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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝10:竜滅の魔術師
205/425

【19】竜は災害だ

 ルガロアの町で一泊したモニカとサイラスは、翌朝、竜騎士団の馬車に乗ってダールズモア山岳地帯に入った。

 空には昨晩の雨雲がまだ残っていて、断続的に雨が降ったり止んだりを繰り返している。今は霧のような雨がモニカのローブや前髪を湿らせていた。

 ダールズモア山岳地帯は複数の山が連なっており、その麓の森も非常に広大である。故に、第七調査団も幾つかの班に分かれて行動しているようだった。団長のダニングも自ら現地に入り、調査をしている。

 モニカとサイラスは、案内役のロブソンと共に森の南部から調査を開始することにした。

 サイラスの開発した魔導具は、竜の体の一部があれば正確な索敵ができるが、効果範囲が狭い。広大な森を調べるためには、とにかく歩き回る必要がある。

 サイラスは大きめの懐中時計のような魔導具に、ダニング団長から借りた赤竜の鱗をセットし、それを手のひらに乗せて森を歩いていた。その後ろにモニカとロブソンが続く。


「面白い魔導具ですねぇ。潜伏した竜の索敵は骨が折れるんで、こいつぁ便利だ」

「……まだ未完成だし、索敵範囲は広くねぇ」


 サイラスが低く呟くと、ロブソンは無精髭の生えた顎を撫でて、ニヤリと笑った。


「一応、俺らもプロなんで。竜の痕跡見つけるのは得意なんですわ。こっちの情報と、その魔導具の索敵結果があれば、かなり居場所を絞れる」


 そのやりとりを無言で聞いていたモニカは、手にした杖を握り締めて、口を挟んだ。


「……ダニング団長は、赤竜を討つおつもりなんですね」


 先行したダニングの乗っている大型馬車には、竜討伐用の投擲槍が複数積まれているのをモニカは見ていた。

 眉間が弱点の竜を討つ時は、投擲槍か大型弓、あるいは攻撃魔術を使うのが一般的だ。今もロブソンは、その手に槍を一本手にしている。

 モニカの言葉に、ロブソンは眠たげな目を更に細めて、うーんと唸った。


「まぁ、そうみたいですねぇ」


 自分はどちらでも構わないと言いたげな、曖昧な言葉だ。

 モニカは更に追求する。


「……第七調査団は、いつも、魔法生物学者を同行させていないんですか?」

「まぁ、同行させてる調査団もあるんですけどね、えぇ。……うちの団長は、魔法生物学者が嫌いなもんで」


 モニカがじっとロブソンを見上げると、ロブソンは気まずそうに無精髭の生えた顎を撫でた。


「八年ぐらい前に、今みたくダールズモアに赤竜の目撃情報が出ましてね。俺ら第七調査団が調査のため、この山に入ったんですが……そこで、魔法生物学者と一悶着あったんですわ」

「一悶着?」

「現地調査に来ていた魔法生物学者が調査を妨害したんでさぁ。まぁ、妨害って言っても、大したことはしてなくて、ただ竜を殺すなと訴えてきたぐらいなんですけどね」


 ロブソンが言うには、その魔法生物学者はダニングにまとわりつき、「赤竜に害意は無い、自分が竜の領域に戻すから討伐はしないでほしい」と言い続けたらしい。


「でもまぁ、こっちも仕事なもんで。いつまでも人の領域をブラブラしてる上位種の竜なんて放っておけないでしょ? で、無理やり竜の領域に追いやるか、討伐するか、って話になって」


 結局、その魔法生物学者と揉めてる間に赤竜はいなくなったらしい。おそらく、竜の領域に戻って行ったのだろう。

 そうして八年が経った今、再びダールズモアに赤竜が現れた。


「今回の赤竜は八年前の赤竜じゃないか、やはりあの時殺しておくべきだった、って団長は気が立ってるんですわ。あの人は、竜害で家族も部下も大勢亡くしてる。竜を憎む気持ちも分からなくはないですがね」

「あんたは、どうなんだ?」


 サイラスが前を向いたまま、低い声で問いかけた。

 竜騎士団に志願する人間は、大半が竜害経験者だ。そうでなくとも、竜騎士団に籍を置いている以上、竜害で仲間を失ったこともあるだろう。

 サイラスの言葉に、ロブソンは遠い目をした。かつて失った者を振り返るように。


「まぁ、俺も、竜に仲間を何人も殺されてます。ただ、あぁ、なんて言えばいいのかな……俺にとっちゃ、竜害は自然災害みたいなもんなんです。恐怖の対象ではあるけれど、憎むってのはなんか違う気がするんですわ」


 サイラスは首を捻ってロブソンを振り返る。

 鋭い眼光が、ロブソンを射抜くように見据えた。


「……身内を熊や狼に襲われたら、復讐を考えねぇか?」

「考えるかもしれませんねぇ。ただ、竜は強さが別格すぎて、俺には自然災害に思える」


 モニカは家で留守番中のネロのことを頭に浮かべる。

 モニカはネロと出会うまでは、上位種の竜のことは書物でしか存在を知らなかった。

 高い知性を持つこと、人間の言葉を理解していることを知ってはいたけれど、それでもどこか現実味のない存在だった。


(昔のわたしが竜を怖くなかったのは……竜のことを、よく知らなかったからかもしれない)


 今のモニカは、竜にも色々いることを知っている。

 鳥の骨が喉に刺さって悶絶していた黒竜。

 おっとりとしているけど、意外と義理堅い白竜。

 我が子の復讐のために呪いを受け入れ、呪竜と化した緑竜。

 彼ら、或いは彼女らは、時に人間臭くもあるけれど、人間とは違う価値観を持つ生き物だ。


(それでも、寄り添えたらいい)


 ネロやトゥーレを見ていると、そう思うのだ。

 サイラスは険しい顔で口を引き結び、何も言わない。竜害を経験している彼には彼で、思うところがあるのだろう。

 ロブソンはやはり、どこか遠い目をしたまま呟いた。


「『──竜は災害だ。』最初にこの言葉を口にしたのは、昔の神官らしいですぜ。竜を神様と崇める連中に対抗するための言葉なんでしょうけど……なかなかどうして、的をいている」


 かつて竜信仰をする民と、神殿が対立していた時、神殿はとにかく竜を悪いものとして扱ったらしい。

 竜害という言葉が生まれたのもこの時代だ。

 そして、今もその言葉が根付いているのが、この国の現実でもある。


「竜は生き物の形をした災害だ。俺らにできるのは、立ち向かうことじゃなく備えることぐらいですぜ。まぁ、七賢人様は、災害もなんとかできちまうんでしょうけど」


 竜を災害と見るロブソン、憎むべき敵と見るサイラス、そして竜と一緒に暮らしているモニカ──竜が色々いるように、人間も色々なのだ。

 きっとその溝は、簡単に埋められるようなものではないのだろう。

 シリルのように竜の存在を受け入れ、ついでに人間の常識を叩き込もうと奮闘する人間は稀なのだ。


(シリル様は、ネロの正体を知ったら……どんな顔をするだろう)


 シリル・アシュリーは他者の事情に耳を傾けることができる人間だ。

 それでもモニカは、ネロの正体をシリルに話すには抵抗があった。

 黒竜と呪竜は一級危険種──発見次第、即討伐と定められている存在。下手に存在を明かすわけにはいかない。

 そんなことを考えながら歩いていたモニカは、ぬかるむ地面に足を滑らせバランスを崩した。


「うひゃぅ!?」

「うぉっ、危ねぇっ」


 転びかけたモニカの腕を、隣を歩いていたロブソンが慌てて掴む。

 間一髪のところで助けられたモニカが、ふぅっと息を吐くと、先を歩いていたサイラスが足を止めてモニカを振り返った。


「悪ぃ、姐さん。歩くの早かったか?」

「いえ、だ、大丈夫です。すみません……」


 モニカの体力の無さと歩幅を考慮し、サイラスとロブソンはだいぶゆっくり歩いてくれていることにモニカは気づいていた。これ以上、二人に気を遣わせるのは申し訳ない。


(気をつけて、歩かなきゃ……)


 ダールズモア山岳地帯は全体的に粘性の高い、赤茶けた土をしている。水を含むと滑りやすい土質なのだ。

 モニカ達が歩いている場所は森ではあるけれど、王都でよく見る緑豊かな森とは少し違う。まばらに針葉樹が生えている森だ。高低差も激しく、歩きづらい。

 今度こそ足を滑らせぬよう、モニカが慎重に歩いていると、サイラスが低い声で言う。


「──反応があった。ここから北東だ」

「団長達がいるのとは反対方向ですぜ。……狼煙は竜に気づかれる可能性があるから、緊急事以外使いたくない。一度戻って、団長と合流しますかい?」


 ロブソンの言葉に、サイラスがモニカを見る。おそらく、先輩であるモニカを立ててくれているのだろう。

 モニカは杖を握りしめ、ハッキリとした声で言った。


「いいえ」


 討伐派のダニング達と離れているのは、寧ろ都合が良い。

 モニカはできることなら、赤竜と話がしたいのだ。


「このまま進みましょう。わたし、精霊言語、少しは分かるので……交渉できると、思います」


 地図を見ていたロブソンが、目だけを動かしてモニカを見る。

 モニカの真意を探るような目だった。


「交渉決裂した時は、どうするんで?」


 モニカは真っ直ぐにロブソンを見据えて宣言する。


「その時は、わたしが赤竜を討ちます」



 * * *



 サイラスの魔導具が示す場所へ向かうためには、本来なら結構な回り道をする必要があった。土地の高低差が激しいためだ。

 だが高低差の激しい場所では、飛行魔術の得意なサイラスがモニカとロブソンをおぶって運んでくれたので、さほど時間をかけずに辿り着くことができた。

 モニカ達が移動している間、竜は殆ど動いていなかった。

 この霧雨に濡れるのを嫌がって雨宿りをしているのだろう、というのがロブソンの見立てだ。赤竜は鱗が濡れることを酷く嫌がる。


「……この辺りだ」


 先頭を歩くサイラスが、足を止めて眼光鋭く周囲を見回す。

 まばらに針葉樹が生えるこの森では、大型の竜が姿を隠すことは難しい。その巨体を雨に濡らすことを厭うならなおのこと、何かに化けて雨宿りをしていると考えるのが妥当だ。

 ロブソンが「あそこだな」と前方に見える崖のあたりを指で示した。

 崖のそばには傾いた大岩が一つ転がっている。岩は丁度屋根の代わりになっていて、雨宿りをするのに最適だ。

 岩と崖の間には隙間がある。大型の熊でも余裕で隠れられるだろう。

 サイラスが杖を構えて詠唱をした。

 杖の先端に氷の槍が生まれる。ただの氷じゃない。魔力密度の高い氷は、竜の眉間を貫くだけの威力を秘めている。


「隠れても無駄だぜ、赤竜。お前がそこに隠れてんのはお見通しなんだよ」


 サイラスが低い声ですごむと、岩陰からかすかに物音がした。

 モニカはサイラスのローブの裾を引っ張る。サイラスは氷の槍はそのままに、一歩下がってその場をモニカに譲った。

 モニカはコクリと唾を飲み、岩陰にいる何かに話しかける。


「あのっ……あなたが何故、人の領域にやってきたのか、教えてくれませんか?」


 それからモニカは一呼吸置いて、精霊言語で短く問う。


『あなたは、なぜ、ここに?』


 拙い発音だが、それでも相手の言語に合わせることで、こちらに交渉の意思があることを伝えたかった。

 岩陰から、湿った土を踏む小さな足音が聞こえる。やはり、竜は何か別の生き物に化けているのだ。

 人か、或いは猛獣か。

 息を呑む一行の前に姿を見せたのは、神秘的な金色の目をした狸だった。

 いかにも冬毛らしいフサフサの毛並みの小型の狸は、モニカを見上げて口を開く。


「あっらぁ〜、若いのに精霊言語が分かるの? えらいわねぇ〜。いっぱいお勉強したのねぇ。最近の人間さんって精霊言語を習得される方が少ないから意思疎通が難しくってね。まぁ、だからこうしてわたし達も人の言葉を使うようになったんだけど……あらっ、やだ、わたしばっかり喋っちゃってごめんなさいねぇ。精霊言語使ってくれる人間さんが久しぶりだから、なんだか嬉しくなっちゃって」


 狸の口から発せられたのは、年嵩の女の声だった。

 それも、初対面の若者に対してもグイグイくるオバチャンのような。

 ロブソンが狸を指さして、サイラスを見る。


「……竜? あれが?」


 ベテランの調査団員ですら戸惑うような状況らしい。

 サイラスが魔導具を取り出して、凄まじい目つきで盤面を凝視した。

 竜の居場所を示す魔導具は、目の前の狸が竜であると確かに示している。

 三人が絶句していると、狸は器用に二本足で立ち上がり、腹の辺りの毛皮に手を突っ込んで、白くてウネウネした何かを取り出した。


 ──幼虫である。


 狸は丸々と太った幼虫を小さな手にのせ、モニカ達に差し出した。


「お近づきの印に、虫ちゃんどうぞ。栄養たっぷりで美味しいわよ。若い人はね、いっぱい食べなきゃ駄目だからね」


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