レイは褒め上手だな!」

「……くそぅくそぅ、嫌味が通じない馬鹿に通じる嫌味ってなんだ? 『これから嫌味を言います』って前置きすればいいのか? それって、俺がすごく馬鹿みたいじゃないか……!」


 凄まじい絶望を目の当たりにしたような顔で項垂れるレイに、ブラッドフォードがチーズの皿を寄せてやり、噛み締めるように言った。


「俺ぁよ。飲み会で健全な男同士の話ができることが、嬉しくて仕方ねぇんだ……というわけで竜滅の。大事な確認だ」


 ブラッドフォードは真正面からサイラスを見据え、真剣な顔で問う。


「お前さん、女は乳派か? 尻派か?」

「胸っすね。デカい方がいい」


 サイラスが即答すると、ブラッドフォードは破顔し、ルイス、ラウル、レイを見回した。


「聞いたか、お前ら! これが健全な男の会話だ!」


 大声を出すブラッドフォードに、ジャムを瓶から直食いしていたルイスが不服そうな顔をする。


「人を不健全みたいに言うのやめてくれます? 私は嫁派なだけですので」


 その言葉に、今まで項垂れていたレイがパッと顔を上げた。

 宝石じみたピンク色の目は、ピカピカと輝いている。


「嫁派……その回答、天才か! 良いな、嫁派……嫁……くふっ、響きがすごくいい……あっ、でも、お嫁さんの方が可愛いな。うん……お嫁さん……お嫁さん……くふ、ふふふふふふ……」


 レイは酒もろくに飲んでいないくせに、顔を赤くしてグニャグニャと体を揺らした。

 大丈夫か、この兄ちゃんは。とサイラスは密かに思ったが、誰も心配していないので多分大丈夫なのだろう。

 既に酒瓶を一つ空にしたブラッドフォードが、身を乗り出してラウルを見た。


「おぅおぅ、茨の。この流れで言っちまえよ。お前は乳か? 尻か?」


 ラウルは何も言わない。野菜をボリボリ咀嚼していたからである。

 頬を膨らませて野菜を齧っているラウルに、ブラッドフォードは若者を諭す大人の顔で語った。


「俺ぁ、若い頃は乳派だったがよ……ある日気づいちまったんだ。良い女は大抵尻がでかい、と」


 どうやらブラッドフォードは尻派らしい。

 乳派代表のサイラスは、思わず反論した。


「いや、デカい胸いいじゃないすか。こう、エプロンしてても分かるぐらい、デカいのがいい」

「おぅ、竜滅の? 懐の広さと尻のデカさは比例するんだぜ」

「じゃあ、胸も尻もデカいのが最強ってことで」

「それだ」


 尻派と乳派が和平条約を結んだところで、野菜を食べ終えたラウルがボソリと呟く。


「オレ、大事なのは性格だと思うぜー……」


 乳も尻もデカいが、性格がアレな姉を持つ男の言葉には、色々と実感が篭っていた。

 サイラスは、改めてラウルを観察する。

 初めて見た時から思っていたが、とにかく目を惹く美貌の男だ。

 なんで野良着の上にローブ羽織ってんだとか、話題が野菜とトイレしかないのはどうなんだとか、思うところは多々あるが、黙っていれば、さぞモテることだろう。


「茨の兄さん、モテそうだよな」


 サイラスがボソリと呟くと、ラウルは首を横に振った。


「うんにゃ、全然さっぱり。まずはちゃんと友達になってくれる子がいいなぁ。というか友達が欲しい……」


 しみじみと呟くラウルに、ルイスとレイが白い目を向ける。


「そうして相手の好意に気づかず、友達のまま終わるんですよ、こういう男は」

「……顔の良い男は全員、水虫になってのたうち回れ……」


 サイラスも割と同意見だったので、酒のグラスを煽り、低い声で言った。


「茨の兄さんよ、あんたのその顔でモテないとか言われても、全然信用できないぜ」

「えぇー……そういう、サイラスはどういう女の子が好きなんだよ。あっ、乳とか尻とか抜きでさ」


 唇を尖らせるラウルに、サイラスはフフンと鼻を鳴らして言う。


「そりゃあれだ。家庭的で料理が上手くて気が利いて、エプロンが似合う女がいい」

「竜滅の。お前さん、エプロン好きだろ」

「嫌いな男っているんすか?」

「よぉし、次の議題は『好きな女に何着て欲しいか』だな。おい、誰かエプロンに勝てる案出せ!」


 吠えるブラッドフォードに、グニャグニャになったレイが、赤くなった頬を押さえて言う。


「エプロン、確かに可愛かった……こう、すごくすごく良いものを見てしまった感じがする……あっ、あっ、でも乗馬服も格好良かった……」

「惚れた女だったら、何着てても可愛いでしょうが」


 ルイスがサラリと惚気て、ジャムを酒のグラスに流し込む。

 さっきから思っていたが、この男、ジャムを摂取しすぎじゃないだろうか。

 酒とジャムの混合物を睨みつつ、サイラスはこの議題の結論を口にした。


「じゃあ、最強はエプロンっつーことで」

「エプロンって、最強なんですか?」


 横から響いた疑問の声に、ブラッドフォードが深々と頷く。


「おぅ、暫定最強だな。これに勝てるモンあるか、沈黙の………………」


 全員が一斉に口をつぐんで、入口の方を凝視した。

 扉の前にちょこんと佇んでいるのは、ローブ姿の〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットである。

 全員に注目されたモニカは、ピャッと肩をすくませると、モジモジしながらサイラスの元に駆け寄る。


「あ、あのですね、明日の集合場所が変更になったので……えっと、魔法兵団の宿舎って、入り口が幾つかあって分かりづらいので、地図書いておきました」

「ど、どもっす……」


 ギクシャクと地図を受け取るサイラスに、モニカはペコリと頭を下げる。


「明日はよろしくお願いしますね。えっと、お、おやすみなさい……」


 それだけ言ってモニカは、パタパタと部屋を出ていった。

 乳だの尻だので盛り上がっていた男達の間に、気まずい空気が流れる。

 硬直していたブラッドフォードが、額に手を当てて天井を仰いだ。


「やべぇ、星詠みのに怒られる……」

「わぁぁぁぁ、今ので嫌われて、友達やめるって言われたらどうしよう、レイ!」

「最悪だ……このオッサン達と同類だと思われた……死にたい……」

「おい、俺ぁ明日、沈黙の姐さんと同じ馬車に乗るんだぞ……!」


 各々悲嘆に暮れる中、ルイスだけが心底どうでも良さそうな顔でジャムのスプーンを舐めながら言う。


「あの小娘に、そんな情緒なんてありゃしませんよ。今頃、エプロンの防御力についてでも、考えてるんじゃないですか?」



 * * *



 ルイスの言葉は半分だけ当たっていた。

 モニカは自分に用意された客室に向かいながら、養母の言葉を思い出す。


 ──エプロンは台所における戦闘服よ。ただし、白衣でも代用できるわ。袖がある分、白衣の方が安全性が高いと言えるかもしれないわね。


 そう言って、ヒルダ・エヴァレットはしばしば白衣で台所に立っていたのである。多分、部屋を散らかしすぎて、エプロンが見つからなかったのだろう。


(袖がある分、白衣の方が安全性が高い……つまり、最強の装備は白衣……でも、白衣って汚れが目立つし、黒いローブが一番便利な気がする……)


 そんなことを考えていたら、客室についた。

 モニカは七賢人のローブを脱いで、寝間着に手を伸ばし、ふと姿見を見る。

 鏡に映っているのは、痩せっぽっちの小柄な少女だ。

 かつて友人達に言われた、「幼児体型」「寄せる肉が無い」という言葉が頭をよぎる。


(……山小屋にいた頃よりは、太ったと思うんだけどな……)


 酒宴で盛り上がる部屋をノックする直前、扉の向こう側から聞こえてきた、乳尻論争を思い出し、モニカは自分の体を見下ろす。


「………………」


 己の薄っぺらい体を気にする程度に情緒が育っていたモニカは、無力感を噛み締めつつ、寝間着に着替えて寝台に潜り込んだ。


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