【6】同期共闘
〈竜滅の魔術師〉サイラス・ペイジの実力を測るための魔法戦は、魔法兵団の訓練所としても使われている森の中で行われることになった。
魔法戦を森の中で行うことが多いのは、障害物があった方が、戦略性を測ることができるからだ。障害物のないひらけた場所でやろうものなら、単純に魔力量が多い方が有利になってしまう。
魔法戦用の結界を張るのは、四代目〈茨の魔女〉メリッサと五代目〈茨の魔女〉ラウルのローズバーグ姉弟の担当となった。
基本的に面倒な魔術式の維持はメリッサ。魔力供給は膨大な魔力量の持ち主であるラウルの役割だ。
既に森に結界維持用魔導具は設置してあるので、メリッサとラウルも他の七賢人達同様、室内で結界を維持しながら観戦することになる。
なお、今回の結界には痛覚除去の術式は組み込んでいない。あれは維持するのに、更に上級魔術師が数人必要になるのだ。
この場には上級魔術師がゴロゴロしているが、審査に集中する必要があるため、魔法戦の維持にはあまり人手を割けない。
(はぁー、まったく……こういう時、〈星槍の魔女〉がいれば面倒な魔術式の維持も楽々なんだから、呼べばいいのに。なんで呼ばないんだか……)
メリッサは胸の内で呟き、室内にいる顔ぶれを横目で観察する。
新七賢人選考の場に自分が呼ばれているという事実が、メリッサにはどうにも不可解だった。
確かにメリッサは元七賢人だけれど、今は自由気ままなフリーの魔術師である。
七賢人選考なら、メリッサのおばあ様達が参加する方が自然なのだ。
メリッサは魔法戦の様子を映し出す白い布幕の準備をしつつ、ラウルに小声で話しかけた。
「ねぇ、ラウル。あんた、城でおばあ様達を見た?」
「あぁ、見たぜ! さっき〈翡翠の間〉の近くですれ違った」
「……ふぅん?」
メリッサの祖母達は魔術師関係者の中でも重鎮ばかりだ。城に出入りしているのは何もおかしなことじゃない。
だが城に来ているのなら尚のこと、七賢人選考に顔を出さない理由が分からない。
(何か別の仕事をしている? ……〈翡翠の間〉近くに何かあるの?)
悶々とそんなことを考えつつ、メリッサは魔法戦用の結界術式を起動した。
これで魔法戦が行われている森の様子が目の前の白い幕に映し出される。ただし、声を拾うことはできない。あくまで映像だけだ。
森の中、一定の距離を開けて対峙するのは現七賢人〈結界の魔術師〉ルイス・ミラー、〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットの二人と、新七賢人候補の〈竜滅の魔術師〉サイラス・ペイジ。
まともに戦えば勝敗は目に見えている。魔法兵団出身のルイスと、無詠唱魔術の使い手であるモニカは、それぞれ別の意味で対人戦に強い魔術師だ。竜討伐専門の魔術師であるサイラスに勝ち目は無い。
そこで今回の魔法戦ではモニカとルイスの二人に、とある制限がつけられていた。
(それにしても、あの二人が共闘って……できるの?)
メリッサは七賢人としての在任期間がモニカ、ルイスの二人とは被っていないが、それでも二人の人柄と能力はある程度把握している。
人見知りで内気で口下手なモニカと、魔法兵団元団長で武闘派のルイス。
共闘以前に意思疎通ができるのかどうかすら危うい。
「……大丈夫なの、これ?」
思わず声に出して呟くと、結界用魔導具の調整をしていたラウルが陽気に笑った。
「きっと大丈夫さ!」
「あんたの大丈夫には、根拠が無いのよ」
メリッサがげんなりした顔をすると、ラウルはいかにも根拠がありますと言わんばかりの自信に満ちた態度で言う。
「だって、モニカとルイスさんは同期だし!」
「馬鹿言うんじゃないわよ。同期が連携バッチリっていうんなら、アタシはあそこでモジモジしているナメクジ野郎と共闘できることになるじゃない」
メリッサがぼやくと、突然話を振られたナメクジ野郎こと、三代目〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトが、ヒィッと喉を鳴らして椅子の上で仰け反った。
実を言うと、メリッサとレイは七賢人に就任した時期が比較的近い。レイが就任した少し後に三代目〈茨の魔女〉が逝去し、メリッサが七賢人になったのだ。
モニカとルイスのようにピッタリ同時期ではないけれど、同じ年度内でのことではあったので、メリッサとレイはほぼ同期と言っても良かった。
但し、仲の良さはお察しである。陰気で卑屈なレイと短気で苛烈なメリッサは、致命的なほど気が合わない。
「オレ、姉ちゃんとレイも共闘できると思うけどな。能力の相性悪くないし」
ラウルの呟きに、メリッサが眉間と鼻の頭に皺を寄せ、レイは紫色の髪を掻きむしって絶叫する。
「やめろぉぉぉぉ、せっかく存在感を消していたのに、俺に話を振るなぁぁぁぁ! くそぅ、くそぅ、この女の視界に入ると絶対にロクなことにならないんだ……っ! 目が合うたびに塩を投げつけてくる女と、どう共闘しろって言うんだ。意思疎通以前に人間扱いされてないんだぞ俺はっ!」
「なんでアタシがナメクジと心通わせなきゃなんないのよ。いちいちうるさいわね。次にギャーギャー喚いたら、その口に塩突っ込むわよ、ナメクジ!」
「七賢人としては、俺の方が数ヶ月だけ先輩なのに……っ、先輩なのにぃぃぃ……!」
「あんたがアタシに先輩風吹かそうなんて、一万年早いのよ!」
メリッサは舌打ちして、ローブのポケットから塩の小瓶を取り出す。
レイがピンク色の目を大きく見開き、悲鳴を上げた。
「なんで塩を常備してるんだよぉぉぉっ!」
「淑女の嗜みよ、覚えときな! おらぁ!」
「ぎゃぁぁぁ、塩がっ、塩が目にぃぃぃぃ……っ!」
景気良く塩をぶん投げるメリッサと、目を押さえて床を転げ回るレイ。
共に名門の人間とは思えない子どもの喧嘩じみたやりとりに、〈星詠みの魔女〉は「あらあら」とおっとり呟き、〈砲弾の魔術師〉は「深淵の! ガツンと言い返せ!」と野次を飛ばす。
元七賢人である〈治水の魔術師〉と〈雷鳴の魔術師〉の二人にとっては何度も見た光景なので、最早何も言わない。
レイの祖母であるアデラインも「不甲斐ない孫だねぇ」とため息をついただけだった。
「姉ちゃーん、結界維持してくれよー」
ラウルに呼ばれたメリッサは、手についた塩を払って布幕に目を向ける。
そこでは、ルイスが勝負の開始を告げる鐘を手にしていた。いよいよ、魔法戦が始まるのだ。
* * *
魔法戦の会場である森に到着したところで、モニカとルイスはそれぞれ腕に魔導具の腕輪を装着した。
紫の石をあしらったくすんだ金の腕輪は、二つで一つの対になる魔法戦用の魔導具だ。
上級魔術師は一度に維持できる魔術は二つまで。つまりモニカとルイスの二人なら、本来は四つの魔術を維持できる。
だがこの腕輪をつけていると、二人で二つの魔術しか使えないという制限がかかるのだ。
(この制限、思ったより厄介かも……)
腕輪に刻まれた魔術式を読み取りながら、モニカは密かに思案する。
単純にルイスとモニカが一つずつしか術を使えない、という制限なら話は簡単なのだが、この魔導具の場合あくまで「二人で二つの魔術」なのである。
例えばルイスが二つの魔術を使っている最中にモニカが魔術を一つ起動すると、自動的にルイスが先に起動した魔術が解除される。
そうなると、魔術を使う順番も重要になってくるだろう。
(どちらかが戦闘に専念して、二つの魔術を使うこともできるけれど……そうすると、もう片方が無防備になる)
正直、一対一で戦うより、難易度が高いとモニカは感じた。
連携の取れていない二人で戦うと、確実に足の引っ張り合いになる。
〈竜滅の魔術師〉サイラス・ペイジもそのことに気づいているのだろう。能力制限用の魔導具を装備するモニカとルイスに、彼は不満そうな顔をしていた。
「俺は手加減なんて必要ないぜ」
そう吐き捨てるサイラスに、ルイスは優美な笑みを向ける。
「いいえ、必要ですよ。お前のプライドをへし折るのに」
ふふっ、と笑うルイスは楽しげだった。
モニカは知っている。魔法戦は映像こそ筒抜けだが、音声は届いていないのだ。
つまり今のルイスは笑顔こそ猫をかぶっているが、毒舌を隠していない。
「手加減されてボロ負けなんて、恥ずかしいですよねぇ。武闘派魔術師のサイラス・ペイジ殿?」
サイラスの顔が剣呑さを増していく。
全身から怒りを撒き散らすサイラスと、笑顔だが毒を隠さないルイス。正直どちらも怖くて、モニカは震えることしかできない。
「さぁ、今から時間をあげますから、ここから好きなだけ離れなさい。私が鐘を鳴らしたら、魔法戦の開始です」
そう言ってルイスは、革紐付きの鐘を掲げてみせた。
サイラスはチッと舌打ちをして、早足で森の奥に歩み去っていく。
その姿が見えなくなったのを確認し、モニカはおずおずとルイスに訊ねた。
「あの、本当に良いんですか……? 推薦人のルイスさんは観戦した方が……」
「推薦人が魔法戦の対戦相手に望ましくないのは、手心を加える可能性があるからでしょう?」
「は、はい……」
頷くモニカに、ルイスは生徒に問題を解説する教師のような顔で言う。
「つまり、手心を加えたとは思えないぐらい容赦なく半殺しにすれば、誰も文句を言わないと思いませんか?」
何をどうしたらそういう結論に至れるのだろうと思いつつ、モニカは精一杯の勇気を振り絞って首を横に振った。
そんなモニカの態度に、ルイスはやれやれとばかりに肩をすくめる。
「同期殿はお優しいことで。それでは試験官として〈竜滅の魔術師〉の実力を程々に試しつつ、プライドを念入りに踏みにじる方向で調整しましょう」
無名の魔術師であるサイラス・ペイジを見つけて七賢人に推薦したのは、他でもないルイスである。
それなのにルイスはサイラスを叩きのめすことに、一切のためらいがないのだ。恐ろしすぎる。
杖を胸に抱いて震えているモニカに、ルイスはずれた片眼鏡を直しながら言う。
「問題はやり方ですね。ただぶちのめすのは簡単です。それこそ、〈治水の魔術師〉殿が見ていないのなら、防御結界を張ったまま最高速度の飛行魔術で突っ込んで、結界で敵を轢き殺すという戦い方もできるのですが……」
結界で敵を轢き殺すという発想が凶悪すぎる、とモニカは思った。
高度な飛行魔術と強固な防御結界を使えるルイスならではの発想だ。並大抵の度胸でできることじゃない。
ふとモニカは気がついた。
四年前、モニカとルイスが対峙した七賢人選考の魔法戦で、ルイスはその戦法をモニカに使っていないのだ。
「ルイスさん、四年前の魔法戦……まさか……」
「〈治水の魔術師〉殿が見ていなかったら、貴女にも堪能していただけたのですが……残念です」
思わず一歩後ずさるモニカに、ルイスはあくまで優しげな笑顔のまま言った。
「まぁ今日は七賢人らしく、上品に勝ちにいくとしましょう」
「じょ、上品に……?」
上品な戦い方、というのはよく分からないが、つまりは結界で殴ったり蹴ったり轢いたりしないということだろう。多分。
「さて、時間が無いので手短に情報共有をしておきましょうか。〈竜滅の魔術師〉は飛行魔術と体術を組み合わせた、近接戦闘に強い魔術師です。魔法剣の応用で杖を槍にして攻撃してきますが、遠隔術式の腕も悪くない」
ルイスの言葉を聞きながら、モニカはサイラスの戦い方をイメージする。
情報から推測するに、恐ろしく機動力のある魔法剣士のようなものだろうか。
「……機動力があるところは、ルイスさんと似てます、ね」
「そうですね。向こうは防御結界より回避を好みますが」
「得意属性は雷でしたっけ」
「えぇ。大体のイメージは掴めましたか?」
モニカが頷くと、ルイスは懐中時計を取り出して盤面を眺めた。
「では、そろそろ時間なので鐘を鳴らしましょう──同期殿。攻撃の要は貴女です」
綿密な打ち合わせや作戦会議が無くとも、その一言があればモニカには充分だった。
ここまでの会話で、ルイスがやろうとしていることは大体想像できる。
なによりモニカもルイスも、他者に合わせる戦い方というのが実は苦手ではないのだ。
「分かり、ました」
頷くモニカに、ルイスが片眼鏡の奥で目を細めて機嫌良く笑う。
その機嫌の良さは嘘ではなさそうだった。戦闘に高揚し、血が騒いでいる顔だ。
「結構! では始めましょう!」




