【8】今まで誰も言わなかったド正論
魔法戦を終えた三人が魔法兵団の応接室に戻ると、〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイがニコニコしながら出迎えてくれた。
「三人とも、お疲れ様ぁ〜。さぁ、座って座って」
メアリーに促されたモニカとルイスはすぐに着席したが、サイラスだけはすぐには座らず、クッションに埋もれている老人──師である〈雷鳴の魔術師〉グレアム・サンダーズの前に立って、深々と頭を下げた。
「師匠、すまねぇ。あんたの名前背負った戦いで、無様な負け方をした」
真面目だ。真面目すぎる。と室内にいる誰もが驚愕の目でサイラスを見た。
クッションに埋もれていた〈雷鳴の魔術師〉はヒゲの下でフガフガと口を動かし、低い声で言う。
「初手、雷撃の後の攻撃が遅い。連携を取られぬよう奇襲で敵を分断するべきだった」
「うす」
「空中戦、〈結界の魔術師〉は常に自分が有利な位置になるよう、お前を動かしていた。敵に動かされていることに気づかぬ内はまだ未熟」
「うす」
「それと……」
かつてリディル王国最強と呼ばれた偉大な魔術師は、白い眉毛の下でカッと目を見開き、己の弟子に問う。
「朝ごはんは、まだですかのぅ」
「……師匠。もう昼飯の時間だ」
サイラスがガリガリと頭をかきながら指摘すると、グレアムはガクガクと首を縦に振るようにして頷く。
「あぁ、そうだった、魔法戦の話でしたのぅ」
髭をしごきながら呟き、グレアムはモニカを見た。
何故、自分を見るのだろう。とモニカが緊張していると、グレアムは孫に語るような穏やかさで言う。
「サイラスは竜と戦う時はすーごく強いんじゃが……子どもに弱くてのぅ」
へ、とモニカの口から声が漏れた。
「そこは、大目に見てやっとくれんかのぅ」
「あの、子どもって、えっと……」
モニカがおずおずとサイラスを見ると、鋭い眼光で睨まれた。やっぱり怖い。子どもに弱いと言うより、子どもが嫌いと言われた方が納得できる眼光の鋭さでサイラスは怒鳴った。
「俺ぁなぁ! ガキを泣かせんのが死ぬほど嫌いなんだよっ! 覚えとけっ!」
室内にいる全員に宣言するようなその怒声に、ルイスが顎に指を添えてわざとらしく首を捻る。
「ガキ? はて……そこの小娘殿なら、もう十九ですが?」
「ってこたぁ、黒竜討伐ん時は十六歳かそこらだろ! そんなガキを黒竜討伐に行かせるなんて、何考えてんだ!」
その時、室内に衝撃が走った。
モニカですら衝撃を受けた。今までそんなことを言う人間が、周囲にいなかったのだ。
この場にいるのは、子どもの頃から魔術に親しんでいる魔術師の名家の人間だったり、或いは十代の頃から竜討伐に飛び回っている者ばかりである。
だから、モニカの黒竜討伐について、わざわざそんな指摘をする人間がいなかったのだ。
(じゃ、じゃあ、さっきわたしを睨んでたのって……!)
モニカの予想を裏付けるように、サイラスは歯軋りをしながら呻く。
「気に入らない。気に入らないぜ。こんなガキを竜討伐に送り込むだなんてよぉ……なんで誰も止めなかった」
「それが力ある人間の責務というものです。〈沈黙の魔女〉殿の実力は、貴方も先ほど目の当たりにしたばかりでは?」
止めなかったどころか、黒竜討伐に放り込んだ張本人であるルイスが澄まし顔で言う。
サイラスは唇を曲げて、渋面で黙り込んだ。
モニカに敗北した自分がこんなことを言える立場ではないと分かっていて、それでも納得がいかないのだろう。
一方、室内にいる新旧七賢人達は、サイラスのあまりにも真っ当で一般的な感覚に各々驚愕していた。
「な、なんてことだ。嫌な奴と見せかけてただの良い人じゃないか……そうやって周囲の印象を良くする作戦か……くそぅ、なんて嫌らしい……っ」
ブツブツと呟くレイの言葉を受けて、ラウルとメリッサのローズバーグ姉弟が各々呟く。
「つまり、ペイジさんは良い人なんだな!」
「アタシ苦手だわ。暑苦しい男って趣味じゃないのよ」
ざわつく室内に、場のまとめ役である〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイが苦笑しながら手にした杖で床をトンと叩いた。
杖の装飾がシャランと鳴る音に、誰もが一斉に口をつぐむ。
「さて各々方、結論は出たかしら?」
メアリーが室内を見回して声をかける。
真っ先に口を開いたのはレイの祖母、二代目〈深淵の呪術師〉アデライン・オルブライトだった。
「ヒッヒ、活きの良い若いモンが増える。結構じゃあないか。元より一線を退いた年寄りが、あれこれ口出しする気はないよ。そうだろう、ヴェルデ?」
「はい、異存はありません」
話を振られた〈治水の魔術師〉バードランド・ヴェルデが理知的な顔で頷くと、やる気なさげにソファにもたれていたメリッサが軽く手を振って同意した。
「同じく。アタシもどーでもいいわ。現役組で適当に決めてちょうだい」
「小娘。アタシは、どーでもいいとは言ってないよ」
アデラインの一喝に、メリッサは不貞腐れた子どものようにしかめっ面で唇を尖らせる。
「あー、はいはい! アデライン様のお言葉に従いますぅ! これで良いでしょ!」
メリッサはフンと鼻を鳴らすと、早く決めろとばかりに現役七賢人の六人を見る。
ブラッドフォードが太い腕を組んで、うんうんと頷きながら言った。
「俺ぁ、合格で良いと思うぜ。無詠唱魔術にあれだけ対応できて、結界のとあれだけ空中戦ができりゃ上等だろ」
ブラッドフォードの言葉に、サイラスが驚愕の表情で目を丸くした。
どうやら彼は、魔法戦で敗北したら即不合格だと思っていたらしい。
「対人戦と対竜戦の両方がこなせねぇと、七賢人になれないんじゃないのか?」
サイラスの呟きに、レイが目を剥き天を仰いだ。
「馬鹿か。そんなことを言ったら、俺なんてとっくにクビじゃないか……っ!」
「あはは、オレもかな」
レイの横でラウルがうんうんと頷き、朗らかに宣言する。
「オレも合格に一票! 対竜に特化した独自魔術も悪くなかったし」
「……? 独自魔術?」
初めて耳にする言葉にモニカが首を捻ると、メリッサが机の上の資料を雑に掴んでモニカに押し付けた。
どうやら面接前に提出された書類らしい。そこにはサイラスが独自に編み出したという魔術式が記載されていた。
モニカはサイラスの経歴等を読み飛ばし、彼独自の魔術式の部分に目を通す。
(対竜特化の攻撃魔術と、捕縛術式……すごい! 竜を魔術で捕縛するのはほぼ不可能って言われてたのに、竜の魔力に反応して結びつくように魔術式が組まれてる……)
「どうだよ、沈黙の。お前さんの意見は?」
「あっ、はいっ、合格! 合格で良いと思いますっ! この魔術式すごい……っ! 感知魔術に攻撃魔術を紐づけて命中率を上げる魔術も、竜の魔力に反応して性質を変えて結びつく捕縛術式もどちらもすごく画期的です! あのっ、あのっ、これ、あとで解説聞きたいですっ!」
ブラッドフォードに促され、突然饒舌に語り出したモニカに、サイラスがギョッとしたような顔をする。
ルイスがクスクス笑って、口を挟んだ。
「私は推薦人ですので、コメントは差し控えましょう。皆さんの判断に任せます。まぁ、既に三票集まっているわけですが、〈深淵の呪術師〉殿はいかがされます?」
「……物騒な奴が連れてくる魔術師はやっぱり物騒だった……だけど目つきと口が悪いところ以外、特に駄目出しする点が思いつかない……妬ましい……くそぅ、くそぅ、何か短所は無いのか……」
不平不満はあれど、不合格にする理由が無いらしい。
ルイスが肩をすくめてメアリーを見る。
最年長の現役七賢人は小さく頷いて、口を開いた。
「あたくしも合格に一票。それでは、〈竜滅の魔術師〉サイラス・ペイジを正式に七賢人として迎え入れるということで、皆様よろしくて?」
レイ以外の全員が頷く。少し遅れてレイも不承不承という顔で頷いた。
サイラスが困惑した顔でメアリーを見る。
「……本当に良いのか? 俺は、そこの若い二人に負けてるんだぞ」
この言葉に、ルイスが「おや?」と片眼鏡の奥で目を丸くする。
「私、貴方より年上ですよ。二十九です」
「──はぁっ!?」
サイラスが裏返った声を上げ、ルイスの顔を凝視した。
ルイスは実年齢より若く見られるので、サイラスの驚きは理解できる。
(あれ? でもルイスさんより、年下ってことは……)
モニカは手元の資料をめくり、読み流していたサイラスのプロフィールに目を通した。
「二十五歳……?」
若く見積もって三十歳。見方によっては三十代半ばぐらいに見えるサイラスに、メリッサとレイのほぼ同期コンビが驚愕の声をあげる。
「げっ、アタシより年下っ!?」
「お、俺と二歳しか違わない……っ!? 嘘だろ!? 十歳は離れてる顔だろ……っ!」
サイラスはただでさえ目つきの悪い顔に凶悪な表情を浮かべ、レイを睨んだ。
「どういう意味だ、ゴルァ……」
「ひぃっ、か、鏡を見たことがないのか!? 今まで誰にも指摘されなかったのか!? どう見ても二十代はない!」
「だから、さっきから若造若造と言ってるではありませんか。まぁ、私が若く見えるのは事実ですけど」
驚愕と動揺に満たされた室内で、若く見られたルイスだけが上機嫌だった。
かくして、ちょっぴり老け顔で子どもに甘い〈竜滅の魔術師〉サイラス・ペイジ(二十五歳)の新七賢人正式採用が決まったのである。
登場人物の年齢は外伝時点だとこんな感じです。
ルイス(29)
メリッサ(26)
サイラス(25)
レイ(23)
アイク(22)
ラウル(21)
シリル(20)
モニカ(19)
メリッサお姉さんは年齢を訊かれたら「ラウルとそんなに離れていませんのよ。おほほほほ」とよく語っています。




