【おまけ】七賢人野郎飲み 〜ようこそサイラス君!〜
ダールズモアの赤竜の調査を命じられた新米七賢人サイラス・ペイジは、その日の夜、〈砲弾の魔術師〉ブラッドフォード・ファイアストンの執務室に招かれた。
「正式な歓迎会は、星詠みのがやってくれるだろうからよ。まぁ、あれだ。今夜は男だけで気楽に飲もうぜ」
サイラスとしては、他の七賢人と慣れ合うつもりはなかったが、師である〈雷鳴の魔術師〉グレアム・サンダーズに、先輩は敬うようにと言われている。
だから「少し飲むぐらいなら、まぁ」と、サイラスはぎこちなく頷いた。何よりサイラスは酒が好きだ。
ここ最近のサイラスは七賢人選考試験のあれこれで忙しく、腰を据えて酒を飲むことができずにいた。
明日からはダールズモアに向かうことになるから尚のこと、落ち着いて飲める機会はありがたい。
(なんつっても、タダ酒だしな)
サイラスは竜討伐でそれなりに稼いではいるが、対竜用魔導具の開発費用のせいで大抵いつも金欠だ。
七賢人になったら、金の心配はしなくて良くなるのだろうか。
(魔導具の開発も、あの王子様が出資を申し出てくれたしな……ありがてぇっちゃありがてぇが、こんなにすんなり上手くいくもんか?)
そんなことを考えつつ、サイラスはブラッドフォードの執務室の扉をくぐった。
七賢人の執務室というだけあって、それなりに広い部屋だ。
ローテーブルやソファなどの調度品は、城に相応しい上品さだが、部屋の隅には酒樽や酒瓶がズラリと並んでいる。そのそばに、薄汚れた旅行鞄や外套が雑に押し寄せてあって、ブラッドフォードがこの執務室を荷物置き場にしか使っていないことが、なんとなく想像できた。
ソファには既に男が一人座って、酒のグラスを傾けている。栗色の髪を三つ編みにした男──〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーだ。
ルイスが勝手に部屋に入って、先に飲み始めていても、ブラッドフォードはそれを咎めたりはしなかった。いつもそういう感じなのだろう。
ブラッドフォードは戸棚から、干し肉やチーズ、ピクルスの瓶を取り出しながらルイスに訊ねる。
「おぅ、結界の。若い二人はどうした」
「そろそろ来るんじゃないですか? ……あぁ、ほら」
ルイスが顎をしゃくって扉を示すと、軽いノックの音がして扉が開く。
「やぁ、ブラッドフォードさん、お招きありがとう! レイも連れてきたぜ!」
「最悪だ……なんでオッサン達の飲み会に俺が……」
陽気な〈茨の魔女〉ラウル・ローズバーグは、右手に大きな布袋を、左手に〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトを掴んでいた。
ラウルは特に重そうにするでもなく、レイをズルズルと引きずりながら部屋に入り、右手の布袋をローテーブルに置く。
「これ、メアリーさんから差し入れ。『みんなで飲んでね〜』だってさ」
「さっすが気が利くぜ、星詠みの。おっ、良いワインじゃねぇか」
布袋の中には、ワインの瓶が二本、それとクラッカーとチーズ、干し果物が入っていた。
ルイスが上機嫌に干しイチジクを摘まみあげて、口に放り込む。甘党らしい。
ブラッドフォードはグラスにドボドボと雑にワインを注ぐと、全員に回した。
「よし、そんじゃ乾杯といこうぜ! 新しい仲間、〈竜滅の魔術師〉サイラス・ペイジに乾杯!」
元気に「かんぱーい!」と言葉を返したのはラウルだけだった。ルイスはもう勝手に飲み始めているし、レイはブツブツと不満を溢している。だが、ブラッドフォードはやっぱり気にした様子もなく、酒のグラスを傾けた。
つくづく、力関係の分からない連中だ。
呆れつつ、サイラスも一杯目のグラスを空にする。ブラッドフォードがにんまりと笑った。
「おっ、イケる口か、竜滅の」
「っす。東部出身なんで、そこそこに」
リディル王国では、北部、東部出身者は酒に強いと言われている。サイラスもその例に漏れず、それなりに酒豪だ。
ルイスがクラッカーにジャムを塗りながら、機嫌良く笑った。
「それは良かった。これで私がそこのオッサンとの飲み比べに、毎度毎度付き合わされないで済む」
「おぅ、結界の。一応言っとくが、おめぇを負かすまで、俺は飲み比べをやめる気はねぇぞ」
「それじゃあ一生のお付き合いじゃないですか。勘弁してください」
「言ったな、おし、グラス寄越せ。飲み比べすんぞ。竜滅の、お前もだ!」
サイラスは飲み比べは嫌いではないが、明日はダールズモア行きの馬車に乗るのだ。
翌日に残る飲み方はしたくなかった。
「砲弾の兄貴。悪ぃが、明日は朝早いんで」
「んっ、そうか? そういや、そうだったな。じゃあまぁ、あれだ。適当に飲んで食っていってくれや」
そう言ってブラッドフォードは、少しばかり値の張りそうな干し肉の塊を取り出し、ナイフで削いで皿に落とす。
ルイスがそれを一枚つまみ、短縮詠唱で火を起こして、炙ってから口に咥えた。
ラウルは自前で用意したらしいカブをバリバリと齧っていて、レイは殆ど何も口をつけていない。
各々好き勝手に飲んで食べる雰囲気なので、サイラスもそれにならって、干し肉を一つつまむ。
ラウルが干し野菜を皿に並べながら言った。
「ブラッドフォードさん、楽しそうだなぁ。サイラスが来てくれて、一番張り切ってるの、ブラッドフォードさんだと思うぜ」
「おめぇら若いモンが、付き合い悪いからだろうが!」
おめぇら、と言ってブラッドフォードはラウルとレイを交互に睨んだ。
ブラッドフォードは髭面の大男である。
サイラス以上に厳ついブラッドフォードの睨み顔は、それなりに迫力があるのだが、ラウルもレイもどこ吹く風という態度だった。
「だってオレ、お酒より野菜と果物の方が好きだもん。あと、畑仕事は朝が早いからさ、あんまり夜ふかしばかりもしてられないって」
「……俺をアルコール漬けのオッサン達と一緒にするな……あぁ嫌だ嫌だ、この男ばかりの飲み会の、何言っても許されるっていう空気がもう受け付けない……」
何を言っても許されないような空気の中でも、平気で不平不満を言い続ける男は、酒には殆ど口をつけずにブツブツと愚痴をこぼす。
ラウルが申し訳なさそうに眉を下げて、サイラスを見た。
「ごめんな、サイラス。レイはこういう場所に来るだけで、もう奇跡みたいなもんだからさ、許してやってくれよ」
「……何が奇跡だ……自分が引きずってきたんだろ、馬鹿力が……」
「つまり、オレって奇跡を起こす男ってことか?」
レイの言葉にラウルは頬を薔薇色に染め、快活に笑った。
「照れるぜ! レイは褒め上手だな!」
「……くそぅくそぅ、嫌味が通じない馬鹿に通じる嫌味ってなんだ? 『これから嫌味を言います』って前置きすればいいのか? それって、俺がすごく馬鹿みたいじゃないか……!」
凄まじい絶望を目の当たりにしたような顔で項垂れるレイに、ブラッドフォードがチーズの皿を寄せてやり、噛み締めるように言った。
「俺ぁよ。飲み会で健全な男同士の話ができることが、嬉しくて仕方ねぇんだ……というわけで竜滅の。大事な確認だ」
ブラッドフォードは真正面からサイラスを見据え、真剣な顔で問う。
「お前さん、女は乳派か? 尻派か?」
「胸っすね。デカい方がいい」
サイラスが即答すると、ブラッドフォードは破顔し、ルイス、ラウル、レイを見回した。
「聞いたか、お前ら! これが健全な男の会話だ!」
大声を出すブラッドフォードに、ジャムを瓶から直食いしていたルイスが不服そうな顔をする。
「人を不健全みたいに言うのやめてくれます? 私は嫁派なだけですので」
その言葉に、今まで項垂れていたレイがパッと顔を上げた。
宝石じみたピンク色の目は、ピカピカと輝いている。
「嫁派……その回答、天才か! 良いな、嫁派……嫁……くふっ、響きがすごくいい……あっ、でも、お嫁さんの方が可愛いな。うん……お嫁さん……お嫁さん……くふ、ふふふふふふ……」
レイは酒もろくに飲んでいないくせに、顔を赤くしてグニャグニャと体を揺らした。
大丈夫か、この兄ちゃんは。とサイラスは密かに思ったが、誰も心配していないので多分大丈夫なのだろう。
既に酒瓶を一つ空にしたブラッドフォードが、身を乗り出してラウルを見た。
「おぅおぅ、茨の。この流れで言っちまえよ。お前は乳か? 尻か?」
ラウルは何も言わない。野菜をボリボリ咀嚼していたからである。
頬を膨らませて野菜を齧っているラウルに、ブラッドフォードは若者を諭す大人の顔で語った。
「俺ぁ、若い頃は乳派だったがよ……ある日気づいちまったんだ。良い女は大抵尻がでかい、と」
どうやらブラッドフォードは尻派らしい。
乳派代表のサイラスは、思わず反論した。
「いや、デカい胸いいじゃないすか。こう、エプロンしてても分かるぐらい、デカいのがいい」
「おぅ、竜滅の? 懐の広さと尻のデカさは比例するんだぜ」
「じゃあ、胸も尻もデカいのが最強ってことで」
「それだ」
尻派と乳派が和平条約を結んだところで、野菜を食べ終えたラウルがボソリと呟く。
「オレ、大事なのは性格だと思うぜー……」
乳も尻もデカいが、性格がアレな姉を持つ男の言葉には、色々と実感が篭っていた。
サイラスは、改めてラウルを観察する。
初めて見た時から思っていたが、とにかく目を惹く美貌の男だ。
なんで野良着の上にローブ羽織ってんだとか、話題が野菜とトイレしかないのはどうなんだとか、思うところは多々あるが、黙っていれば、さぞモテることだろう。
「茨の兄さん、モテそうだよな」
サイラスがボソリと呟くと、ラウルは首を横に振った。
「うんにゃ、全然さっぱり。まずはちゃんと友達になってくれる子がいいなぁ。というか友達が欲しい……」
しみじみと呟くラウルに、ルイスとレイが白い目を向ける。
「そうして相手の好意に気づかず、友達のまま終わるんですよ、こういう男は」
「……顔の良い男は全員、水虫になってのたうち回れ……」
サイラスも割と同意見だったので、酒のグラスを煽り、低い声で言った。
「茨の兄さんよ、あんたのその顔でモテないとか言われても、全然信用できないぜ」
「えぇー……そういう、サイラスはどういう女の子が好きなんだよ。あっ、乳とか尻とか抜きでさ」
唇を尖らせるラウルに、サイラスはフフンと鼻を鳴らして言う。
「そりゃあれだ。家庭的で料理が上手くて気が利いて、エプロンが似合う女がいい」
「竜滅の。お前さん、エプロン好きだろ」
「嫌いな男っているんすか?」
「よぉし、次の議題は『好きな女に何着て欲しいか』だな。おい、誰かエプロンに勝てる案出せ!」
吠えるブラッドフォードに、グニャグニャになったレイが、赤くなった頬を押さえて言う。
「エプロン、確かに可愛かった……こう、すごくすごく良いものを見てしまった感じがする……あっ、あっ、でも乗馬服も格好良かった……」
「惚れた女だったら、何着てても可愛いでしょうが」
ルイスがサラリと惚気て、ジャムを酒のグラスに流し込む。
さっきから思っていたが、この男、ジャムを摂取しすぎじゃないだろうか。
酒とジャムの混合物を睨みつつ、サイラスはこの議題の結論を口にした。
「じゃあ、最強はエプロンっつーことで」
「エプロンって、最強なんですか?」
横から響いた疑問の声に、ブラッドフォードが深々と頷く。
「おぅ、暫定最強だな。これに勝てるモンあるか、沈黙の………………」
全員が一斉に口をつぐんで、入口の方を凝視した。
扉の前にちょこんと佇んでいるのは、ローブ姿の〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットである。
全員に注目されたモニカは、ピャッと肩をすくませると、モジモジしながらサイラスの元に駆け寄る。
「あ、あのですね、明日の集合場所が変更になったので……えっと、魔法兵団の宿舎って、入り口が幾つかあって分かりづらいので、地図書いておきました」
「ど、どもっす……」
ギクシャクと地図を受け取るサイラスに、モニカはペコリと頭を下げる。
「明日はよろしくお願いしますね。えっと、お、おやすみなさい……」
それだけ言ってモニカは、パタパタと部屋を出ていった。
乳だの尻だので盛り上がっていた男達の間に、気まずい空気が流れる。
硬直していたブラッドフォードが、額に手を当てて天井を仰いだ。
「やべぇ、星詠みのに怒られる……」
「わぁぁぁぁ、今ので嫌われて、友達やめるって言われたらどうしよう、レイ!」
「最悪だ……このオッサン達と同類だと思われた……死にたい……」
「おい、俺ぁ明日、沈黙の姐さんと同じ馬車に乗るんだぞ……!」
各々悲嘆に暮れる中、ルイスだけが心底どうでも良さそうな顔でジャムのスプーンを舐めながら言う。
「あの小娘に、そんな情緒なんてありゃしませんよ。今頃、エプロンの防御力についてでも、考えてるんじゃないですか?」
* * *
ルイスの言葉は半分だけ当たっていた。
モニカは自分に用意された客室に向かいながら、養母の言葉を思い出す。
──エプロンは台所における戦闘服よ。ただし、白衣でも代用できるわ。袖がある分、白衣の方が安全性が高いと言えるかもしれないわね。
そう言って、ヒルダ・エヴァレットはしばしば白衣で台所に立っていたのである。多分、部屋を散らかしすぎて、エプロンが見つからなかったのだろう。
(袖がある分、白衣の方が安全性が高い……つまり、最強の装備は白衣……でも、白衣って汚れが目立つし、黒いローブが一番便利な気がする……)
そんなことを考えていたら、客室についた。
モニカは七賢人のローブを脱いで、寝間着に手を伸ばし、ふと姿見を見る。
鏡に映っているのは、痩せっぽっちの小柄な少女だ。
かつて友人達に言われた、「幼児体型」「寄せる肉が無い」という言葉が頭をよぎる。
(……山小屋にいた頃よりは、太ったと思うんだけどな……)
酒宴で盛り上がる部屋をノックする直前、扉の向こう側から聞こえてきた、乳尻論争を思い出し、モニカは自分の体を見下ろす。
「………………」
己の薄っぺらい体を気にする程度に情緒が育っていたモニカは、無力感を噛み締めつつ、寝間着に着替えて寝台に潜り込んだ。




