【おまけ】悪女モニカ・エヴァレットの大豪遊
サザンドールで暮らすモニカは、仕事で王都やミネルヴァに呼ばれて出張することもあるが、それ以外の時は基本的に自宅で魔術研究に明け暮れている。
山小屋で暮らしていた頃と比べれば、昼夜の区別のつく暮らしをしている──とモニカは思っているのだが、それでも研究に夢中になると時間を忘れて研究に没頭する癖は相変わらずだった。
特にモニカの場合、仕事と趣味が大体同じようなものだから、尚更である。
そのせいで日付の感覚が麻痺してしまうことがしばしばあったので、モニカは弟子の提案で休息日を設けることにしていた。
この家における休息日とは、「仕事をしなくても良い日」である。
無論、仕事がしたければしても良い。
ただし休息日に仕事をする場合は、午前か午後のどちらかだけにする。
そして、決まった時間に食事をして、午前か午後のどちらか一回はお茶の時間を挟み、夜は夜更かしをせず日付が変わる前に消灯。それが休息日のルールだ。
アイザックが留守にしている時は、うっかり休息日を忘れてしまうこともあるのだが、それが続くとネロやラナ経由で弟子に伝わり、笑顔で仕事を取り上げられてしまうので、モニカはなるべく休息日のルールは守るようにしている。
「ひーまーだー。オレ様に構え。オレ様を褒め称えて崇めろ。オレ様最高ー!」
とある休息日の朝。朝食を食べ終えたモニカが食後のコーヒーを飲んでいると、黒猫姿のネロが足元をゴロゴロと転がりながら騒ぎ始めた。
今日は朝から本降りの雨で、ネロは暇を持て余しているらしい。
「じゃあ、チェスでもしようか?」
朝食の片付けを終えたアイザックがエプロンを外しながら言うと、ネロは床を転がるのをやめて起き上がり、ニャッフッフと不敵に笑った。
「オレ様にチェスで勝負を挑むとは、良い度胸だなキラキラ」
「随分と自信があるんだね」
「おぅ、オレ様はチェスの極意を掴んだからな。あれだ、土台をしっかり組むのが崩れないコツだな」
「……土台?」
アイザックが怪訝そうに首を捻った。
なお、ネロの言うチェスとは、チェスの駒を交互に積み上げていき、崩した方が負けという独自ルールのものである。
それを説明しようか迷っていたモニカは、ふと思いついた。
こういう時のために、買っておいた物があるのだ。
「あ、だったら、アレをやりましょう! わたし、良い物買ったんです」
モニカは自室に駆け込むと、収納棚にしまいっぱなしにしていた木箱を抱えてリビングに戻った。
薄く平たいその箱はトランクのように蝶番で繋がっていて、真ん中の部分でパカリと開く。
開くと、箱の内側には升目や文字が記されていた。
ネロが興味津々の様子で箱の内側の文字を読む。
「『家を買った。祝いに全員から金貨五枚ずつもらう』……なんだこれ?」
「あのね、前にハイオーン侯爵のお屋敷にお泊まりした時に遊んだゲームがあって……楽しかったから、ネロやアイクとも遊びたいな、って思って」
ハイオーン侯爵の屋敷で遊んだボードゲームは、単純にゴールに到着する速さを競ったが、モニカが購入したゲームは、それを更に発展させたものだ。
モニカは小さな紙箱から、駒と木製のコインを取り出して並べる。コインは金貨と銀貨の二種類だ。
モニカは金貨を五枚、銀貨を十枚、全員の前に置く。
「サイコロを転がして、出た目の数だけ進むんだけど、止まったマスによって、お金が増えたり減ったりするの。それで、全員がゴールした時点で、一番お金持ちの人が勝ちのゲームなんだって」
「にゃるほど、金持ちになった奴が一番って訳だな」
今回のボードゲームはルートが一本道ではなく、ところどころ枝分かれしている。
大量に金を得るチャンスもあるが、失うことも多いコースには、『冒険家コース』と記されていた。ネロはそのルートを前足でテシテシと叩く。
「いいなこれ、冒険家。夢がある。オレ様、こっちに行くぞ。絶対こっちだ」
そう言ってネロはアイザックを見上げ、ニヤリと笑った。
「おいキラキラ、お前が落ちぶれたらオレ様に借金していいぞ」
「それはそれで、面白そうだ」
アイザックはクツクツと喉を震わせて笑い、スタート地点に自分の駒を置く。ネロも猫の前足で器用に駒をスタート地点に置いた。
どうやら二人とも乗り気になってくれたらしい。
モニカも意気揚々と自分の駒をスタート地点に置いた。
* * *
モニカは己が止まったマスに書かれている文字を、無表情で読み上げた。
「……『新事業を立ち上げる。他のプレイヤーから金貨を十枚ずつ徴収』……」
既に借金額が金貨五十枚近くなっていたネロが、信じられないものを見るような目でモニカを見た。
「モニカ……お前、またオレ様達を食い物に……」
「待って、待って。違うの、違うのこれは……っ」
フルフルと首を横に振るモニカの前に、アイザックが金貨十枚をスッと差し出す。
「僕のお師匠様のためなら、出資は惜しまないよ」
「惜しんでぇぇぇ……」
ゲーム開始から三十分。既にモニカの前には、金貨の山が出来上がっている。
今のモニカは怖いぐらいに絶好調だった。
それはもう絶好調で、止まるマス止まるマスで、他プレイヤーから金貨を徴収している。
気分は強欲な悪徳商人だ。
「うぅっ、わ、わたし……二人を騙すつもりなんて、これっぽっちも……」
「僕は、君になら騙されても構わないよ、マイマスター?」
きらびやかな笑顔で告げる弟子に、モニカは思わず両手で顔を覆った。
「違うんです信じてください、わたし、二人から搾取するつもりなんて……うぅっ」
「なんで、搾取する側が申し訳なさそうにしてんだよ」
ネロが呆れたような顔で言いながら、盤面を睨む。
ゴールまでの距離は三人ともほぼ同じだが、財産の額は明確に差がついていた。
既に金貨を二百枚ほど蓄えている、圧倒的一位がモニカ。
借金が金貨五十枚超の、圧倒的最下位がネロ。
そして二位のアイザックはというと、手持ちが金貨十八枚、銀貨三十枚。無難も無難な人生である。
モニカに続いてサイコロを転がしたアイザックは、駒を進めた。
「『事業が軌道に乗った。金貨五枚を得る』……うん、順調で何よりだ」
金貨五枚を手持ちに加えるアイザックに、ネロがジトリとした目を向ける。
「キラキラ、お前の人生、普通すぎてつまんねぇぞ」
「普通の人生って素敵だね」
激動の人生を送ってきた男が言うと、実に重みのある一言である。
アイザックからサイコロを受け取ったネロは、肉球の上にサイコロを乗せ、得意げに言った。
「冒険心を失った生き物は退化していくんだぜ! 見ろ、オレ様の生き様を! とぅっ!」
出た目は五。かくして『冒険家コース』を五マス進んだネロに待ち受ける出来事はと言うと……。
「『翼竜の群れに追われて生死の境を彷徨う。治療費に金貨二十枚支払う』……納得いかねぇぇぇ! オレ様最強なのに! 翼竜ごときに! 翼竜ごときに!!」
前足で机をバシバシ叩いて泣き崩れる最強の黒竜に、アイザックが真顔で「すごい生き様だね」と呟く。
モニカはサイコロを握りしめ、盤面を睨んだ。
いよいよ自分の番が回ってきた。できれば二人から搾取するのではなく、無難にゴールがしたい。
無難なマスに止まれ、無難なマスに止まれ……と念じながら、モニカはサイコロを転がす。
「やぁっ!」
出目は三。モニカは、止まったマスに記されている文字を読み上げる。
「『左隣に座る人間を誑かして、金貨十枚を得た。大豪遊する』」
今にも死にそうな顔色で、モニカは左隣に座るアイザックを見た。
アイザックは何故か期待に満ちた目でモニカを見つめ、碧眼をとろりと細めて微笑む。
「僕のお師匠様は、どんな風に僕を誑かしてくれるんだい?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃぃ、うぅっ、わたしは……わたしは悪女です……」
ホロホロと泣き崩れるモニカの前に金貨十枚を寄せ、アイザックはサイコロを転がした。
出目は六。モニカと同じマスである。
即ち、『左隣に座る人間を誑かして、金貨十枚を得た。大豪遊する』
借金だらけのネロに、アイザックは掌を上に向けて微笑む。
「すまないね、ネロ先輩。肉料理で誑かされてくれ」
「キラキラぁぁぁ、お前ぇぇぇぇ……っ!」
借金をしたネロから徴収した金貨を手元に寄せて、アイザックはモニカに笑いかける。
それはもう、楽しそうな笑顔で。
「モニカ、一緒に大豪遊しよう」
かくして弟子と大豪遊することになった悪女モニカ・エヴァレットは、虚ろな目で「悪女でごめんなさい……」とつぶやくのだった。




