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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝10:竜滅の魔術師
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【14】七賢人より七賢人

〈竜滅の魔術師〉サイラス・ペイジは困惑していた。


「──それで、野菜を瑞々しくするために肥料の配合を変えてみたら、今度はなんか水っぽくて味の薄い野菜になっちゃってさぁ。果物でも試したらやっぱり水っぽくてイマイチだったんだけど、土の成分次第じゃこっちの肥料の方が上手くいくこともあるから、やっぱり農業って奥が深いよなぁ。あ、カブ食べる?」


 そう言って五代目〈茨の魔女〉ラウル・ローズバーグは、ポケットから取り出したカブを差し出す。

 サイラスは眉間に深い皺を刻み、ラウルをジトリと睨んだ。


「……飯食ったばかりだから、いらねぇ。ところで、その話を聞くのは三回目で、野菜勧められるのはもう五回目なんだが」

「そうだっけ? えーっと、あとは……あ、そうそうトイレに行きたくないかい! 案内するぜ!」

「それは六回目だ」


 このやたらと顔の良い気さくな魔術師は、さっきから延々とトイレと野菜の話を繰り返していた。

 そしてその合間に野菜を勧めたり、トイレの案内を申し出たりしてくるのだ。


(俺ぁ一体、何を試されてるんだ……?)


 サイラスはチラリと横目で他の七賢人達の反応を見た。

 サイラスの師匠を含む、旧七賢人の三人──〈雷鳴の魔術師〉、二代目〈深淵の呪術師〉、〈治水の魔術師〉の三人は、最近の魔術師協会のあれこれについてポツポツと雑談をしている。できることなら、自分もそっちに混ぜてもらいたい。

 そして現役七賢人は、〈星詠みの魔女〉と〈結界の魔術師〉、それと〈沈黙の魔女〉の三人が離席中。

 三代目〈深淵の呪術師〉は陰鬱な目でサイラスを見て、「困れ……困れ……」とブツブツ呟き、〈砲弾の魔術師〉はサイラスが作った魔導具を興味深そうに弄っている。


「なぁ、竜滅の。こいつを起動してみて良いか?」


〈砲弾の魔術師〉が、サイラスの作った魔導具を掲げて口を挟む。

 サイラスとしても、野菜とトイレの話を延々と聞きたいわけではなかったので了承しようとした……が。


「ちょ、ちょっと待った! ブラッドフォードさん! ブラッドフォードさんもさ、野菜食べようぜ!」


 ラウルが両手にニンジンを握りしめて叫ぶ。

 そんなラウルを、ブラッドフォードは胡散臭そうに睨んだ。


「おうおう、茨の。おめぇさん、なーんか隠してないか?」

「ソンナコトナイゼ!」


 ラウルは顔中に汗を滲ませ、目を泳がせた。

 そうして助けを求めるように、ラウルは隣に座るレイに話しかける。


「なぁ、レイ! オレ、全然怪しくないよな!」

「クク……ククク……事情は全く分からないが、顔の良い人間が困っていると俺の心が穏やかになるから、いいぞ……いいぞ……もっと困れ……」


 レイの言葉にラウルが「そんなぁ」と眉を下げてニンジンをかじった。

 こいつらの人間関係はどうなっているのだろう──サイラスが密かにそんなことを考えていると、部屋の扉がノックされた。

 てっきり離席中の七賢人の誰かが戻ってきたのかと思ったが、違う。

 室内に入ってきたのは、緋色の生地に金の刺繍を施した華やかな衣装の青年だ。

 一歩間違えれば華美になりそうな衣装が違和感なくしっくりと馴染むのは、その青年がそれに見合う美貌の持ち主だからか。

 青年が鮮やかな金髪を揺らし、ニコリと品良く笑いかける。


「歓談中に失礼。新七賢人に、是非とも挨拶がしたくて」


 青年が堂々とした態度で言うと、ラウルはパッと顔を上げ、救世主を見るような目で青年を見て叫ぶ。


「〈謎のお方〉……!」


 何言ってんだこいつは、と室内にいる誰もがラウルを見た。サイラスもだ。

 ラウルはさっきまでの動揺はどこへやら、サイラスの肩をバシバシと親しげに叩く。


「サイラス、知ってるかい! あの高貴でキラキラしてる〈謎のお方〉は、何を隠そう、この国の第二王子、フェリクス・アーク・リディル殿下なんだぜ!」


 第二王子フェリクス・アーク・リディル。

 その名前ぐらいは、政治に疎いサイラスでも知っている。

 一時期は呪竜を倒したとかで英雄扱いされていたが、今は王位継承権を放棄し、領地にこもっているのだとか。


(そんなご隠居王子が、なんで城に来てるんだ?)


 困惑するサイラスの元にフェリクスが歩み寄る。

 やべぇ、とサイラスは焦った。サイラスは王族はおろか、貴族に対する礼儀作法も知らないのだ。

 ただ、目上の人間相手に自分が椅子に座っているのはまずいだろう。

 サイラスが慌てて立ち上がると、フェリクスは少しだけ首を傾けた。


「貴方が新七賢人かな?」

「……っす。〈竜滅の魔術師〉サイラス・ペイジと申します」

「竜滅? 〈雷鳴の魔術師〉のお弟子さんと伺っていたから、てっきり二代目〈雷鳴の魔術師〉を名乗るのだと思っていた。その肩書きは貴方が自分で?」

「竜は一匹残らずぶっ殺すってのが、俺の魔術師としての信念なんで」


 王族相手にぶっ殺すはまずかったか、とサイラスは焦った。

 だが、フェリクスはそんなサイラスの無作法を咎めたりせず、むしろその無作法を楽しむようなおおらかさで微笑んでいる。


「ペイジ殿──いや、ペイジ卿と呼ぶべきかな?」

「いや、まだ爵位とか、貰ってないんで……」

「では〈竜滅の魔術師〉殿。近年、竜害が続いている我が国において、貴方のように竜討伐に長けた魔術師はとても心強い。ご出身はどちらで?」

「ルガロアっす」


 答えつつ、どうせこの王子様は名前も知らないんだろうな、とサイラスは密かに考える。

 サイラスの出身地は、東部地方にある小さな町だ。この王子様が知っているとは思えない。

 だが、美しい王子様は少しだけ眉を下げ、申し訳ないことを聞いたような顔をした。


「……地竜の暴走事件は、いたましい事件だったね。私はまだ幼かったから覚えていないけれど、当時を知る人間から話を聞いて、とても恐ろしく思ったのを覚えている」


 少しだけ驚いた。

 この王子様の年齢は、見たところ二十歳程度──サイラスの故郷で起こった地竜暴走事件は十六年前の事件なので、物心がつくかつかないかといった程度の年齢だったはずだ。


(この王子様……国内の小さな町で起こった事件も、ちゃんとお勉強してるんだな)


 ルガロアの悲劇は、竜害の多いリディル王国東部ではよくある話の一つだ。

 今から十六年前、東部地方の小さな町ルガロアで地竜の群れが暴走し、町を襲った。

 王都から竜騎士団が到着した時には、町は半壊状態。死傷者数も多く、サイラスの友人も犠牲になった。

 当時のことを思い出し、苦い顔をするサイラスに、フェリクスは静かに問う。


「貴方が竜滅を名乗るのも、そのため?」

「……そんなとこっす」


 フェリクスは「そう」と相槌を打ち、視線を少し動かした。

 彼が見ているのは、〈砲弾の魔術師〉の手の中にある魔導具だ。


「小耳に挟んだのだけど、貴方は竜の居場所を探知する魔導具を、独自で開発したとか」

「……っす。まだ未完成っすけど」

「素晴らしい。是非とも詳しく話を聞かせてくれないかい? 私が治める土地でも水竜による海運事故が頻発していてね。水中の竜の索敵について、是非とも貴方の見解を聞かせてほしい」

「水中の索敵っすか……」


 実を言うと、サイラスの作った魔導具は、水中だと感知能力が極端に落ちる。

 それだけ水中の索敵は難しいのだ。

 それについての自分の見解、水中索敵の難しさをサイラスが語ると、その合間にフェリクスが幾つかの論文を例に挙げて、改善策について語る。

 サイラスはこの王子様に対する評価を、更に上方修正した。


(す、すげぇ、この王子様……七賢人より、七賢人してねぇか?)


 サイラスは、トイレと野菜の話しかできなかった七賢人を横目で見る。

 くだんの五代目〈茨の魔女〉は、「殿下は頭がいいなぁ」と大変頭の悪い感想を口にしていた。

 ついでに言うと、三代目〈深淵の呪術師〉は「やめろぉぉ、キラキラした生き物は俺の視界に入るなぁ……目が、目が潰れる……」と両目を押さえていた。

 こいつらは本当に七賢人か、とサイラスが呆れていると、フェリクスが遠慮がちに提案する。


「もし貴方さえ良ければ、竜探知の魔導具研究に協力させてもらえないだろうか?」

「あー、それは、ありがたいんすけど、その……つまり……」

「率直に言うと、貴方の研究に出資させてほしい。必要なら設備も提供しよう」


 それは願ってもない話だった。魔導具研究は何と言っても金がかかる。

 今までは竜討伐の報酬でなんとかやりくりしていたが、出資者がいるなら研究も捗るだろう。

 だが、うまい話には裏がある。まして相手が王族ともなれば、下手をすると権力闘争に巻き込まれかねない。

 サイラスが慎重に言葉を選んでいると、フェリクスは穏やかに微笑んだ。


「返事は急がない。どうか、考えておいてほしい」


 サイラスが「……っす」と曖昧に言葉を返したその時、部屋の扉が勢いよく開く。

 室内に駆け込んできたのは、薄茶の髪の小柄な少女──〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットだった。



 * * *



(ラウル様、アイク! シリル様もトゥーレも大丈夫です!)


 ……と叫ぶ訳にはいかないので、モニカはグッと拳を握りしめて、ラウルとアイザックにウィンクを送った。

 傍目には両目を不恰好に瞑っているようにしか見えないのだが、真意は伝わったらしい。

 ラウルが親指と人差し指で丸を作り、首を傾げたので、モニカも同じように指で丸を作ってブンブン頷く。


(良かった……良かった……これで、ひと安心……)


 モニカが扉の前でホッと安堵の息を吐くと、誰かがモニカを労うようにポンと肩を叩いた。


(……あれ?)


 ラウルもアイザックも部屋の中にいるのだ。なら、この手は一体?

 モニカはゆっくりと振り向いた。

 背後に佇んでいるのは、蛇のように狡猾に目を輝かせているメリッサだ。

 メリッサは真っ赤な唇で舌なめずりをし、身を屈めてモニカの耳元で囁く。


「でかした、モニモニ。第二王子を引き留めておくなんて、あんた気が利くじゃない」


 モニカの喉は、締め殺された鶏のように「ぎゅぇぇぇ」と鳴った。

 だが、そんなモニカの反応をいちいち気にするメリッサではない。

 メリッサはそばかすの浮いた顔に、満面の笑みを浮かべて、これでもかというぐらい甘ったるい猫撫で声を出す。


「まぁ、フェリクス殿下! こちらにいらっしゃったのですねぇん。わたくし、フェリクス殿下とは一度ゆっくりお話がしたかったんですの。この後一緒にお茶でもいかがですか? 勿論、〈沈黙の魔女〉様もご一緒に!」


 モニカは青ざめ、アイザックに向かってブンブンと首を横に振った。


(駄目です、アイク。メリッサお姉さんは、アイクに高い薬を売ろうとしてるんです。逃げて! 逃げてぇぇぇぇぇっ!)


 アイザックとしても、わざわざメリッサの申し出を受ける理由は無いはずだ。

 だから、きっと控えめに辞退するだろう、とモニカは考えていた。

 だがモニカの予想に反して、アイザックはにこやかに頷く。


「ちょうど良かった。私も是非、貴女と話がしてみたいと思っていたんだ。レディ」

「まぁ、光栄ですわぁん。すぐに別室を用意しますわね!」


 第二王子を見るメリッサの目は、獲物の品定めをする狩人の目だ。

 それも極上の獲物を前にしたように、爛々と輝いている。


(こ、このままだと、アイクが……アイクがぁ……)


 どうして今日は、こんなにも心休まる時が無いのだろう。

 モニカは胃を押さえつつ、腹を括って己に言い聞かせる。


(アイクはわたしが守らなきゃ……わたしは、アイクのお師匠様なんだから……っ!)


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